高校三年生、八月(3/4)


宮城と彩子そして俺の三人で下校している。そう先週くらいから、なぜかこのメンバーで帰宅する事が多くなった。たまにこのメンツに桜木が入ることもあるが基本的にアイツは自主練があるから決まって多いのはこの二人との帰宅。

「来週一人ずつダンナと面談をして、県予選の振り返りを行うってヤツ。あと日々の部活の報告とか。あれ何言うか決めた?」

唐突に宮城がそんなことを出し抜けに言う。

「一発目、三井サンからでしょ?たしか」
「おう、俺はいつでもいいぜ。動揺もしてねえ」

どうやら赤木がキャプテンになった去年からの恒例行事らしい、この面談。話によれば、これは安西先生の意見ではなく赤木が独断で決めたとか。年に一度評価の場を設けることで部員たちを赤木も建設的に評価できるし、部員も赤木を批評できるってわけだ。

遠慮なく言ってくれ、と言っていた赤木の勝気な笑みを思い出して俺は小さく鼻で笑う。

「なんかパニくって来た……ダンナに何を言えばいいかな?」
「私は部室がいつも綺麗ですねって言うつもり」
「彩ちゃん、それ去年も言ってなかったっけ?」
「そう?」
「ダンナのロッカーはめちゃくちゃ整頓されてるって、誰かもう言った?」
「ヤっちゃんと木暮先輩がもう二回は言ったわ」

へっ、と俺が横で抑揚つけて笑えば安定でジト目を送ってくる宮城。

「お前ら慌てふためいてるなぁ」
「……アンタは平気そうっすね」
「結局のところお前たちが気にしてんのは自分の評価だろ。俺はそんなもんはどーでもいい。赤木とは一緒のタイミングで入部したし、赤木と木暮が引退した後も、俺は冬までしぶとくいるつもりだからな」
「へえ〜、まるでゴキブリっ♪」
「うっせぇ!あくまで事実を述べただけだろ!人間としてもバスケットマンとしても、自分らしく生きてんだよ俺は」
「ハイハイ」

そんな俺と宮城のやり取りを聞き流していた彩子が不意に宮城を一瞥して言う。

「リョータ、さすがにもうジャージは暑いんじゃないの?」

すかさず宮城がそれに答える。

「ねっ。そろそろ限界だよねー。でもさ案外このジャージ好きだったりするんだよね俺。三井サンはどう?」
「ああ、俺も。着やすいよな、このジャージ」
「湘北のジャージ、巷じゃ人気なんですよ?お洒落だって。ここの制服も可愛いって有名ですし」
「へぇー……って、なに彩子のことジロジロ見てんだよ、宮城」
「え!! 見てねーしっ!やめてくんない?そーいうの」
「あーっそ。そーいうのは他所でやれ、他所で」

俺はそう言うと、シッシ、という仕草で手を二回振った。その動作に宮城は唇をむっと突き出す。

「それはそうとよマック寄っていいか?ドリンクくらいなら奢ってやらぁ」
「やった!!行こ行こマック♪」
「そうね。たまにはいいわね。ちゃーんと奢って貰いますよ?三井先輩♪」

そう返してきて宮城と彩子は笑った。そんな和やかムードでマックに向かう途中すれ違う女子生徒に宮城が声を掛けた。

「あ、名前サン! バイト帰り〜?」

宮城が声を掛けた女子……それは、転校生にして同級生の名字名前だった。そう、俺に告白をしてきたクラスメイトだ。

「そ、そう。さっき終わって……じゃ、じゃあ」

彼女は気まずそうに返事をするとそのまま俺たちを通り過ぎていった。


「……」
「……」
「……」

なぜか生まれる沈黙。
一度立ち止まっていた俺たちは、また個々に歩みを進める。

「……フラれた男子とすれ違うとはねぇ。」

まさかの宮城の言葉に俺が心底驚いて、はっ!?と思わず声を上げた。

「な、なんだよ、宮城おまえ、知ってたのか?」
「あはは、ごめんなさいっ!それ言っちゃったの私なの」
「はっ——!!?」
「放課後、練習はじまる前に見ちゃって。」
「そーいうこと、三井サンっ♪」

