スウィート・ラブ(2/2)


「……どうりでな。」
「……」
「なんか、おかしいと思ったぜ」

 寿くんがベッドに座ってハァとため息をつく。まだびっくりして体が硬直したままなのを感じながら私は寿くんの足元のカーペットに座る。
 思った以上の気まずさに舌が引っ込んでしまったような気がした。それに寿くん自体が、すごく遠くに感じられる。
 時計を見ると二十時を少し過ぎたころだった。不採用の通知を受け取ったのは十九時前だったから、あれから一時間ほどしか経過していないのになんという、状況の変化であろう。あんなに落ち込んだ不採用の結果もいまは、なんの影響も持たないただの紙切れでしかなかった。そのあと起きた出来事が私には事件過ぎたのだ。

「あの……寿くん、」
「……?」
「ひどいこと言って、ごめんなさい」
「あ? あー、もういいって」

 アホくせぇ、と手を一度振って見せる寿くんはほんとにもう気にしてなさそうだったのでほっとする。けれど。気持ちを知られて、こんなにだるそうな顔をされるなんてと悲しくなる。でも彼の気持ちを想像するのはそう難しいことではない。この人が妹分、しかも男に捨てられたから世話を焼いていただけの私からの好意に戸惑ったり面倒に思うのは当然のことだ。絶対に、こいつだけはありえないと思う相手から好かれても迷惑でしかないだろう。私の場合に置き換えてみれば例えば実の兄から告白されるようなものかもしれない。想像するだけでオエッとなるし寿くんにとってはちょうどそれにあたるのかもしれない。もしそうだったら「二度と来ないで!」と言い放ったこと以上に彼にストレスを与えてしまうことになる。

「寿くん……ごめんなさい」
「いいって、しつけぇーな」
「いや、そのことじゃなくて。……その。好きになっちゃって。」

 壁に目をやっていた寿くんがベッドに座ってから初めて私を見た。鋭い目つき意思のある眉毛、通った鼻筋、左顎の傷。大好きだなと思った姿もいまは知らないひとみたいに怖く感じる。まるで初めて会ったときのように。脅えながら彼を見上げた、あのときのように——。

「別に謝ることねえだろ」
「でも、寿くん、もうここには来ないでしょ?」
「……」

 ここに来なくなったらそれが一番つらいな、と私は思った。寿くんを嫌な気持ちにさせてしまうことより寿くんが私を嫌うことよりここに来なくなってしまう、永遠に二人きりになることがなくなってしまうと考えると背筋が凍るようだ。ゾンビ映画よりどんな都市伝説より、それが一番恐ろしい。
 二度と会えなくなると言うことはおそらくないだろう。これからも試合を観に行ったり、バーで出くわしたり。少なくとも遠目にこのひとを見ることくらいはできよう。でも、この部屋に眠りに来る寿くんや安心しきって膝に頭を乗せる寿くん軽口をたたく寿くん突然ゲラゲラ笑いだす寿くんアイスクリームを手土産に持って入ってくる寿くんには会えなくなる。そんなのは、つらすぎる。とても耐えられない。そんなのは職が見つからないことよりも、誰とも結婚できないことよりも。寿くんに最愛の彼女がいることよりずっとずっとつらいことだ。

「そんなこと言ってねえだろ……はーあ、ったく泣くなよ、泣き虫」
「………、泣いてないけどね。」
「いいから、ここ座れ!」

 泣いてはいないけれども蒼褪めて涙目にはなっている、多分。寿くんが、ぱんと自分の隣であるシーツを叩いたので私は一瞬呆然として立ち尽くしてしまった。隣に座れなんて想定外の命令だった。真正面に座ってお説教とかならまだわからないでもないけれど。血の気の引いた自分の頬に熱がともるのを感じる。なんて忙しい顔色だろう。おずおずと近寄って、ベッドの端にすこし離れて座る。自分の心の平静のために、少しの距離感は必要だ。会えなくなるのは死ぬほどいやなくせにぴったりくっ付いて座る勇気もない。

