この物語は(ノン)フィクションです

  • 表紙
  • 目次
  • しおり

  •  仕事から帰ってきてお風呂に入り適当に部屋着に着替える。それから裸足に外専用のサンダルを履きベランダに出て夜風に身体を当たらせる、というのが、私の日課だ。

    「ふう……」

     手に持ったキンキンに冷やしておいた缶ビールを開け口をつけた。やっとアルコール摂取ができる。いつも仕事帰りのコンビニに立ち寄って一杯やりながら帰宅しようかなという誘惑に負けそうにもなるが、やはり羽を伸ばして飲めるところは家だよね、と毎日コンビニの前を通り過ぎる。

     ここは、マンションの11階。いい感じに見下ろせる夜景。さっきまで自分もあのせせこましい街にいたのかと思うとなんだか不思議な気分になる。明日は一ヶ月という時間を費やした、大切なプレゼンがあることを思い出して溜め息を吐く。自分の評価に繋がる大仕事だ。緊張せず失敗しないで出来るか。それよりもちゃんと主任達に認めてもらえるか。そこだけが、一番不安だった。

    「自分がやってきたことを信じるしかないよね」

     そう自分に言い聞かせて缶ビールを一気飲みし、部屋の中に戻ろうとした、そのときだった。


    「なんだ?名字さんは明日、大事な会議でもあんのか?」

     隣から男性の声がした。私は部屋に戻ろうとしていた足を止め再度振り返りベランダの手すりに両腕を乗せると、自然と口元を緩めた。

    「そうなんですよー。明日が大一番で」
    「じゃ俺も応援してっから。念力送っとくわ!」

    「かめはめ波ーって」と、きっとかめはめ波≠フ動作付きで言ったであろうその台詞にくすくすと私が笑うと隣の男性は「何だよ!」とちょっと面喰ったような声を上げた。
     お隣さんは何やらスポーツ関係のお仕事をしているらしい、ミツイヒサシさん、という青年だ。たぶん年齢は私と同じくらいだと思う。
     このマンション、それなりに家賃が高いこともあって、きっといいとこに勤めているんだろうなとは思っていたけれど、でもそこは三井さん曰く「見栄を張りたいだけのバカなんだよ」らしい。私は会社から手当てが出ているので、こんな高層マンションに住めているけど、そうは言いつつもやっぱり彼は、エリートなんだと思う。
     お隣の三井さんはちょと前から毎晩自分の部屋の窓から見える煙草の煙がすごく気になっていたらしく、どうせ、くたびれた中年のおっさんか、いけすかない兄ちゃんが吸ってんだろうから注意してやろうとベランダに出て手すりから身を乗り出してみたところ——相手が女性でぎょっとしたらしい。
     私も、急に隣人が身を乗り出してきてびっくりしたけれど、すぐにサッと、顔を引っ込めた三井さんに私は彼の顔を確認する間もなかった。三井さんも、ハッキリとこちらの顔まで見たわけじゃなかったみたいで、ただ女性だったのかよと驚いて怒る気もしなくなったんだと言っていた。そのときに軽く自己紹介を交わしたのだ。

     女性には優しい三井さんらしい。「女には優しくするもんだろ」とか自分で言っていたし。でも実際に煙草を吸っていたのは当時の私の彼氏(DVモラハラヒモ男)だ。彼と別れたあと三井さんに実は煙草を吸っていたのはその元彼だったと説明したら「煙草の煙がなくなってよかった」ではなく「別れられてよかったな」と言葉が返ってきて喧嘩の騒ぎ声とか物を投げる音が聞こえていたのかな、と思って少し気まずかった。

     彼はいつも私の疲れきった気持ちを解すように今日あった他愛もない話とか、自分の昔話を聞かせてくれるのだ。ただ、ベランダには間仕切りがあって、決して表情は見えたりしないんだけど。だから私も彼もお互いの顔を知らない。帰宅時間もバラバラなので、ロビーや部屋の前でお互いに顔を見せ合ったこともない。

    「ねえねえ、それで今日はどんな武勇伝聞かせてくれるんですか?」

     私がベランダの柵にもたれて言うと三井さんも同じようにもたれたらしく肘が、ちょこっとだけ見えた。紺色のTシャツを着てるようだ。たぶんこの人、背が高い気がする。なんとなくだけど。

