また元通りになっただけ(2/4)
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ガラガラーと水戸くんのお店を開けるとすでに赤木先輩と木暮先輩が座敷に座っていて、さすがだなって思わず関心してしまった。きっとこの人達の辞書に��遅刻�≠ニいう概念はないのだろう。
花形さんも藤真さんも、二人の姿を確認すると嬉しそうにさっさと座敷席に向かった。私は先にカウンターの中にいた水戸くんのところへと立ち寄った。すぐに水戸くんがそれに気付いてくれてカウンター越しに会話を交わす。
「ごめんね!急に大所帯」
「や?いつも店に貢献してくれて助かってます」
「でね?あのさ、桜木くんに連絡って取れる?」
「ああ、さっき連絡済み。来るってさ」
水戸くんが優し気に首を傾げて言う。さすが!と私はパッと顔を綻ばせて背後を振り返り「藤真さん!」と声を張った。すでに席につき談笑していた四人が一斉にこちらを向く。
「桜木くん、来るってー!」
それに対して小さくうなずいた藤真さんに赤木先輩は「アイツが来ても飲み代を請求されるだけだぞ」と、腕組みをしながら鼻を鳴らしていた。それを見て私もくすくす笑っていると密やかな声で水戸くんから名を呼ばれ、振り返る。
「みっちーは?」
コソコソ話をするような雰囲気で、それでも、落ち着いた声色の水戸くんに、私が気まずそうに顔を曇らせれば彼は「さすがに呼べねーか?」と浅く笑った。
「……迷ったんだけど。なんか、ね?」
そう返せば水戸くんは頷いてくれた。そのときガラガラーと軽い感じで入り口の扉が開かれる。見れば、リョータくんと彩子だった。木暮先輩が「お、来た来た」と言って座ったままで、二人を手招きしている。リョータくんを先頭に二人も、座敷席へと向かう。座敷にあがったリョータくんが座る間際、藤真さんにハイタッチを求めていて軽々それに応じた藤真さんを見ていたら私のせいで二人に変な確執を生ませてしまったのかも知れないということに心の中で悩んでいた気持ちが、少し救われた気がした。
結局そのあと桜木くんの登場で座敷席は大いに盛り上がり、私は寿に後ろめたい気持ちを持ったまま、ほぼカウンターで、水戸くんに相手をしてもらった。なんどか座敷席に目をやったけれど、あの幼馴染の彼なんかとは当たり前に違ってチラチラと私の様子を伺う素振りも見せない藤真さんは、昔話に花を咲かせていた。
*
宴会の途中、九時過ぎくらいだっただろうか、寿から、一通のメッセージが入っていた。
三井 寿
結局この時間まで学校にいる俺を褒めてくれ
それを見て思わずクスッと笑った私に水戸くんが気付いて「未来の旦那さんかい?」と聞かれ、素直に「うん」とうなずいたりした。
練習のあと自分の仕事を片付けるため時期にもよるが彼はこうして夜遅くまで学校で仕事をしていることがある。労いも込めて『次会ったらハグしてあげよう』と送ればややあってメッセージが飛んで来ていたがそれはあとで確認すればいいかと、スルーしていた。
宴もたけなわ、九時過ぎに赤木先輩と木暮先輩と花形さんが一緒に帰って行き、夜の十時過ぎになった頃、リョータくんと彩子と桜木くんが店を出て行った。店内には私と藤真さんだけとなってしまったので私も帰る支度をし始めたとき、彼氏からかのメッセージを確認していなかったことに気がつき、メッセージを開いてみる。
三井 寿
ハグだけか?
