もう悲しくならない世界(1/4)

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    俺の名前は三井 寿(みつい ひさし)。職業……高校教師(しかも母校、湘北高校の)自称最強のバスケットマン(バスケ部顧問)

    顔良し、スタイル良し、声よし(生徒の受け売り)けれど恋愛経験は言わば生涯ひとりだけ。

    恋愛経験が少ないとよく周りからは馬鹿にされたが、そもそも��恋愛�≠チて何なのかと未だによく分からない節がある。

    これも他人(大学時代のヤリ手の友人)の受け売りだが、誰かと恋愛に発展するのには個人差はあるが相手の心を掴む方法は大きく分けて二つあるらしい。シンプルに自分の全てを(闇も含めて)さらけ出して身を捧げるか。もしくは正体を徹底的に隠して近づき相手の理想を演じてやるかのどちらか。

    しかし前者は始まりも終わりも簡潔明瞭だが序盤にすべてをさらけ出しているので安心感を与えることでの慣れや飽きがきて、のちに人間扱いされず逆に相手からも素を出され過ぎて相手を��女�≠ニして見れなくなる確率が高いのだそう。結末は浮気をされたり尻に敷かれるというあらゆる酷い目に遭うという短所がある。

    後者は長いあいだ人間扱いと愛に似たものを得るが自分を隠しながら愛している��フリ�≠�していることから本当の恋愛のように駆け引きしたり別れるまでの過程がかなり面倒くさい。ひどい場合、執着・ストーカーまで甘受しなければならないとのこと。結果的にどっちも最悪じゃねえかと、大学時代に仲間と笑い合った日のことをふと思い出す。

    そのとき俺は——、一緒になって笑って楽しい��フリ�≠�していたが……俺の中に残った疑問。前者でも後者でも大事なのは最後に��愛�≠ヘ残っているのか、ということだった。

    大学時代、俺には��恋人�≠ナも��好きな人�≠ナもないのに側にいた、ある一人の女性がいた。俺は緩い感じで、その相手に扱い取られなきゃそれでいいと思って過ごしていた。それがその相手と一生一緒にいる俺の、これから先の人生においての��愛�≠フ唯一の条件だったのだ。

    その相手の子は、出会った頃から何かと俺に絡んで来て実はめちゃくちゃ苦手な人種だった。温室で大事に愛されて育てられた雰囲気を全面に醸し出してて、蝶よ花よと大切に育てられた拒絶や悪意なんか経験したこともない、世間を知らない金持ちの家の娘って感じで俺が一番苦手なタイプ。

    だれ彼構わず意味もなくプレゼントをよこしてきて相手の機嫌を取ろうとしているようだったが、お花畑にいるような、そのおめでたい考えが果たしていつまで続くのか、なんてどこか他人事のように見ていた。

    大学時代、俺はそれを受け取ったことなど一度もなかったが、まあ金が腐るほど有り余ってるのなら本当に本人からしたら大したことないのかもしれないな、とか思ったりもして。でもそれって両親に恵まれたおかげで人生色々と楽そうで羨ましいぜとかいう、俺の嫉妬心も混ざっていたのかも知れないとも思う。

    彼女は俺に対して周りから言わせてみれば押してダメなら引いてみる、たまにはしつこく言い寄ってみて、かと思えば冷たくしてみる。そんな王道の恋愛の駆け引きをしていたらしいが。残念なことに俺は全くそれに気付かなかった。仲間に言われて「へぇ、そうだったのか」と流したくらい彼女に興味がなかっただけだが。


    いろいろとあって、なぜか気付けば彼女が婚約者となっていて、その彼女との結婚が目の前に迫った初夏。俺は今話したような��恋愛悩�≠ナ過去に死ぬほど悩まされては翻弄された、たったひとりの女性と再会する。

    名前は、名字 名前。学年は俺よりひとつ下だが俺の幼馴染だ。これまたいろいろとあって、いまでは俺の��彼女�≠ヘ、その名前だ。

    前置きが長くなったが、今日はそんな名前と数年ぶりに巡って来た久しぶりのデートだ。時を経てお互いの気持ちを伝えあったあの日。名前はもう俺とは会わないと言った。それでも最後は素直な気持ちで『連れて帰ってよ』と、心を開いてくれたのだ。

    だから自ら改めて会う日を申し付けた。土曜日に会おうって。今度はちゃんと��恋人同士�≠ニいうかたちで会いたいと。今度は連絡する、必ず——。そう……約束して。


    デート当日。名前を車に乗せて、それなりにちょっと洒落た店にでも飯を食いに行こうかと思っていたのに彼女は俺の実家、俺の部屋に行きたいと言った。

    実家に着き、一番はじめに彼女は自ら俺の両親に挨拶をしにリビングに向かった。気まずさとか無しに、そういうあと腐れないところとか、ほんと昔から尊敬する。俺の親もそんな彼女の素直なところが好きなんだろうなと思う。挨拶した流れで親と一緒に一階で飯を食って落ち着いたころ二階の俺の部屋にあがった。他愛も無い話をしているとき彼女が不意にテレビに視線を送りながら言った。

