愛をありがとう(3/3)

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     彩ちゃんと会話を交わしたあと、三井サンが、こちらに向かって来た。そして無遠慮にも、俺の隣にどかっと腰を下ろし、あぐらをかいた。そのまま俺の目の前にあったまだ手付かずのビールを勝手に手に取ってぐびぐびと飲むその姿に思わず俺は、溜め息を吐き散らしてしまう。
     そのとき、あることを思い出して、俺が不意にスーツの内ポケットを探ってそこから厚みのある封筒を取り出し、三井サンの方へ「はい」と少し乱暴に渡せば、あたりまえに三井サンは、不思議そうに俺を見やる。

    「……あ? なんだ、これ?」
    「式のあと時間あったからすこし仲間内で飲んでたんだけどさぁー」
    「ああ」
    「飲んでて調子付いてたのもあってさ、みんなでスマホ持って急いでコンビニまで走って現像してきたっス。」

     その言葉に三井サンは「ほぉん……」と、嬉しそうにその膨らんだ封筒の中身を取り出す。封筒に入っていた写真は、すべて結婚式のあいだの、二人の様子が写っている物ばかりだった。彼女がウエディングロードを歩いていたときに三井サンと視線が絡み合った瞬間の物や新郎新婦に握手を求められて応じたときの様子などが、別々の角度から撮られている。
     三井サンが吸い寄せられるように、一枚一枚の写真をじっとり目に留める様子を見て俺は、そのなかの一枚を指して言った。

    「——高校ンころにさぁ?」
    「……おぅ」
    「俺にさぁ、ぶつかってきたときの顔とは思えなくない?」
    「……、」
    「見てよ。こーんな顔して笑うんだよ、三井サンって。」

     写真に写し出されている三井サンは言葉の通りどれも、幸福そうに微笑んでいた。写真のなかで隣に並ぶ彼女の心の底から幸福な感情を浮かべている表情と同じような顔で、三井サンは結構長いあいだ、まじまじとそれを眺めていた。
     二人だけの写真のほかにも、三井サンと湘北のメンツが熱い抱擁を交わしている写真や、ヴァージンロードの途中で立ち止まった三井サンと彼女の微笑み合っているときの写真なんかもあった。
     とはいえ、式中の三井サンの姿が多く残された写真は、だいたいピン呆けや被写体の位置がおかしいものも目立った。慌ててシャッターを切ったのかそれとも本人に知られないよう自然な表情を撮影したいと配慮したのか、苦労して撮影されたらしいと窺える写真や隠し撮りのように撮影角度が正しくないものも、多々あったけど。

     封筒の中には機械音痴の新郎、三井サンなんかよりもカメラ慣れしているはずの知人たちが撮影したとは思い難い写真がまだまだたくさん収められている事実にデジカメの使用に手間取っていた先輩に対し使い方がぎこちないと笑っていたのはどの口だっただろうかと、思わず苦笑する。
     しかし、きょうの三井サンはいつもみたいに、「おまえ、人のこと言えねーじゃねぇかよ」とか言い返してくることはなかった。不審に思って、横を見れば、自然と込み上げてきたらしい感情を抑えこもうと震える呼気を呑み込んで、彼は顔を片手で覆って言った。

    「——良かった。」
    「……え?」
    「俺……ちゃんと、笑えてたんだな。」
    「——、」

     ……なに、言っちゃってんの。あんたは中学のときから、ちゃんと笑ってたじゃん。大好きな、バスケをやるときの、まるで、今は亡き——俺の兄貴みたいに。初対面のくせして笑顔でバスケを教えてくれたあの記憶を、なかったことにしてんじゃねーし......なんて思って、俺は、ヘッと鼻で笑ってやった。
     成人してからの彼は団体行動や社交性に興味が浅く——なんて思ってる反面、この人はことあるごとにいつだって「大丈夫か?」と、声をかけてくれた。人の顔色を窺い、変化があれば真っ先に気づいて手を差し伸べてくれたのも、やっぱり、この人だった。俺に関して言えばその彼への信頼は中学生のときまで遡る。実は兄貴のように慕っていたのは、もしかしたら俺のほうだったのかもしれないな、と、いまになって思った。
     大丈夫だよ。あんたはずっと笑顔を絶やさず、だれにでも優しかったよ……なんて、ね。