    「今日はなあー、このミツイヒサシ様の、幼稚園時代の武勇伝だな!」
    「あはは!既に笑いフラグですね!」

     そしてそこからは、お決まりの三井さんタイムだ。彼は40分くらい、いつもノンストップで、だーっと喋っちゃう。私はそれを聞いてご近所迷惑だろうなとか思いながらもお腹を抱えて笑う。笑い声を弱めたり、咳払いしたりして周りに気を遣うのもなんだかおもしろくもある。
     彼の話を聞いて笑う事で気持ちが明るくなるのはもう知っているから、いつもこの時間が、私にとっては癒しの時間でもあった。

    「でな、結局顔が良すぎて信じてもらえなかったってオチだ」
    「ははははっ!もう、ジャニーズですって通して生きて来ればよかったんじゃないのっ」
    「あぁ違いねーな。今度写真見せてやるよ、俺の幼少期のアイドル時代の写真」
    「大切に家宝にしてるわけですね?栄光時代ってやつですか」
    「栄光時代ねぇ……はっ、そうかも知れねえな」

     どうやら三井さんは昔の思い出に浸っているようだった。けどイケメン説はあながち間違いではないのだろうなと思う。声がイケボだしちょっと変態発言にはなるけど風に舞って漂ってくる彼の匂いはとても爽やかでまさにスポーツマン!って感じのイメージだったから。

    「あ、そうそう三井さん?」
    「あ?」
    「三井さんと同じ名前のバスケットボール選手がいるの、知ってました?」
    「……」
    「私、残念ながらバスケには詳しくないんですけどね?会社の子が言ってたんですよ、Bリーグにバチクソに男前な選手がいるとかなんとかって」
    「……へえ」
    「その選手がミツイヒサシって言うんですって。有名人と同じ名前って、どんな気持ちですか?」

    「てか知ってます?そのミツイヒサシって選手」と言ったあたりであれ?と思った。いつもは顔が見えないぶん相づちを欠かさず打ってくれる彼からの応答が途絶えた気がしたから。トイレ行ったのかな、とか私ひとりで話してた?と思って「あの……聞いてます?」と探るように声を掛けた。

    「……ああ、聞いてるぜ」
    「よかった、私一人で話してるかと思いました」
    「……なあ、」
    「はい?」
    「顔、見たのか?その……ミツイヒサイって選手の」
    「あっ!見ました見ました。めーっちゃ男前でしたよ!なんか、にわかファンみたいで嫌ですけど今度観に行く事にしたんですよバスケの試合!」
    「バーカ。そりゃにわか≠カゃなくてミーハー≠チつーんだよ」
    「ええ?どっちも同じ意味じゃないですかあ?」
    「そうかそうか、まあ、どっちでもいいけどよ」

     さっきまで楽しく会話していたのに何だか急にシンと静まり返るベランダ内。三井さんもいつもみたいに「あ、じゃあこれ知ってっか?」とか「じゃあ次はなに話すかなー」と会話を広げてくれそうにない。なので私も思わず押し黙ってしまった。するとややあって三井さんが口を開いた。

    「……さっきのよ、」
    「うん?」
    「俺の小せぇ頃の写真?あれ送ってやろーか?」
    「え!見たい見たい!あーでも私三井さんの番号知りませんよ?」
    「QRコードで交換しよーぜ」
    「ああ、スマホの画面に出すやつ?んー、届くかなー......この仕切りが——」

     私は二人の間にはばかる間仕切りに、ちらっと目を向けた。そこには高くそびえるプライバシーのための大きな壁。お互い端から腕を伸ばしても難しそうだ。手すりから携帯を出して万が一落としてしまっては困るし……。私は眉を下げて苦笑した。

    「ちょっと……無理なんじゃないかなぁ」
    「じゃあ俺が今からそっち行ってやるよ」
    「え?」

     私は目を丸くした。ずっと仕切りの方を見ていた私をよそにすくっと立ち上がったであろう三井さんの気配を感じる。

    「でも三井さん……、なんか会社がうるさいって言ってませんでした?プライベートも管理されててどーのこーのって……」
    「ああ、会社≠ェな、過保護なだけだ。大丈夫だって、前々から隣なんだし」
    「そう、ですか?」
    「おぅ、じゃあ今から行く」

