仕事帰りの夜のコンビニは、いつもより冷たい蛍光灯が胸の奥に落ちるように感じられた。肩にかけたバッグの重さよりも、今日を終えた身体の疲労よりも、なぜかその白い光の方が心に触れてくる。
カフェオレと、明日の朝食になりそうなサンドイッチを片手にレジを抜けたあと私は習慣のように、スマホを開いた。画面の中には昨夜、電話を切ったあとに届いていた、一通のメッセージ。

明日、楽しみにしてます
ホークス……。
久しぶりの、ほんとうに久しぶりのお泊まり。その言葉だけで胸がふっと温かくなる予定だったのに明日の朝、急遽ねじ込まれた社内ミーティングが、すべてをひっくり返した。始業よりも早い出勤時間。準備はできていないし心にももちろん余裕がない。ああ、こんな日に限ってどうして。
私はスマホの画面の文字をしばらく見つめて、それから、そっと指を動かした。

ごめん。
明日、朝すごく早くて

今夜のお泊まり
中止にできる?
送信——小さく息を吐いた瞬間、画面に既読の印が灯る。早い。早すぎる。だが、いつも思う。彼は私からの連絡だけは、どうしてこんなにも、反射速度で読むんだろう……と。センター内での噂だと忙しく飛び回っているで有名な彼なので、まったく連絡を返さない系ヒーローなんて、影で呼んでいる人もいるのに。
そうして数秒も経たずに落ちてきた返信は案の定というべきか、どうしたものかと、頭を抱えるべきか……。

え、ちょ……

名前さん、それ……
マジで言ってます?

まさに今
飛び立つ瞬間だったんですが?

【写真を送信しました】

ほら、見て!
ベランダの柵に足
引っ掛けてるでしょ!?

え……今夜は、来るなと?
そういう意味ですか?

いや俺あれですよ?
ベランダで寝れますけど

なんならマンションの廊下でも可

ダメですよね
仕事ですもんね

心臓、今ばくばくしてます

ほんとに息
浅くなってるんですけど
私は歩道の端で思わず足を止めコンビニの袋をぶらさげたまま、ふふっと笑ってしまった。犯罪組織相手でも心拍数ひとつ乱れない人が私に会えないというだけで、息を詰まらせている。仕事の過酷さより恋人に会えないことの方が彼の心臓に負担らしい。……やれやれ。かわいすぎる。私はまた静かに、指を動かした。

ごめんね。私も会いたいけど
明日ほんとに早いから
仕事終わったら電話するね?
やさしく、でも��お断り�≠ニいう絶妙な温度で送ったつもりだったのに——返ってきたのはあい変わらず彼らしい、あまりにも、真剣すぎる言葉たちだった。

電話じゃ足りないんですよ

会えないと
名前さんの存在が遠く感じて
羽根も心も不安定になるんです

俺ってバクバクする
生き物だったんですかね

てっきりパタパタだとばかり……

ていうか好きです

ほんとに会いたかったんです

俺、今夜会えないって思った瞬間
何枚か羽根が抜けました

抜けたぶん
どうにか心臓に詰めたい

でもそれじゃ足りない

ていうか会ってください
ウィングヒーロー・ホークスの個性の羽根は、意外と耐久性がないのかしら。心臓に詰めるってなに。怖すぎる。ああ、だめだ。このヒーロー、完全に拗ねている。
けれど、文字の端々から滲み出る彼の孤独と、会いたさと、我慢の限界みたいなものがあまりに正直で胸の奥がうずく。遠距離というのは思っていた以上に彼にとっても重くて寂しいのかもしれない。私は少し迷って、できるだけやわらかく、返事のメッセージを打つ。

ほんとに、ごめんね

でも会いたいって
言ってくれて嬉しかった

次に会えたときは
いっぱい甘えていいから
夜風が頬を撫でていくあいだ私はスマホを胸の前でそっと握りしめ彼が今どんな顔でこの文字を読んでいるのか——どんな呼吸で、どんな速さで、返事を打とうとしているのかを想像しながらほんの一瞬だけ心臓が静かに脈をゆるめるのを感じていた。
遠距離の夜は、ほんの数秒でさえ、恋の温度に合わせて、伸びたり縮んだりしてしまう。そんな揺らぎのあとに画面がぱっと光った。返ってきたのはたったの数秒後。いや、正確には数秒よりももっと、長く感じられた数秒間だった。