今度は俺が気まずくなって、後頭部に手をあてて押し黙る。それを見て言葉を発したのは彩子だった。

「まあ彼女なんて作ってる場合じゃなかったですもんね〜、あの頃の三井先輩。」
「なっ——!」
「復帰して間もないわけだし?女の子に現を抜かしてる場合じゃねーよね、あン頃は」
「お、おい……!」

俺の顔が赤くなったのは、辺りが暗かったせいでバレてはいないだろう。よかった、今が夜で。

「い、いや。そりゃだって、当然だろうが……」
「……ふーん。」
「でも恋愛より部活が優先なんて案外真面目よね三井先輩って」
「案外って何だよ、案外って……いや——」
「ん? なに、三井サン」
「俺も、好きだった……んだけど、よ……」

今度は、宮城と彩子が大声で「えっ!?」と返す番だった。宮城はすぐに何かを思い出すみたいに空を見上げてから「あー、確かに……」と言うと話を続けた。

「誰見に来てんのかなーって思ってたもんなぁ、名前サンのこと。仲良かったんだ?三井サン」
「まあ、仲良いって言っても二年間おなじクラスってだけで……」
「でも三井先輩、名字先輩がいると気合入りまくりでしたもんねぇ?」
「う!うるせえなあ……。なんつーか、まさか、告白されるとは……思ってもみなくてよ」

ぼそぼそと話すと、宮城と彩子は呆れたみたいに溜め息をついてた。それを見た宮城が目敏く問いかけて来る。

「——で? なんて言って断ったの?」
「え?……付き合ってる奴、いるって……」
「あーらら。だっせー、なにそれ嘘じゃん」
「事実だろーが!バスケ……復帰したんだから」
「え?三井先輩もしかして……付き合ってるって��バスケット�≠フこと?」
「……ああ」
「うっわー!さむ。さっぶいって、三井サン」
「だーっ!!うっせ、ほっとけ!」

宮城と彩子は何にツボったのか(たぶん付き合ってる相手=バスケのこと)ずっとクスクスと肩を竦めて笑っている。それに舌を打ち鳴らして俺が投げやりに言った。

「次の日アイツ、元気無さそうだったから声掛けようとしたんだよ」
「うっわ……デリカシーなさすぎ、三井サン」
「だって仕方ねえだろ?したらよ、あからさまに避けられちまって……」
「で、それから話してないんですか?一言も?」

彩子は、特に俺を心配してる風でもなく、淡々とそう聞いてきた。

「ああ……別に普通のクラスメイトみたいに戻りたかっただけなんだけどな」
「無理でしょ。思春期の女の子振ったくせにそんなん」
「いや……ホント、悪ィことしたわ……」

俺は頭をうな垂れる。真剣に悩んでいる俺がおもしろかったのか宮城はひゃはは!と笑っていた。

「あらー?でもおかしいわね。私、最近、変な噂聞いたけど?」
「え?なに、彩ちゃん」
「ええ。先輩が、水戸洋平と付き合ってるって」


——え。思考が停止する。もちろん時間も止まる。俺は彩子を凝視して、ピタリと足を止めた。

「あー、そういや俺も見たことあったよ?水戸と名前サンが体育館裏で密会してるとこ」
「は……宮城、それいつだよ」
「えー?覚えてないスよ、結構まえ」
「そう言えば、夏休み前くらいよね?水戸洋平と先輩が一緒に帰るようになったのって」
「なんっだよソレ!!あー、マックやめやめ!」

「えー!!」と、むくれて言うのは宮城だ。その態度に、彩子はクスクスと笑っていた。



—


結局俺たち三人はマックに入ることになり、そこを出てからの帰路は、宮城と二人になった。バス通学の彩子とは、さっき駅で別れたところ。ここから先は、いつも宮城と二人きりなのだ。