     そうまでして私に自分の幼少期の写真を送りたいのかと思うと、なんだか純粋過ぎて思わず顔が綻ぶ。もしかして私なんかよりすこぶる若いのかも知れない。たとえば大学卒業して一年目とか。いいなぁ、新入社員のころ、私こんなに真っ直ぐだったかなぁ。
     しばらくするとバタバタと音がしてベランダのサッシがガラッと開け放たれた。

    「おいっ!」
    「わ、なに?」

     ベランダの手すりに両腕を乗せて夜景を見ていた私の腕を、手を伸ばしてきた三井さんに、急にガシッと掴まれたことに驚いて、私は顔を真横に向ける。三井さんは顔こそ乗り出してはいなかったけど、すぐそこにいるらしかった。

    「ドアに鍵掛かってなかったぞっ!」
    「あ、いつも寝る前に掛けてて……」
    「バカやろう!不用心過ぎんだろーが!」
    「ああ、すみません……」

     三井さんは凄い剣幕で怒鳴っている。私は少しそれに圧倒されながらも掴まれていた手をそっと振り払い、人差し指を三井さんの方へと立てて「シぃー」と言って、静かにしてと制するように声をひそめた。三井さんがひくっと言葉を飲む。

    「不用心だったのは謝ります。でも、今は静かにしましょ?」

     見えないだろうけど、そう首を傾げて苦笑すると三井さんはバッと後ろに下がった。あれ?何かそっけない。とりあえず「いまから玄関向かいますね」と三井さんに伝えると「わかった」と彼はベランダをあとにした。
     玄関の目の前で待って数分——ガチャと開いた玄関の先に長身のすこぶるイケメンが突っ立っているので一瞬、時間が止まった。絶対に年下なんかじゃないわ、これ。そして見つめ合うこと三十秒。先に声を発したのは三井さんのほうだった。

    「あ、の……よ。入っても、いいか?」
    「……あっ!息止まってました!どうぞどうぞ」

     そう言って中へ入るよう促す。鍵を掛けてベランダのサッシを閉めて部屋の電気をつける。案の定、三井さんは紺色のTシャツに、下はグレーのスウェット姿だった。

    「もしかして三井さん、もう寝るとこだったりします?」

     部屋着の私が言うことでもないけど私はソファに腰を掛けて、ビールの空き缶をテーブルの隅に寄せ、そう尋ねた。三井さんは口を尖らせながら小さく答える。

    「まあ、そうだな、もう少しで寝っかなーって」
    「本当に?何かいつもごめんなさい。遅くまで」
    「や、別に大丈夫だ」
    「……」
    「……」
    「もしかして三井さん、職業がプロのバスケットボール選手だったりします?」
    「……」

     私はぽんぽんとソファの隣に座るように促す。三井さんは罰が悪そうに後頭部に手を当てながらソファーに腰を掛けた。クッションが三井さんの体重で沈む。

    「……よし、じゃあQRコード、交換すっか」
    「あ、あれ?私の質問スルーされました?」
    「……」

     普段自分しか座らない二人掛けのソファーに、他の誰かが座ってるんだと思うと、なんだか変な感じがする。よかった、元彼と別れたあとソファーのカバーやクッションを買い替えておいて。

    「あ、三井さんもiPh0neなんですね」
    「あ、ああ……」
    「じゃあいっそのこと、AirDr0pで画像だけくれたらいいんじゃないですか?」

     私は、自分のスマホを鞄から取り出しながら言う。すると自身のスマホを眺めていた三井さんが弾かれたように顔を上げて言った。

    「だ、ダメだろ!」
    「え」
    「先に、QRコードの交換だろーが!普通!」

     とかなんとか。顔を少し赤らめながら、矢継ぎ早に叫んでいた。「何で?」と問うと「お、俺のポリシーだよ」とのこと。

    「あはは、変なの」
    「いいだろ別に。……ホラ、俺のQRコード」

     三井さんは、自分のQRコードを画面に出して差し出してくる。私は、カメラ部分を彼のスマホ画面にかざす。すぐに『三井寿』の名前と、何かよくわからないアイコンが表示されてとりあえず『追加』を押した。

