それを愛と呼ぶなら(2/3)

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    「すいませんっ!三井家と名字家の結婚式場はどこですかっ!?」

     めでたい席の打ち合わせやら、下見に来ている幸せ絶頂なカップルや夫婦たちに反して興奮気味に受付で詰め寄る俺の姿を、絶滅危惧種でも見るような目でギャラリーが窺い見ている。それでも受付担当の女性は「お待ちください」と和かに、かつ冷静に、目の前のパソコンをカチカチと操作している。急かすように受付の台をコンコンッとせっかちに叩く俺の指のリズムとおなじ速さで、心臓もドクドクと音を立てている。

    「お待たせ致しました。お調べしましたところ、三井様と名字様の御式は——明後日のようでございますが……」
    「——え、は? あ……明後日!?」

     ふと受付台の上に上がっていたデジタル時計の日付を確認して今言われた言葉に間違いはないと理解した俺は、面を食らって後頭部をガシガシと掻き「すんません」と蚊の鳴くような声で呟いてそそくさと式場の外に出た。すると、式場の目の前に未だ停まっていたタクシーから慌てて降りてきた運転手が俺のもとまで駆け寄ってきて、大層ご立腹な様子で声を荒げる。

    「タクシー代、いただいてませんって!」
    「うおっ!そーだった、そーだった……」

     いつもは後ろポケットに財布を入れているので慣れた動作で後ろポケットに手を突っ込みハッとする。……無い、財布がねェ!そこで財布を持ち合わせていなかった事実を思い出し、俺の顔から一気に血の気が引く。

    「やっべ……。財布持ってねえわ……」

     その言葉に今度はタクシーの運転手が顔を青ざめさせる番だった。
    「困りますよ、払ってもらわないと」とか「参ったなー」などと繰り返し言うタクシー運転手に、「もちろん払う!ちょ、ちょっと待ってくれ」とカミカミで言い返していたとき背後から「寿?」と名を呼ばれ、勢いよく振り返るとそこには果たして二日後に、この式場で俺と式をあげる予定の花嫁様が立っていた。

    「お知り合いですか?このお客さんにタクシー代払ってもらえなくて困ってたんですよ!」

     まさかという顔で、強盗の犯人でも見るような視線をこちらに向けてくる彼女に面を食らい、「財布忘れちまってよ……」と素直に白状すれば「おいくらですか?」とよそ行きの声で運転手に問う俺の未来の花嫁様。

    「2500円です」

     淡々と自分の財布から言われた金額を取り出しタクシー運転手に手渡す彼女からその代金を受け取って「今度から気を付けてくださいよ!」と、すこし語調を強めて言い置き、運転手はタクシーへと戻って行った。タクシーが発車したすぐ後に今度は式場から出てきた俺の母親が「寿、あなたなにしてるの?」なんて声をかけてくる始末。

    「——もしかして、式の日、間違えて来たんじゃないでしょうねー?明後日よ、明後日!」

     俺が返事をする前に目敏く息子の失態の正解をバッチリ当てて来た母親にげんなりしていると、隣では幼馴染——俺の未来の花嫁、名前がクツクツと笑っていたので「笑ってんなよな」と、軽くデコを小突いてやった。
     式の前々日にあたる今日は、ドレスや式の軽い最終確認をしに来ることになっていて、ドレスは断固として当日までは見せたく無いという彼女の意向によりドレスの確認は俺の母親と、その他の確認は彼女がひとりで受けるという流れになっていた。
     母親が「じゃあ名前ちゃん、明後日はよろしくね」と笑顔で言ってそのまま式場を後にしたのち彼女が「それじゃあ私たちも行こっか」と軽い足取りで先を歩き出したので急いでその後を追う。

    「……あ?行くって、どこに」
    「もう〜結婚式の二次会の打ち合わせでしょ?」
    「え」
    「水戸くんがどうしても今日じゃなきゃ時間合わせられないって言ってたじゃーん。」
    「あー!そーだったな。忘れてたわ」

