それを愛と呼ぶなら(3/3)
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結局、二次会の軽い打ち合わせは水戸と彼女で済ませてしまったので、俺はただ桜木と野間と、あとから来た残りの野郎軍団と飲みに来ただけとなってしまっていた。
水戸との打ち合わせをさっさと済ませて実家に寄って行くと先に帰った彼女がここにいないのをいいことに俺たちの座る席ではなぜか高校時代の俺のネタで大いに盛り上がっていた。
「でもよ〜、俺らの青春の一部だったミッチーと姐さんが、とうとう結婚すんのかー」
「羨ましいぞ、ミッチーのくせして」
大楠と高宮のその言葉に、何だか今日は柄にもなく照れてしまって突っ込む余裕もなく後頭部をかいて言葉に詰まる俺を見ていたらしい水戸が、つぎの酒を席に持って来て言った。
「もし名前さんを泣かせでもしたら俺たちが承知しねーぞー?」
「バーカ、わかってるっつの」
「今度こそ幸せにしてあげてくれよ、みっちー」
そう言った水戸からなぜか酒を注がれてしまいグラスを傾けながら「おぅ」と小さく返した俺をニヤニヤと見ていた野郎軍団の姿に、今日だけは俺の心の中の柔らかい部分が少し温かくなった。
しばらくしてトイレに立った俺は用を済ませてみんなに気づかれないように店を出た。空は満天の星で埋め尽くされている。不意に過去の彼女との思い出が蘇ってきて俺は目を細めた。
これからもこうやって思い出す度に、ニヤけてしまうような想い出を、他でもない二人で作っていきたいなと思う。そりゃあ相変わらずケンカもたくさんするだろうけど。だけどそれなら俺は、何回だって何十回だって謝るし感謝の言葉も忘れないようにするから。
「——なんて、な。」
きっと俺の場合「ごめん」「ごめん」「ありがとう」「ごめん」くらいのバランスになる危険性はすこしだけ高めだけれど、そこはあいつのことだから多めに見てくれるだろう。そんな詩人みたいなことを心の中で唱えて浅く笑った俺はスマホをポケットから取り出して、着信履歴の一番上の相手宛に電話をかけた。
『——もしもし?寿?』
「おぅ、まだ実家か?」
『うん……でも、もうすぐ帰るところ』
「そうか。俺も、間も無く帰るとこだ」
『……うん。あの、寿——』
「あ?」
聞き返してすこしの間、沈黙の時間が流れた。そうして『…ううん、なんでもない。じゃあ切るね』と力無く言った彼女を少し不審に思ったりもしたがとくに探ることはせずに「ああ」と相槌を打った。
てっきり電話を先に切られると思っていた俺の耳に、ガサガサと雑音が入ってきてすこし離れたところから彼女の声も聞こえて来た。雑音の正体はきっと電話を切ったつもりでその場にスマホを置いたときに発された音なのだろうと察するが、切るタイミングを逃してしまいそのままスマホを耳に当てていると再度彼女の声が聞こえてきたので何となくそのまま少し繋いだままにしてみた。
『お父さん……私、お嫁に行くのやめるよ』
——え。と息が止まりかける。確実に聞こえた聞き慣れた彼女の声が、あきらかにそう言った。
あまりの衝撃に彼女の父親の「どうしたんだ、急に」と焦る声がやけに遠くに聞こえる。思わずスマホを落としそうになる手に力を込めた。落ち着きなく高鳴る鼓動をどうにかしたい一心で空いていた手をズボンのポケットへと収めて、そっと息を整える。
『私がお嫁に行っちゃったらさ、お父さん寂しくなるでしょ?』
『そりゃあ、もちろん』
『これまでずっと甘えたり、わがまま言ったり、それなのに私は——私からはお父さんに何もしてあげられなかった』
『……』
『それに、それに……家族がこれ以上また、離れ離れになるなんて、やっぱり……悲しいよね。』
きっと——きょう見た、あの子犬が少なからず原因だろうと思った。俺はその場にしゃがみ込みスマホを耳に当てたままで、頭を項垂れさせた。
��人間も動物も、家族と離れ離れなんて寂しい��
そう彼女に言ったのはまぎれもなく俺自身だ。俺には両親がいるけれど彼女の父親は本当に一人きりになってしまうのだ。
母親を幼い頃に亡くした彼女のそんな想いを、今までだって理解したつもりでいたけれど最近は目の前のことばかりに夢中で、一番大事なことを見落としていたのかも知れないなと、自身を振り返ってみたりする。そして、深く落ち込んだ。
『——とんでもない。少しくらい寂しくても思い出が暖めてくれるだろう』
『……』
『だから、そんなことを気にしなくたっていいんだよ』
彼女の父親の優しげな声とその真っ直ぐに娘を思いやる言葉に俺は、項垂れさせていた頭をあげた。相変わらず真っ暗な夜空には一面を埋め尽くすほどの星が散りばめられてキラキラと無情にも瞬いている。
『——わたしね、不安なの。』
『不安?』
『うん……寿とうまくやっていけるのかなって』
もうこの際、このまま切ってしまえば、それで済むだろう。何も聞かなかったことにして明後日の結婚式当日を迎えれば……そう思う悪人の自分と、どうしても聞かなかったことには出来ない、だったらこのまま、最後まで彼女の想いを聞け、という善人でクソ真面目な自分が頭の中で互いに引かず言い合いをし始めたので俺はどうすることも出来ず、ただただ、頭を抱えるしかなかった。
*
数分後——電話を切った丁度そのとき外に一服をしにきたらしい野間と鉢合わせになって、目が合う。奴は俺を見つけるや否や吸おうとしていた紙煙草をまたポケットへとしまい両手をそこに突っ込むと俺の元まで気だるげに歩み寄って来た。
