約束のキスをもう一度

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     この度はこんな三井サンを選んでくれて
     どうもありがとう
     ご使用の前にこの取扱説明書をよく読んでね
     ずっと正しく優しく扱ってね
     一点物につき返品交換は受け付けてません
     ご了承ください

     急に不機嫌になることがあります
     ワケを聞いても答えないくせに放っとくと
     怒ります。いつもごめんね
     でもそんなときは懲りずに
     とことん付き合ってあげましょう!

     定期的に褒めると長持ちします
     スリーポイントがキレイとか
     小さな変化にも気づいてあげましょう
     ちゃんと見ていてあげてください
     でも、老けたとか余計なことは気付かなくて
     いいからね?(めんどくせーから)

     意外とロマンチックなことにキュンとします
     なんでも無い日のちょっとしたプレゼントが
     効果的です。ただ、センスは大事なので
     困ったときは水戸洋平にでも聞いてください
     でも、短くても下手でも手紙が一番嬉しい
     らしいです。(たしか、まえに言ってました)

     もしも涙に濡れてしまったら
     優しく拭き取ってあげてね
     ギュッと強く抱きしめてあげてね
     名前ちゃんにしか直せないからね

     たまには旅行にも連れてってもらって下さい
     記念日にはオシャレなディナーとかもいいね
     ガラじゃないと言うかもしれませんが
     きっとカッコよくエスコートしてくれます
     ・・・たぶん。

     とにかく、その広い心と深い愛で
     ぜんぶ受け止めてあげて下さい
     どうか、どうか。あのどうしようもない
     三井寿を、よろしくお願いします!


    元・湘北高校友情不滅隊より






     *


     結婚式を挙げたその日はホテルに一泊したのちマンションに帰る予定となっていた。とはいえ、結婚式が終わるまでは、本当に怒涛の毎日だったように思う。結婚式の当日はもちろんそのあとの二次会、三次会。そして四次会も。気が付いたら朝になっており、ホテルのベッドで寝ていた。
     隣には晴れてこのたび胸を張って��妻です�≠ニ呼べるようになった、愛する人も寝ている。幸せそうなその寝顔に思わず目を細めた俺は、彼女の頬をそっと撫で、静かにベッドから降りた。

    「……ん?」

     不意に目に入ったもの。乱暴に床に脱ぎ捨ててあった二次会から着ていたスーツの上着。その上にポンと乗せるように置いてある、一枚のくしゃくしゃになった紙を拾い上げる。二次会の途中、宮城たち野郎軍団がわいわいと悪ノリの延長から即興で書いたらしい、その��三井寿のトリセツ�≠ニやらの紙を流し見て鼻からフッと乾いた笑みをこぼす。

    「汚ったねー字……」

    「なァに書いてっかわかんねーし」と、完全なるひとり言をつぶやき窓際に立った俺はおもむろにしゃっとカーテンを開け放った。
     うん、いい天気だ。まるで、俺たちを祝福しているかのように——なんて、そんなことを考えていたとき、ふと我に返る。

    「……あ?」

     すこしだけ背中に嫌な汗がつたっていく感覚。
     ——うぉ、初夜だっ!ああ、俺はなんてことをしてしまったんだぁ……!と、思わず心のなかで叫んだ。おいおい、ダメだろ。初夜だぞ?人生で一度しかない初夜だぜ!?なんっで普通に寝てんだよっ!?しかも、よくよく思い返してみれば、三次会あたりから正直……記憶がない——かも。
     ああ、やってしまった。このあと、この愛するワイフが起きたときにどんなことが起きるのかと不意に頭になかに浮かんできた図と言えば……。