じゃあ遠慮なく
爆甘えします

個性もふんだんに使います
覚悟しといてくださいね

名前さん、大好きです
彼らしくて、愛しくて、なんだか泣きたくなるほど私はこの瞬間、安心感に包まれた。
仕事よりも、任務よりも、私との約束のほうが彼の心を揺らすらしい。そんなふうに言ってくれる人がこの世界にひとりいるという事実が、ただただ、嬉しかった。
「……好きだよ、私もほんとに。」
声に出したひとことは夜風の中に静かに消えていった。けれど、きっとあのヒーローの羽根が、どこかでふわりと揺れているような、そんな錯覚すら覚えるほどに、胸のうちはあたたかかった。
*
目覚ましが時刻を告げたのは、4時50分。いつもよりも一時間以上早く鳴るその電子音が、まるで闇に沈む部屋の奥からこちらへ向かって手を伸ばしてくるようで私はしばらく布団のなかで呼吸を整えるしかなかった。
身体は重い。昨夜の��拗ねメッセージ祭り�≠ノよって就寝が遅れ、ベッドに潜り込んだあとも、画面越しの羽根が脳裏でぱたぱたと騒ぎ、眠りは浅く夢と現実の境目を曖昧にしたまま朝を迎えてしまったから。
それでも、会えない朝を彼の不安で満たしたくなかった。遠距離の恋では、たった一通の『おはよう』が相手の一日を支える日だってある。だから私はゆっくりと身体を起こし寝起きでぼんやりした視界のまま冷たい床へ足を落とすと鏡の前に立ち、ほんの少しだけ自分を整える。前髪を指で梳いて形を整え、唇に色をひと刷けのせて血色を作り襟を軽く引き寄せて形を直す。どれも、ほんの数秒の作業なのにその一つひとつが彼氏に見せる顔になるまでの準備という儀式めいていて、私はその間、少しだけ呼吸を深くする。寝起きっぽさがまだ抜けきらない。でもこの瞬間だけは彼への気持ちがそっと背筋を支えてくれる。私はスマホを両手で持ち、画面を構えた。
パシャ——。パシャ……。
一枚目では表情が硬すぎて、二枚目では角度が少し甘い。もう一度、光の入り方を確認してから三枚目でようやく納得がいった。カメラロールを指で滑らせながら彼が見て安心するであろう一枚を選び、メッセージに添える。

【写真を送信しました】

おはよう
行ってきます
そのたった二行に、今の私が渡せる、すべてを込めた。遠距離の朝は言葉よりも先に「ちゃんと今日も、あなたに向いていますよ」という証拠が必要になる。そう思いながら送信ボタンを押したその数秒後、静かな朝を、いとも簡単にひっくり返すように彼からの返信が画面いっぱいに弾けた。

うわ無理
かわいい、無理

え、天使ですか?
いや女神?
むしろ俺の太陽?

名前さん、それは俺に
仕事をさせない顔です

今この瞬間
国の治安より名前さんの笑顔が
優先事項になってます

あ、おはようございます

行ってらっしゃい
俺だけのシンデレラさん

次会ったら
ぎゅーさせてください
強く。長く。あと、ばり甘く

さっきの自撮り
待ち受けにしていいですか

ていうか、もうしてます

【スクリーンショットを送信しました】

今日の羽根
あなたのために飛ばします

好き、好き
好きです(3段活用)

頑張って、ね
俺だけのヒロイン♡
……うるさい。文字なのに、どうしてここまでやかましいのだろう。朝っぱらからこんなに歯の浮くような台詞が連射されてくるなんて、もはや感心すらする。
愛が重い。いや、爆発的に。でも、きらいじゃない——どころか、こんなふうに真っ直ぐに私へ向かってくる感情が胸のどこかをほのかに温めて息を吸うたびそこから甘い痛みが広がっていく。
昨日買ったサンドイッチを寝ぼけ眼で食べて、歯を磨き、薄く化粧をして着替えを済ませ、イヤホンを耳に差し駅まで歩く。電車に乗り込むと、電車の揺れに合わせて身体をほんの少しだけ預けながら私は、マスクを指でそっと引き上げた。
他人の視線を避けるようにスマホを胸元へ伏せる。不意にこぼれた口角の緩みがどうしても隠しきれずに頬の裏側をくすぐって、恥ずかしいのにやっぱり、どうしようもなく嬉しかった。

ありがとう

今日も一日頑張れそう

ホークスも頑張ってね
会えなくてもちゃんと彼はそばにいてくれる。羽根ではなく、言葉でふれてくる。その言葉が、遠く離れた朝の私の心に目には見えない柔らかな羽根を一枚ずつ落としていくようで会えない寂しさがまだ身体に残っているのにその上からそっと毛布のように愛情が重ねられていくのを感じた。
画面の向こうから降り注ぐ言葉は羽根より軽くけれど羽根より
私はマスクの下で微かに笑いながら電車を降りいつもの通路を抜け、仕事へ向かう足を前に進めた。そして、午前の忙しさをなんとか乗り切り、気づけば時計の針は、お昼休みへと差し掛かっていた。職場の休憩室に向かう廊下の空気は微かに温かくて朝の余韻を少しだけ掬い直すような静けさが漂っている。
コンビニで買ったパスタを手に、私は休憩室のいちばん隅にある窓際の席に腰を下ろした。外は曇りで光は淡く、それでもブラインドの隙間から差し込む明るさが、忙しさに押しつぶされそうな午前中をそっと労わるように感じられた。
フォークにパスタを巻こうとしてふとスマホを見る。メッセージアプリの右上に小さな赤い丸がひとつ、灯っていた。新着通知、一件。胸の奥がまたひとつ静かに跳ねて私は指先をそっと画面に滑らせた。

