三井寿の場合
「名前」
四時限目の移動時間。
俺は久しぶりに彼女の姿を校内で目撃にした。
同じ学年でもクラスが違うという事もあって、なかなか出くわすこともなかったので、気が付いたら咄嗟に声を掛けてしまっていた。
「……」
友人と歩いていた名前が、俺の声に振り返ると、気を遣ったのか彼女の友人は、先に教室へと入って行った。
「廊下で会うの珍しいな」
「…そうだね。」
俺が立ち止まって名前と話し始めた事で、一緒に居た俺のクラスメイトも「先行ってるぞ」と、次の移動教室のため階段を降りて行った。
「わりーな、連絡返さなくて」
「別に…慣れたよ。」
そう。謝る事は容易いんだ。
本当に悪いとは思ってるんだ、俺だって。
目ぇ、全く合わせねーけどな、コイツ…。
「今日バスケ行かねーから一緒に帰るか?」
「いい。」
…即答かよ。
いや、怒ってんのか。あれ?そーいや久しぶりに会ったよな。…あ?俺らって付き合ってどんくらい経ったんだっけ?
「もういい?」
「あ?」
「授業はじまるから」
「…あ、ああ。」
呆気にとられ情けない返事をした俺に終始、目も合わせず名前がくるりと背を向けた瞬間に、俺は勢いよく彼女の腕をつかんだ。
「…!?」
予期せぬ展開だったのか、名前はひどく驚いた表情を浮かべ、俺が腕を引いた反動で彼女が振り返る姿勢になり、そこでようやく彼女と目が合った。
「…な、なに?」
ギロリと見下ろす俺に、気まずそうに目を逸らす名前を、グイッと自身の方へに軽く引き寄せる。
「香水変えたのか?」
言葉は発しないまま、大きな瞳を見開いて、俺を見上げる名前。
「あ?」と再度、確認の意味を込めて尋ねると
「う、うん…」
と、申し訳なさそうに小さく肯定した彼女。
俺が名前の香水の匂いが好きだと言った事を忘れてんのか?いや、わざと変えたのか…?
色んなことを、無い頭で考えていると
ふと流川の言葉が脳裏を遮った。
…やっぱり男いんのか、もしかして。
「痛いんだけど…」
「質問の答えになってねぇ」
「責めれる立場なの…?」
「あ?」
「放置プレイ常習犯のくせに…。」
それは…。
「こんな時だけじゃん」
俺が手を緩めた瞬間に、その手を振り払い俺と距離を取った名前に、途端にいたたまれなくなって俺は、行き場を無くした彼女を掴んでいた手で、自身の後頭部を掻く。
「なんで告白してきたの?」
「……」
真っ直ぐに俺を見て、必死に問いかけた名前の言葉と同時に、四時限目のチャイムが鳴った。
「名前。」
「…ん?」
声が小さくても返事をしてくれた事に深い安心感があった。
もう俺を見ていた目線は、違う方向に向いていて、自分の教室の方を気にしているようでもあった。
「次サボるぞ」
「えっ?」
驚いてこちらに顔を向けた名前の手をまた引いて、俺は屋上へと向かった。
運よく本日の屋上は貸し切り状態にあって、俺はドカンと地べたに腰を下ろすと、名前も静かに側に座った。
「その…俺、連絡すんの苦手でよ」
「うん」
「つか、彼女とか初めてだしな」
「うん」
「どうしていいか…分かんねえっつーか」
「…女子なの?」
「うるせぇ!…でもよ、」
「うん」
「ちゃんと、その…好きだし」
「……」
「連絡するよーにするよ、これからは」
はあ、と小さく名前の溜め息が聞こえたので、チラリと彼女を見てみると、綺麗に微笑む名前がそこに居て
なんか…
すげー悪い事をしていたんだな、と改めて実感して素直に反省した。
「昨日、誰と会ってたんだよ」
「へ?」
「駅、いたんだろ?使わねーのに」
「…ストーカー?」
「ちげーわ!流川…後輩が、見たって」
「ああ、んー…」
「なんだよ」
「呼び出されたんだよね、海南の人に」
「は…?」
「バスケ部の」
「…名前は?」
「あー、たしか、……神………」
その瞬間、名前が言い切る前に俺は勢いよく立ち上がって、一気に捲し立てる。
「バカ!ダメだって!ふざけんな!」
きょとん、と名前が俺を見上げている。
「…ああ。彼もスリーポイント得意だもんね?」
「なっ……!」
ちょっと俺は、価値観を変えるべきなんだと本気で心から反省した。こんな小さな事で、好きな奴をライバルに取られることほどバカげたことはねぇ。
なんぼでも連絡してやるよバカヤロウ!
まあ、名前の価値観は理解した。
こいつは、
闘争心で心を揺さぶる派
って事だな。
(交換ノートから始めてもいいよ?)
(は?……字汚ねーからやらねーよ)
(じゃあ神くんと…)
(よし、ノート買いに行こうぜ)