いまでは舵も握れるし射撃も出来るしチョッパーの助手もできる。でも、きっとこれからも悩んで悩んで答えを見つけられずに研ぎ澄ませていくのだろう。
ルフィは「頑張れよ、応援してるぞ」と言って背中を押してくれる。ルフィがそう言ってくれるだけで出来る気がしてくるから不思議だ。彼が生来持つ人間力なのだろう。
ロビンは私とサンジくんが寝たことを薄々勘付いているのか、ときおり意味な発言をしてくるが知らんぷりしてやり過ごした。だって、一回だけだったから。セフレ以下の……まあ、なんというか性欲に負けただけの関係だ。
自分はそれでいいと思っている。サンジくんもきっとそうだろう。簡単にそんな時間を作れないのだから仕方がない。……ただ、彼の作った私専用の魚貝料理を食べてみたかったなとは思っている、いまも。
ゾウの島に上陸したとき、サンジくんが船を離れると聞かされた。詳しいことはわからない。誰も聞けない。
その晩、コンコン、とノックの音がした。静かに自室の扉が開いてサンジくんが入ってきた。
「ナマエちゃん、久しぶりだな」
前にも聞いたその台詞。サンジくんがそう言うのを違う世界の出来事のように聞こえた。彼は冷静な目をしていた。
私は彼を見ることができなかった。サンジくんも私のことを見なかった。サンジくんは、こんなに遠い人だったのか。出会った頃より、もっと知らない人みたいだ。机の上に置かれている甘く濁ったコーヒーに吐き気がして、なにも言うことができなかった。
「……、……お願い、行かないで。お願い、お願いだから」
気が付くと私は頭を下げてサンジくんの袖を掴んでいた。手に力が入って爪が白くなっている。頭上でサンジくんが私を見下ろしているのがわかる。こんなことを言っても彼には何一つ通らないと知りながら。
「……」
「……行かないで、お願い」
もし手を離したらサンジくんが
きっともう、戻ってこれなくなる。
どこに?……自分の許に?
いまもまだ、自分の傍にいてほしいとでも願っているのだろうか?
「どうしていつも君は……」
ゆっくり顔を上げる。化け物を見るような目でサンジくんを見た。その姿はこんな瞬間でも美しかった。美しさと恐ろしさは共通しているという、まさにこの顔だ、この表情だ。
「俺の問題なんだ……」
サンジくんは袖を掴んでいる私の手に手を重ね、そっと指を握った。いままで手に手を触れたら彼はしばらく放さなかった。愛しそうに撫でてくれた。だが、いまはそのまま簡単に手放した。
「……あの夜のことを、忘れたことはない」
と彼は言った。
低い声。淡々としている。
微笑みは消え、真顔に戻っていた。
「……」
「ナマエちゃんは、誰でもよかったんだろうな。あの晩……俺はナマエちゃんに話があって待ってたんだが、結局言えずじまいで……なにが言いたかったか、わかるかい?」
「……ううん」
私は自分の心臓の音を聞いていた。そうか、彼は私に話があったのか……でも私はちっとも聞く耳を持たなかった。ただ待っていてくれたことに浮かれて彼の都合など全く眼中になかった。
「あのとき……行かないでくれ、と言いに行ったんだ。ルフィのところに」
「え……」
「いま思えば我ながら滑稽だなと思ってさ。俺が懇願してもナマエちゃんには響かなかったはずだ。その君がいま、俺に頭を下げてる。つくづく俺たちは、すれ違ってるなと思うよ」
サンジくんの目が細められる。ふう、と短くため息が漏れる。どこか懐かしそうで物憂げな表情に見えた。
「……、……」
「……なあ、ナマエちゃん」
なにを言えばいいのだろう?
なにも言葉が出てこない。彼を引き留める言葉が。
そんな私を眺めてサンジくんは苦笑いする。
「楽しかったよな、いままで」
視線は窓の外向けられていた。
私も窓の外を見る。私たちは��麦わら海賊団�≠ニいう楔がなければ、正常に呼吸を合わせることもできない。
サンジくんは私を通りすぎ、重い扉を通りすぎ、部屋を出て行った。彼はお別れを言いに来たのだ。一緒に過ごした記憶に対して——楽しかったと言った、その思い出に。
私、まだちゃんと伝えられていないのに。ルフィじゃなくて——サンジくんが好きだって、伝えていないのに……
本当にひとりで行くつもりなのだ。
私の部屋に置手紙と一緒に
「これを……ルフィたちに」と、一言残して。
大切な人の命を救う代償に
消えたのはサンジくんだった。
笑って、待ってて
女に会って来る 必ず戻る[ PREV | NEXT ]
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