お昼、何食べたんですか?
あら、意外……。ふつうの文面だ。しかしその��ふつう�≠ェ長く続くはずもなく、数秒後、予想どおりの彼が姿を現した。

いや
ほんとに聞いてるだけですけど

でもそれが知らん男の
おすすめとかだったら
それだけでちょっと嫉妬します

え、そいつ誰ですか

センターの男ですか

違うとしても気分的には
今、ばり対抗心あります

俺のおすすめなら
絶対名前さんの口に
合う自信あるんですけど

ていうか俺が先に名前さんの
口の中に入りたかった……

あ、そういう変な意味ではなくて
それくらいあなたの一番に
なりたいっていう愛です

だから、引かんでね?
ほんとうに、どこまでも愛の方向へ、一直線に走っていくヒーローだ。昼休みの休憩室の窓から見える曇り空より、この人の感情のほうがよほど天候が移り変わりやすい。私は小さく笑いながら返信を打つ。

ツナとほうれん草の
和風パスタでした

誰にも勧められていないし
自分の意思で買いました

ちゃんと一人で食べたから
安心して(笑)
もうパスタが少し冷めてしまってもいい。画面の中の彼の嫉妬が、なによりも温かく感じられたから。彼の言葉にいちいち胸の奥が揺れる自分がいて遠距離という現実さえほんの一瞬だけやわらかく見えた、昼下がりだった。
*
その日の夜。くたびれた身体をようやくソファへ沈めたとき背中を包むマットレスのやさしさに自分が今日一日どれだけ頑張っていたのかをようやく実感した。
化粧を落としてから温かい水で顔を洗い流し、タオル地のヘアバンドを取っ払って髪の毛を櫛で適当に直す。
「——よしっ、スッキリした」
お風呂はひと息ついてからにしよう。家の中の静けさが、やけに広く感じる。遠距離の夜はどうしてこんなにも、自分の声が大きく聞こえるのだろう。一人でいる静けさの中に彼の羽根の気配がふっと混ざったような錯覚がして私はついスマホへと指を伸ばしてしまう。
リビングの柔らかな照明の下、少しあくび混じりの顔でカメラを構えた。眠気と疲れがにじんだ自分の表情が彼にだけは見せてもいい種類の顔に思えて、胸の奥がじんと柔らかくなる。
パシャ——。
今度はたった一枚。撮り直さない。その一枚に今日一日の余韻と彼に届けたい少しだけ甘い夜を詰め込んで、私はひとこと添えて、送信ボタンを押した。