    『寿、ひどいよ!私のことどうでもいいの!?』

    『さきに一人で寝るとか、最低なんですけど。』

    『まさか、こんなことになるなんてね……。』

    『寿、わたし……やっぱり、あなたとは——』



     ——待て待て。止め止め、終わり!とりあえず落ち着け、大丈夫だ。まずは、ちゃんと結婚式も無事に終わったことだし二次会もそのあとだってもちろん楽しかった。三次会はそれなりで。四次会は、まあ……あんまり覚えてねえけど。
     一旦心を落ち着かせるベく窓の外を眺めてもう一度空を見上げる。ああ、いい天気だな。そうだいい天気なのだ。いい天気。だから……きっと、大丈夫だ——。
     そのとき、うしろのベッドからもぞもぞと動く布擦れの音が聞こえた。内心ドキドキしながらもそのまま窓の外を眺めて気が付かないふりをしてみることにした。

    「——んっ、おはよぅ……。」

     背後からとつぜん抱き着かれ石鹸のいい匂いがふわっと漂ってくる。よし、良い感じだ。うん、大丈夫だ落ち着け。だ、だいじょうぶ。平常心。がんばれ、炎の男、三井寿——!

    「お、おぉ……はよ。見ろ、いい天気だぜ」
    「ん、そだね。……んー、」
    「……ん?」
    「寿の、匂い……。」
    「……。」

     そっと振り返り彼女を上から下まで流し見る。まずは状況を把握せねば。着崩れたバスローブ。片側の白い肌の肩が見えていてウエストあたりで結んでいたと思われる紐は、すでにほどけている状態だ。え……? と、いうことは——?

    「あ、あのよ、名前……。」
    「んー?」
    「き、きのうの、夜は……」
    「……」

     心拍数が高鳴る。このあと、俺にはいったい、どんなことが待ち受けているのか。平手打ちか?そして往復びんたか?それとも、グー......パン?もしかしたら、アイアンクローをお見舞いされるかもしれない。でもいい。どんな仕打ちが待っていようとも、ぜんぶ素直に受けてやらあ……!

    「え? きのうの、夜?」
    「お、おう。実は、記憶があいまいでよ……」

     嘘です。曖昧ではありません。ほぼナッシングなんですよ実は。わっはっは!——なんつって。しかし彼女は一気に頬を赤くさせて急にもじもじしはじめた。おん?な、なんだ? その態度は。
     え、っと……なにが起きていたのでしょうか。すんません、うまい具合に教えていただいても、いー、すか……ね?

    「もう、寿ってばさぁ〜」
    「はい……」
    「さすがに、あれは恥ずかしいよー?」
    「……え、」
    「うそ。本当に、覚えてないの……?」

     ——え? 俺はいったいぜんたいなにをした?思い出せ……思い出すんだ、俺。
     まず、二次会は水戸の店だった。うん、それは覚えている。そして彩子からシャツが裏返しだのなんだとの注意されて便所に直しに行って彩子に詫びを入れて、それから——。

    「寿。」
    「はい」
    「じゃあさ、」
    「は、はい」
    「自分の目で、見る?」

     そう言って彼女は自分のスマホを操作して俺に画面を見せてきた。恐る恐るそれを覗き込むと、そこにはわいわいと盛り上がっているいつメンの姿が。これは三次会か?それとも四次会か?でも背景は水戸の店のように見える。いや思い出せ。たしか二次会が終わってから結局いつもの顔ぶれと徳男たちで、そのまま水戸の店で三次会をやる流れになって、そのあとは店を出てみんなで——てか、あーあ。結構、大変なことになってるな。とくに……俺が。
     彼女のスマホに映し出された動画。そこには、いい感じに出来上がって——いや完全に酔っ払いと化している男(オレ)が花嫁に抱き着いている痴態が。

    「これは、リョータくんが撮ったの」
    「……」
    「この動画、送ってもらったんだけど、さすがにこれはねぇ〜」
    「……。」

     自然と彼女と二人で並んでベッドに腰をかける体勢を取った。そうしてスマホから流れる動画をとりあえずそのまま見て見ることにした。
     ホテルの最上階——この立派なスイートルームにて、小さな画面から流れてくる機械的な周りの音とか人間たちの声が、室内に虚しく響き渡っている。


    『俺は〜っ! 世界でぇ〜! いちばーん!』


     あ…………?


    『名前のことを〜、愛してるぞぉぉぉ〜!』


     ナニ、コレ……?


