P.S.あいらぶゆー(2/2)
「名前のバカ! あたしをひとり残して……!」
次の一週間は親友の赤木晴子のところだった。
彼女とは、高校で出会ってから親友になった。いろんな思い出を共有した大切で大好きな友達のひとりだ。晴子の声を聞いていたら涙が零れた。そして、心に空いた穴が塞がることもなかった。
これからも、この広い世界のどこかであの日と変わらずに笑っていてくれるのかな。それを側で見られないのは本当に悲しいけど晴子にはずっと笑っていてほしいと素直に思う。
晴子は一週間、わたしと撮ったプリクラを眺めながら毎日毎日泣いていた。プリクラに向かってブツブツ文句を垂れながら。学校から帰ってきても部屋にこもりっきりで大好きな流川楓のバスケットをする姿も見に行かないで。
『マネージャー引退したってあたしは毎日行くんだからぁっ!』
あの言葉は聞き間違いだったのだろうか。どうせ流川楓が引退後も練習に顔を出すと知ったからそう言うんだろうと馬鹿にした日々を思い出す。
いつでも綺麗にセットされていたボブヘアー。それもいまはボサボサで、瞼はほんのり赤く腫れあがっている。泣いて、泣いて、叫んでいる。
ごめんね晴子、本当にごめん。ねえ頼むから、笑ってよ。……ね?
『名前元気だしなさいよぅ!』——って。鬱陶しいくらいの「流川くぅ〜ん♡」ってさ、いつもみたいに笑わせてよ。お願いだからまた笑って?
「……名前?」
風が吹いた。開け放たれていた窓から不意に、風が入ってきたのだ。そうして悪戯な風によって床に落ちたプリクラ手帳の開かれたページを見て晴子は綺麗に柔らかく微笑んだ。
「あはっ……やだぁ、変な顔、名前。」
ああ、また、笑ってくれた。……ありがとう、ベッピンさん。大好きだよ、晴子。たくさんたくさんありがとう。心はいつも繋がっているから、忘れないでね。
それからよくわからないけど宿敵の数学教師のところ。委員でお世話になった湘北の生徒会長。三軒隣に住んでいて小さいときからいつも優しくしてくれた老夫婦。内緒だけど洋平と親友で実はわたしの数少ない理解者の、赤頭のところ——。
49日間いろんなところに飛ばされた。みんな悲しい顔、泣きそうな顔、怒った顔、放心状態の顔。わたしのせいで、わたしのために……感情を動かしてくれた。
すすり泣く声から、笑い声。悲しい顔から笑い顔に。みんなが私に見せてくれたら私は消えて、次の人への繰り返しの49日間。これって恩返しなのかな?なにも出来なかったわたしが、最後の最後にこうして、みんなに笑顔を与えている。
この世にいられるって知ってるか? 』
童貞男(仮)——水戸洋平。迷信、そんなの、迷信だって思っていたけれど洋平、アンタの言うとおり、迷信なんかじゃなかったね。
人は出会っていつかは��さよなら�≠キるもの。こんなに辛いとは思っていなかった。
さあ、今日で49日目。なら最後に行くのは、アンタのところなんだろうね……。
*
——49日目。予想は大的中。飛ばされたのは水戸洋平の家だった。
はい、まず一言。めぇーっちゃ汚い!だれだ、『水戸くんの部屋はめちゃくちゃ綺麗!』なんて噂を流したのは。洋平はなぜだか、校内で密かに注目の的だった。あの流川楓の人気にはもちろん到底及ばなかったけれども。
ちょくちょく告白なんてアオハルじみたものをされていたのを目撃したこともある。そんなときは決まってすぐに、残りの4人に告げ口をした。バスケ馬鹿と呼ばれる花道以外のメンバーがイジられるのは毎回見物だった。しかもそれがあの、水戸洋平ならばなおさらだ。そんな密かに人気を集めていた彼の本来のお部屋はと言いますと……よし、私がここで発表してあげましょう。まず、服は脱ぎっぱなし。ごみ箱はパンク寸前、CDは割れてるし。あーあ、最悪。49日間の中でいちばん最悪最低な部屋です。だから��童貞�≠セって言うんだよ、バカ洋平。
だれだ『水戸くんは絶対に女の子慣れしてると思う!』なんて嘘を撒き散らしたヤツは。こんなだらしない男の、どこが女慣れだよ。おまけに、この童貞(仮)——いま、 なにしてると思う?一応いままでお邪魔してきたみなさんは涙のひとつやふたつ悲しみのひとつやふたつは見せてくれたんですけど?なのに、この男ときたら……
「……チッ、なんだよこのボス。強すぎ」
テレビと睨めっこしてますよ。時折、ぶつぶつ文句を垂れて。ゲームしてますよゲーム!テレビに向かって文句言ってますよ女慣れ疑惑の男は。アンタはマジでさ……なんなの?
