また元通りになっただけ(1/4)
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——ガラガラー。……
「いやっしゃーい……、あれ?」
お店の扉を遠慮がちに開けるや否や軽い調子で「よっ」と手を上げて水戸くんがいつもの柔らかい笑みを投げ掛けてくれた。私は「うん、こんばんはぁ」と言いペコッと頭をさげて、静かに扉を閉める。そのまま、水戸くんのいるカウンターの真ん前の席の椅子を引いて腰を下ろした。
「みっちーも来るんだよな?」
「うん……もうすぐ練習終わると思うよ」
「そっか」
「さっきまで花道もいたんだけどなぁー」と言いながら注文する前から当たり前にビールサーバーからグラスにビールを注いでくれる。カウンター越しにそのグラスを目の前に置かれたとき、一応水戸くんのほうから「飲むだろ?」と聞かれ私は今更聞くのかと思いつつもコクンとうなずいた。そのあとすぐにお通しを出してくれた水戸くんを見据えて私は口を開く。
「混んでる? ちょっと……その、相談に乗ってもらいたくて……」
私が言いにくそうに投げ掛ければ、水戸くんはきょとんとしたあと、柔らかく笑った。
「今日はさ、三人で回してるから大丈夫。どーした?」
不意に辺りを見渡してみれば店内にもう一人のバイトの子とカウンターの中には水戸くんのおじさんが厨房担当としていた。すると、水戸くんのおじさんがこちらを一瞥したので反射的にペコッと頭をさげてみた。目元が水戸くんとそっくりな水戸くんのおじさんから笑顔で会釈を返される。
水戸くんはカウンターの中に置いてある椅子に腰を下ろして自分の飲んでいたグラスに口をつけた。水戸くんと目線が同じ高さになる。
「うん……あのね、これ……。」
言って私は膝の上に乗せていた小ぶりな鞄からある物を取り出して水戸くんへと差し出す。不思議そうにそれを受け取った水戸くんが、少し首をかしげて、その手にした代物を凝視している。
「——K.Fujima、……?」
水戸くんはしっかりとその名を読み上げてから私のほうに視線を戻した。思わず私は苦笑いをし小さく溜め息を吐きながら言った。
「うん……。やっぱり、そう書いてるよね?」
「……」
水戸くんは無言のまま私から受け取った万年筆を私へと差し戻した。私もそれを受け取ってまた鞄の奥へとしまい込む。ややあって、私からまた口を開く。
「このあいだ、寿とクルージング……行ったの」
「へえ。うん?」
「偶然、船内で藤真さんとばったり会って……」
「……」
「それで帰り際ね?船を待つ待ち合い室のトイレの前で……」
「拾った。」
私が「え?」と反射的に顔をあげれば水戸くんが「だろ?」と得意げに言う。私は観念したようにひとつ息を吐いてから、コクンと頭を振った。
「高そうな万年筆だったからさ。受け付けに持っていこうと思ったんだけど……」
「……みっちーに、気付かれそうで?」
「あ、うん。そう……」
「焦ってそのまま持って帰ってきた、と。」
「まあ……そんなとこ、デス。」
水戸くんは「ふーん」と相づちを打って自身のグラスに口をつける。そして「どーすんだ?」と問う。答えずに彼を見やれば「それ」と私の鞄に顎をくいっとを向けられる。
「ねえー、どうしようかねぇ……」
「相手の連絡先は?」
「うん、電話してみた。でも、もう……使われてなかったの、電話番号」
「へえ、そっかそっか」
水戸くんは特に悩んでいるような様子もなにか考えている様子もなかったけれど刹那「あ、」と何かを思い出したように言った。
「宮城さんは?」
「それも考えたけど、なんか……大事になりそうでさ」
「ハハ、確かに。じゃあ、みっちーに相談してみれば?」
「言えないよ!……喧嘩、しちゃったもん。その日の、帰り際……」
「だろーね。だと思ったよ」
水戸くんをジト目で見れば水戸くんはハハハと浅く笑っていた。水戸くんはそばにあった煙草の箱から一本を取り出して一緒に置いてあったらしいマッチで煙草に火をつけ一服する。
「そんな気になるなら、返しに行けばいーんじゃねえの?」
「……え?」
「捨てられないんだろ?お人好し精神で」
「……」
「相手のいそうなとこ行ってみるとかやれるだけのことをして、ダメなら堂々と捨てる」
「……いそうな、ところかぁ……」
彼は「捨てられないなら、俺が最後は預かっておいてもいいぜ」なんて、軽い口調で言い放つ。私は食い気味に身を乗り出した。
「えー、じゃあ……いま預かってよー」
「なんでだよ、出来る限りのことやってみな?」