    『大好きだぁ〜っ!』


     ダレ、コイツ——。なんで、水戸の店のカウンターの中でこの男は叫んでいるんだ?水戸しかり自ら進んで、飲み物や料理を運んだり片付けたりしてくれている人様の邪魔すぎだろこのバカ男。
     ほら、見ろ。水戸のツラよ。いまにも俺を——いや、人を殺めそうな目つきだ。しかし、周りの連中は大いに盛り上がっているという非常事態。どうせみんな酔っ払っているのだろう。


    『名前!俺は、おまえを幸せにするぞーっ!』

    『普段は恥ずかしくて言えねーけど、お前のためだったら、この三井寿、な〜んでもできるっ!』



     そう言って、水戸に肩を組みはじめる男の図。そんな水戸はといえば、本気で鬱陶しそうにしてやっぱり、いまにも人様を殺めそうな顔つきで、サッとその手を払っている。「わかったってば」とか冷たく言い放って。きっと一発くらいは殴りたかったであろう元不良後輩の心情を読み取って思わず苦笑した。


    『三井寿っ!歌いまぁす!名前に愛を込めて!』


     いやいや……歌わなくていーつの。だれが聞きてーんだ、てめェの歌なんざ。そうしてその男はたぶんこのうしろ姿は野間だろう。その野間からグラスいっぱいに注がれた酒を周りからの悪ノリコールに乗っかって、一気に飲み干している姿がそこにはしっかりと収められていた。
     彼女は持っていたスマホをそーっと自身の胸のあたりに抱えた。もう画面が見えなくなってしまったそのスマホからは未だヤバイ男の叫び声やら歌声にプラスで、周りの煽る声が聞こえてくる。

    「……ダメすぎじゃね?」
    「……」
    「俺、終わってね……?」
    「……、」
    「——悪かった。これは、さすがに名前にも迷惑かけたよな」

     そうぽつりと言い置いて素直に頭を下げると、彼女が不意に俺に寄りかかってきた。しかし俺は微動だにせず、そのまま固まっているしかない。すると彼女がそのままの体勢で、なにやら照れたふうに話し出した。

    「あ、えっと……ね? これじゃないの……」
    「あ?」
    「ちょっと恥ずかしかったけど、これはまぁ……ひとつの思い出? みたいな、感じ?」
    「……ん? これじゃ、ねーの?」
    「うん。これは、もういいの」

     そう言って彼女はスマホの画面を消して、そのスマホを脇に置くと今度は俺に抱き着いてきた。
     な、なんだ?もしかしてまだ酒が抜けてないのだろうか。『これじゃない』とは——いったい。もっと恥ずかしい失態を犯したとでも言うのか。その内容を聞いた直後に俺はこの世に生きていられるのだろうか。
     ここは最上階。飛び降りる——という選択肢もなくはないよな……とか。そんな俺の思考を置き去りにして彼女がぽつりと言った。

    「覚えて、ないの?」
    「な、なにを」
    「ホテルに帰ってきたあとのこと」
    「……」
    「水戸くんとリョータくんが酔い潰れた寿をここまで運んでくれて、そのあとのこと」
    「は? 水戸と、宮城……が?」
    「うん」

     え、え……!?ま、まさか。水戸と宮城と俺とコイツで4P——いや!待て待て待て!そんなのなってたまるか! いくら記憶のない俺でも……でもなぁ、あの水戸洋平がいるとなれば、もしかすっと……

    「あー......ぼちぼち?まぁ、ぼちぼち的、な?」

     そんな、あからさまな嘘でその場を逃れようとした俺の顔を彼女が覗き込んできて反射的に身を少しだけ引いてしまった俺の頬をその細い人差し指で彼女が突つく。

    「嘘は良くないよ?覚えていないんでしょー?」
    「……すんません。はい、覚えてないですね。」
    「もう。ホテルに帰ってきたあと私を姫様抱っこして、そのままベッドに放り投げたんだよー?」
    「え。」

     ほぅ。なかなかパワフルだな俺。高校のころもそうやってイキってるヤツらを「軽くボコすだけなんだからよー」とか言って、結局は鉄男たちと遊び疲れて行き倒れている……そんな青春時代を——って。ちげー、ちげー。そっちの記憶を思い出すなよ! 更生後だろ、いま思い出すならっ!