    「私、よくよく考えてみればたぶん……寿に一目惚れしたんだろうなあ」
    「……!?」

    ブハッと口に含んでいた麦茶を豪快に吹いたことに、ちょっと眉を歪めた名前はそばにあったティッシュで俺が吹き零した麦茶を拭いてくれた。

    「なんで吹くかな……でも、気付いてたでしょ?幼稚園の頃から私が寿を好きだったこと」

    俺はゲホゲホと喉を鳴らして咽ながら返す。

    「いや……どうだろうな。でもまあ、知ってた、のかもな……」
    「うん」
    「まさかこんなに早く直球投げてくるとは思わなくてよ」
    「……ん?一目惚れしてたって告白するのに早すぎるとか遅すぎるとかあるの?」

    ……これだよ、この天然タラシ具合。駆け引きなんて微塵も感じさせない、この俺にだけは純真無垢な感じ。友人らは何故かこれを素直だとか真っ直ぐだとか言って絶対本人に天然とは言わない。いや、天然の何者でもねーだろ。しかもタチの悪い方のやつ。

    「……、あのな?普通はよ」
    「うん?」
    「好きとか言う前に、駆け引きするもんだろ?」
    「……駆け引き?」
    「相手が自分をどのくらい好きか探るために。」
    「そう?」
    「ああ。それと同時に付き合う価値のある人間か分析したりよ、合わねえ人とかおかしげな奴に時間や金を浪費したくねえからとか考えたりな?」
    「……」

    これも俺の意見と言うよりは大学時代の仲間からの受け売りではあったが、名前は俺自身の意見だと思ったのか、じーっと俺を凝視している。俺はぐっと先の言葉に詰まって「なンだよ」と、すこし身を引いた。

    「まあ、寿が何を言いたいかはなんとなく分かったけど」
    「……」
    「大学時代、苦労したんだね、大変だったんだ?モテすぎて」
    「……!」

    名前は俺の肩を優しくポンポンと叩いて、「心中お察しするよ」と明るく情けをかける。

    「でも、私——」
    「……」

    俺の肩に乗せていた手をそっと離して言った。

    「そういう心理戦は、昔からあまり得意じゃないからさ」
    「……」
    「もし得意だったとしても本当に好きな人に対して嫌いなフリしたり、言葉や行動を計算したくないなあー」

    そう話す名前の横顔は穢れが無くて綺麗で思わず視線を逸らせず見惚れていた。

    「私はもう、遠回りしたくないの」
    「……」
    「最善を尽くして寿のことを知っていってさ、今度は負担になりすぎない程度で」
    「……」
    「正直に好意を表したいなって思ってる」

    ずっと彼女を見つめていた俺の瞳と、彼女の瞳が重なる。

    「人の心を動かすのは、誠意と努力だと思ってるからさっ? 私の場合はね」
    「……」

    ………。

    な、なんだ——?

    昔から知ってる��同じ�$lなはずなのに、急に全く別人に感じる。なんだ……?!俺はいったい、何を見逃してきたんだ?

    ひとまずいま分かるのは、思ったよりも礼儀正しいヤツだったってこと。(言葉選びとか、言葉遣いとか、話し方のトーンとか)教師でもねえのに俺よりも教師らしく諭すその話し方に正直ビビる。

    さっき家族みんなで飯を食ったときのテーブルマナーとまでは言わないが、まあ、しっかりしてたし飯もうまそうによく食べる。(これは昔から変わらないが)けど、おいしい料理でも今日はしれっと母親の目を盗んでニンジンを俺に避けてよこしたよな。まだ苦手なのか、甘いニンジン……可愛いな。

    「……」

    ——ん?可愛い?コイツが??

    いやいや、まあ……客観的には可愛い外見かもしれねえけど。宮城や水戸がよく『可愛らしい』って言ってたもんな。久しぶりに会った俺がそう思うのも、別におかしくねえだろ……落ち着け。

    ………、

    『いや——、名前さんは可愛い系じゃなくて綺麗系だぞ?』
    「!!?」

    突如、天使の輪っかを付けた水戸が脳内に舞い降りてきて、ぎょっとする。

    『それなのに可愛いって感じるのか?認めろよ、アンタはその彼女に心底好意を抱いている』
    「……」
    『一度可愛いと思ったら終わりだぜ〜?また(・・)術中にハマるぞ〜、みっちー』
    「……」

    ………。

    『おまえこそ、何言ってんだよ水戸』
    「??!」

    今度は、悪魔の輪っか付けた宮城まで脳内降臨。

    『これがどういう状況か俺がハッキリ説明してやんよ三井サン、心して聞けよ!』
    「……」
    『ご飯時は料理がおいしくて雰囲気がいいと相手に対する好感も一時的に高くなるんだって』
    「……」
    『ホラー映画で感じるスリルをトキメキだと錯覚する、つり橋効果と同じ♪』
    「……」
    『そう!これは錯覚だ!錯覚なんだよ三井サン!』

    ………。

    でも——、キュート?