「えぇ……」
「拾ったのは、名前さん」
「うぅ……」
「捨てられないのも、名前さんだ」
水戸くんの正論すぎる正論に、私はぐっと押し黙ってしまう。きょう何度目かわからない溜め息をついている私に水戸くんは鼻で笑って言った。
「モヤモヤしてみっちーとこじれるくらいならさ自分の行動には責任持たないとな?」
「………そう、だよねぇ?」
「納得するまで、自分の力でやってみるこった」
「ハイ。」
水戸くんは「よし、」と笑顔で言ってタバコを灰皿へと押し付けて立ちあがった。そのときガラガラーと騒々しく入り口の扉が開かれた。見れば相手は私の彼氏、寿だった。
「みっちー、お疲れ」
「おう。——あっ、やっぱ先に来てやがった」
寿が私を見て、目を細めながら唇を尖らせる。そして、すぐに私の隣の椅子を引いて腰を下ろした。肩にかけてあったバッグは床にドンと乱暴に投げ捨てられる。
「寿……おつかれさま」
「おつかれさまってよ、何回も電話したっつの」
「え! あぁ……ごめん」
私が急いでそばにあった携帯電話の画面を確認してみれば着信が三件、メッセージが一件としっかり表示がされている。
「マナーモードだった……」
「携帯持ってる意味あんのかよ、ったく……」
寿はハァ〜アと抑揚つけて溜め息を吐き散らかしたあと「水戸、ビール」と、カウンターの中に向かって声を張る。水戸くんは他の作業中だったようで、それでも片手だけでOKというように合図を返していた。
「……あン? どうした?」
「え?」
「いや、なんか……顔色あんま良くねーぞ?」
「……そう?元気、元気」
「そか。ならいーけどよ」
そんな寿との会話をチラ見した水戸くんがすぐに顔をそらしたあと寿にはバレぬよう鼻で笑っていて私は思わず面を食らってしまったのだった。
*
結局その日、寿とは駅で別れた。水戸くんからの助言もあって私はいろいろと考えた末に翌日、藤真さんと偶然会ったことのある駅に行ってみることにした。都会の駅は混雑していると分かっていたため、あえて時間をずらし午後過ぎに自宅を出た。
電車に乗って辿り着いた先、過去に自分が人生の崖っぷちに立ち絶望の中で座り込んでいたベンチが目に入って思わず苦笑する。あまり気乗りはしなかったがとりあえず私はそこに腰を下ろしてみた。寿と久しぶりに会った日の事と、その後に藤真さんから声をかけられた出来事がリンクして私は無意識に小さく溜め息を吐いた。
ふと、藤真さんの会社に行ってみようかなとも思ったが、あのときと同様に完全な不審者扱いをされてしまうだろうし勝手な行動をして藤真さん本人に迷惑をかけるわけにもいかないよなぁと、私は座ったまま考えあぐねる。
すぐ、戻るけどな——と。彼は、言っていた。そうなると、もう日本にはいない可能性のほうが高い。それならば最終的には会社に届けてしまうというのも、やっぱりひとつの手かもしれない。そんな低能な脳みそで考えを巡らせていたとき、一通のメッセージが携帯電話に届いた。
三井 寿
お疲れ。今日会える?
幼馴染の彼氏からだった。なぜこんなときに。タイミングが悪すぎる。私はなぜか勝手に一人で気まずくなる。
返信内容に迷ったが、きょう藤真さんに、直接これを返せなければ結局私は職場に届けることになるだろう。きょう限りでこの万年筆事件を解決させなければならないと思った。それは私の立場的にもそうするべきだったし、なによりも彼氏に罪悪感があったからだ。
『お人好し精神で』なんて水戸くんから言われた台詞が、頭の中でリフレインする。それと一緒になって『隙がありすぎるんだよ』と何かにつけて彼氏から言われる台詞も頭の中を駆け巡る。そんなことを考えていると返信をする前にもう一通のメッセージが届いた。
三井 寿
家にいるなら練習終わったら、迎えにいくけど
彼も仕事中だ。予定が合わなければ相手だって他の予定を組みたいはずだ。そう思った私は取り急ぎ返信を打つ。
名前
今日は予定があるから、また今度誘って!
すぐに返信が来てメッセージを開けば『了解』と端的な内容だった事にとりあえずほっとする。
そのまま数時間、駅でぶらぶらしたりベンチに戻ってみたり停車する電車をのぞいてみたりしたけれど、藤真さんが現れることはなかった。
*
帰宅ラッシュに巻き込まれないよう化粧品などの買い物を済ませ夜の八時過ぎに、駅のホームを出た先のカフェで温かいコーヒーを買った。この時間帯は駅のホームを行き交う人でやはり駅内はごった返している。もう少しぶらついてから帰ろうかなと、思い切り振り返った先——
——ドンッ!!