     彼は——彼女を本当に愛していたんだと思う。物心ついたころからずっと一緒にいて、好きだと自覚するよりも、もっと前に深く愛してしまっていたのだろう。
     その想いは誰よりも特別で、だからこそ、三井サンは、彼女と別れたあとも、彼女が世界で一番幸せな女の子になれることを、強く願っていた。
     そうやって見守りつづけて、彼女が心の底から望むひとりの人を見つけたことを見届けて、そのあとに、ずっと心の中で握っていた、彼女のその手を離したのだ——。
     そんな先輩の重すぎる愛に対し俺がしたこと。二人をまた引き合わせるような真似をしてしまったことが、いまとなれば本当に正しかったのかとたまにふと考えることがある。その正解は、いまでもまだよくわからない。ただひとつ俺なんかがお膳立てしなくたってこうなる運命だったんだと思いたい気持ちは、いつも心のどこかに、わずかながらも、あったりはする。
     俺は、視線をそちらに向けないまま震えている先輩の肩を、無造作に叩いた。

    「——いい、結婚式だったね。」
    「……ああ、本当に——いい、結婚式だった。」

     「藤真じゃなくてよかったっス」と、俺が冗談まじりに囁けば、とくに三井サンはなにも反応を示さなかった。あれ?おかしいなと思いチラッと盗み見たとき、彼が目元を押さえて指の隙間からまるで涙がこぼれ落ちるのを隠しているかのような仕草を取ったので、え……?マジで泣いてんのかな?と、思わずぎょっとする。
     視線を正面にそっと戻してからもう一度横目に伺い見れば今度は、口の端を吊り上げて自嘲するみたいにして微かに笑っていた高校時代の先輩。
     え……こーわ。泣いてねーのか。てか、なんで笑ってんの?なんて、やや困惑しつつも、まあ、そーいうヒトだったね、昔から。なんて、へんに納得したりして。そんな彼を流し見た俺の口元で傾けたそのグラスのなかでは、氷が涼やかな音を立てたのだった。


     ——二次会に参加した面々はほぼそこで解散となったのに結局、元湘北高校のいつメンと主役の新郎新婦に関しては、まだまだ飲み足りない!といった様子で、お陰様で四次会までつづく羽目になった。
     三井サンは俺に対して「おまえって、見た目の期待を裏切る酒豪だしよ、結局最後は俺たちしかのこらねーんじゃねェか?」とか言っていたけど最後のほうは予告を外して、人一倍潰れていた、本日の主役の新郎さま。

    「おまえに付き合えるくらい酒が飲めるのって、たぶん、俺くらいだよなァ?」

     とか、どの口が言ってんの——とは言わずに、介抱してやって、なんなら、新婦さまひとりではどうにもこうにも手に負えなくなり結局、二人が泊まる予定のホテルまで、水戸と俺が付き添ってやったことを、あの人は覚えているのだろうか。

     いや……覚えてねーんだろうなァ、ぜったい。いーんだけどさ?とっても、と〜っても幸せそうだったんで、良しとしますよ——なんつって。


     *


     ——あれから、一年が経つ。俺の元には一通の手紙が届いた。差出人は一緒にバスケで汗を流した高校時代の同級生だ。封を切るとなかからは、結婚式の、招待状があらわれた。
     相手の名前に見覚えがあって俺は古い雑誌とか漫画が山積みになっているスペースから、あの、三井サンの結婚式のときの席次表を探して、中を広げてみた。

    「……あー、ね?」

     やっぱり、予想は的中。あの結婚式で出会ったふたりが結婚するのだろうな、と察した。
     大学時代の先輩が、二次会で目を付けていた、あの子ではないことを祈りながらも俺は、ペンを持ち迷うことなく��御出席�≠フ頭文字の��御�≠フ文字の上から、あの普段はクソ俺様で、にくたらしくて偉そうで口が悪くて意地っ張りでプライドだけ無駄に高くて、俺様で偉そうな先輩の名前とおなじ��寿�≠�書いて——出席に、丸を付けた。

     こんなことがあると俺は時々思うのだ。もしも友人たちの結婚式の日に、彩ちゃんと会うまえにシャツを、裏返しに着て出かけたら……なんて。
     だが結局のところ俺は結婚式当日にはいつものように普通にシャツを着る。そして鏡を見ながら普通にネクタイを締めるんだろうなァ——って。










     ありがとうの 輪 。



    (もしもし、リョータ?あんたも招待状届いた?)
    (届いた届いた〜!いま丁度ポストに出すとこ!)
    (あら、私もよ。あっ! リョータ時間ある?)
    (うん? とくに、予定はないけどー?)
    (じゃあ近くにいるなら一緒にお昼食べない?)
    (え!? もちろんっ!喜んで出席します!!)
    (ふふふ、なにそれっ)


    ※ image song『 愛をありがとう/MISIA 』

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