「………ハァー。で? なんだ、名前は俺にどうして欲しいんだよ、言ってみろ」
「え?ど、どうしてって……」

 ……寿くんに、してほしいこと。髪を撫でたり顔に触れたり、意味もなく見つめたり、……あの赤髪の女の子に許していることを、私にもさせてほしい。しかし、このあとお説教タイムが待っているかと思うとあまり迂闊な事は答えられない。けれども少なくとも寿くんが変に気を回してここを避けると言う選択肢はなくなったように思われた。私にはいまそれだけでも十分に感じられる。嫌わないで、避けないで、いままでどおりにしてて。でもきっと数日したらもっと欲張りになっている。押し黙る私に、呆れたような顔で寿くんが言う。

「あぁ?なんだよ、なんにもねえのかよ」
「……」
「好きだったら色々あンだろ、付き合ってくれとか、いっぺん寝てくれとか、旅行つれてけとか」
「……」
「まあ、シーズン始まっちまったら旅行は厳しいけどな、今ならなんとかなるか?や、でもなぁ」
「………全部。」
「あ?」
「全部、して」

 押し黙ったあとなのでなんだか変な具合に声が出る。全部、付き合うとか一緒に寝るとか、旅行とか、提案されたら全部してほしくなった。もちろん断られて叱られるのはわかっているけど。

「いま言ったの全部して」

 全部してほしいし私だけ見てて。嫌なら諦めるけど。言ってみるだけでも許されるのなら——。

「ほぉーん……へえ。」
「……、」
「ふはっ、いい根性してんじゃねえかよ」

 寿くんが微かに笑う。その黒い瞳に宿る光が、呆れによるものか、好奇心によるものか、私にはわからないけれど。

「けどなぁ、なんつーか……俺には今すぐに名前を女として見ることは出来ねぇ」
「……うん」
「妹までとは言わねえけどよ、まぁ……親戚くらいには思ってる」
「………うん、」

 ぽろりと落ちた涙は、悲しみによるものと言うよりも抑えていた感情が蓋から漏れ出てしまって感極まったためによる生理現象のようなものだった。寿くんが、私のことを女の人として見てないことくらい百も承知なことなので、それほどショックではない。そのくらいのことは想定内だ。
 それでもいい。付き合うなんて、夢の中の話なことくらい私だってわかる、もう大人なんだから。それでもいいから傍にいてほしい。
 ほかに——特定の女の子がいてもいいから。

「おまえ全っ然、俺に興味なさそうだったしな」
「……え?」
「もう眼中にねーもんだと思って、そういう目で見るのやめてから随分と経つんだよ」
「……」
「だからまた急に恋愛感情で見ろって言われても戸惑うっつーか。まあ、それでもいいって言うんなら……いいけどな」
「……うん」
「でも、ちゃんと名前のことは好きだ。だから不安になんなくていい、安心しろぃ」

 寿くんが脚を組んで、その膝に手を置く。涙を拭いながら私がきょとんとしていると、彼はその膝に置いた手を私の髪に持ってきた。彼の綺麗で長くてしなやかな指が私の髪をすくう。

「いいぜ、」
「なにが……。」
「全部、やってやるよ。」
「……」

 ——名前の望むこと、ぜーんぶな。
 と、そう言った寿くんの上半身が素早く動いて私の顔の前に、寿くんの顔が現れる。驚くことも忘れてぼうっとしている唇に彼の唇が音を立ててちゅっと触れた。

「……え……、」

 互いの顔に互いの影が伸びるほどの近い距離で彼の表情のない顔、目だけぎらぎらしたそれが、もう一度近づいた。こんどはくちびるが触れず、彼の長い舌が、ぺろりと私のくちびるの真ん中を舐めて離れていった。まるで味見したみたいに。

「…………えええええ?!」

 こ、腰が抜けそうなんですけど。驚愕して体に血液がどくどくと大わらわで巡り始める。心臓がばくばくしているし顔が熱いし寿くんは真面目な顔をしているし。え、いま、キスされた……の?どうして……。