【写真を送信しました】

ただいま
送信ボタンを押した瞬間、画面の端に薄い光が瞬き、既読の文字がすぐに灯った。ほんとうに、どうしてこの人は私からの通知だけはこうも反射的に受け取るのだろう。しかし、スマホの画面をよく見ると【ボイスメッセージを送信しました】という通知が表示されていて、私は軽く首を傾げながら、再生ボタンに指を置いた。
『……ああ。もう、だめだ……だめです、俺。』
開口一番ずいぶんと掠れた声が胸の奥をふっと揺らした。それは、今日一日の疲れが一瞬でほどけるようで、まるで、彼の息遣いが、耳元の空気を震わせたような錯覚すら覚えた。
『今ただいまって言われただけでスマホぎゅって抱きしめそうになりました。しかも、写真つき、て。俺を殺すつもりですね?ていうか今、耳元でおかえりって返したんですけど、届いてないって思って、また言います。おかえり、おかえり、おかえり……なさいっ!』
照れ笑いが混じった小さな息が、音声越しでも空気の温度を変える。その、恥ずかしさの直後に来る素直さが、どうしようもなく彼らしかった。
『えっと今日も一日、頑張ってくれてありがとうございます。偉いです、すごく。めっちゃすごい。俺が思ってる以上に名前さんはすごく素敵です。だから今すぐギューってしたいし、できるなら羽根でくるんで、そのまま眠らせてあげたいです』
そしてひと呼吸置いたあと、声の温度がふっと深まり私の胸の奥へと、静かに沈んでいく。
『俺、本気で、名前さんの毎日を守れる男になりたいです。好きです、ほんとに。会いたいです。じゃあ……ちゃんと休んで。俺も今夜は寝ます。寝れるかはわかんないですけど、頑張ります』
最後の一言は、言葉というよりも、気持ちそのものを、そっと手渡されたようだった。
『おやすみなさい、名前さん。だいすきですよ』
——再生終了。
音が途切れたあと、部屋の静けさがゆっくりと戻ってきたはずなのに私の胸の中ではまだ、彼の声がほのかに響いていた。
スマホを胸に抱いたまま、しばらく動けない。��好き�≠ニいう言葉は何度も重ねられていたのにそのすべてが同じ質ではなくひとつひとつ別々の温度と重さを持って、私に降り積もっていった。まるで、薄い羽根が静かに肌の上に重なっていくみたいに。
「ほんと、ずるいヒーロー。こんなの……好きにならないわけないじゃん……」
つぶやいた言葉は誰にも聞かれない夜にそっと溶けていった。だけどきっと画面の向こうで彼の羽根がふわりと震え、その気配がここまで届いているような気さえした。
私はゆっくりとまぶたを閉じる。遠距離の夜は少し長くて、少し心細くて、でもその分だけ彼の声の残響が温かい。
次に会えたときは今日の『ただいま』のぶんも昨夜の『おかえり』のぶんも、ちゃんと、耳元で返そう。彼が羽根で包んでくれた分だけ私もちゃんと、彼を抱きしめ返すために。そう思いながら静かに静かに、眠りへと沈んでいった。
*
友人に誘われて顔を出した飲み会の席は六人分の笑い声が積み重なって空気に弾んでいて、カラフルなカクテルと店の雑多なネオンがテーブルに滲み女子特有の華やかな香りが漂っていた。その中心にいるはずなのに、私はどこか半歩だけ外に立っているような気がしていた。
「ねぇ……あんた、またスマホ見てんのー?」
隣に座っていた友人が、肘で軽く、私の脇腹を突く。その何気ない一押しで、私は、はっと肩を揺らす。
「あっ……ごめん。ちょっと、仕事の連絡……」
嘘ではないけれど、ほんとうでもない。私は、スマホの画面を軽く伏せた。すでに未読が九件。すべては彼、ヒーローホークスからのメッセージ。内容はといえば『写真送ってください』や『今何してるのか実況して』とか『飲み会の雰囲気だけでも剛翼で感知したか』とか、もはや、執着にも似た、愛情の暴走である。
「てか、結局あの新しい彼氏とどうなったの?」
「え?」
「ほらー、言ってたじゃない?めちゃくちゃ束縛するけど、まったく会えない彼氏!」
「あ、ああ……」
「連絡はマメだけど、ほったらかしと干渉が同居してる、最悪タイプの男!」
「いやいやポケモンみたいに言わないで?それにそんなひどい伝え方してないでしょ、私。」
私は、苦笑いしながらグラスを揺らす。過去に、彼氏の存在を追及されたあまり、ほんの少しだけ愚痴めいた話をしたことがあった。それが、友人たちの間でこんなふうに脚色されているとは。
「まあ、でも。そう見えるかもね……」
「そう見えるどころじゃないって!あんたの前の彼氏、あんたを日本に置き去りにしやがったじゃない?」
「置き去りって……」
「傷が癒えてよかったと思ってたのに、また変な男捕まえてさぁ……」
「ははは、心配してくれてありがと」
「当たり前じゃん!合コン誘っても一番に帰るしもう恋愛は懲り懲りですみたいな顔してたのに」
「……ね。私もそう思ってたんだけどねー」
テーブルの向こう側では別のメンバーが自分の彼氏がどれだけスパダリなのかという話題で盛り上がっており「きゃ〜」とか「最高!」と弾ける声が笑い声とともに層になって店内に響く。
「あんたみたいないい子はさ、ぜったいに幸せになるべきなんだよ」
その喧騒の端で隣に掛けていた友人がグラスを傾けながら、ゆっくり言った。その言葉に不意に胸の奥が少しだけ揺れる。
「ハズレだったら、さっさと次行きなー?時間の無駄じゃん」
「ハズレって……別に、そんな……」
「どう考えても、今の男もハズレじゃん!」
「いや、うーん……」
「ほら、仕事の繋がりとかでさ?良さそうなプロヒーローとかいないの?」
「……」
「もう別れちゃえばいいのに〜!そんな、めんどくさい男!」
別れちゃえばいい、という一言が胸の内のどこかを小さくきゅっと締めたが、私はそれを悟られないように笑顔を作り「大丈夫だよ」と返した。
そのとき店内のテレビモニターがぱっと画面を切り替える。
『現場から戻ってきたホークス、今夜のヒーロー活動を振り返って──』
画面いっぱいに映る私の彼氏。汗に濡れた髪、ヒーロースーツのジャケットの裾を風に揺らし、ライトに照らされて、まばゆいほど整った笑顔を向けている。
「やば、ホークスじゃん!かっこよ〜!」
「やっぱりテレビ越しでもオーラあるよね〜!」
「絶対優しいよ〜、ホークス。サバサバしてて、でも面倒見よくて、女の子に無関心っぽく見せて実は気遣い上手、みたいな♡」
「わかる!軽そうに見えるけど彼女には紳士で、でもなんか不器用そうで……そういうとこ、良くな〜い!?」
画面のなかで笑う彼は、確かに女性の求める、��理想の男性像�≠セった。かっこよくて爽やかで器が大きくて、頼りがいがあって、でも軽そうでどこか飄々としていて。それでも誰よりも責任を背負ってる顔をしている。国を背負うヒーローであり、完璧な名誉と信頼を持ち、誰にでも優しいように見える。
──でも。本当の彼を知っている私には、その��理想像�≠ェ、ほんの少しだけ、上辺に見えた。誰よりマメで誰より寂しがり屋で、誰よりも私に甘くて、誰よりも独占欲が強くて、そして何より私というたったひとりに全力で愛を注いでくれる人。私のスマホには、まさに今もそんな彼からの通知が溜まり続けている。

隣に座ってる人、男ですか?

