高校三年生、九月(4/4)


九月の中旬。三井くんを避け続けてどれくらいの期間が経過しただろうか。未だにインターハイへの労いの言葉すら掛けれていない状況だ。

自分から避けたのに今では前のように普通のクラスメイトに戻りたいなあ、なんてワガママな思考が私を支配する。


夏休みに入ってからはじめたバイトの帰り道で、三井くんたちとすれ違った。動揺して目も合わせられなかった。

水戸くんに言われた��勇気が出ないなら�≠チて言葉。私はいつまで経っても臆病者なのだ。


「——なあ、名字」

休憩時間、次は移動教室なので机の中から必要なものをまさぐっていたとき、やけに低くてぐぐもった声が頭上から聞こえた。私は、勢いよく顔をあげる。相手は、今まさに私が脳内で描いていた三井くんだった。

「……は、い……」

目を逸らしては、ダメだ——。そう思うんだけど体が無意識にそうしてしまう。だって、目が合ったら顔が赤くなるのはわかっていたし、まだ諦めてないんだなって思われるのが、恥ずかしかったから……。


「……次、」
「……」

弱々しく言った三井くんの言葉にゆっくりと背けてしまった顔を向けると、後頭部に手をあてがって気まずそうにしている顔と対面する。だけど、心なしか、三井くんの頬がすこしだけ、赤い気がした。

「……移動教室、一緒に行かね?」
「え——。え……い、いいけど……」
「じゃ……あの、行こうぜ」

くいっと顎を廊下に向けた三井くんが、私に背を向けて教室の入り口に向かって行く。私も急いで準備をして立ちあがった。椅子を机の中に入れた音がガタン!と大きく鳴り響く。これじゃあ動揺しているのが丸わかりだ。

三井くんは廊下で待っていてくれたみたいで「ごめん!行こ!」と、足元を見ながら言ったら「お、おぅ」っていう照れたふうな声がつむじに突き刺さった。


休憩時間なので、廊下もそれなりに人が溢れていたから私と三井くんが特別目立つわけじゃなくて助かった。

さっきまで挙動不審だった三井くんも今となればバスケ部の練習がどうとか、バイトなにしてんだとか普通に話しかけてきてくれる。私は、当たり障りない程度に相づちを打ったり質問に答えたりしながら、彼の真横を歩く。


「あー、そう言やよー」

三井くんが間延びしたように言う。私は不思議に思ってこのときはじめて、すこし高い位置にある彼の横顔を見上げた。

「——あれ、嬉しかったんだよな」
「ん? なに?」
「あのー......��ちゃんと学校に来て偉いね�≠チてやつ」
「え——、」

三井くんは面食らったみたいにすこし困った表情で、ふはっと笑った。ロン毛も捨てがたいけど、やっぱり短髪がいいよ、三井くん。似合ってる、とっても。

「名字の、あの言葉があったから、頑張って学校来るかって思えた」
「……よかった、力になれてたなら」
「ああ。」

気付けば辺りに生徒は少なくなっていて、それが逆に今、好きな人と一緒に歩いているということを無駄に意識させた。

すると正面から三人組の男子生徒が鬼ごっこでもしているのか勢いよく走って来て巻き込まれそうになる。


「あぶねっ——」
「——!」

生徒たちが走り去ったあとの生ぬるい突風の余韻と、左手首に感じる温かさ。どうやら三井くんが手を引いて巻き込みを阻止してくれたらしい。未だ温もりが持続しているということは、まだ彼が私の手を掴んでいるということだ。



『たぶん、名前さんのこと好きだぜ?』



不意に水戸くんの言葉を思い出した。水戸くんの声が脳裏をよぎる。どうしようかと考えあぐねている私を置き去りに、三井くんがまた歩き出す。

すーっと手首に感じていた温もりが消え去ったと同時に握られる、私の左の手のひら。

ぎゃー!とか、わー!と叫び出したい衝動を押し殺して、私は言葉を発する。どうか、どうか……声が、裏返りませんように……。


「——きょう。」
「……」
「バスケ部、見学いこっかなァ……」
「……おぅ、待ってるぜ」


——ダメだ!完璧に声が裏返った。

それが自分でもおかしくてクツクツ笑い出す私を不思議そうに見ていた三井くんも誘い笑いをしたのか隣で上機嫌に、わははって、軽やかに笑っていた。









 手繰り寄せてもう 0 センチ。



(つか——水戸と付き合ってんのか?)
(え!? ううん、付き合ってないよ?)
(あそ。だよな、よかった……)
(誰から聞いたの?そんな話)
(あー......バスケ部名物、悪魔のカップル?)
(なにそれ、悪口じゃん)
(いや——悪魔だろ、あんなの。)


※『世界は恋に落ちている/CHiCO with HoneyWorks』を題材に


← - 本棚 - ×
VERTEX