「……っ」

 真っ赤な顔のままじっとしている私に寿くんがふ、と笑う。

「名前、」
「ん?」
「幸せか?」
「……ん。」
「そか、ならよかった。」

 顔を離した寿くんが、優しそうに笑ったので、あ、と思った。胸がちくりとした。出会ったときのことを思い出したからだ。警戒心むき出しで、意地でも目を合わせない私に、寿くんがにやりと口角をあげて「おまえ、バスケ好きか?」と言ったこと。あのときの寿くんと、いまキスして私を見ている寿くんが同じだったから。同じ顔で笑ってるから。

「……じゃあ、寝るか」
「え、寝る?あ、じゃ、わたし……」

 そういえば不採用とかでゴタゴタしていたけれど、元をただせば彼はうちに寝にきたのだった。ふと我に返って、ベッドから下りようとした私の手をあの大きな手が掴む。

「一緒に寝るんだよ、そうして欲しいんだろ?」
「え……でもわたし、まだ、眠くない……」
「アホかよ!ハァ、頭痛くなるっつーの……いいそこで待ってろ、電気消してくっから」

 ベッドから起き上がった彼がいつもそうするように豆電球だけを残して照明を落とす。たちまちあたりがセピア色に包まれる。寿くんの肌はより白く髪や瞳はより黒く茶色っぽい照明に包まれた彼が振り返ってベッドに座る私を見た。

「ほら、そこに寝ろよ」
「え。あ、うん……?」
「オイオイ、大の字になんなって。俺も入れろ。ったく……せっまいベッドだぜ、ほんとによ」
「ギャアア……!なっ、なんで脱いでんの?!」
「そりゃあ彼女と寝んのに遠慮はいらねーだろ、俺は基本、パンツ一丁で寝る派なんだわ」
「ヒイイ、ち、近寄んないで!!」
「ハア……うるっせ。もう黙っとけよ」

 異様なほど素早く衣類を脱ぎ払って、寿くんが本当にモロに全裸でベッドに入ってくる。壁にくっ付いて、なるべく体が接触しないように出来る限り縮こまっている私を後ろから「もっとこっち来てみろよ」と腕が伸びてくる。剥き出しの手が私の首に触れ、肩を抱き、髪を撫でた。

「寝るぞ」
「……」
「名前。……」

 ぷっ、くくく、と噴き出す声と振動が、薄手の掛布団を伝って感じられる。寿くんが笑っているのだ。たぶん、私が震えているからだろう。

「ほんと可愛い奴だなぁ、お前は。あぁ?取って喰われるとでも思ってんのか?」
「………そ、そういうわけじゃないけどぉ」
「まぁ、そのうち慣れる、こっち向けって」
「……うう……」

 震えながらそっと寝返りを打って壁側から寿くん側に体を向ける。私の頭の下に腕を通してもう片方の腕で私の肩を抱いた彼のニヤけた顔がすぐ目の前にあって目がちかちかした。睫毛が長くて鼻筋、くちびるが整っているから。目が、こわいから。なぜか、笑っているから。

「——このあいだ、」

 シンと静まり返った空間に私と寿くんの微かな息遣いだけが響く中私からほそりと話し出した。

「一緒にいた女の子、彼女なの?」
「あぁ?」
「駅前で。私を見かけたって言ってたでしょ……あのとき一緒にいた女の子。……あれ、誰なの」
「……覚えてねーよ、いたか?そんな女」
「いたじゃん。赤髪の派手な女の子だよ」
「さァ、道でも聞かれたんじゃねえの?」
「……この世に寿くんしかいない限り、寿くんに道を訊くひとはいないと思うけど」
「それ褒めてんのか? けなしてんのかよ?」
「……」
「……名前が心配するような相手じゃねぇーって」

 もうそれ以上言うなと言わんばかりに唇を塞がれる。ん、と驚いて唇を引っ込める私に、執拗な唇が口元を奪いに来る。頭を抑えられているため逃れることができなくて舌が捻じ込んできたとき「んー!」と声を出して抗議したけれど、それが留まることはなかった。口の中を、つるっとした舌が滑って器用に私の舌に絡まって来る。踠いて顔を離すと舌から逃れることはできたが唇は触れたままだった。キスしたままそっと目を開けると目を開けたままの寿くんと目が合う。何か考えているみたいな、そういう遠い目をしていた。

