全ての恋に対して真摯な後輩(2/2)

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  • ほぼ毎日顔を合わせていたのに、宮城が学校に顔を見せなくなってもう五日が経とうとしている。

    あれから何か進展はあったのだろうか?
    気になるところはあれど、特にこちらから連絡もしなかった。

    今日は休日出勤を終え、自宅に帰る前にバスケ部の様子を見に来て、そのまま進路指導室でのんびりしているとき、聞きなれた着信音が室内に響いた。

    (お、何通か連続でメッセージが来たみたいだな。誰だ?)

    他にやることもなかったので、すぐに携帯を開いて確認する。差出人は、宮城だった。

    『借りてたフリーパスは、進路指導室の机の引き出しに入れといた』
    『ありがとね』
    『助かりました!』

    内容をたしかめてすぐに引き出しを開けると、
    メッセージの通り、重なって詰め込まれた書類の一番上にそれ≠ヘあった。

    丁寧に扱ってくれたのだろう。
    傷もなく綺麗なまま返されたフリーパスを手に取り、しげしげと眺めて思考する。

    (顔を合わせてねえから、宮城とは入れ違いになったのか……?)

    それにしても、このタイミングでお礼が来るってことは……まさか宮城の奴、ほんとにキングポムのぬいぐるみを……?

    勿論、宮城が入手を諦めたって可能性もなくはない。でも、それにしては早すぎる気がする。

    アイツなら最低でも一つの方法で一週間は粘りそうだ。それが五日——普通なら非現実的な考えであっても、宮城相手なら手に入れた≠ニみた方が真実に近いのではないだろうか。

    だったら、このタイミングでのお礼は……
    宮城だったら、手に入れたらすぐにでも渡したくなるはずだ。

    ただでさえ早くお礼をしたくて、うずうずしてるみたいだったしな。

    んでもって、なにより宮城は
    脳と肉体が直列で繋がっている男であるから——

    「これから真っ先にコンビニに向かう……!」

    思わずひとりっきりの室内で声を出す。
    だとしたら俺がやるべきことはたった一つだ。
    全てが丸く収まるのか、偵察しに行く……!

    それくらいの権利は、ここまで手伝った俺にだってあるはずだ。

    「……よし、」

    念のため尾行スタイルに変装してから部屋を出る。帽子とサングラスが視界を遮るが、バレないためなら仕方がない。

    そうして小走りでコンビニの前までやってくると、外から見た限りでは宮城の姿は見つからなかった。

    けれど、入口から店内を覗けば、明らかに不審な様子を見せている後ろ姿が視界に飛びこんできた。

    ——やっぱり、居たぜ!
    つーか……、やけに大きな袋を持ってるな。

    包装用にわざわざ用意したのか?
    やけに可愛らしい柄だな、オイ……
    はは、宮城の恰好に似合わなさすぎて面白い。

    袋の中身は分からないけれど、目立つラッピングのお陰でそれがプレゼントだってことは外からでも察せられる。

    ま、問題は中身なんだけどよ……あとは相手か。

    宮城の様子をこれ以上窺っても仕方ないので、
    身を隠しながら名字さんを探す。

    だが、先日とは違い、彼女はレジに居なかった。
    品出しをしている店員の中にも居ない。

    今日はシフトに入って居ないんだろうか?

    一瞬そう思ったが、俺が気づいたことに宮城が気づかぬわけがない。

    そして今ここに、一人留まっている宮城に、
    名字さんを探している気配も見えない。

    ならば店内で時間を潰す理由が何かあるのかと、もう一度宮城を注視すると、その視線がレジの向こうのスタッフルームへ続く扉へそそがれていることに気が付いた。

    俺がそれに気づくと同時に、ゆっくりと扉が開かれる。

    (——あ!)

    出てきたのは、私服姿の名字さんだった。

    (丁度終わるところだったのか……)

    同僚に挨拶をしながら、彼女はなんと宮城のほうへ向かっていく。

    名字さんが軽くお辞儀をして宮城へ笑いかけると、宮城はだらしない表情で入口の方を指さした。

    くそ、店内のBGMが大きくて声は聞こえねえ。
    けど、いい雰囲気っぽいな……。

    ……おっ! こっちに来る。
    外に出るなら、会話が聞こえるかもしれねえな。

    そっと身を隠し、二人が出て行ったのを見て追いかける。

    二人の歩みは店から少し離れただけの意外と近い場所で止められた。

    どうやら先ほどの会話は「とりあえず店の外に出よう」という感じだったようだ。

    近くの居酒屋の大きな看板にもたれ掛かる形で、携帯をいじるフリをする。

    会話を聞くために、接近しすぎた気もしたが、宮城がこちらに背を向けているお陰で見つかる心配はなさそうだ。

    「さっきは急にごめんね。突然声かけちゃって。
    ……怪しいモンじゃ、ねえからね?」
    「平気ですよ。丁度終わるところでしたし……
    むしろ待たせてしまってすみません」
    「いやいや! あんなもん待ったうちに入らねえんで。そんで……その……用件なんだけど」
    「はい」