結構の勢いで、通行人とぶつかってしまった。ドジな私も大人になった今では瞬発力をいくらか身に着けていたため瞬時に「ごめんなさい!」と謝り持っていたコーヒーカップを高く持ち上げたことで、相手にコーヒーがかかってしまう失態は待逃れた。
しかし、見上げた先、ほんの数センチの距離に立っていたのは二メートルはあるんではなかろうかという大柄な男性。黒ぶちメガネが印象的で、その彼が私を見下ろしている。
「いえ、大丈夫です。そちらこそ大丈夫ですか」
メガネをくいっと指先であげた大柄は男性が、私から距離を取るようにすこし後ろにさがった。そして、柔らかい口調で私の心配をしてくれる。
「あ、大丈夫です。ごめんなさい、勢いよくぶつかってしまって……」
「こちらこそ、すみませんでした」
「いえ……」
「吹っ飛ばされなくて、よかったな」
え——?と、固まって突っ立っている私。ひょこっと大柄な男性の陰から顔を出した相手。まさしく、それは……。
「ふ、藤真……さん——?!」
表情ひとつ変えずに「よっ」と、藤真さんが、その大柄な男性の真横に立った。な、なんだこのメロドラマの、王道みたいな展開は……!?
私が急にあたふたとしはじめた姿を大柄な彼は不審そうに見下ろしているし、隣の藤真さんは、ハッと、鼻で浅く笑っていた。
「藤真……知り合い、か?」
刹那、大柄な男性が、藤真さんに問いかける。藤真さんは「知り合い、なのか?」と何故か私に問いかけて来る。私は思わず声を張った。
「し、知り合いですよっ!なんでそんな他人行儀なんですかぁ!」
「あー、悪い悪い。こんな知り合いがいると思われるのがちょっと癪だった」
飄々と言ってのける藤真さんの言葉に私は顔を真っ赤にする。それを見て珍しく意地の悪そうな顔で微笑む藤真さんに私と藤真さんを交互に見る大柄な男性。すると藤真さんが「じゃあ一応紹介しておくか」と言った。
「こいつ、俺の友人だ。」
藤真さんは丁寧にも右の手のひらを返して隣にいた大柄な彼を私の方へと差し示す。その行動に少しだけ驚いた表情を見せた大柄な男性だったがぺこりと丁寧に頭を下げて言う。
「はじめまして、花形です。」
「はじめまして!名字名前です!」
私もバッと勢いよく頭を下げ返し、自己紹介をしてからまた顔をあげると、きょとんとしていた花形さんがプッと手の平で作ったグーの手を口にあてて笑う。
「なんだ、まだ名字だったのか」
「ちょ、まだって……あのねぇ!」
「こいつ、湘北の三井と付き合ってるんだよ」
藤真さんのさらっとしすぎる言動に思わず聞き流しそうになったが私は幼馴染の名前を出されたことを理解して勢いよく藤真さんを睨みつける。花形さんは「三井?」と、すこし考える風に斜め上を見やって目を細める。
「湘北高校のさ、ほらバスケ部だった」
「………ああー。三井、三井寿か……」
ふーんと言いたげに彼、花形さんは自分の手を台座にして頬杖をついてみせる。そんな、つかみどころのない二人を交互に見ながら動揺している私の耳に「で、なにしてるんだ?」と落ち着いた藤真さんの声が届く。そこで初めて本来の目的を思い出した私は急いで鞄の中をまさぐる。それを不思議に見やる二人を置き去りに私は「これ!」と言って、万年筆を藤真さんに突き出した。
「あの、これ。このあいだ拾いました」
「……ああ、やっぱり無くしてたのか」
そう言うわりには一切、万年筆を受け取ろうとしない藤真さん。私は声には出さず「ん」と言いたげに再度、万年筆を突き出すが藤真さんはにこやかに微笑んでいるだけだった。
「クルージングの待ち合い室のトイレ前で……」
「ふーん」
私は「え、」と言いそうになる口を噤む。藤真さんはそのまま視線を少し上に持ち上げて、花形さんを見やる。
「せっかくだから、三人で飯でも行くか」
何を言い出すのかと思えば、私はぎょっとしてまた二人を交互に見る。思わず、万年筆を落としそうになってしまってそれをぐっと握り返した。「ああ、俺は構わないけど」と言った花形さんもなぜか私の承諾を得るかのように私に視線を向けてくる始末。
「なんか、おすすめの店ないのか?」
未だに状況を上手く把握できていない私が藤真さんから質問されたと気付いたのは、言葉を投げ掛けられてから数十秒は経った後だったと思う。