「あ。」

 と、寿くんが言う。

「その気になっちまった」
「ん?」
「名前、なあ、名前ちゃん?」
「……え、えっ、!?」

 甘えたような腕が私の腰に回され彼の唇が私の耳や首筋に触れる。横向きになっていた体を仰向けにして彼は私の腰の上に跨って来た。

「え、ちょ、ちょっと、なに!?」
「シぃー。大人しくしてたら何でもねえって」
「は、はいっ!?」
「静かに天井のシミでも数えとけ」
「え……っ??」

 て、天井にシミなんてないけど……と思いつつ馬鹿正直に天井を眺めていると、彼の唇が鎖骨に触れ、手がスエットのズボンを下着ごと脱がしにかかったので私は声にならない悲鳴をあげた。

「やだっ!やめてやめて!タンマタンマ!」
「おー、元気だなぁ、さすがに活きがちげーわ」
「やーーーーだーーーーーぁぁあああ!」
「おう、観念しろって」
「……うぅぅぅぅッ。」

 ばさ、と音を立ててズボンと下着を投げ捨てられる。青くなって、当然大事なところを隠そうとするが、その手をあっさりと退けられて私はもう腹をくくることにした。これは抵抗しても無駄だ寿くん、力強いし。それに、手。いつもバスケットゴールに華麗なシュートを放つあの綺麗な手がいまは裸のまま私の体に触れている。指の腹や、手の平の感触。形のいい爪。浮き上がった節々。それだけで、いつもと違うというだけで寿くんの知らなかった一面を目の当たりにしたような気がした。

「もう、いい感じだな……」
「……っ」
「名前。こっち見てみろ」
「……や、やだよ……」
「いーから、ほら、ここ、だ」

 ぐいっと手を掴まれて上体を引き起こされる。恥ずかしくて目をそむけていたが恐る恐る寿くんの言うところに目をやる。硬く突きあがった艶ののあるなんだか恐ろしいそれが暗闇の中で私の中に入る角度で宛がわれている。待って、このひとの——デカすぎやしないか!!?
 一瞬だけ見てすぐ顔を背けると寿くんがぐっと腰を押しつけてきた。

「待、って……痛、い……っ」
「これが入ったら、名前は俺の女だ、ちょっと辛抱しろい」
「………い、いた、あの、ほんとに、痛っ……」
「見てみろ、……ちゃんと入っていってるぜ」
「………うー……あ…ちょっと、マジで痛いっ!イタタ、痛い……!」

 別にはじめてでもないのに。痛くて痛くて冷や汗が出てくる。顔をしかめて容赦なくより痛いところに押し込んでくる寿くんに泣きべそをかきそうになりながらシーツを掴み目を閉じて耐える。

「名前、」

 歯を食いしばって目を閉じる私の顎をつと持ち上げて。目を開けたらすぐ寿くんの唇があった。彼が私の目蓋に口付て私の両脚を抱えながら覆いかぶさってくる。

「奥まで——入ったぜ、」
「……っ、」
「……痛ぇか?」
「し、死んでしまいそう……」
「そーか。何回かしたら、いいようになんだろ、きっと」
「………痛っ、」

 いちいち実況する必要あるのかなと思っていた矢先ず、ず、とゆっくり動き始めた腰に体の内側が湿ってくる。まるで焼き鏝で内臓を突っ突かれているようだ。そっと目蓋を持ち上げると痛みで歪む視界に、寿くんの無駄のない筋張った腹部の筋肉が、しなやかに動いているのが見えた。俯く寿くんの頬が私のこめかみに触れる。頬と汗と、髪の感触。寿くんの胸と、私の胸の間に溜まった熱気。ぎし、ぎしと弾むスプリングの音。頭が、くらくらしてくる。
 固くシーツを掴んでいた手をほどいてそっと、寿くんのうなじと首に腕を回してみる。ずっと、こうしてみたかった——。このひとの首に、腕を回して、しがみついてみたかったから。

