好きは片思い、似合うは両思い。
表紙
目次
しおり
しおりを挟む
しおり一覧
前へ
1/29
次へ
自分が好きだと思ったのなら、とことん愛せばいいし、好きが溢れそうになったのなら、好きと叫んでしまえばいい。
そんなことは初めから分かっているが、素直にそうやって行動で示せない人間だっているということを分かってほしい。生憎俺はそういう愛嬌を装備していないんだ。
*
「冷たいな」
リビングのソファの上。洋画を見ながらうしろから彼女の腰に腕を回し隙間なくくっついて足を絡める。
あまりに近い距離感のため、自分自身の心音が相手に伝わってしまうのではないかと、内心少しだけ緊張していたけれど今となっては素直に言葉に出来ないぶん——せめて自分がどれだけ彼女を思っているのか、この心音から伝わってしまえばいいとさえ思っている。
「藤真さん、くすぐったいですってば」
「ん?」
「見ないんですかぁ? 映画。」
「見てるよ」
「もう……嘘ばっかり。」
冷え性らしい彼女の冷たい爪先に、自分の指を絡めたり、すりすりと優しく擦るように触れると彼女はくすぐったそうにモジモジと身を捩った。
「なんだって?嘘ばっかだと?なんならストーリーを遅れて副音声で実況したっていいんだぞ?」
「はいはい。すみませんでしたぁ〜、藤真さんは嘘つきなんかじゃないでーす」
「分かってるならいいけど。」
バスケットを長い事やっていた名残りからか、自然と腕に気を遣う癖が抜けず腕枕を避けていることに彼女は気づいていて自らも腕枕を要求してくることはなかった。
なので、足先を絡め合いながらこうしてスキンシップを図る事に俺は密やかに至福を感じていてその間も自分の心音と彼女の心音が心地よいリズムを刻むので睡魔にあらがえず俺はゆっくり瞼をおろした。
「——ほら、あたためてやる。」
「あっ、藤真さん。さては眠いんですね?」
「……」
「おやすみなさい、藤真さん」
「——おやすみ、名前」
ぼやぼやと小さく囁いて片腕でしっかりと彼女の腰をホールドする。できることならこのまま、朝起きる瞬間まで彼女とくっついて寝ていたいと思った。
*
「名前?」
「あっ、藤真さん! お帰りなさい」
予定よりも少し早く帰宅した俺の鼻が、独特のアンモニア臭を微かに捉える。リビングへと歩みを進めれば彼女の髪の毛が揺れていたことで窓が開いていると知った。窓の前ではベランダに向かって彼女が何やら蹲っている。
「ネイル、か?」
「……すみません。藤真さんが帰ってくるまえに終わらせるつもりだったんですけど」
「……」
「セルフネイルは久々で……臭いますよね?」
塗ったばかりのマニキュアを乾かすため、手をパタパタさせたりフーフーと息を吹きかけながら彼女がこちらを振り向く。しかし、短パンでしゃがみ込むような体勢の彼女に、否が応でも視線はそちらへと向いてしまう。自然現象、というものだろうか、もしくは男の
性
(
サガ
)
か——。
「名前。デニムだと座りづらい、かと言ってスカートだと下着が見えてしまうと言う理論はわかるが……」
「……?」
「ショートパンツでその体勢は、誘ってると受け取っていいのか?」
「え………ッ!?」
俺からの指摘を受け自分の体勢を見た彼女は、こちらから見てどう見えるかを容易に想像できたらしく、慌てて足を倒し横座りをした。
俺は溜め息を吐いてジャケットを脱ぎ捨てる。その流れでネクタイも外し、ジャケットと一緒にソファの背もたれにかけ、彼女に近づく。
「その格好ってことは、足も塗るんだろう?」
「そのつもりだったんですけど藤真さんが帰って来ちゃったので、また今度にしようかと……」