    プリティー?……

    『そんなモンはどうだっていーんだよ!すぐに消える一時的な感情だって!』
    「……」
    『アンタは一度名前ちゃんを捨てて(・・・)んのッ!それを忘れんな!』
    「……」
    『易々とまた名前ちゃんに恋に落ちて成功すると思うなよっ!』
    「……。」

    ………。


    「……し? 寿?」
    「えッ?! あっ、ああ……可愛いよ。」

    ………。

    ………?

    「……。」
    「……はい?」
    「——!!?」

    ア………アホか……。俺はどんだけ恋愛経験皆無なんだ、免疫が無さすぎにもほどがあるつーの!

    「え……? 何が、可愛いの?」
    「……あ、いや……、」

    マジで最悪だぜ……。名前は突如ぷっくくく、と緩く笑いだす。俺はそれを見て思わず眉を歪ませた。だって、コイツよ……

    「ねえ、誰と脳内会議してたの?あはは」
    「……。」

    ——笑った顔が……

    めちゃくちゃ可愛いんだ——。





    —


    「やっぱりさ……」

    しばらく一緒に大しておもしろくもないテレビ番組を眺めていたが唐突に彼女が口火を切った。

    「……楽しくない?」
    「えっ? な、なんで……そう、思うんだよ?」

    急に話し掛けられたことと、まさかの質問の内容に俺は声を上ずらせる。

    「晩御飯のあとから終始無言でぼーっとしてるから」
    「いやっ、それは——」

    俺が先の言葉につまっているとベッドをソファ代わりに背を預けて一緒に並んで座っていた彼女が俺のをほうをチラと見た。

    「……」
    「チャンネル変えようか」

    俺を一瞥したあと名前はリモコンを取ってチャンネルをリズムよく変え始める。その姿を眺めながら今度は俺から話を振った。

    「名前……」
    「ん?」
    「俺のこと、知りてえって言ったよな?」
    「……? うん?」
    「もし俺が、お前の思ってるような人間じゃなくなってたら……どーする?」
    「……」

    名前は手を止めてリモコンを持ったまま俺のほうをゆっくりと見る。

    「実は本当に大したことなくて、自分勝手に生きてるだけのゴミクズ野郎だったら?」
    「……」
    「それでも……大人になった俺のこと、知りてえかよ——?」

    なんで急にこんな言葉を発したのかは自分でも分からない。そして流れた沈黙。テレビの音だけが虚しく室内に響き渡っている。

    「寿……」
    「……」
    「もしかして、ゴミみたいな生活送ってたの?」
    「ストレートだな、オイ……」
    「うーん。もし寿が悪い人になってたら、かあ」
    「……」

    これで嫌われたり、引かれたりしたらもう——。けど俺は大学時代に聞き流していた仲間の助言、二つの選択を鑑みても、どうやら名前に対しては素直にすべてをさらけ出したいらしいという事に気付いた。

    「だとしても気になるし知りたいかなあー」
    「へ? な、なんでだよ?」
    「うーん、なんて説明すればいいのかな。世の中に完璧な人なんていないって、分かってるからかもしれないね」
    「……」
    「誰がどう見ても完璧に見える人たち、つまり寿の言うような人たちにも隠したい欠点があるってことを知らないほど……」
    「……」
    「私は、純真無垢じゃないよ?」

    ——あ……、やっば……。

    「もちろん私も隠したい欠点を持ってるしさ、私は寿の欠点も寿の一部だから気になるし、知りたいよ?」
    「……」
    「それでショックを受ける可能性なんてどうでもいいと思えるくらい寿に深く、深〜く恋してるもん、昔も今も」
    「……」
    「いや、むしろ……そんな欠点すらひっくるめて好きって感じるに違いないって思うのは、私の思い上がりなのかな……?」

    その言葉に俺は目を伏せる。ややあって優し気に俺のこめかみから頬に沿って名前の手が撫でおろされる。さっと離れて行った名前の手の行く先を目で追っていた俺を気に留めず名前は先を続ける。

    「人にはそれぞれ理想のタイプの指標があるじゃない?」
    「……」
    「私の指標は、私が『好きかどうか』なの」
    「……」
    「だから、かな?高校時代にさ、寿からバスケを離れているあいだのことを打ち明けられたとき」
    「……、」
    「寿を好きな気持ちは、少しも変わらなかった」


    ああ……、ああー……ダメだ、


    「むしろもっと好きになった気もする、あのときから……。」
    「……」
    「自分のことをああやって打ち明けてくれて、一人であんな想いに耐えていたなんて……」
    「……」
    「寿……? 手、握ってもいい?」
    「——!?」

    ああ、ダメ……だ。 ほら、

    また、術中に……ハマった——。


    名前が俺の手を握る。俺は余っている手で、そっと名前の前髪を避けて彼女の耳に触れる。少し驚いた彼女はそれでもゆっくりと目を瞑る。それに誘われるがまま俺はその愛おしくて、ずっと何年も触れたかった柔らかい温もりに、くちびるに……��愛�≠ノ——

    熱い想いを込めて、触れた……。

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