    宮城は、がしがしと頭を掻いて、どう続けるか珍しく言い淀んでいる。

    そんな宮城の奥に見える名字さんはというと、
    真っ直ぐな視線でそれを受け止めていて——

    彼女の顔を見た瞬間、俺はその眼差しに言い様のない既視感を抱いた。

    なんか 名字さんのあの顔……
    赤木の妹の話をする桜木に似てる気がする……

    あれっ。さっきも良い雰囲気だと思ったが、
    マジで脈ありなんじゃねえのか? 宮城。

    当事者でもないのに一人心臓をドキドキさせていると、意を決したのか、宮城が言った。

    「こないだ、君からチョコレートを貰ったお礼がしたくてさっ!」

    ほんの一瞬。
    辺りから人が消えたかと錯覚するほどの静寂。
    宮城は優しい感じの声で続ける。

    「あの店で、キャンペーンがあったでしょ?」

    そっと彼女の様子を盗み見ると、名字さんは
    宮城の言葉に何度か瞬きを落としていて——
    そして、その顔は喜んでいるようにも戸惑っているようにも見えた。

    「……え? あっ、でも、あれは……」

    次いで聞こえてきたのは、やけに歯切れの悪い言葉。

    ——ん? どこか変だ。

    予想していなかったことが起きたって感じに見える……どういうことだ? でも、まあ……嫌がってるみたいには見えねえけどな。

    ただ、向かい合う宮城はそれに、まるで気づいてないってことは確からしい。

    食い気味に言葉を割りこませた宮城に、名字さんが口を閉ざしてしまう。

    「分かってるよ。だからお返しなんて君には迷惑だってことも、分かってんだけどさ……」
    「……はい」
    「でも、これを……俺からもどうしても渡したかったんだよ」

    いよいよ、宮城が手に持っていた袋を彼女の前に差しだした。思わず俺も、ごくり、と唾を飲みこむ。

    名字さんは恐る恐るといった仕草でそれを受け取った。最大の関門を突破し、気丈にも見えた宮城の背中から、一気にほっとした気配がにじみ出る。

    「えっと……、 開けてもいいですか?」
    「あ、うん……。」

    中身が気になるのは何も名字さんだけではない。俺も、看板から身を乗り出して彼女の手元を見つめた。

    優しい手つきで袋を開けて、俺より先に中身を視認した彼女が、目を大きく開いて宮城を見上げた。

    「……!!!!」

    袋の中に入れられた手が、プレゼントを持ち上げて——ようやく俺の目にも映る。

    「キングプリンちゃん……! 嘘……えっ!?
    これって……!」

    堪らず俺も、サングラスをずらして注視する。
    彼女の手元にあったのは黄色というより、もはや金色に光って見えるぬいぐるみ。

    幻と噂される、あの、キングポムのぬいぐるみだった。

    (おいおい……マジか!? やっぱすげえよ宮城……!)

    ここからでも分かる一際輝く光沢。
    つぶらな瞳。実物は写真で見て想像していたよりも一回りほど大きく見えた。

    先ほどまでの戸惑いをすっかり振り切った名字さんが、明らかな興奮を滲ませた声で宮城に詰め寄る。

    「あの! これ……本当に、頂いていいんですか?」

    嬉しいかどうかなんて聞くまでもなく、その瞳は喜色に染まっている。それを直視することになったであろう宮城は、また後ろ手で頭を掻いて忙しなく頷いた。

    「う、うん! そのために取ってきたから。喜んでもらえたんなら、取ってきた甲斐があるってもんっス」
    「わたし、その……プリンちゃんが大好きで。
    でも、あのゲームはあまり得意じゃなかったんです」
    「……そうだったんだあ。女の子に人気があるって耳にしてさ。丁度いいかと思ったんだけど……そりゃ良かった」

    まるで今それを知りました≠ンたいなリアクションだったが、演技は相変わらずド下手である。

    ただ——今の名字さん相手なら、それで十分誤魔化せたようだ。

    「はい。だから、このぬいぐるみのことも……
    噂では聞いてたけど、本当にあるのかも確かめることができなくって……」
    「……まぁ、ありゃ女の子にはちとキツいかも知れないもんね」
    「本当に、ありがとうございます……! 諦めてたから、すごく嬉しいです……」

    ぎゅっと、ポムを抱き締めた彼女が言う。

    「あ……でも、これ……取るのかなり大変でしたよね……? あのチョコレートじゃ割りにあってないような……」
    「……ん? あぁ、いや? たまたまパッと取れちまってさ——それに俺は、あまりポムポムプリンの価値を理解してねえからさ。気にしないで」
    「でも……」
    「良いんだって。これは俺がしたくて勝手にやったことだし」

    ——恐らく、まるまる五日だろうな。
    キングポムを宮城が手に入れるのにかかった時間は。

    それを、パッと取れちまって……、
    へえ——宮城もなかなかやるじゃねえか。

    元々、ピンチをチャンスに変えてしまうような奴だ。結果として得られたものと、かかった苦労を比べてそう言ったのかもしれねえけど。

    ともかく、受け渡しはうまく行ってよかったな。

    ほぼ部外者であるはずの俺も、知らぬうちに気を張っていたらしい。ほっと息を吐きながら、ポケットに入れていた缶コーヒーを開ける。

    ひと口飲んでから、ふう……と息を吐いた目の端に、僅かに捉えた名字さんが、勢いよく頭を下げて言った。

    「しつこいって思われたらごめんなさい!……
    けど、もし……もしご迷惑でなければ、今度は私から、このぬいぐるみのお礼をさせてくれませんか?」
    「……へ?」

    (——え?)