しまった、質問系だった。さて、なんて返そうかなぁ、などと考えていたら不意に真横に人影が座ったのが目の端に映ったので咄嗟に携帯電話を鞄にしまい込んだ。
「今日は世話になったな」
その言葉は私に向けられたものではなくて彼の視線の先、正面のカウンターの中にいた水戸くんへ向けての言葉だった。
「いや。花道も楽しそうだったから」
水戸くんが珍しく困ったように眉をさげて返答する。なんだか不思議な組み合わせだ。こうして二人が一緒にいる場面を改めて観察してみると、藤真さんと水戸くんって似ているようで似ていないんだな。なんとなく、似ているとばかり思っていたけれども。新しい発見だ。
「今でも桜木の応援行ってるのか?」
「たまにな。行けるときは行くようにしてるよ」
「へえ。いいよなぁ、こうして年を取ってからも仲がいいっていうのは」
そう言い置き藤真さんがカウンター席から立ちあがり「お会計頼むよ」と言った事で水戸くんが「はい」と短く返してレジへ向かう。それに合わせて、藤真さんもレジに歩いて行った。
結局、座敷席でどんな会話が繰り広げられたのかは定かではないが、今日の支払いはすべて藤真さん持ちのようだ。水戸くんにもう一度しっかりとお世話になった旨を伝えて私と藤真さんも水戸くんのお店を出たのは、十一時前くらいだった。
藤真さんはこのまま東京に戻るらしく、駅までの道のりを見慣れた海を横目にして一緒に歩いた。
「こんなに大勢集まるなら、手土産にワインでも持って来ればよかったな」
「ワイン……相変わらず、おっしゃれー」
私のそんな軽口にも、藤真さんはまるでお酒を飲んでいないみたいな風貌で凛とした表情のまま隣で肩を並べて歩いている。なんだか、不思議な気分だ。
「ああいう居酒屋って藤真さん、初めてなんじゃない?」
「ああ、はじめて入った」
「はっきり言うなぁ……もう。」
藤真さんは横に流れる海に視線を向ける。そのときふと思った。この人実は、海が好きなんじゃないのかなあ、って。根拠はない。ただ、なんとなくだけど。
「藤真さん……あの、今さらなんですけど……」
私の小さな声に藤真さんが反射的にか、視線を海から私のほうへと移した。私は、視線を自分の足元へと落とし込み、ぽつりぽつりと言う。
「母の件……黙っていて、すみませんでした」
「母の件?……ああ、いや。気にするな」
「結婚するっていうのにあんな大事なこと……」
その先を言いよどんで未だ俯いている私に彼の冷たくも落ち着いたいつもの声色が降って来る。
「俺にはひとつ、持論がある」
私は俯いていた顔をあげて真横にいる藤真さんをチラと見上げる。彼は真っ直ぐに前を見据えて歩いていた。その横顔に、なんとなく懐かしさを感じて心の奥がほんのりと温かくなる。
「子供の犯した過ちは親の責任だけど親の犯した過ちは子供には欠片も責任がないってことだ」
「……」
「親になにがあっても、お前には関係ないだろ」
「藤真さん……」
「あまり、気にすんな」
その言葉で救われた気がした。いつの日からか母親の自殺という私の中の黒い部分をしめている出来事が、重荷になっていた。
誰のせいでもない。けれども、その居なくなってしまった本人から事の真相を聞く手段も方法ももうない。だからこそ何かがあると��母親の死�≠ェ私の責任なのだとそう思って生きてきたから。
「ありがとう。」
はっきりとした口調で、私が真っ直ぐにお礼を告げると、こちらを見た藤真さんの顔が柔らかく綻んだ気がした。藤真さんはすぐに視線を正面に戻して、そしてゆっくりと立ち止まる。不思議に思って私も進めていた足を止めた。すると、藤真さんが不意に真横の防護柵に手を掛けて海の方に姿勢を向ける。私も、それに誘われるようにして藤真さんの横に並ぶと防護柵に両手をついて海を眺めた。
「それにな、うちの親だって、人のことをあーだこーだと言えるほど、立派な連中じゃないんだ」
私は海を見ている藤真さんの横顔を見て、彼の母親と会った日のことを思い出す。実はあの時、上手く行くだろうと何故か過信していた。それをことごとく崩されて、私は自分自身を責めた。
「大手銀行の頭取だった父親は仕事でいつも家にいない。母親も何が忙しいのか、しょっちゅう、家を空けてた」
「……」
「料理を作ってくれたことなんか、なかったよ」
私はこの時、ようやくずっと疑問に思っていた謎が解けた気がした。藤真さんが私に「手料理が食いたい」と言った、あの言葉の真意を。
冷たくて、読めなくて、変わった人だとばかり思っていたけれども。きっと彼も普通の年相応の成人男性だったのだなと。