そのジョッキの位置
ちょっと不穏です

俺のこと忘れてません?

すごく好きです

会いたいです
私は小さく息を吐いて、スマホを再び伏せた。その動作が妙に慈しむような仕草になってしまったのはきっと、誰にも悟られたくない��特別�≠�抱えているせいだろう。
「……なんかさ、こうやってみんながホークスをかっこいいって言ってると、ちょっと不思議なんだよね」
無意識に口にしたその言葉に、誰も気づかないような、小さな想いが混じっていた。
「えっ?なんで?あんた、ホークス嫌いなの?」
「……そんなわけないじゃん。好き、だよ?」
「だよねー!てか、ホークス嫌いな女子なんか、いないっしょ!」
「……うん。かもねー」
私は短く返して、空になったグラスを手に取り舌の上に残る炭酸の余韻を転がす。胸の奥で彼の声とは違う種類の温度が、ゆっくりと広がった。
「……私だけが知ってるって、ちょっと、ズルいかもね」
かっこいいヒーローと、めんどくさい、彼氏。テレビから流れる彼の笑顔と、スマホの中のめんどくさくて愛しい彼。二つの姿が胸の中で静かに重なり、誰にも聞こえないそのつぶやきは店内の喧騒に紛れて、ただ私の中にだけ落ちていった。
*
飲み会の帰り道、夜風は昼間よりずっと柔らかくて、まるで頬を冷ますふりをしながら胸の内に残る火照りをそっと、なぞっていくようだった。
駅までの短い道を私はわざとゆっくりと歩く。さっきまで笑い声が重なっていた居酒屋の喧噪もテレビから流れていたあのヒーローのインタビュー映像の残響も、まだ耳の奥のどこかに淡く揺れている。
「ホークス、今日も最高にキマってたよねー」
「ああいう人と付き合えたら人生勝ち組じゃん」
「彼女いるのかな?どこのラッキーガールなんだろうね〜」
「いや、あのレベルは絶対、遊びまくりでしょ。選び放題。特定の彼女なんかいないって〜!」
友人たちの無邪気で雑な期待の声。私は笑って受け流していたけれど、あの画面の中の彼は私の知る彼とは、すこし違っていた。みんなの前では完璧に整ったヒーロー。でも本当の彼は嫉妬深くて、拗ねやすくて、甘え上手で、そして、誰よりも不器用に、私ひとりを愛してくれる人。
「じゃあ、また近いうち集まろ!」
「明日からまた頑張りますかぁ〜」
「だね! じゃあね、バイバーイ!」
「名前!次も絶対、強制参加だからね!」
「はいはい、了解しましたー」
みんなと別れて静かな道をひとり歩く。歩道に落ちる街灯の光が、ふいに胸の奥を明るくした。私はスマホを取り出し、ためらいもなく一言だけ送る。

テレビ出てたね
かっこよかったよ
ただの感想。でも、その裏側には、誰にも言えない確信がある。彼は、私にとってだけ特別な人だってこと——。すると返ってきた通知は、驚くほど早かった。

俺も名前さん
見てましたけど

SNS監視です

こわい……

え、どのタイミングで?

見てたってどういう意味?

そういえばジョッキの位置が
なんとかって送ってきてたよね

ストーリー投稿してたでしょ
店の照明でなんとなく
場所わかりました

座ってる位置
たぶん店の右奥のソファですよね?

あとグラスの角度的に
向かいは女性だと安心しました

ていうかその投稿
いいねという名のハートつけてたフォロワーの中に
あの男いたんですけど?

闇の支配者
あの人でしたよ?
息を吸う間もなく届く、この執拗な分析型嫉妬メッセージの圧に私は思わずスマホを持った手をだらりと下ろして、深いため息をついた。
「いや、テレビの中のヒーローホークスはもっと爽やかだったはずなんだけどねぇ……」
誰に聞かせるでもなく、ぽつりと漏れた声が、夜風にさらわれていく。
テレビで見た彼は百点満点のヒーローで画面のこちらの彼はゼロ距離の恋人。その差がなんだか可笑しくて、愛しくて、少しだけ胸がきゅうっとなる。しかし追撃の通知が夜の静けさを破った。

ねぇ、名前さん

テレビの中の俺と
名前さんの前の俺

どっちが好きですか?
……うわ、本気のやつだ。
彼の��ヒーローらしさ�≠ネんてものは、一瞬で蒸発していて、きっと今、息を詰めて、スマホを握りしめていることだろう。自分の価値を、私の言葉ひとつで測ろうとしている。そんなの愛しく思わないわけがない。だから私はためらわない。

どっちも好きだよ

でもテレビのホークスは
みんなのヒーローでしょ?