「塗ってあげるよ」
「えっ?」と声を上げたときにはペディキュアのボトルは彼女の目の前には無く、自分の後ろから俺に抱き締められるような体勢になっており既に俺がボトルから刷毛を出しているところだった。
「ちょっ、ちょっと待って下さいっ!大丈夫ですから!」
「どうして? 遠慮するなよ」
「遠慮っていうか。そ、それに……普通、向かい合ってやるもんじゃないんですか?」
「……下着が見えてもいいなら、そうするけど」
「……っ」
どうやら、俺にやらせないという選択肢はないようだ。自分で意見をしておきながら下着を見せるわけにもいかないと思ったのか彼女は渋々そのままの体勢で大人しく言うとおりに従う事にしたらしい。モゴモゴ、文句は言っていたようだが。
「こんなものを塗ってるから冷え性になるんじゃないのか?」
「冷え性?」
「ああ。爪に塗ってるとなるって聞いた事があった気がした。確かに、血の巡りが悪そうだしな」
「ふふっ」
突然吹き出してクスクス笑う彼女を一瞥すると「お父さんみたい」と目を細めて彼女が細い指で口元を覆い、綺麗に微笑んでいた。その指先には先ほど自分で塗ったらしいグリーン系のネイルが施されている。
「緑? 珍しいな、お前が選びそうにない色だ」
「言われてみれば今回初挑戦ですね、この色は」
「なんで緑にしたんだ?」
「えっ……? なんで、って……」
彼女は目玉をぐるりと回して俺から視線を逸らす。その視線を追うように瞳を覗き込めばパチリと目が合い、彼女がハッとして下を向きぽつりと小さな声で呟いた。
「翔陽って——」
「……え?」
「翔陽って、確かユニホーム緑色でしたよね?」
「……。」
——あっ、と思った。��翔陽�≠ニ聞いた瞬間、藤真さんの顔が、真顔になったから。
実際、言うつもりはなかったのに自然と言葉が先に出てしまっていた。確かに久しぶりにセルフネイルとしようと百貨店の化粧品コーナーに立ち寄りたくさんのカラーが並ぶネイルの瓶を眺めて最終的に選んだ色が、この緑の瓶だった。
気を悪くしてしまっただろうか……彼氏の高校時代の部活のユニホームカラーを選んで塗っただなんて独占欲丸出しだし正直、気持ち悪いよね。
とりあえず、急いで謝ろうとしたが、バチっと目が合ってしまったことで驚いて開き掛けた口を思わず閉じてしまった。
「名前の足、綺麗だな……あと爪も。」
「あっ、あの……」
「動くなよ。指に付くぞ」
わざとなのか、その方がやりやすいからなのか藤真さんの唇が私の耳元に触れ、普段の冷静な声ではなく、まるで私の体中をくすぐるような低く甘い響きで囁かれる。彼の息が耳にかかる度に私の体は素直に反応してしまう始末。単純な体だ。
「似合ってるよ、緑も。」
「——っ。」
わざとそうされていると分かっていても決して「止めて」とは言えず、その甘美な時間に永久に浸っていたいとさえ、思ってしまうのであった。
*
「とにかく、お風呂に入って下さい!沸いてますからっ!」
ペディキュアを塗ってもらったあと、距離感はそのままに��そういう雰囲気�≠ノ持っていかれそうになったことに動揺して、私から無理やり体を離し彼をバスルームへと促した。やや不服そうにしていた彼を見て見ぬふりをして、とにかく彼の手を引き、バスルームに向かう。
「今着替え持ってきますから。ゆっくり浸かって暖まって下さいね」
それだけ告げてバスルームを出て行こうとすると、突然うしろから抱き寄せられ、そのまま私の体は彼の腕の中に収まってしまった。
「藤真、さん……?」
「……」