「……っ、」
「——ッ、」

 彼の肩越しに彼の背中が見える。上下する体。あ、わたし寿くんに抱かれてる。上下するたびに彼の体中の筋肉がゆっくりと緊張し弛緩するのが見えた。ぐうっと強張る肩、脚も美しい、まるで野生の動物のような無駄のない身体。
 痛む傍らでじっと見とれていると、私の頬に寿くんの唇が触れる。目を閉じると痛いのに、体に粟立つ快い感覚が胸から広がっていく。キスされるとまるで愛されているみたいだ。心から大切にされているような気がする。
 十分ばかり揺すぶられ続けたかと思うけれど、もしかしたらそんなに経っていないのかもしれない。骨盤が疲れたなあ、痛いなあ、と思い始めた頃、寿くんが耳元でささやいた。

「名前」
「……なにっ?」
「この際俺ンとこに永久就職すんのはどうだ?」
「!!ちょ、ちょっと、やめて!」
「そか……ダメか……」

 そらそうだよなァ……と呟いた寿くんが、目をつむって体を一瞬震わせる。規則的だった動きがすこしずつ激しくがつがつとしたものに変わる。息ができず薄目を開けて寿くんを見ると彼も痛そうな顔をしていた。あ……その顔、見たことない初めて見た顔だ。
 激しいひと時は時間にすれば、それほど長くはなかった。どくどくと熱く腹部に掛ける彼の熱いため息に、ぞくりとした。


 :


 乱れたシーツ、床に落ちた枕、脱ぎ散らかした衣類。放心しながら部屋の様子を眺めている私に寿くんが「ほら、いい娘がパンツ履かねーでどうすんだ」と、ベッドを下りて取っ払われた下着とスエットを返却して来た。私はもぞもぞとそれを身に着ける。ベッドから出ると寿くんが冷蔵庫から水をくんで持ってきてくれた。別に欲しくなかったけれど、一口飲むと思ったよりも水分を消費していたらしく、ゴクゴクと飲むことが出来た。
 二人でベッドの端に腰をかけて、なんとなく、気まずい雰囲気を感じながらしばらく黙り込む。私の部屋に置きっぱなしになっていた部屋着かわりの自身のスエットの下だけ履いた寿くんの横顔をそっと見ると気だるげに前を見ていた彼が口を開く。

「なあ、アイス……」
「え?……あ、忘れてた……ごめんなさい。」
「いーけどよ、つかもう溶けてんじゃねーか?」
「もう冷凍庫に入らなくって。すぐ食べなくちゃいけなかったのに」

 急いでベッドから下りて、テーブルに置かれたアイスの箱に手を伸ばし容器に触れるともう溶けてしまって、私はがっかりした。残された冷気がひんやりとして火照った手に心地よい。

「あ?冷凍庫いっぱいって、なんでだよ」
「寿くんが補充してくれるからアイスでいっぱいなの」
「そうなのか?じゃあソレ凍らして、前のはいま食えばいんじゃねーの?」
「あ、そっか。食感変わりそうだけど。それいいね。寿くんも食べるでしょ?」
「俺かぁ?俺ァ……」

 断りそうな雰囲気だったので、有無を言わせず私が早口で言う。

「二つ食べなきゃ入らないんだから食べてよね」
「……おう。」

 ちょっと弱ったような声に、私は気づかれないように笑った。
 すこし時間をおいてから食べようということになり、シャワーを一緒に浴びたり何故か流れで、もう一回する羽目になったりしているうちに日付が変わってしまった。テレビをつけると知らないお笑い芸人の深夜番組が流れていた。つまんないトークを聞き捨てながら冷凍庫からアイスクリーム——バニラとストロベリーとスプーンふたつを持ってくる。