「おすすめって……」
「俺もこいつも、日本が久しぶりなんだよ」
「え、そう……なんですか?」
「ああ、こいつ海外でバスケットしてるからな」
「へえ……」
そうなんだ……あ、なるほど。もしかして高校とか大学の時のバスケの知り合いなのかな?……って、待て待て、私!バカヤロウが。感心なんかしている場合じゃないでしょうが!どーすんの、この状況。ほんと、どーすんのよ!……あっ!!リョータくん!そうだ、リョータくんを無理やり誘い出そう。うん、絶対にそれがいいよね。過去に藤真さんと仲睦まじく飲んだ事のある仲だし。
「宮城にでも連絡しようって魂胆か?」
「えっ!?」
ぎょっとして、私は藤真さんを凝視する。彼は「考えが明け透けなんだよ」と舌でも打ち鳴らしそうな面持ちで呆れたように、溜め息を吐いた。そして、藤真さんが続ける。
「��リョータくん�≠チて口から出てたぞ」
そう言ってふっと鼻で笑う藤真さん。当たり前に押し黙った私に助け舟を出してくれたのは彼の知人、花形さんだった。
「地元は、神奈川なんですか?」
「え、あ……はい。湘北の、まぁ近くに住んで、おりまして……ですね……」
「そうですか。なぁ藤真、向こうに戻って食べてもいいんじゃないか?」
「ああ、それでもいい」
はいはい、向こうに戻って……って、えー!!なんか知らん内に三人でご飯食べることになってんですけどぉ〜!?……あ、待って。じゃあさ、もう一店舗しかないじゃん、おすすめのお店は。
「あ、あの……」
私が小さく声をかけたとき、目の前のふたりが凝視してきて思わず「ひっ」と言いそうになって身を引く。こんなに顔がいい男性に揃って見つめられたことなんて、ここ最近あったかしら、なんつって。
「日本食、食べたくないです?」
「ああ……まあ、そうですね。食べたいです」
「居酒屋なんですけど懐かしいメンバーに会えるかもしれないお店、行きません?」
私が目を輝かせて提案すれば、目の前の二人は不思議そうに顔を見合わせていた。それを見て、私は情けなさそうに眉をさげて付け加える。
「��元�¥テ北高校メンバーしか会えませんけど」
そんな私を見た藤真さんが珍しく柔らかく顔を綻ばせた気がした。多分気のせいだと思うけど。
結局、異色の三人で電車に乗って、水戸くんのお店に向かった。途中、リョータくんと彩子メッセージを打つ。二人ともせっかくだし、顔を出したいとのことだった。リョータくんが、私からのメッセージを受け取ったあとに気を利かせて赤木先輩と木暮先輩にも連絡を入れてくれたらしく、どうやらその二人も少しだけ顔を出すとリョータくんから返信をもらった。
駅を降り、水戸くんのお店に三人並んで歩いて向かっていたとき、私はその話を二人に伝えた。
「リョータくんと、マネージャーやってた彩子も来るみたいですっ!」
「リョータって……ああ、宮城リョータですか」
「そうです! 花形さんも記憶に残ってます?」
「そうですね、宮城と桜木の顔はなぜか今すぐに出てきました」
花形さんは、困ったように笑って言った。藤真さんは聞いてるんだかいないんだか、歩きながら横にながれる海を眺めている。彼も、海なんかを眺めて何かを思う瞬間があるのだろうか、謎だ。
「赤木先輩と木暮先輩も来るって話です。ほら、元キャプテンと副キャプテンの。確か藤真さんと花形さんと同い年なはずですよね」
「わざわざ連絡してくれたのか?」
そこで初めて藤真さんが会話にはいってきた。やっぱりちゃんと聞いていたのかと、少しホッとする。私はにこっと微笑み言葉を返す。
「はい!まあ、連絡してくれたのはリョータくんですけども」
「桜木は?」
「えっ!桜木くん?うそ、藤真さん、桜木くんに会いたいんですか?」
私が驚いたように藤真さんの顔を覗けば、藤真さんは顔色ひとつ変えないで淡々と言い放った。
「ああ、会いたいな。久しぶりに」
私はなんだか家族に会いたいと言われた気分になって嬉しくなってしまい先ほどまでの気まずさはどこへやら、といった感じで「そっかぁー」と藤真さんに、満面の笑みを返した。
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