めんどくさいホークスは
私だけのものだから
それがちょっと特別で好き
送信してようやくスマホをポケットにしまう。そのわずかな動作だけで、胸の奥にじんわり熱が灯った。電車に揺られる帰り道。ポケットの中のスマホがまた震える。

なんそれ!反則です!

名前さん
好きすぎてほんと無理です

やばい、好き。好き。
やっぱり好き(3段活用)
「……はぁ。」
呆れたようにため息をつきながらも、口元が、どうしても、緩んでしまう。イヤホンを耳に差し込むけれど、どんな音楽よりも頭の奥ではめんどくさくて愛しい彼が、『俺ごと受け止めてくれてありがとうございます』と喜びで、背中の剛翼を震わせながら泣きそうになっている姿が浮かんでしまう。
私は目を閉じる。電車の揺れが骨の奥まで染み込んでくる。そして、ふと思う。ああ、愛されているってこんなに幸せなことなんだな、と。
車窓から見える夜景の中スマホの画面は静かに眠っている。でも胸の奥では、彼の羽根がそっと揺れていた。飲み会の喧騒も、街のざわめきも、すでに遠い。代わりに、私の世界にはただ一人、めんどくさくて甘くて愛しすぎるヒーローだけが残っていた。
*
ひさしぶりの再会の夜は、予想していたよりもずっと静かだった。扉が開いて、彼が立っていた瞬間も久しぶりの体温を腕の距離で感じた瞬間もどれも��特別�≠ニいうよりは毎日会っていたかのように自然で、それはそれで胸の奥をじんわりと温めるものだった。
夕飯を食べるときもソファで寄りかかってきたときも別々にシャワーを済ませて髪を拭きながら「そろそろ寝ますか」と言われたときもすべてがいつもの彼で、いつもの距離でいつもの空気だった。けれども、寝室に足を踏み入れた途端、その��いつも�≠ェ、すべて静かに反転した。
灯りを落とすと夜がそっと、肌にふれるような空気が広がり彼の羽根が布団の縁をかすかに揺らして音を立てる。
「……名前さん」
耳のすぐ後ろで彼が囁く。背後から布団がやさしく持ち上がり私の背中に彼の胸の熱がぴたりと寄り添うその瞬間——自分でも驚くほど、心臓が静かに、しかし確実に、速度を上げていった。
「ん……?」
「さっきから、ずっと思ってたんですけど……。名前さん、今日、すっごく綺麗です」
「えっ?なに急に……あのさ、誰に教わったの?女性を誘うときは、綺麗ですね、って言えって」
「ええ〜?誰からも教わってないですよー?俺流です」
「ふーん」
「でも誰にでも言ってるわけじゃなくて。本当に綺麗だから事実を述べてるだけで。あと、めちゃくちゃいい匂いします」
「……なんか、ヘンタイっぽいなぁ」
「えー、そんなこと言わんで。ずっと言いたかったけど、我慢してたんですよ」
その『我慢』という言葉は暗がりの布団の中をゆっくり沈んでいき、肌の温度と混じりながら、私の鼓動の奥に触れてくるようだった。そして、彼の指先が、そっと私の手に触れる。握るでも、手を重ねるでも、絡めるでもなく、ただ、撫でるようにして。
「俺、ずっと我慢してきましたけど……」
低い声が後頭部にあたって静かに震える。その声だけで、私の喉の奥の呼吸が少し跳ねた。
「……今度は、ちゃんと、全部ほしいです」
息が止まった。布団の中の熱がゆっくり膨らんで彼の呼吸が私のうなじをかすかに揺らし、その震えが背骨を伝って、下へ下へと落ちていく。
「触れるだけじゃ、もう足らん。キスだけじゃ、抑えきれないくらい好きになっちゃってて……」
彼の腕が私の腰をやさしく、でも、しっかりと引き寄せた。力ではなく気持ちで抱き寄せようとするような、あまりにも誠実であまりにも必死な動きだった。
「全部、名前さんに触れたい。身体も気持ちも」
「……」
「……ちゃんと、全部を、もらいたいです」
耳元で最後の一言が静かな刃のように落ちる。その言葉が沈んだ瞬間、私の胸の奥で、何かが、ゆっくりとほどけていった。夜の静けさは変わらないのに世界の輪郭だけが熱を帯びて形を変えたようで。しかし、それは決して、衝動の言葉ではなかった。ずっと我慢して自分の感情を整理してそれでも隠しきれなくなった想いがようやく形になって言葉として結ばれたのだ。
私は振り返って彼の顔を見た。暗がりの中でもその琥珀色の瞳が、絶えず揺れていた。焦がれるように、でもどこか怯えるように——。拒まれるかもしれない、という不安。けれど、それでも、伝えなければと思ってくれたその勇気がなにより愛しかった。
「……わたしも、そう思ってた」
その言葉が布団の闇にそっと落ちた瞬間、彼の呼吸がかすかに止まり目がほんのわずかに見開かれた。驚きと安堵と信じたいものをやっと掴んだような光が、暗闇の中でゆらりと揺れる。