    「でさ?『好きだ、大好きだ〜』って言いながらず〜っとわたしにチューすんのー」
    「……」
    「お風呂入りたいって言っても放してくれなくてさぁ〜。結局ずーっと、キスの連続で……」
    「……」
    「何度も『わかったよー、もう寝ようねー』って言ったのにさー」
    「……、」
    「寿が『今日は初夜だから、俺の好きな気持ちを伝えたいんだ!』——って、さ?」
    「そ、そうすか……。」

     なんだか、いろいろとやっちまってんな……。そういえば水戸の店で打ち合わせをした結婚前夜の、そのまた一日前の前々夜もコイツに電話して父親に『結婚やめる』とか爆弾発言しているのを聞いてしまったりしたな。ああ、俺の��結婚�≠ニいう名の人生のプロローグって、いったい……。

    「明け方ころ、やっと寿が寝てくれてさぁー」
    「……」
    「わたしもお風呂に入って一緒に寝たの」
    「あー、そう、すか……。」
    「寿の寝顔もなかなか、かわいかったよ?」
    「ごめんな、そんなことになってたとはな……」

     完全に意気消沈している俺の頬に彼女がそっとキスをしてくる。思いがけず驚いて横を見やるとさっきまで顔を赤くしていた俺の花嫁さまは女神みたいな柔らかい微笑みを浮かべていた。しかしそんな彼女を見てもいつものように上手く反応が出来ず肩の力が一気に抜けてしまうほどに俺は、参っていた。ほんとにこのままそこの窓から飛び降りてしまえそうなほどに……。

    「そんなことないよ」
    「え……?」
    「たくさん愛してくれて、ありがとう。」
    「……名前」
    「わたしも寿のこと、愛してるよ。」

     俺たちははからずとも昨日、結婚式を挙げた。入籍もして家族になったのだ。唯一無二の愛する名前と俺は、ようやく家族に——。
     夢でなければいいな、と思う。これが夢だったなんて、そんなのなってたまるか。

    「俺も。」

     まだ起きたばかり。目覚めるにはすこし早い。俺たちはそのまま二人でベッドの上に転がった。ふかふかの上質なベッド。彼女と一緒に過ごしているあのマンションのベッドが俺はこの世の中でいちばん好きだった。でもこれはこれでなかなか良いベッドだ。

    「……もうすこし、まったりする?」
    「せっかくだし、まったりすっか。」

     ここは、ホテルの最上階——スイートルーム。やわらかいベッドの上、俺は晴れてこのたび妻になってくれた愛する幼馴染の彼女と一緒に、もうすこしだけ眠りに落ちていく。
     この温もりを、あの日から忘れることのできなかった温もりを。俺はこの温もりを、ぜったいに忘れない。忘れたくない。

    「なぁ——」
    「んー?」
    「するか? 初夜初夜。」
    「え、なにそれ。ショヤショヤって」
    「ええ? まあ……初夜のつぎの日の、初夜?」
    「はははっ!寿、ネーミングセンス無さすぎ!」

     そうやってちょっとふざけながらベッドの上で転がって——そんな時間を。なににも変えがたい幸せな時間を。俺たちには少々広すぎるこの部屋の片隅で、俺たちは二人だけで存分に楽しんだ。

     もしも、すこし古くなってきて目移りしそうになったそんなときは、ふたりが初めて出逢った、あの日のことを思い出してほしい。
     これからもどうぞよろしく。こんな俺だけど、いつも笑って許してほしい。ずっと、大切にしてほしい。永久保証の、俺だから——。










     あの日の 約束 を、いまここで。



    (名前)
    (ん、なぁに?)
    (——愛してるぜ。)
    (ふふっ、わたしも)


    ※ image song『 トリセツ/西野カナ 』

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