ひとりでこの海を眺めていると、いつも私の記憶の中にある過去の嫌な出来事ばかりを思い出す。色んなことがあった。母を亡くしてから——今日までずっと。

——あの日、母を失ってからというもの一切立ち寄れなくなったこの場所に連れ出してくれたのは寿だった。怯える私の手を引いて「一緒に行ったら怖くねぇって!」と、そう言って半ば強引に連れてこられた。あれはたしか母が亡くなってから半年ほど経った時のことだったと思う。それから此処が私にとって特別な場所になった。

泣きたくて必死にこらえてひとり人影に隠れ、すすり泣いたことなんて今までもたくさんあった。

そんなとき、いつも私を救い出してくれたのも、やっぱり寿だった。救い出すとは言っても勝手に家に上がり込んできたり、隣でバスケットの話を延々と語っていたってだけだけど……でもあの頃の私にとってはそれが一番大事だったのだ。寿といると、気付けばいつも私は笑っていたから。


ねえ、覚えてる?この海岸沿いで「ずっと隣にいる」「幸せにする」「大丈夫だ」って、抱き寄せながら言ってくれたこと。

あなたの広い肩にもたれて、そのふたつの大きな手で温められると、なぜか子供の様に素直に甘えられた。いまも思い出す——砂を蹴る二人の靴の音と、耳に残って消えない波音。


——16歳、夏。あなたの香りを抱き慈しみ愛された八月はづきの迷い夜。遠くに蝉の声を聴きながら、はじめて寿とひとつになった日。

慣れ親しんだ、生まれ育った湘南の空に雪が舞うクリスマス・イブの日——まるで何もかも全ての物を吸い込んでしまいそうな真っ暗な夜空のもと前を見据え私の方からその手を離した。平気だと嘘をついて。

こんなに苦しく想うなら、丸ごと消え去ってしまえばいいとさえ思った。それでも泣いていることに気付いて欲しくて、つい喉をつまらせた、まだ幼すぎたあの頃の私が言った言葉。

「わたし、頑張るよ。寿がいなくても、強くなるから……」

——16歳、冬。自ら大切な人の温もりを振り払ったのも、この海だった。

寿をひとり、ずっとこの海で待っていた。たとえ寿が来ようと来なかろうと、あなたを待っているという事実だけが、あの頃の私を支えていたはずなのに……寿が現れなかったことに心底絶望した——19歳、冬。

何年経っても、私の中で少し美しく描かれたあの優しい微笑みを思いだすびに余計、涙が溢れた。

此処には消したくても消しきれないほどの沢山の思い出が詰まっているのだ。








婚約が破談になって仕事も辞め、すべてを失った私が最後に辿り着いた場所はやっぱりこの思い出の海だった。

このまま、この思い出の地に残って人生をリスタートするか、いっそのこと誰も知らない地に行って新しい人生を歩んでみるか……二筋道の手前、私は生きる意味≠ひたすら探した。

大切な人が幸せになる。それだけで自分も幸せになれる。それに気づけたら私は本当の幸せを手に出来るような気がしたのに——そのとき、遠くにあなたが見えたの。

彼は私の無くした大切なモノ、高校時代に幼馴染が買ってくれたお揃いのストラップを無遠慮にも投げてよこした。無くしても無くしても私の大切な物たちは最後には必ず私の元へと戻って来る。そう、幼馴染の彼……寿の手によって。

「——苦しかったな、」
「……」
「辛かったよな。名前は……頑張ってるもんな」
「寿……っ」
「名前は強い、強ぇんだよ……お前は」

高校時代、私が彼に言った台詞と同じ言葉を私の幼馴染にして一番愛する相手は、はっきりと真っ直ぐに私の目を見て言った。抱き締められて、その身体がスッと解放されたとき、ようやくちゃんと互いに向き合う体勢になったところで彼が言葉を繋げる。

「俺、考えたんだ。彩子にも自分の幸せ考えろって言われて、考えた」
「……」
「考えて、どんだけ考えても、やっぱり俺……」
「……」
「名前じゃないと駄目だ。ずっと……ずっと会いたかった——。」