    そうして訪れたまさかの展開に、間抜けな反応を見せた宮城に少し遅れて、俺もほとんど同じようなリアクションを取ってしまった。

    「本当に嬉しかったから……迷惑じゃなかったら……ですけど……」

    徐々に勢いを失った声と比例するように顔が上がっていく。自信なさそうに下げられた眉と、固く結ばれた唇。

    そんな顔を見せられて、断れる男が居るなら見てみてえもんだ。

    「いや、全然! 迷惑じゃねえけど……!」

    案の定——宮城は即決で了承し、大げさに首を振るって返していた。

    とはいえ宮城の場合、すでに彼女に好意があるのだから、美味しいお誘いを断る理由もなかっただろうけどな。

    「じゃあその、連絡先の交換、お願いします…」
    「あ、う、うん……」

    例え片方が知り合いの男だったとしても、なんとも初々しいやり取りを見せられながら、二人して顔をつき合わせて携帯を触っている姿は微笑ましかった。

    (これ以上のぞき見すんのは相手が誰であっても野暮だよな…… 帰るか……)

    元々は、宮城が無事にぬいぐるみを手に入れることが出来たか、そしてそれを彼女に渡すことが出来るかを確認するのが目的だったのだ。だからもう、俺の仕事は終わっている。

    深く被っていた帽子とサングラスを外し、音を立てないようにその場を後にする。


    母校の体育館へ戻ってくると、嗅ぎなれた空気が俺を出迎える。

    やはりこの空間が一番落ち着くらしい。
    そうやって僅かに冴えた思考で思い返すのは、
    宮城にお礼≠セと告げられた時の名字さんの表情だった。

    チョコレートのお礼だと言われたときは普通だった。問題は——その後だ。

    宮城が、キャンペーンのことを口にしたとき、
    彼女は何かを言いかけてやめていた……。

    名字さんは、それ以外では終始、宮城に好意的だったように見えたしな。

    お陰で、俺は……桜木のことを思い出したんだったな。

    ふっ、と一人微笑を零してから我に返り、咳払いをしつつ思考に戻る。

    うーん。分からねえ……
    名字さんが店員の立場から、あの瞬間キャンペーンに関して何か説明する必要があることなんてあったのか?

    考えても、勿論、とっかかりが出てくるわけもなく。

    改めて、キャンペーンページを見直せば何か分かることがあるかもしれないな。

    「……んー、……」

    先輩としての性か、諦めの悪い自身の性質からか、一度そう思ったらどうも気になってしまい、携帯を取りだして例のページを開く。

    確認とは言ったものの、最初に見たときよりもだいぶ適当に親指で画面をスクロールしていく。

    滑っていく文字を斜め読みしながら、めぼしい情報はないな、と欠伸をしかけて。

    口を開いた状態で俺の動きは止められた。

    これ以上スクロールできない最後の数行。
    どうしてあの時、これを見逃していたのだろうか。


    『〇×コンビニ店舗限定キャンペーン!
    2月14日のバレンタインデー当日に限り、営業時間内に2,140円≠メったりのお会計をしたお客様を対象に無料で当社オリジナルチョコレート≠プレゼント!
    〜〜〜〜〜〜
    〜〜〜〜〜〜
    〇×コンビニの象徴とも言える緑≠フパッケージが目を惹く、味も見た目も自慢のチョコレートです!ぜひ、バレンタインデーのお買い物には〇×店をご利用ください!』


    緑……の、パッケージ?
    いや、宮城がもらった包みは赤≠セったはずだ。

    ……ああ、なるほど。
    なんだ、そういうことかよ。


    「ハッ…… ほんっと、やってらんねぇー……」


    思いもよらぬ形で答えに辿り着いた俺は、途端——猛烈な虚無感に襲われながら、やはり宮城からしっかり報酬≠巻き上げねえとな、と心に決めたのだった。










    ちまたじゃそれを、
       両思い っつーんだよ!バーカ!




    「おい! もっとパス回し早く!!!」
    「うっわー、今日みっちー機嫌わりいな…」
    「また女にフラれたんじゃね?ミッチー。」
    「うぉい!誰がみっちーだ!」
    「うげっ……」
    「学生のくせに生意気言いやがって!」
    「(めんどくせー……)」

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