「——俺は、帰るぜ。金は水戸に渡してっから、お前らはまだ飲んでけよ」
「かぁ〜っ!いつも悪いねぇ、センパイ。」
「先輩だぁ?ふはっ、今さらそんな関係でもねーだろが」
「ははは。そりゃ言えてんな……。」
「——それじゃ明後日、よろしくな」
そう言って軽く手をあげ野間の横を通り過ぎると背後から「おー、任せとけって」と言う返事が返ってきた。俺は不意に足を止め「あ、そうだ、野間——。」と、奴に背を向けたまま言う。
「きょうは、ありがとな。」
「いやぁ、礼を言いたいのは俺たちの方だって」
意外な返しに「え?」と、声に出し振り返った俺にさっきしまったはずのまだ火をつけていない煙草を口に咥えた野間が、情けなく笑って言う。
「なんかよぉ、高校ン頃みたいで楽しかったぜ。ミッチーのおかげよ」
「野間……」
「それによ、何で姐さんがミッチーに惚れたのかなんとなくわかったしなァ」
「……。」
その言葉には声に出さず口の端を吊り上げ返事をして、また奴に背を向けて歩き出す。そうして歩きながらもう一度「じゃーな」と言うように、右手を挙げた。だから奴が最後にどんな顔をして俺を見送ったのかは知る由もない。
しばらく、ゆっくりとした足取りでマンションまでの帰り道をすこし遠回りしながら歩いていた俺の足が自然と止まった。次いで空を見上げて、「ほんと今日は星が綺麗だなァ」なんて、台詞を吐いてしまう今日は、どうやら少々、酔っ払ってしまったみたいだ。そのとき突如「はくしゅん」と小さく聞こえたくしゃみに驚いて「誰だっ!」と言ってしまったあとについ声が出てしまったと後悔した、が——。
「……ほっほっほ。その声は、三井くんかな?」
まさかの安西先生だった。先生はいつもの薄手の着物姿で腕を組みながら、細く白い息を吐いて笑う。
「——先生!どうしたんですか、こんな時間に」
「ええ……ちょっと、星を見にね。君は?」
「あーっと……水戸んとこからの帰りです。実は桜木たちも集まってて」
「そうですか。私も昨日あの子たちに会ってね」
「……」
「水戸くんたち、スピーチは短めになんて言ってました。まあ、君のエピソードなら一晩あっても語り尽くせないくらい——」
その先の言葉を遮るようにして、夜空を見上げながら両手を組んで寒さを凌ぐように腕を摩っている先生に自分の着ていたスーツのジャケットをそっと羽織らせた。先生はやや驚いた表情で俺を見やる。しかしその瞳だけはあの頃のまま、俺にバスケットボールを手渡してくれたときとおなじような、優しい眼差しをしていた。
「先生——。明後日は、よろしくお願いします。じゃあ……おやすみなさい」
九十度でお辞儀をし先生に背を向け歩き出すと「——三井くん」と名を呼ばれ条件反射でピタと立ち止まり「はい!」と先生に背中を向けたまま返事をする。
「当日は——喧嘩に巻き込まれて遅刻してこないよう、お願いしますね」
「……、はいっ!」
背筋をぴんと伸ばし再度大きく返事をした俺が軽い足取りで走り去る間際——��ありがとう�≠ニ小さく言った先生の声が、背後から聞こえた気がしたが、もしかすると俺の妄想が生んだ空耳かもしれない。
*
数時間前——。電話を切るか切らないかの選択肢で追い込まれていた俺の耳に『——やれるよ。寿くんを信じなさい』と真っ直ぐに言った彼女の父親の言葉に俺は息を呑む。
『寿くんを選んだお前の判断は正しかったと思うよ。彼は人の幸せを願い人の不幸を悲しむことのできる人だと思う』
『うん……』
『それが一番、人間にとって大事な事なんだよ。彼なら間違いなく名前を幸せにしてくれると、父さんは信じてる』
『お父さん……。』
俺は目頭が熱くなってゴシゴシとスーツの袖で目元を拭う。そうして安心したのか、「ふぅ」と出てしまった溜め息の後ようやく通話を切った。そのとき丁度、外に一服をしにきたらしい野間と鉢合わせになり、パチリと目が合う。野間と軽く会話を交わして、先に帰ると告げ、その帰り道で安西先生と会った。
大切な人たちと一緒に小さな命を救ったこととその大切な人たちからのありがたい気持ちと言葉をもらって今日は、彼女に花束でも買って帰ってやりたいくらいに、いい気分な一日だった。
なんでもない日に、しかも式を明後日に控えているのに花束なんて買って行ったら、何か隠し事でもしているのかと疑われそうだ。俺は信用ねえからなぁ……でもそうやって俺たちは何回だって何十回だって抱き合って手を繋いでキスをして。甘い甘いこの気持ちを互いに忘れなければ、何も問題はないんじゃないかな、と思う。そりゃあ、これからだって相変わらず、喧嘩もするんだろうけど。それなら何回だって何十回だって謝るし、感謝の言葉もきっと忘れないから。
おまえとなら綺麗ごとを抜きにどんな朝も夜もいつも笑い合って生きていけるんじゃないかって思うんだ。
そんなふうに脳内が、自分本位に動いてしまう結局は浮かれ散らかしている結婚式前日——の、そのまた一日前、前々日の話。
言う
よりも
飲み込む
ことの多い一日。
(どう思う?二人でやっていけると思う?)
(さぁ、どうだろうなァー)
(あー、前に聞いたときと同じ返し!)
(あ?そうだったか?)
(うん、そーだよ)
(まぁ、でもとりあえず。俺は名前が好きだぜ)
※『 花束/backnumber 』を題材に
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