「でもね、ちゃんとホークスから言ってくれるの待ってた」
囁く私の声は、自分でも気づかぬほど、微かに震えていて、その震えの端を、彼は敏感に拾ってくれる。その証拠に私の腰を撫で下ろす手の動きが、とてつもなく優しい。
「だって……いつも、私を優先してくれるから。私より私の気持ちを優先して、ちゃんと、待ってくれるから……」
言葉を重ねるたび、胸の奥に積もっていた長い日々の寂しさや、愛しさが、ゆっくりとほどけていく。すると、彼はまるでその言葉を受けてはじめて呼吸が戻ったというふうに、ほんの少し肩を落としながら、静かに顔を近づけてきた。
暗い部屋で、距離の感覚が、ゆっくりと溶けていく。そして唇が、そっと触れた。軽く恐る恐る触れるだけの、それでも胸の奥が深く震えるような静かなキスだった。触れたというよりも想いが擦れ合った、そんな温度。
「……ありがとう、ホークス。」
唇と唇が離れる直前、私は息と一緒にそっと、その言葉を落とした。
「いつも、待っててくれて。優先してくれて……
大事にしてくれて……ありがとう。」
暗闇の中、彼の表情はよく見えないのに目元がふわりと緩んだのだけは、はっきりと分かった。
「待てますよ」
と、彼は私の耳元で、静かに言った。
「だって……名前さんが、好きだから。」
その声は、あまりにも優しくて、その優しさに触れただけで私の胸の奥がほろりと緩んで、ひと晩じゅう抱きしめられてしまいそうな気がした。
次の瞬間、彼の羽根が深くやさしく、私の肩を抱きしめるようにまわってきた。その夜、わたしたちはゆっくりと触れあいながら抱きしめながら久しぶりの距離を埋めていく準備を始めた。焦らずに、そして、丁寧に——。
彼の『ほしい』は、私の『いいよ』に重なってただの愛撫より深く言葉よりもやわらかく、この夜を包んでいた。久しぶりに触れた彼の手はそれだけで全身の奥まで火がともるようで、抱きしめられた瞬間、張りつめていた心の膜が、音もなくほどけて、私はもう自分の意志では呼吸さえままならなかった。
「名前さん……」
名前を呼ぶ声が震えていた。どれだけ会いたかったか、どれだけ待っていたか、言葉の代わりに指先が語っていた。私の頬を撫でる手、うなじへ流れるように落ちる羽根の感触、目を伏せたまま交わされた口づけは一度目のそれよりも、もっと熱くて、もっと深くて、まるで『確かめるような痛み』を含んでいた。彼の胸に額を預けたまま、私は囁く。
「……ひさしぶり、だね」
「ひさしぶり、ですね……ほんと。」
唇が額に落ち、次いで、まぶた、頬、顎先──彼の手がゆっくりと私の背にまわり服の布越しに腰のくびれをなぞる。
「もう、我慢できる気がしないです……」
その言葉は掠れていたけれど、どこまでも正直だった。私は腕を伸ばし、彼の頬に触れる。その熱に、自分の指が震える。シーツにふたりの影が溶けていく。彼の指がひとつずつボタンを外していくたびに胸の奥にあった想いが音もなく零れて私はもう、なにも隠すことができなかった。肌が重なる。ふたりの温度が徐々に境を失っていく。
「……名前さん……」
耳元で囁かれたその声は、はじめて触れられた夜よりも、ずっと深く、ずっと熱く、私の名前を抱きしめてくれている気がした。羽根が、背中を撫で、脚が絡まり、彼の動きが、ゆっくりと私の奥へと沈んでくる。くちびるから漏れる声はもう抑えられなかった。それは甘さでも喘ぎでもなくただ『あなたがほしい』と、身体が自然に発してしまう、ひとつの熱だった。
触れて求めて溶けていく。彼は何度も、まるで壊れものに触れるようにやさしく、そして確かに私を抱いた。
「名前さん……、あなたが好きで好きで、どうしようもなか……」
もう何度目かわからないその言葉と一緒に深く届いた愛の重さに私はそっと涙を零していた。
その夜、ふたりの身体はたしかに結ばれ、心もまた、もう戻れないほど深く、交わっていた。
*
幾度か数えきれず抱き合ったベッドの上、私は彼の胸に頬を預けたまま静かに目を閉じていた。窓の外はすでに深くカーテンのすき間から漏れた街の光が、彼の肩のラインをぼんやりと照らしている。
二人とももうほとんど言葉を交わさなかった。ただ肌と肌のあいだに残った熱がときおり揺れる羽根とともに、心地よく、空気をゆらしていた。私の指先が彼の胸元に触れる。しずかに上下する呼吸。たしかにここにある命の鼓動が私の心臓に重なってひとつのリズムを刻んでいる気がした。するとふと、彼が低く呟いた。
「また、こうして会えることが、当たり前やなかけん……」