正面の大きな鏡を見るが、彼のサラサラの髪の毛が邪魔をして、表情が見えない。私がそのまま大人しく立ったままでいれば、彼は無言のまま、器用に、私の着ている部屋着のシャツのボタンを一つ一つはずしだした。
「ちょっ! ちょっと、藤真さっ……ヒャッ!」
ボタンをある程度開けキャミソールの中へ手を入れ素肌に触れられる。いつも以上の冷たさに、背を弓なりにさせ体をこわばらせる。氷のように冷たいその手は、より温かさを求めるように私の体中を這い回る。鏡越しにそんな自分の姿を見るのが嫌で顔を背けると首筋に柔らかな感触。キスをされているのかと思っていた矢先——ズキッと肩口に痛みが走った。
「お前は、俺だけいればいいんだ……」
「……っ!!」
驚いて鏡を見れば、彼は私の肩口に歯を立ててかなりの力で噛みついていた。いつもの物腰柔らかな口調や、私に見せる表情は消え、まるで獣のような目でこちらを睨みつけている。
「い……たい……、ょ……藤真……さ、っ」
「……」
涙を溜め、消え入りそうな声で鏡越しに痛みを訴えれば眼光の鋭さは消え彼は漸く口を離した。しかし、そこにはくっきりと歯形が残されており赤みを帯びていた。彼はその傷を見やり、今度は先ほどとうってかわって、優しく舐め始める。
「悪い……」
「……っ、」
突然の出来事に今は動揺で言葉が紡げず、ただ首を横に振るしかできなかった。そんな私の腕をそっと掴み、リビングへと戻った彼は、私の肩の手当をし始めた。肩にキスを落とし消毒を施してガーゼをあてがいテープで止める。手際が良すぎて、複雑な心境のまま苦笑してしまう。
「藤真さん……もしかして、今日——」
「……」
「……何か、仕事であったんですか?」
「いや。ただ——俺のものにしたかっただけだ」
藤真さんが小声でボソッと呟いた。私の耳にもしっかりと届いていたが、何だかもう一度聞きたくて聞こえなかったふりをした。「ん?」と私が聞き返した時テーブルに上がっていた彼の携帯が突如鳴り響く。小さく溜め息を吐いた藤真さんが不機嫌そうに、その着信を取った。
「はい……ええ、はい——え?今からですか?」
そのあと「わかりました」と早々に通話を終え電話を切った藤真さんはいつもの私に見せる笑みを投げかけ、再度「悪い」と謝罪をして今度こそ私の唇に軽く音を立てて口づけをした。
「ちょっと出てくる。 先に寝てていいから」
「……」
あからさまに、寂しいとか残念という気持ちが顔に出てしまっていたからだろうか。藤真さんは更に優しげな表情をして手を伸ばし私の頬を一度だけ撫でつけた。その手に触れようとしたがすぐに彼の温もりは離れていってしまいソファにかけたままになっていたネクタイとジャケットを身につけた彼が、私に背を向けたまま言う。
「さっきは本当に悪かった。」
「……」
「つい——肌が白くて、美味しそうだったから」
「……」
「……確かに。美味しかったよ」
柔らかい表情で振り返った彼が、すぐに真顔になって足早に部屋を出て行った。ガチャン、とオートロックが掛かる音がやけに大きく響き渡る。
痕は残らないであろう彼に噛まれたこの傷が、これから先も一生消えない��絆�≠ニして私の体に刻まれてしまえばいいのに——と思いながら私は窓の外、きらきらと煌めく都会の夜景を眺めるのだった。
*
「だっ、ダメです!」
「ん? どうして?」
深夜零時を過ぎた頃。疲労しきった状態で帰宅した俺を迎えたのは、キスを拒む彼女だった。
既に眠りについているか、もしかすると帰ってしまったかもしれないと思っていたので出迎えてくれたのには素直に嬉しかった。しかし恥ずかしがりながらもこうして遅く帰って来た日の日課になりつつあった行為を拒まれると、いくら俺でも多少のショックは隠しきれず、深い溜め息を一つ吐く。そのまま彼女の真横を通り過ぎネクタイを緩めながらバスルームへ向かった。