     いま予定を思い出した俺を呆れるような視線で流し見て笑った彼女の手を取り、自然とその手を握れば向こうも迷うことなく俺の手を握り返して来た。いまではこんな当たりまえになった毎日の小さな仕草にすら幸せを感じているレベルなのだから幸せボケが過ぎて結婚式の日を間違えたってなにもおかしくないだろうなと自嘲してしまう。
     おなじ歩幅で歩みを進めているさなか、彼女がふと足を止めて道路の方を見ていた。不審に思い俺も足を止めて「どうした?」と伺いを立てれば彼女は「あの子…」と道路を挟んだ反対側にいた今まさにこの交通量の中、こちらに渡ってこようとしている子犬を見つめている。同じようにその子犬の方を見た瞬間なぜか子犬が俺と目が合ってしまい、ハッとして先に声が出てしまっていた。

    「——ダメだっ!こっち来んなよっ!!」

     慌てて両手を突き出し所謂「待て」を示す俺の馬鹿でか声に逆に反応してしまった子犬が、王道展開と言いたくなるほどにブンブンと尻尾を振り勢いよく走って道路を横断してきたので俺も左右を確認して、その子犬を捕まえに走る。背中に、「寿!危ない!」と叫ぶ彼女の声を背負いながらも急いで子犬を抱き抱えて彼女のいるところまで駆け足で戻って思わずしゃがみ込むと「もう……本当に驚いたんだからね!」と、安堵した彼女の声が頭上から降ってきて心臓の音は止まずとも、自分も「ふーっ」と息を吐き肩を落とした。

    「ほんと焦ったぜ。でも、とりあえず良かった」
    「結婚式直前に未亡人になるところだったよー」
    「悪かったって……ん?おっ、飼い犬だな」
    「え?」
    「ほら……首輪が付いてら。えーっと、どこの子だぁ?」

     俺が立ち上がって子犬を抱き抱えたまま首輪に付いているチャームをひっくり返してみれば良い飼い主だったのか、しっかりと自宅の住所が記載されていた。きっと迷子犬だろう。

    「寿、近くだね!」
    「ああ、だな。よーし、送ってってやるぞー」
    「うん、そうしてあげよ!——あ!でも二次会の打ち合わせは、どうしよっか?」
    「あー、まぁ……急げばなんとかなるだろ」
    「やっぱり。絶対にそう言うと思ったぁ〜!」

     ふたりで一緒に首輪に書かれた住所まで歩いて向かいインターホンを鳴らしている俺たちの背後から「あのぉ……」と声がかかった。振り返ると声を掛けてきた相手から、不審者でも見るような視線を投げられる。そうして、近所の住人らしきその人物が、今度は気まずそうに言った。

    「みょうじさんたちなら引っ越しましたよ?」
    「あ、そう——なんすね。いや実はさっき俺たちこの子を見つけて……」
    「あら!やっぱり近くにいたのね!ずっとみんなで探してたんですよ!」
    「あー、そうだったんですか。あの、それで……こちらの方の引っ越し先は?」
    「それが……アメリカなんですよ。」

     まさかの引っ越し先に思わず二人で「アメリカぁ!?」とハモってしまう。そんな俺たちを見て相手が「たしか四時の飛行機だったはずだけど」と、つぶやいたので、俺は自身の腕時計を見た。