    「ありがと、ございます」
    「オイオイ、お前のQRも見せろって」
    「あ、はいはい」

     私は自分のQRコードを映し出し、それに三井さんが自分のスマホのカメラを翳す。すごく綺麗な手だなあ……白いし指細いし。なんてぼーっと眺めていたら、読み込みは終わっていたらしく、ピコン♪とメッセージを受信する音が鳴って我に返る。
     画面を開くと三井さんから「よろしく!」と、端的な文章が送られて来た。それに対して「こちらこそ♪」的な返事を打って送り返す。しばらく無言の時間が流れたあと三井さんがぽつりと呟いた。

    「なぁ、名前って名前で呼んでもいいか?」
    「へっ?あ、いいですよ?」
    「じゃあ俺のことも下の名前で呼べよ」
    「えー、なんか恥ずかしいのでヒサシくんで」
    「あー......まあ、よしとすっか」

     そのままお互いの年齢とか何故か誕生日を教え合っていると、ピコン♪と今度は寿くんのスマホがメッセージを受信した。

    「おー、今きた」
    「え、受信遅くないですかっ!」
    「ほんとな。どこのネット使ってんだよ、支払いちゃんとしてっか?」
    「失礼な、してますよっ」

     そんなことを言って笑い合っているとふとベランダの先に、月が映っているのが見えた。さっき出てたっけ?出てないわけないか、私が気付かなかっただけ?と、しばらくベランダの方を見つめていると、それに気づいた寿くんが、「ベランダ出るか?」と訊いてくる。

    「さっき出ましたよ?」
    「いいじゃねーか。出ようぜ出ようぜ!」

     寿くんに腕を引かれるまま、二回目のベランダ進出。いつも隣同士で話していたはずなのに二人で一緒にベランダに出るのってなんだか変な感じだな。

    「名前っていっつもこの景色見てんだな」
    「隣じゃないですか。そうは変わらないでしょ」
    「や、なんか……、この景色は特別って感じだ」

     おや、と寿くんを見上げる。うわーやっぱ背ぇ大きいな。顔を見るのがやっとだ。すると視線に気づいた寿くんと目が合う。と、急にふっと微笑まれた。え、かっこいい。

    「なんか名前、いい匂いすんな」
    「……え、」

     そんな台詞が聞こえて脳が止まる。さっきまで缶ビール片手に、部屋着でここに座り込んでいた女に向かって寿くんは真面目な顔でそんなことを言った。

    「香水か?」
    「う、ううん。さっきまでお風呂入ってたから」
    「ほぅ、じゃあシャンプーか」

     急に、いつもの雰囲気と口調に戻った寿くんが私の髪に触れた。びくんと肩が跳ねる。

    「やっぱシャンプーだな」

     寿くんは私の毛束の匂いをすんと嗅いでそんなことを言う。不覚にも顔が赤くなる。私はパッと視線を反らして話題を変えようと考えを巡らせたけど気の利いた話が浮かばない。結局黙って俯く形になってしまった。どうしたんだろう、今日の寿くん。なんか変。

    「名前、顔見せろよ」

     不意に、寿くんの手が頬に触れた。私は思わずその手を振り解こうと身体を捩った。するとその拍子に寿くんの腕が私の腰に回って、身体を引き寄せられる。

    「名前……逃げんな」
    「や、やだ……なに、」

     耳元で優しく囁かれて頬がかっと熱くなった。どういうつもりなのかさっぱりわからなかった。こんな、ただの隣人になにドキドキしてんだろ、これじゃあまるで、男の人に飢えてるみたいだ。


    「——離して」
    「……顔、赤ぇぞ」
    「っ、やめてよ!」

     言われて、弾かれたように私はスマホを持ったままの手で寿くんを押し返した。なのにまったくびくともしない。ガタイのいい彼にはいくら抵抗しても意味がなかった。ど、どうしよう。

