旅立つあなたに恋文を(1/6)

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  •  三井サンたちの挙式に参列した俺たちは披露宴までのあいだ受付横に設けられていたスペースで時間をつぶしていた。
     ご祝儀を列に並んで渡し終え席次表をもらってぺこっと頭をさげたとき、俺のななめ後ろらへんで「俺たちど真ん中じゃねーか!」という花道の嬉しそうな声に、俺も受け取った席次表を開いて席の確認をしてみたら見間違いでも何でもなく席が高砂の真ん前だったので思わず苦笑いをした。

     近年、喫煙者の肩身が狭くなるほどのこみっとしたスペースに設けられていた外の喫煙所には、堀田たち三井サンの元不良仲間の連中と花道を除く水戸たち元和光中メンバーがたむろしている。笑顔溢れるその様子を伺えば皆、楽しげに話し込んでいるのだろう。
     彩ちゃんと晴子ちゃんは名前ちゃんたち新郎新婦が手掛けたであろう思い出の写真コーナーやら、ケーキバイキングとかウェルカムドリンクの並ぶスペースでわいわいとはしゃいでいる。
     上質なソファーが並ぶ中、そこに座って皿いっぱいに乗せたケーキを食ってる花道。あとは安西先生と話し込むダンナに流川、木暮さん。
     俺は一人ソファーの隅にちょこんと座って友人代表のスピーチ原稿の便箋を広げては、心の中で何度も何度も予行練習をくりかえしていた。

    「あらリョータ、暗記してないの?」

     便箋を射抜く勢いで見ていた俺がふと顔をあげると、ウェルカムドリンクのグラスを二個持った彩ちゃんが立っていた。「どうぞ」と、そのグラスのひとつを差し出されてとりあえず受け取る。
     実はシャンパンって苦手なんだよなぁ甘すぎて。ま、いっか……今日ぐらいは特別に。

    「あー。うん、ありあと」
    「もしかして緊張してる?」

     そう言って隣に座ってきた彩ちゃんが俺の手に持たれていたままの便箋を、ちらっと覗き込む。

    「まあ、……ちょっとね」

     歯切れ悪く返して俺は、ささっと便箋を封筒にしまうと胸ポケットにそれを乱暴に入れた。何かとてつもなく恥ずかしかったから。

    「彩ちゃんは?暗記習得済み?」
    「あったりまえでしょー?」

     意気揚々と揶揄うような視線で俺を流し見て、言葉の通りあたりまえに言ってのける彩ちゃんに俺は面を食らい、あははと浅く笑う。
    「なんか色々と思い出しちゃうわよねー」と、彩ちゃんが品よくグラスに口をつけたあと、ぽつりと呟いた。

    「……まーね、たしかに」
    「でも、よかったわよ」
    「ん?」
    「名前の相手が、三井先輩で……」
    「……ん、だね」

     彩ちゃんは明らかに口数の少ない俺を見やってそれでもニコッと笑ってくれた。
     そのとき、びしっとスーツを纏った式場の人が「これよりゲストの皆様を会場内へとご案内させていただきます」とマイクを使って呼びかける。それと同時に丁度グッドタイミングで喫煙スペースから戻って来た喫煙者たちの中の誰かの「お!始まんのか!」という声が背後から聞こえた。

    「お手元のお席次表をご確認の上ご自身のお席へお進みくださいませ」

     そんな司会者の人のマイクの声を聞き捨てて、俺と彩ちゃんもソファーから立ち上がり、披露宴会場へと向かうことにした。
     さきほど花道が言っていた通り、俺たち元湘北バスケ部のスタメンチームはがっつり新郎新婦の座る高砂の真ん前。席に向かって歩きながら再度席次表を眺めていて思わずぎょっとした。それもそのはず。新郎新婦の席と一番近い位置、右側の席にダンナ、左側は木暮さん。木暮さんの隣に流川、ダンナの隣に花道。その流川と花道のあいだに入るように、俺。
     え、待って俺……真正面じゃねーか!罰ゲームかよ!と心の中で叫んだのは言うまでもない。

     席が見えてくるとすでに俺意外の全員が座っていて花道に「りょーちん!こっち!」と手を振られる始末。飲み屋か、ここは(笑)
     俺が席に着くと花道は目の前の『桜木花道様』と書かれた自分のネームプレートを手に取って、不思議そうにそれをじーっと眺めていた。

    「流川、久しぶりだな」
    「ウス」

     俺の左隣に座っていた流川に声をかけると今は有名人なはずの、高校時代のスーパールーキーの後輩は、あの頃と変わらぬ不愛想っぷりだった。相も変わらずなその姿に何だか嬉しくなってしまった俺もどうやら歳を食ったらしいと自分で自分を嘲笑う。

    「あ、メッセージ書いてるぞ」

     斜め前に座る木暮さんがそう言った事で全員が自然と自分のネームプレートを手に取り中を広げて三井サンと名前ちゃんが直筆したであろうメッセージを黙読する。

    『今日はどうもありがとう。スピーチ頑張ってねリョータくん!あとブーケは絶対、彩子に取らせて!そしていつか彩子の隣にリョータくんが並んでいますように。 名前』

     名前ちゃんの、彼女らしい温かくて優しいメッセージにほっこりして思わず頬が緩む。
     さてさて、何て書いているんだろうかと少しばかり期待をして三井サンからのメッセージに目を通せば……

    『スピーチ緊張して飛ばすんじゃねーぞ! 寿』

     ………。

    「……短かッ……、それだけ?」

     ぼそっと呟いたあと流川を見やれば遠目で内容までは読めないけれど三井サンの汚ったねー字で長々とメッセージか書かれていてイラっとした。
     もういいや、きょうは死ぬほど飲んでやろう。ご祝儀をあんだけ包んだんだから元とらねーと。なんて思いながら無意識に溜め息をつくとそれを目敏く見ていたダンナがすかさず俺に問う。

    「なんだ宮城、緊張してるのか?」
    「はぁ?してねーっすよ。もう、死ぬほど飲んでやるんで今日は」

     ダンナは何かを諭したみたいに「そうか」と、ひと言だけ言って笑っていた。
     そのとき彩ちゃんと晴子ちゃんが俺たちの席にやってきて晴子ちゃんがこの日のために新調したであろう高価そうなデジカメを翳して言った。

    「みんなで写真撮りましょうよぅ!」
    「晴子さん!!」

     花道が馬鹿でかい声で言って高く手を挙げたので俺たちの周りの席の人たちが反射的にこちらを向く。相変わらず目立ってんだよなー、こいつ。まあ、そうだよな、結婚式だもんな。しかもあの三井サンの。溜め息なんて辛気臭く吐いてねえで盛大に盛り上げてやんねーとな!と、俺も気持ちを切り替えて「撮ろう撮ろう!」と花道の長年の想い人——もとい、ダンナの妹に笑顔を向けた。

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