「さっきすれ違ったのさ……マジで気まずかっただろうね……」

宮城がそう呟いたので俺は「そうだな……」と、とりあえず返しておいた。その話をされるともれなく水戸の顔も思い出されるため、どうにかして話題を変えたかった。

なのに、そんな俺の気も知らないで宮城は会話を続ける。

「好きなのに振った相手の今の彼氏が��救世主�≠チて、なんかヤじゃない?」
「……あ?なんだ、救世主って」
「えー、だってさ。ホラ、体育館での事件。」
「……」
「なんとなくだけど、俺だったら嫌だなーって」
「……仕方ねんじゃね。振ったのこっちだしな。——つか、もうやめようぜ。名字の話はよ」

俺はポケットに両手を仕舞って夜空を見上げながら言った。やっぱり彩子の言っていた通り夜だとしても、もうジャージは暑いな。

「そーだね。……に、してもさー、インターハイ終わったあとに名前サンに告白し返せばよかったんじゃねーのかなって思ってさ?」
「……」
「もしかしたら、フラれたショックで誰でもよくなったのかもしんないし……」
「何言ってんだよ、アイツはそんなチャラくねーの。俺が好きだった奴だぞ?」
「怒って言うことかねー......そんな惚気。だって三井サンがもたもたしてっから先越されたわけっしょ?救世主に」
「うるせーなあ!告白の順番なんて関係ねーの!つか、この話は終わりって言っただろーが!」

そう言って、俺は宮城をドンと真横に軽く突き飛ばした。わざとらしくよろける宮城が、滑稽だ。すぐに体勢を持ち直した宮城が呆れ口調で言う。

「復帰して三回戦でボロボロに敗退して、好きな子も取られてちゃ世話ねーって話スよ」
「……っ」
「男気魅せたれ!三井サン!!」

今度は宮城に背中を強めにドン!と叩かれて思いがけず俺が「うおっ!」と声をあげ前のめりになる。ぎろりと宮城を睨みつけると、宮城は満面の笑みを浮かべていた。





——二ヵ月前


「……誰にも言わないって、約束出来る?」

放課後の体育館裏で、水戸くんは私を見据えて、そう言った。

「も、もちろん……。私だって、三井くんにフラれた事は誰にも知られたくないからさ……」
「……確かにそうだよな。分かった、話すよ」

水戸くんはヤンキー座りみたいに、その場にしゃがみこんで腰を落とすと一息吐いてからゆっくりと丁寧に話し始めた。

「俺の見解ね?あの人いまはさ、バスケに集中したいんだと思うんだ」
「……やっぱり。かなって思ったの一晩考えて」
「うん」
「タイミング悪すぎたよね、わたし……。」
「……みっちー、付き合ってる人なんていねーと思うよ」
「えっ?」
「たぶん、名前さんのこと好きだぜ?」
「——!」

驚く私に水戸くんは、ハハハといつものように緩く笑う。そして煙草を取り出し火をつけた。肺いっぱいに吸い込んだ煙を私にかからないよう配慮して、顔を背けてフーっと、細長く吐き出す。

「またさ、みっちー見たくなったらいつでも体育館に来ればいいさ」
「いや……でも……」
「好きな人の応援の力に勝るもんはないっ!」
「……」
「ハハッ。花道見てりゃ、わかるだろ?」

水戸くんがそう言って優しく笑うもんだから、思わず目頭が熱くなって瞼に水分が溜まって来る。

「体育館まで来て、やっぱりまだ勇気が出ないってんなら、そんときは俺と、こそっと帰ろうよ」
「水戸くん……」
「俺、バイトの日も多いしね」

実際にそうするとか、しないとか、そんなんじゃなくて、水戸くんが背中を押してくれたことが嬉しかった。だから私は零れ落ちる前に涙を拭ってめいっぱいの笑顔で、「うんっ!」と大きく首を縦に振った。


← - 本棚 - →
VERTEX