「あっ……いえ、別に。嫌なんじゃなくて——」
「……先にシャワーを浴びる」
急いで追いかけ来て言い訳を述べる彼女の言葉を遮ってそう一言告げバスルームの扉を閉めた。スーツを脱いで適当に投げ捨てバスルームに入りシャワーのコックをひねる。頭からお湯をかぶりながら彼女に拒まれた理由を必死に頭の中で巡らせた。しかし、特に思い当たる節もなく考えれば考えるほど、どつぼにはまっていくようで——。
「女の香水の匂いでもついてたか……?」
無意識に漏らした言葉は、そんな内容だった。確かに。今日の取引相手の女の香水が鼻についたことを思いだしつつ、ふと真横に視線を投げれば彼女が準備したのか、湯船にはお湯がためてあり俺自身と彼女がお互いに気に入っている入浴剤が入れてあった。
「——に、しても……真っ白だな。」
明らかに入浴剤を入れ過ぎている。基本的にはシャワーで済ませがちだが、折角ならばと湯船に入り天井を仰ぐ。すると、ふと控えめなノックが聞こえ「藤真さん、着替え此処に置きますね」と彼女の声が聞こえてきた。
「あぁ。ありがとう」
「藤真さん…………」
「……ん?」
「開けても……いいです、か?」
か細くて、一瞬、空耳かと思うほど小さな声で予想外の言葉が聞こえてくる。特別、拒む理由もない上、初めての彼女からの申し出に「どうぞ」と答え、髪をかきあげる。
パタン……とゆっくりバスルームの扉が開き、部屋着姿で申し訳なさそうにこちらを見る彼女が視界に入った。
「あの、さっきは……ごめんなさい」
「……」
「藤真さんとキスはした、いんですが……その」
「……」
「ベロに——」
「べろ?」
「あ、いや——舌に、口内炎ができちゃって…」
「口内炎……?」
こちらへ舌先をベーと出す彼女を見れば確かに小さな白い出来物が見えた。それを見て、拒んだ理由に納得しつつもフッと口元を緩め口角をあげ俺は不適な笑みを浮かべた。
「舌に口内炎が出来ても、キスはできるだろ?」
「……、」
「それとも名前は、もう舌をいれてのキスが前提——と、思っていたってことか?」
「えっ!? いやっ、そう意味じゃ!」
「ふーん……」
「……っ」
「へぇ。」
湯船からザブンっと上がると、彼女が後ずさりバスルームから出ていく。それを逃すまいと濡れたまま彼女をバスルームにもう一度引っ張り込んで腰に手を回すと、見る見る内に彼女の着ていた部屋着は水分を吸収し、俺と彼女の体に張り付きはじめた。
「いや、あの……藤真さんっ」
「なに?」
「ちょっ……んっ!」
無理矢理に彼女の口内に指を差し入れ舌を軽く引っ張り出して、口内炎のできている部分を避けながら指の腹で撫でてやると彼女がぎゅっと強く目を瞑った。
「舐めると、治りが早いと聞くが……」
「……っ」
「試してみるか?」
「んっ……」
そのまま距離をさらに縮めて自分も舌を出し、彼女の口内炎を舐めた。彼女が必死になって舌を絡めてくる様子が、なんとも愛らしかった。
風呂の蒸気と——俺からの愛撫にも似た行為に彼女の体は、どんどん熱を帯びて溺れていくのであった。
キミとぼくの
キス
をしよう。
(藤真——さん、服が……濡れちゃう)
(またすぐに新しいのを買ってやるよ)
(そんな、悪いです。買ってもらってばっかで)
(次は、もっと脱がせやすいのを選ぶよ)
(——っ! 藤真さんの……エッチ。)
(男なんて、みんなそんなもんだろ?)
※『 kiss you/EXILE 』を題材に
前へ
1/29
次へ
Back
/
Top