寿はまた私を優しく抱き寄せた。湘北高校に転校してきたとき言われた言葉と全く同じ台詞。私も同じことを想っていたのに、寿はいつも一足先に私にしっかりと伝えてくれるのだから本当、敵わない。

そして改めて実感する、懐かしい彼の匂いと、しっくりとくる身体に染み付いて、ずっと離れてくれなかったホッとするこの心地よさ。肌が覚えてしまっている。記憶が走馬灯のように駆け巡る。


「俺と一緒にいてくれ、俺を幸せにしてくれ」

その言葉に自身の両手を彼の胸に押し当てて無理やり身体を離した後に私は俯き首を横に振った。

「ごめん……」
「……自信、ねーのか?」

自信が、ないんじゃない。もうこれ以上傷つけたくなかっただけ。私の不幸な人生に巻き込みたくなかった。だから寿の問いかけに私は何も答えられずに、また俯いた。

「名前」

目を合わせられずにいる私に寿が真っ直ぐに私の名前を呼ぶ。

「俺の目を見ろ、名前。」

ゆっくりと顔を上げた私の目の前に真摯な瞳で私を見据える寿が居た。この真っ直ぐで偽りのない瞳が好きだった——昔から、ずっと変わらずに。

「なにもしなくていい、笑ってればいい……ただ隣で、笑っていてくれるだけでいいんだ」
「……」
「名前じゃないとダメだ、俺と一緒にいてくれ」
「……っ」
「俺を……幸せにしてくれ」

私はその真っ直ぐな寿の瞳を見つめ返してコクンと一度だけ頷いた。


「幸せにする、私が……寿を幸せにする。」


寿はその私の言葉に微笑んで、私の身体を優しく引き寄せ強く抱き締めた。そして暫くして互いの身体を離したあと、寿は私にキスを落とした。

「なんか……照れるね」
「何年振りだろーな」

私たちは、そう囁き合い自然と笑い合う。

「だいぶ遠回りしたな」
「そうだね」
「もう、絶対離さねぇ」

寿の腕の中にまた引き戻された私は静かに目を瞑った。波の音と一緒に聞こえた寿の声。寿は私の耳元で囁く。高校時代、ようやく想いが通じ合ったあのとき、寿が言ってくれた台詞と同じように『ずっと一緒にいような』って。








だれもいない、静かな海辺。
とは言え、この寒さはさすがに——「寒い……」と、ぼやくことで暖を取る。寿と二人、ぶらぶら冬の海辺を歩きながら。

「ねえ、寿……寒くないの?」
「あ?全然。俺は寒さなんか感じたことねーし」
「うそだ。そんな人間いないでしょ」
「名前は相変わらず寒がりだな」
「そうなの。ほんと寒いのだめでさ」

寿はスポーツブランドの上下お揃いのスエットというラフな格好に、見覚えのある赤いマフラーを首に巻いていた。そしてその上からはお決まりの SHOHOKU≠ニバックプリントが刺繍された湘北バスケ部専用のジャージを羽織っている。

あ、そうか。だから寒くないのか。昔は寒がりだったと記憶していたけど大人になってから体質が変わったのかもしれない。わかんないけど。

でもたしかに、まったくもって、寒そうには見えないかも。案外、落ち着いた物腰と強風も物ともしない淀みない歩幅がいまは少しうらやましい。それでも私に歩幅を合わせてくれているのはバレバレ。だけど言わない。この距離感が心地いいから。

「わりーな」
「ん?なにが?」
「よりによって、こんな風のある日によ……」
「え、なに言ってんの?私が先にここにいたんだよ?寿は何も悪くないよ」
「……それでも、悪かった」
「……」