    「——出発まで二時間か……。よし、行くぞ」
    「えっ!?行くって、寿……」
    「飼い主に届けてやんねーと」

     そう言って走り出す俺のうしろから彼女が追いかけてくる音がする。そうして走りながら、俺の背中に向かって「間に合うのっ!?」と問う。

    「やってみなきゃわかんねーだろ!それに……」

     言ってゆっくりと足を止めた俺の横に、彼女が追いついてきて並んだ。俺は立ち止まったまま、まるで教師のそれみたいにして言葉をつづける。

    「人間でも動物でもよ、家族と離れ離れなんて、寂しいじゃねーか……」
    「……。そうだね、じゃあ急ごう?」

     彼女は俺の手から子犬を取り上げて抱き直し、大通りの方まで駆け足で向かうと片手を目一杯にあげてタクシーを停めようとしていた。しかし、なかなか停まってくれないタクシーに、溜め息をついていたとき俺たちの目の前にハザードランプを付けて停車した一台の車に二人で視線を送る。すぐに、ウィーンと助手席の窓が開いて中からはずいぶんと知った人物が顔を出した。

    「……桜木?」
    「やっぱミッチーか。お!それに名前さんも一緒でしたか。つーかまだこんなとこにいたのか?」
    「え? あ、ああ。ちょっとな……」

     そう言いながら少し身を屈めて運転席を覗いてみればそこには野間の姿もあった。「よぅ」と、呑気に手を軽くあげてみせる野間に相槌を打つ。そして俺はそのまま二人に向かって問いかけた。

    「おまえら、なにしてんだよ」
    「なにってミッチー、俺たち今から二次会の打ち合わせに向かうとこだぜ」

     答えたのは運転席に座る野間だった。まるで、当たりまえみたいに言って退けるその返答に俺は案の定「は?」と目を見開く。

    「なに言ってんだ?二次会の打ち合わせは水戸と俺ら三人で……」
    「堅いことはいいじゃねーかっ!ちょうどいい、ついでだし君たちも乗っていきたまえ」

     親指を後部座席に向ける桜木を合図に、ハッとした俺はさっさと後ろのドアを開けて先に彼女を奥に押し込め、俺も中に乗り込んでドアを閉めたあと矢継ぎ早に言う。

    「——野間、悪ィ。四時までに、空港行けっか?こいつの家族が、アメリカに行っちまうんだよ」

     このままだともう家族と会えなくなっちまう、と独り言のようにつぶやいた俺を見ていた野間と桜木が互いに見つめ合ったあと、ニヤリと笑みを浮かべ正面に向き直った。

    「なははっ!おもしれーじゃねぇかっ!」
    「しっかり捕まってろよ、お二人さん!」

     桜木、野間の言葉のあと勢いよく発車した反動で後部座席の俺と彼女が「うお!」や「うわ!」と声を発し前のめりになる。窓から見える景色が忙しなく切り替わるなか「野間、四時までに着けそうか?」と俺が問えば野間は「まぁ普通に考えりゃ無理だろうな」と即答する。思わず「えっ、まじかよ」と肩を落としたときバックミラー越しに野間と目が合った。

    「——でも心配すんなってミッチー。近道すれば余裕よっ!」
    「そうだ、チューに任せとけって。それにしてもミッチー。なんでスーツなんか着てんだ?」
    「あ、あはは。こ、これは……ちょっとな」
    「さては明後日の式が待ちきれなかったクチか」
    「ははは!花道、そりゃ違いねーな!高校時代となんも変わってねェじゃねーか、ミッチーも!」
    「……っ。」

     車内に遠慮なく響き渡る品のない野間と桜木の笑い声に安定で俺は言い返す言葉もなく面を食らう。チラッと横を見てみれば、子犬を大事そうに抱えたままクスクスと笑う幼馴染に何だかこんな未来の旦那で、ほんとに申し訳ないなと思った。