食いカスが散乱したテーブル。その上に一枚の��採用通知書�=Bあぁ、そっか。受かったんだ。志望していた、中学時代から洋平が憧れていた、あの大手自動車メーカー。でもさぁー?受かったからってゲームかよバカ。49日目、わたし……今日で、最後なんだよ——?
「クッソ……まったやられたよー。」
ガチャンと洋平がコントローラを投げ付けた。どうやらボスに負けたみたいだ。ほんと、ガキ。テレビの電源も切って今度はベットにダイブする洋平。飽きっぽいんだよね、意外と。てかここ、ごみ箱みたいなベッドだな。汚ったな。洗ったのいつですかー?漫画とか雑誌とかが散乱していてだけど、そんなゴミ箱に寝転がっている私だってよっぽど大バカ野郎か……。
隣には洋平がいて。ねぇ、わたし隣にいるよ?洋平の顔、こんなに近くで見るなんて初めてだ。息遣い、すこし崩れたリーゼントに通った鼻筋。ちょっと長めの、柔らかそうなまつ毛。
ねえ、私。洋平に伝えたいことが、まだ山ほどあるのに。見えて、ないの——?いま洋平と私の鼻頭と鼻頭、くっついてるんだよ?横向きに寝転がっている洋平に、わたしもその格好に合わせてくっついてるんだよ。
——49日目。
洋平………なんで、わたしを呼んだの?
「名前………、居るんでしょ?」
触れられない、触れてもらってもいないのに、洋平の息が私の顔を撫でた。優しく……感じたんだよ、ぜったい。
「今日で49日目だ。じゃあ最後は……俺のとこだよな?」
そう大正解。最後はアンタ……洋平だったよ。わかる? 洋平と私、いま目が合ってるんだよ?
「いま、どこに居んの?」
——洋平のすぐとなり、真んまえだよ。
「就職、決まったよ」
——知ってる。さっき見た。おめでとう。
「………なんで」
洋平……
「なんで……死んでんだよ、おまえ……っ」
……ごめんね、洋平。
いつの日か触れた手のひら。はにかんだ、あの笑顔。ずっと胸の中で生きつづけているよ。それだけで強くなれる気がしていたの、いつの日も。
神様なんかいないんだってば。わたし、めちゃくちゃ祈ってたんだよ?インターハイ——花道がバスケで優勝するの。日本一の高校生になるの。洋平が、笑えますようにって。祈ってた。でも、神様は試練を与えた。洋平がもらったものは笑顔じゃなくて悲しい顔だった。神様なんかいない。もう二度と見たくないって、そう思った。
だって、ガラにもなく落ち込んだ顔しちゃってさぁ。似合わない!いつもヘラヘラ笑っていて、いつも花道をバカにしてすかした顔して。ピンチには、必ず助けに来てくれて。
笑い合って……笑顔が最高な、洋平にはそれが型にはまるんだから。だから洋平の悲しい顔は、二度と——。
「バカ、バカ女。なんで、だょ……っ」
見ないって……ぜったいにもう見せてやらないって、決めていたはずなのに。
「アホ。バカ………やろうッ」
わたしが泣かせて、ねぇ、どうすんのよ……?ゴメン洋平、泣かないで洋平。わたしいま、すぐそばにいるよ? 洋平——。
「……き、……好きだよ、名前」
洋平……っ!
「ねえ、聞いてるか?」
聞いてる、ちゃんと……聞こえてるよ。洋平の涙も、洋平の声も、洋平のぜんぶを……いちばん近くでちゃんと、感じているから——。
「俺の童貞……もらえって、バカ」
じゃあわたしの処女だって洋平がもらってよ、もらって、欲しかったよ。洋平に。洋平にだけ。
「天国に持ってけ、俺のあつーい気持ちぜんぶ」
返事の変わりに、わたしのくちびるをあげた。もちろん触れた感触は無くて、こんなのきっと、キスなんて言えない。
だけど笑ったの、洋平が。フッって。笑ったんだよ。たしかに、ぜったい——。
「——名前。神様はいるよ、ぜったい。」
洋平が最後に言った言葉。彼は笑いながら涙を目蓋に溜めて、たしかにそう言った。49日目、洋平が笑ってくれて良かった。
照れくさくてずっとずーっと言えなかったけど心から思う、ありがとう。それと愛しているよ。
18年で私の人生終わらせて、たったひとつの試練がいろんな人を悲しませた。
神様なんかいない。だけど、すこし……ほんのすこしなら——
わたしと洋平を引き合わせてくれたから。まぁお礼として信じてあげてもいいよ。その代わりに叶えてあげて。わたしが叶えてあげられなかったぶん、神様、あなたが変わりに叶えてあげて。
みんながどうか、笑っていますようにって——神様、頼んだからね?
いまさらだけど、大好きだった。本当に本当にごめんね。だけどいつも心は繋がっているから。どんなに月日が流れても、みんな忘れないでね。
忘れ雪 と共に、溶けて消える。
( P.S. 洋平の童貞奪ってあげて。)
※ image song『 ありがとう/MACO 』