なにに対しての謝罪なのだろうか。寒いことへの謝罪ではなさそう。ほんとに、いいのになぁ……寿に会えるなら、寒いのも嬉しいのに。

「明日ちょっと早くてよ。どっか飯でも食いにと思ったけどもう時間も時間だしな、ほんと悪ィ」
「いいよ。私もまさか寿が来るなんて想像もしてなかったから」
「……。帰りは、送る。おまえの実家まで」
「え、大丈夫だよー。だって、すぐそこだよ?」
「いや、送らせてくれ。今日ぐらいは……な。」

そう言って難しい顔で彼が黙った瞬間、気まずい空気が流れだした。それを打ち消したくて、私は彼の名前を呼ぶ。

「——寿、」
「……ん?」
「寒いね、ほんと」
「……」

言葉の代わりにふう、と微かに寿の唇から白い吐息がこぼれる。視線を追うと彼の額のあたりまで上って消えた。更に見上げると、真っ黒な夜空と白い小さな星のまたたきが見える。


「……寿。寿のポケットに手、入れてもいい?」
「なっ——!?……は?」
「寒いからさ。ね?ちょっとだけ」
「バカ言え……やだっつーの、いい歳してよ」
「……はい、ですよね。もう黙ります」
「……」

今の結構、勇気出したんだけどな……寿の冷たい返事にますます肌寒くなる。

もしもいまストレートに「好き」と言ったら寿はどんな顔をするのだろうか。ギロッと睨みつけられるかな。それを見たら私、ますます冷え込んで凍え死んでしまうかも。

襟の中に顎をうずめて、こっそりため息をつく。ため息は顔に跳ね返り、冷たくなって襟から出て行った。

「……」
「……」

しんと静かで……遠くて、きれい。
すぐそばに寿がいる。なんだかすこし不機嫌そうな感じには見えるけど。

自分の霞む息に目を細めながら、彼が隣を歩いていることを今は幸福に感じようと思った。凍えそうな海辺を二人きりで歩いている、この瞬間を。

隣から寿の靴が砂を踏む足音が聞こえるし、口を閉ざした彼の頑固そうな横顔が見える。だけど声を掛ければ、必ず振り向いてくれるだろうから。ポケットに手は入れさせてくれなかったけど。

彼の存在感を胸と記憶に閉じ込める。
これから先、この海辺をひとりで歩くときに必ず寿の気配を思い出せるように——。


「——ほらよ、」

刹那、そう言った寿が羽織っていた湘北のジャージを私の肩に掛けてくれた。たぶん私がくしゃみをしたからだろう。ありがとうとお礼を言う前に寿は立ち止まり「寒いんだろ?」と言う。

優し気に目を細めた寿と目が合う。丁寧に前のボタンまでしっかりと閉めてくれた寿に面食らって言葉に詰まる。そうしてまた、私たちのあいだに沈黙が流れる。

「——これ、借りちゃっていいの?」
「ああ……俺、別に寒くねえしな」
「ほんと?それ意地張ってない?」
「張ってねーよ。俺は大丈夫だ、気にすんな」
「うん、ありがとう……」
「おぅ。つかおまえ本当に寒がりだよな。鼻の頭まで真っ赤にしてらぁ」

ふ、と笑った寿の顔。寿の長くて繊細そうな人差し指が私の鼻頭を一度だけ掠める。なんだか途端に懐かしくなってきゅうと胸が締めつけられた。

彼は目を細めて笑うと少しだけたれ目がちに見えるのだ。柔らかそうな目尻と涙袋が嬉しい記憶となって脳裏に刻み込まれる。

「……これ、すごい。軽いしあったかい」
「そーか?昔も貸しただろ、何回も」
「うん。でも更に肌触りもよくなった気がする。さすが湘北バスケ部専用ジャージって感じ」
「そいつァ、よかった。今日はそれで我慢しろ」
「充分だよ……へ、へっくし!」
「おい——大丈夫かよ」
「うん、大丈夫」
「やっぱ風邪引かせちまったか……」
「ほんと大丈夫だってば、平気だよ」
「……」

