「でもさーおかしくない?精一杯に女の子を演じて頑張ったのに」
「へぇー」
「だってさ期待すんじゃん!車で迎えに来てくれてオシャレなレストラン予約してて最後には高級チョコレートくれたんだよ?」
「そりゃあバレンタインに会ってりゃくれんだろ」
「違くてさ!バレンタインは女から男にあげるもんじゃん!」
「じゃあ、あれだな」

隣のデスクに座る三井さんとは去年の人事異動で一緒の部署になった。まぁ、私が三井さんの部署に異動して来たのだけれど。

三井さんは誰とでも気さくに話すし仕事でも頼りになるし、いつもこうして私の愚痴も嫌な顔ひとつ見せないで聞いてくれる…と言っても簡単な相づちが多いんだけどね。

どうやら三井さんと私は同い年らしく話も合うし気を遣わないし同級生みたいな感覚に近いなって勝手に思ってた。

昔は“元ヤン”だったとか言う噂も今では自虐ネタに出来る三井さんはさすが営業マンだなと思う。

「なに?あれって」
「名字を男友達と同じ感覚で思ってんじゃねーの?」
「はぁ!?酷くない!?ひどい、ひどすぎる!」

社内だと言う事を忘れて声を張ったら目の前のデスクに座る社員が「ゴホン!」とわざとらしく咳ばらいをしたので「スミマセン…」と小さく謝罪をして三井さんを見れば「バーカ」と声には出さずその口元が動いた。

「まあ、あれだ」

その言葉と同時に「これ頼む」と三井さんから取引先の見積書を渡された。
私も「これ走らせていいの?」と返すと「ああ」と言った三井さんがパソコンの電源を落とした。

「名字の運命の人じゃなかったって事だな」

「ご愁傷様」と付け加えて営業周りに向かうべく雑にデスクの上を片付け始めた三井さんに「だってさ…」と自身のパソコンに向かいながら呟けば「なんだよ」とこちらに顔を向けた三井さんに溜息混じりに言う。

「死神ばっかなの…寄って来る男子は」
「死神?」
「斧持ってんの」
「は?」

ポカンと三井さんが私を見ている。
そんな三井さんに私はパソコンのインターネットで“死神とは”と検索をして液晶を指さす。

表示されたのは古代古くから言い伝えられている死神の画像。

「誘うんだよ、うまーくね」
「ほう」

三井さんが私のパソコンの画面を覗き込んで来て“死神とは”の検索内容と死神の禍々しい画像を眉間にシワを寄せて真面目に見ていた時、三井さんのシャンプーの匂いがして少しドキッとした。

「始めは魅力的なの、でもね斧を隠し持ってんの」
「ほーん」
「その気にさせて最後は死に追いやるんだよ」
「あー」
「死に導くの!!」

そう耳元で叫んだら「うっせ」と言って三井さんは画面から顔を離した。
やっぱりシャンプーのいい匂いがする。

「それは違うな」

ドヤ顔で言った三井さんが立ちあがって鞄を持ったので「もう営業に出る?」と聞いたら「先にコンビニ寄っから」と自身の椅子をデスクに押しやった。

「何が違うの?死神だよ?みんな」
「名字、生きてんじゃねーかよ」
「そういうことじゃなくてさ…」
「導いたんだろ」
「え?」

三井さんを見上げれば口角をあげて私を見降ろす三井さんと目が合った。

「本当の運命の人は別にいるってよ」

実は三井さんと同じ部署になって嬉しかった気持ちを押し殺した事とか本当は気を遣わないふりをしているだけで毎日三井さんにドキドキしていたのを隠していた事とか

“好き”だと認めてしまったら止められなくなってしまいそうだった事とか

もう全部いっきにぶっ飛ぶくらいに私は
三井さんのその台詞に一瞬で“恋心”を解禁してしまった。


 好きです、三井さん。


「いってらっしゃい、三井さん」
「おう、見積書頼んだぜ」

ああ、眩しい。もう駄目だ。
今度はこの人に死に追いやられるんだ私…。

「はぁーい…」

やる気なく返事をした私に頭上で三井さんが鼻で笑ったのが聞こえた。

「あ、名字」
「はい?」
「今夜、飯食いに行こうぜ」
「どこに?」

私は座ったまま見上げて三井さんに目線を合わせたら、三井さんは楽しそうに笑っていた。

「オシャレなレストランとか。」
「げっ……。」





 隣 の 死神



(じゃなくて居酒屋)
(安いとこです済ましちゃいますか…)
(俺は死神じゃねーって事だ)
(…はっ!?)
(外回りいってきまーす)


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