その言葉に、私は息を止めた。彼の声はいつもより静かで、まるで何かを見下ろすように遠く、そして、深かった。
「毎日、ヒーローやってて、思うんです。次が必ずあるとは限らないんだなって……」
胸元で話すその声は、ただの不安じゃなくて、どこか覚悟の色を滲ませていた。
「だから今日みたいな夜は、ちゃんと焼きつけておきたくなる。あなたのぬくもりとか息遣いとか名前を呼んでくれる声とか……」
「……」
「何ひとつこぼしたくないって、思って……」
私は顔をあげて、彼を見た。その目に映る私がどこか儚いもののように見えていた。
「……そんな顔しないで。今夜の私はちゃんと、ここにいるから」
囁くように言うと、彼はかすかに笑って、私の髪をやさしく撫でた。
「……すみません。かっこ悪いですよね」
「全然。……かっこよかったよ」
嘘じゃなかった。私のなかで彼は今、誰よりも強く、そして誰よりも愛しく、誰よりもヒーローだった。
「大丈夫。これからも、ちゃんと会えるよ」
「……」
「わたしがちゃんと、待ってるから──」
その言葉に彼は一度まぶたを閉じて、しずかに唇を寄せてきた。羽根がそっと肩を撫で、ため息のような呼吸が耳元をくすぐる。それはまるで、生きていることの証をもう一度たしかめるためのキスのようだった。
ふたりの夜はまだ深く、けれど確かにこの瞬間だけは、永遠に続くような気がした。
*
まぶたの裏に、やさしい光がしみ込んでくる。目を開けるより先にシーツに残る体温とふわりと漂う羽根の匂いが、今が、朝であることを教えてくれた。
横を向いてもそこに彼の姿はなかった。ほんの少しだけひやりとした空気を吸い込むとたしかに彼が同じ夜を過ごした証が染みていて、私はその空気を肺の奥に吸い込みながら、ゆっくりと身を起こす。寝室を出るとベランダのカーテンが小さく呼吸するみたいに揺れていて、その向こうにうっすらと朝の気配を纏った彼の背中があった。
剛翼の生え際のためだけに開けられたであろう黒いTシャツを羽織り、その大きな翼の端が、風にそよいでいる。街は、まだ眠っていた。朝焼けの色はオレンジでもピンクでもなく夜と朝の境目でしか存在できない淡い光をまといながら、静かに世界を染めつつあった。
私はその背中にそっと近づいた。彼の隣に並ぶのではなく、まだ背を向けたままの彼に、静かに手をのばす。右の、肩甲骨のあたり、いつも羽根の動く、あの柔らかなくぼみに指を添える。
「……また、会えるからね」
囁いたその声に、彼はゆっくりと振り返る。
「……朝から、ずるい人ですね、あなたは……」
そう言いながら、でも彼の目は笑っていた。
「昨日あんなに甘え倒したのに、起きたら羽根の先まで不安になってたんですよ」
冗談とも本気とも取れるようなその言葉に私はくすっと笑って、彼のシャツの裾をそっと掴む。
「また、甘えてくれていいよ。毎朝」
「それ、本気で言ってます?」
「言ってます」
「毎朝、ほんとに飛んできちゃいますよ?」
私が曖昧な笑みを浮かべると彼の表情がふっとほどけて、その輪郭が青年と少年の狭間で揺れるように柔らかく崩れどこか無防備な迷いと安堵が同時に滲む表情へと変わった気がした。
「次がある未来をちゃんと信じてみたいですね」
彼の言ったその言葉は、朝の光よりもまっすぐだった。
「明日が来るって、信じられること。愛する人がまた同じ朝を、迎えてくれること」
「……」
「俺……本当はそういう当たり前を怖がってたんですよね」
私の手を、自分の手のひらで包み込みながら、彼は空を見上げた。
「でも、今は……信じてみたい。あなたがまた、会えるって、言ってくれたから」
頬に羽根の端がふわりと触れた。それはまるで彼自身の代わりに「ありがとう」と、言っているようだった。私は小さく頷いて彼の腕に身を寄せた。未来がどうなるかなんて誰にもわからない。でも、��信じてみたい�≠ニ思える朝があること。それはもう、奇跡のような贈り物だと思った。
この朝を、ふたりで迎えられたこと。そして、また次の朝も──そう願えることが、いまはただうれしかった。
夜のあいだに、好きが戻る
(てか、すみません……起こしちゃいました?)
(ううん。なんか、目が覚めちゃって)
(俺もです。名前さんの寝息、ずっと聞いとった)
(ふふ……聞かれてたんだ)
(はい。隣にいるのがあなたで、安心しました)
(私も……隣にいるのがホークスで、良かった)
(そんなこと言われたらまた眠れなくなります)
(一緒に二度寝しよっか。でも……もう少しだけそばにいて)
(もちろん。朝が来た後もずっと隣にいますよ)
※image song『 Dear…/西野カナ 』