すん、と鼻を小さくすする私を寿は探るように見つめてくる。本当に風邪を引いたのではないことを知ってもらいたくて、とりあえずニコっと笑ってみるが寿は愁眉を寄せたままだ。思わしげに私を眺めている。なんだか気まずくて私は何かいい話題は無いかと頭を捻って口を開いた。

「あ、リョータくんと和解した?その後」
「あ? 宮城?」
「うん。ほら、なんか私のせいで……」
「……」
「ごめんね」
「おまえが謝ることじゃねーよ……安心しろぃ。ちゃんと和解したぜ、たぶんな」
「そっか、よかった」

「ああ」と、寿は声をひそめた。私と寿は昔からよくリョータくんの話をする。言葉を失くしたとき、なんとなく間があいたとき、そんなときに。不思議と寿はリョータくんの話になると嫌な顔をしつつも私にはとっても楽しそうに見えたから。

「そう言や——見たぜ、絵馬。」
「ん……?絵馬?」
「ああ。書いてくれただろ?俺が——絶対絶対、幸せになりますようにって」
「……」
「ありがとな、ほんと」
「ううん、私はなにも……」

突如シンと静まり返った二人の空間。ありがとうなんて言われるとは思っても見なかったから何て返したらいいのか分からなくなった。

「名前は昔から自分のことより、他人のことを優先するよな」
「え……?」
「もう、いいんじゃねーのか?自分の幸せを一番に考えたってよ」
「……」

私は思いきり首を横に振って否定する。私そんな立派なもんじゃないんだよ、寿。だって私の幸せは、いつだって寿の幸せで——。

「——まっ、どうであれ今度こそ俺が幸せにしてやっからいーんだけどよっ」
「……へえ、それまた壮大な目標を掲げたねぇ」
「ハッ、そんな言うほど難しい目標でもねえよ」
「んっ?」
「俺にしか……達成できねぇ目標だからな」

私が堪らずアハハっ!と大きく笑ったら、それが空元気であることを自覚した。

寿にとって私はきっと昔からそう思わせてしまう存在だったのだろう。幸せにしてあげなければならない存在——私が危なっかしくて、いつまで経っても未熟だから、こうして気にかけてくれるのだ。前から薄々わかっていたけれど。そんな自分にがっくりきて体がしゅんと冷え込んでしまう。

「……寿」
「あー?」
「……」
「……? なんだ、どーしたよ?」
「その、ポケットに手——、入れても……」
「……」

すんすん。
あれ……鼻水がとまらない。

「だって……ほんとに寒いんだもん」
「……」

寿は途端にむっと黙りながら私を見て案じるように眉尻を下げる。やがて諦めるようにハァ……と息をついた。

「——わーったよ、……入れてもいいぜ」
「えっ!……いいの?」
「自分で言って来たんだろーが。まあ、そんなにあったかいもんでもねェと思うけどな」
「そうかな? あー、でも……」
「……なに」
「冗談で言ったからさ、まさかいいって言われるなんて思ってなくて……」
「……。」

あ……余計なことを言ってしまった。せっかくのチャンスだったのに。

寿が何か反応する前に私は右手をさっと彼のスエットのズボンのポケットに突っ込んだ。裏起毛の裏地が手にまとわりついてくる。ポケットの中は少しだけ寿の体温が籠っているような気がした。

どうしよう、暖を取るよりも下心が勝ちすぎて、痴漢でもしてる気分。でも、あったかい……。


「これいいね、ほんとあったかい」

「少し手が疲れるけど」と、そう言うと頭上で寿がなにか言いかける気配がした。だが彼はなにも言わない。

言葉の代わりに徐に立ち止まって地面に腰をおろしてあぐらを掻いた。反動でポケットに入れていた私の手も行き場を無くす。そうして寿はひとつ溜め息を吐き、裸になった私の手をぎゅっと握りしめた。

「!!……」
「……」
「……」

——うそ、夢?じゃないよね……?びっくりしすぎて、びくっと体がすくんだ衝撃がたぶん彼にもばれている。そのまま体の力が一気に抜けて私もへなへなと地面に座り込んだ。

まさか、そんな。さっきはいい歳してよ、なんて言ってたくせに。

体中に電気が走ったような驚きの余波が、まだびりびりと全身に残っている。認識すると強張った体が更にふにゃふにゃに力を失くしてしまいそうだった。だって、なんで急に……。