「なにも、のべつ一緒にいる必要はないと思うけどな。一緒にいる意味がないなら、別れたほうがいいと思う」
そう言って藤真さんの視線が私のほうに向けられる。私はその藤真さんの瞳を見つめ返したあとゆっくりと海へと視線を戻して呟いた。
「やだな……私もしかしたら、もうすぐ結婚するかもしれないのに」
「……」
「結婚する前から、別れる話なんて……」
「はは、それもそうだな」
藤真さんも、海へと視線を戻したのが目の端に見えた。私は今、なんて藤真さんに声をかけたらよいのかと考えあぐねていた。しかしそんな私をよそに隣から「あー、なんか腹減った」と聞こえてきて、ぎょっとして私は藤真さんを見る。
「え!? 食べなかったんですか、さっき」
「いや?食べたよ。酒飲むとカップラーメン食べたくなるだろ?」
「ええ……庶民。意外……」
「お前の中での俺の印象はいったいどうなってるんだよ」
「えぇー?うーん。エリートで?最高位のステータスを持つ……未来の社長候補?」
「すごいな。是非それを叶わせてもらいたいところだな」
ひとつ浅く笑った藤真さんの声に被せるようにドサッという鈍い音が聞こえた気がして反射的に藤真さんと一緒に駅の方面を見やる。そこには、スポーツバッグを地面に落として固まっている、私の望む、未来の——旦那さんが立っていた。
私たちと目が合った瞬間に、落としてしまったバッグを急いで肩に担いでくるりと旋回した彼がスタスタと早歩きで今来た道、駅の方へと歩いて行く。
「寿っ!!」
私はすぐに、彼の背中を追い掛ける。早歩きの彼の歩幅は大きく、私が辿り着いたころには私は息を切らしている状態だった。
「待って! 寿っ——、」
叫んで私は彼の腕を掴んだ。けれどもすぐに、バッ!と、その手を振り払われてしまった。立ち止まって私に背を向けたままの幼馴染の彼。私が少し後ろで立ち尽くして俯いていると、相手が、ぽつりと呟いた。
「予定って……そういうことかよ」
「違っ、ちがうよっ? ちゃんと、説明させて」
「何を説明すんだよ、どうやって乗り切る気だ?この状況……」
「………あ、あの」
「ちょっと……時間くれ」
言って彼はもう一度、バッグを肩に掛け直すと駅のほうへと走り去って行った。そんな彼の姿を呆然と立ち尽くして見ていた私の真横にゆっくりシルエットが現れる。すっと差し出された相手の手の中に私の携帯電話が持たれていた。次にその携帯電話に視線を移した私の耳に「落としたぞ」と、冷静で落ち着いた声が飛び込んでくる。未だ放心状態のまま、何とかそれを受け取れば一件のメッセージを受信していたと知らせる表示。
宮城リョータ
三井サンっぽい人とすれ違った気がする!名前ちゃん、まだ藤真といんなら気をつけて!
私は思わず夜空を仰いで重々しく深い溜め息を吐いた。それを見ていた藤真さんが、鼻で笑った音がして、私は視線を藤真さんへと向ける。
「大丈夫なのか?」
「……え?」
「こんな脆くて。お前と三井」
そう吐き捨てるように言った藤真さんは、駅のほうへと隙のない動作で歩いて行く。とりあえず私も駆け寄って、彼の隣に再度並んだ。しばらく無言で駅まで一緒に歩いていたが、そもそも今日私がこんな目に遭った事の経緯をここで思い出し「……あ、」と、私は口を開く。
「藤真さん」
「ん」
「万年筆……」
そう言って歩きながら私が鞄の中をごそごそと漁っていると藤真さんの外気で冷たくなった手がそれを阻止するように、私に手にそっと触れた。
「え?」
「次回返して」
「……は? じ、次回……とは?」
「四日後の、土曜日」
「はい……?」
「昼の便で日本を発つ」
藤真さんがじっと私を見据えるものだからその視線から逃れることが出来ずに、私も藤真さんを見つめ返してしまう。ついでに言葉も失ってしまった。
「俺に着いてくる気なら、持ってこい」
「……はい?」
ようやく声を発することができたのはいいが、きょとんと間抜けな顔で藤真さんを見た私に彼が破顔してプッと吹き出す。
「な、なんですかっ!?そのカッコいいような、でも実は、チャラチャラとした口説き文句は!」
「おーおー、怖い怖い」
「あ、あのねえ〜!!」
そのとき丁度、運がいいのか悪いのか駅に到着してしまった。すると私の目の前に移動して向き合った体勢になった藤真さんがやけに通った声ではっきりと言った。
「四日後」
「……、」
「待ってるぞ、空港で。」
呆然と藤真さんを見つめるだけの私を一瞥して彼は「じゃあな」と短く言い置き、くるりと私に背を向けて駅のホームへと姿を消した。
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