    「もうすぐだぜ」

     気づけば見慣れない道路に差し掛かっていた。野間の言う近道とはまさにこの道のことを言っていたのだろう。

    「あと十分か……」

     と自分で再確認するように腕時計を見て言葉を漏らせば隣で「間に合うかな」と心配そうに抱えていた子犬の頭を撫で付ける幼馴染兼、婚約者。

    「よーし、この丘を登れば空港だぜ」

     その野間の言葉を待っていたかのようにスピードを上げていた車が途端に減速し始める。そしてついに最後にはシューと静かに音を立てて路肩に停車してしまったのだ。

    「——まずい、バッテリー切れだな」
    「なにぃ!?チュー、あと一息なのによ!」
    「仕方ねえ……花道、押すか」
    「おぅよ!」

     野間に同意見だった俺と彼女も一緒に外に出て車を押そうと手をかけたとき、桜木が声を張る。

    「時間がねェ!ミッチー、名前さんとその犬連れて先に行け!」
    「え……、だけどよ……」
    「バカモノ!間に合わなかったら意味がねェ!」
    「そうだぜミッチー、ほら早く行った行った!」

     必死に車を押しながら先に行けと促すかつての後輩たちのたくましすぎる姿にぐっと来るものをいまは飲み込み「さんきゅ」とつぶやいて子犬を抱えた彼女と一緒に空港まで走った。


     *


    「四時、か——。」

     しかし空港に到着したのは丁度、四時を回ったときだった。
     彼女が飛び立っていく飛行機を窓から眺めながら、胸に抱えたままでいた子犬をぎゅっとつよく抱きしめる。

    「ごめんな……間に合わなかったわ。」

     その子犬に伝わるように、彼女ごと抱きしめて囁いたとき彼女が俺の腕の中で「大丈夫、私たちがずっとそばにいてあげるからね」と、言った。もちろん口には出さずとも俺も同じ想いだった。

    「——ねえパパ、私たちはいつ乗るの?」
    「えっとね、六時の便だよ」
    「そしたら、アメリカぁ?」

     どこかの家族のそんな会話がそばから聞こえてきたと思った瞬間、俺たちの腕の中にいた子犬がキュンキュンと鳴き出した。それに気づいた子供が、俺たちのそばに駆け寄ってくる。

    「パパ!みーちゃんだ!みーちゃんが帰ってきたよっ!」

     犬にみーちゃんって、と思わずツッコミそうになる気持ちを抑えて、遅れて俺たちのもとに来た父親に事の経緯を説明するとどうやらその家族は子犬の飼い主らしかった。結婚式を目前にして、こんな奇跡的なことが立て続けに起こるものかと逆に結婚式が失敗しそうだと不安にもなったが、とりあえず��みーちゃん�≠ェ無事に家族のもとに戻れたので安堵する。

    「……みーちゃんだって。なんか猫みたいだね」
    「ああ、だな……。よし、帰るか」
    「うんっ」

     家族に子犬を引き渡し、二人で空港を出ると、またもハザードランプをつけて停車している車が目に入る。地べたにあぐらをかいているその二人の姿を過去にも高校時代、よく目にした気がして思わず、頬が緩んでしまった。近づいていくと、俺たちの姿に気づいた野間が「よ!」と手をあげたのでこちらも「おぅ」と軽く手を翳して返す。

    「その様子だと間に合ったみたいだな」
    「ああ、お陰様でな。で、車はどーした?」
    「そこでガソリン入れてきたぜ。どうも電気自動車は、まだ俺には慣れねーなぁ」

     そう言って面食らう野間だったが桜木はいつもと何ら変わりなく、「じゃあ、よーへーの店まで急ごうぜ!」なんて明るく言う。この調子だと、あと二、三台は坂道を押せそうなツラをして。

    「だな。みんなで飲みながらよぉ〜」

     ただの軽い打ち合わせの予定だったが、そんな興味をそそる野間の提案に乗らないわけがなく、俺も即答で「おー、いいなそれ」と返すと彼女はやっぱり呆れたように隣で笑っていた。だけど、この顔、高校時代にもよくしてたなーと思ったりした。その懐かしさにちょっと嬉しくなっちまった、なんてことは一生口が裂けても言えねーわ、と前の席で楽しそうにしている後輩と横で微笑む婚約者を盗み見て俺は、苦笑いを浮かべた。

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