戸惑う私の意志に反して寿の手はぎゅっと力強い。指が冷たくて手のひらがあたたかくて乾いていて……硬くて、私の手を一握りするだけで全部包んでしまうくらい大きくて。

「……」
「……」

恥ずかしくて下を向いていたが、寿がどんな顔をしているのか気になって、そうっと横を見る。

寿はすこし顎を引いてうつむきがちだ。私の視線に気づいて長い睫毛をしばたかせたあと、気まずそうに私を見る。いたたまれなさそうな、怒っているような、どちらともつかない顔。

チラと一瞬だけこちらに向いたその顔を、すぐに正面に戻した寿がまた私の手を繋いだまま自分のスエットのズボンのポケットにその手を入れた。お陰で距離がぐんと縮まる。私の右側は寿にぴったりくっついている。

なんだか二人で悪いことをしているみたい。心臓がドキドキすることを忘れていたみたいに間を置いたいまになって激しく鼓動が鳴りだした。手にまで汗をかいてしまう。

恥ずかしいけど、もうすこしだけ……。


「こうしてたらさ、まるで……バカップルみたいだね」
「……、」
「あ、えっと。調子にのった、ね。ごめん……」
「いや、別に……いーんじゃね」

気だるげで、ゆっくりの低い声。白い吐息ごしに見上げる彼の横顔に、私は見惚れた。

「寿、なんかきょう……優しい」
「まァ、俺のせいで寒い思いをさせてっからな」
「手まであっためてくれるなんてさ、なんか……お父さんみたい」
「ふはっ……父さん、か」
「寿ってさ、いい人すぎて苦労してそうだよね。あいかわらず」
「鈍いのな、名前は——あいかわらず。」
「え? なに、なにが?」
「……いい。また今度ゆっくり話す」

私の手は繋がれたままで。寿が立ちあがり歩き出したのでひっぱられる様にして私も着いて行く。

ビュウと鋭い風が吹いて体を硬くする。たとえば髪が乱れよろけても、ぎゅっと手を握る力が守ってくれる。


——あったかい。
ぬくもりが胸の鼓動に共鳴している。寿に恋してしみじみと幸せだと、改めて思った。

凍てついた道を、ふたりで歩きつづける。
あと、もうちょっとだけ……。


遠回りして傷ついて傷つけて。それでもやっぱり私たちは、此処に辿り着いてしまった。

あれから13年——二人の間には色んな事があった。泣き笑い、許し合った13年間。巡り会い、すれ違い……また巡り会い、すれ違う。

16歳、夏——ぎこちない初めてのキス。

16歳、秋——時間はゆっくりと、けれど確実に私たちの関係を変えていった。

誓いは荒波の音に消え、黄昏時が愛しい人をさらって行った——16歳、冬。

それでもやっぱり、心だけは離れる事が出来なかった。二人の13年はこの場所から始まった。

私たちはいまも時の中に居る。時間はいまでも、しっかりと流れ続けている。


どうか、もうすこしだけ寒いままで——。

この唯一のぬくもりが、まだ続きますように……今だけは、そう白い吐息に密かな祈りを込めて。









 このだけは ずっと消えぬまま。



(——ねえ、そのマフラーさぁ、買ったの?)
(おまえ……それ、わざと聞いてんのか?)
(さぁー、どうだろうねえ)
(——高校ン頃、もらったんだよ)
(ふーん。で?実家で見つけて付けてきたとか?)
(そいつのことがずっと好きだった。……今でも)
(……)
(ハッ。そこは黙るのな。やっぱ名前らしいぜ)
(う、うるさいなぁ……)
(安心しろぃ。その相手は名前しかいねぇからよ)


※『 ひと恋めぐり/柴咲コウ 』を題材に。

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