「どっち食べる?」
「あー、バニラ。アイスっつったら。」
「はい。」
「サンキュ」

 寿くんの隣に座って一口くちに入れる。ストロベリーの甘酸っぱい香と舌でとろけるふんわり感に嬉しくなる。アイスってやっぱりいいなあ。

「ふーん、久々に食うと旨ぇなあ」
「ね。おいしー。ストロベリーも一口どうぞ」
「おぉ」

 寿くんは私のストロベリーを一口食べてしみじみした感じで「やっぱバニラだな」と言って自分のアイスクリームをまた食べはじめた。

「名前、おまえな。仕事、別に無理しなくていいんだぞ」
「え?……なに急に」

 職探しのことなんてすっかり忘れていたから面食らって彫りの深い横顔をじっと見つめる。彼は一口バニラを食べてそれから私の顔を見た。青白いテレビの光を浴びた少し歪んだ笑みを浮かべる彼の顔はなんだかいつもよりもっとずっと近くて特別なものに感じられる。それに、とっても恥ずかしい。

「アルバイトするなり何なりで、色々と選択肢はあんだろ、落ち込んでねえでよく考えてみろ」
「え……あ、うん」

 もうすでにまったく落ち込んでいなかっただけに逆になんだか私はちょっと傷ついた。私と付き合うと言ってくれたのも私が不採用で落ち込んでいたからなのだろうか。すべて慰めによるものだったらそれこそ泣いてしまいそうな事態だ。

「バイトして嫌になったらすぐ辞めたっていいだろ。職探しなんかどうでもいいって」
「え?」
「この際マジで俺ンとこに永久就職って手もあるしな」
「……うん……はっ!!?だっ、だからさぁ!」
「ふはっ。何だよ、流されると思ったのになァ」
「……、もう……。」

 その愛情が私を女の人として見ているものじゃなくても私を慰めようとしてくれている寿くんの愛情が私が考えいていたよりもずっと私に注がれていることを知ることができた。いつもがんばれと言っていたくせに、ちょっと落ち込んでみたら就活なんかどうでもいいだなんて。本当になんていうか……可愛がってくれているんだなあって。家族みたいに。

「でも私、もうちょっと頑張ってみる。もしかしたら敗者復活戦とかで連絡くるかもしれないし、まだ、ほかにも最終選考残った企業あるし」
「そうか? 偉いな名前は、頑張り屋だな」
「そうかな」
「俺に出来る事なら何でもしてやる。名前は何も考えなくていい、自分のことだけ考えてればいいんだよ」
「……うん、ありがと。……ねぇ?」
「あ?」
「私のこと、好き?女の人として見てくれる?」

 俯きながら、ピンクのアイスクリームに混じる赤い果肉を見つめて言う。

「家族みたいな感じでも見てるし……自分の女としても、ちゃんと見てるぜ」

 バニラのアイスクリーム。半分ほど減ったそれを「もういらね」と私に押し付けて寿くんが言う。

「……そうなの?」
「ああ。それって最強じゃねえの?」
「うん、たしかに。」
「よかったなぁー名前。まあ、そのうち実感するときがくんだろ」
「………ありがと」

 ——最強。たしかに最強だなあと思って、頬が緩んでくる。もしほんとだったら、これ以上望むことはできないしそんなにすごい愛情を実感したらこのアイスクリームみたいに溶けてしまいそうだなぁとにやけてしまうほどに。

「しっかしアイスってそんなに食えねーな、もう飽きたわ」
「そ?おいしいよ?」
「なんだよ、マジでアイス好きなのか?もう飽き飽きしてたかと思ってたわ。冷凍庫いっぱいに詰め込んでるくらいだからな」
「うん。これからもお土産は、アイスクリームがいいな」
「そーか?じゃあ、そうしてやっか」

 なんぼでもなと言いながら寿くんの唇が私の瞳の下に触れる。アイスクリームを食べていた唇がひんやりしていて興奮して熱のこもった肌にとても気持ちいい。

「でも、味はいろんなのにしてね……チョコとかヨーグルトとか」
「ふはっ、……わーったよ」

 日替わりにしてやらぁと、綺麗に笑う寿くんを見ていたら、たしかに溶けてしまいそうだなぁと言うほどの愛情を感じることができた。










 愛の かたち を君は知ってる?


(そんで、あの……例の女のことだけどよ)
(うん?)
(アレ、諸星の女だぜ。)
(えっ……!?)
(ふはっ、バーカ。)


※『 Ordinary days/milet 』を題材に。


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