    「いい加減、気付いてんだろ?俺の気持ち」
    「……っ」

     腰に回る腕に力が籠る。寿くんは私と額同士をこつりと合わせた。お互いの吐息が交わる。耐え切れなくて、私は目を瞑って震えた声で呟いた。

    「——寿くん……職業がプロのバスケットボール選手だったり……」

     すると「シィー......」と私の言葉を遮って言った寿くんの唇が、ちゅっと小さなリップ音を立ててキスが降ってきた。啄ばむようなキスだった。

    「……!」

     あまりに恥ずかしくて顔を逸らそうとすると、後頭部をすかさず押さえ込まれてさっきより深い口付けがはじまる。

    「……っ!」

     普段、隣同士で話す寿くんからは想像もつかないくらい息つく暇もない。私は咄嗟に、寿くんのTシャツの袖を掴む。

    「……ふ……っ!ん、ん……っ」
    「……っ、」
    「……、っは……!」
    「名前……」

     角度を変えて、甘い甘いキスの雨が降り注がれる。舌が唇を撫で、強引に開かせられて舌が滑り込んできた。合間に自分の名前が呼ばれるのを聞いた。麻痺した脳に流れ込む、寿くんの声——。

    「……」
    「……っ」

     離れるとぎゅっと抱きしめられた。頭が状況に追いつかない。だめだ——いつもの彼じゃない。そもそもいままでだって、こんな至近距離で彼のことを見たことなんてないけどさ。

    「……好きだ」
    「………ひ、さしく、ん」
    「名前が好きだ」

     絞り出すような声が、耳元で響いた。心臓が、痛い。締め付けられるような痛みだ。

    「……う、うそだよ」
    「こんなときに嘘なんかついてどーすんだよ……好きじゃなかったらこんなことしねーだろうが」

     もっともなことを言う寿くんの私を抱きしめる腕の力が強くなった。ベランダには冷たい夜風が通り過ぎ、二人の頬を切る。

    「それによ、名前だって毎回俺の話聞いてくれたり、こうして部屋に入れたり……」
    「……」
    「その——ミツイヒサシって選手のことも、めーっちゃ男前だって……思ったんだろ?」
    「そっ、それは……ッ」
    「俺の自惚れじゃねえならよ、脈ありだって……思ってたんだけどな」
    「……」
    「なぁ……名前、違げーの?」
    「——っ、」

     そうだね。全部当たってる、お見通しだよ。
     私は返事の代わりに寿くんの背中にそっと腕を回して抱きしめ返した。

    「……付き合ったら、さ。毎日寿くんの話、聞き放題だよね」
    「ンなの、お安い御用だ」
    「そっか」

     くすくすと笑ったあと私は顔を上げた。あ?と目を丸くする寿くんの頬を、両手でつつんで引き寄せ、背伸びしてちゅ、と口付けた。

    「……」
    「あんまりお姉さんをナメちゃダメだよ?」
    「ふはっ、歳ちけーだろうが」
    「もうその生意気な口閉じて」

     そして首に抱きついて、大人のキスをお見舞いしてやった。だけど、すぐに私を受け止めて抱きしめた寿くんの方がよっぽど大人の抱きしめ方だった。あーあ、やっぱり負けちゃった。敵わないよ。


    「私も、大好きです」
    「ああ、知ってるよ」

     お互いがそう発したあと、二人で鼻と鼻をくっ付けて、やっぱり一緒に笑い合った。

     寿くんの広い胸の中「明日のプレゼン成功しそうだな」と言う寿くんに「お陰様でね」と返して私は幸せを噛み締めながら目を瞑った。










     ハッピーエンド が始まった。



    (で、寿くんは何のお仕事してるの?)
    (あ?まあ、305cm先の網にボール投げる仕事だ)
    (ははっ、玉入れ競技のプロ選手だ?)
    (おう、白とか赤の帽子被ってな)
    (小学生のときのやつねっ!んで、チーム名は横浜なんとかって名前の?)
    (ふはっ、さすがミーハー。たいしたもんだ)
    (ミーハーじゃないよ、もう本物のガチ勢!)
    (あそ、まあ。これからもよろしくな、名前)
    (うん、よろしくね、寿くん。)

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