最終章
あなたがくれた夢




「ナイスパスッ!!」


 ― ピピピーッ! ―

 77―74。
綾南との練習試合は最後、三井のスリーポイントが決まり勝利で幕を閉じた。車椅子に座った名前も大喜びで手を叩いていた。

「田岡監督。」
「ああ、三井くんか」
「ありがとうございました」

田岡の元まで行き深々と頭さげた三井に田岡は腕組みを解きパイプ椅子から立ち上がると握手を求め手を指し出す。

「いや、楽しませてもらったよ」
「はい、自分もいい試合が出来ました」

強く握手を返し誇らしげに答える三井の向こう側に見える車椅子の彼女を見ながら田岡は言った。

「三井くん、」
「はい」
「スポーツはいいな」
「え?」
「プレーしている者も、見ている観客もみんなが輝いている」
「…そうですね」
「次は絶対に綾南が勝つぞ」
「湘北の奴らには手加減なしでお願いします」

田岡はひとつ微笑んで三井の肩をポンポンと叩いたあと安西の元へ向かって行った。それを見送り三井も名前の元まで走って行くと既に宮城と桜木が名前を取り囲んでいた。

「ひさしくん!」

名前が興奮した様子で俺に手を振るその姿に宮城や桜木、名前の両親もこちらを見た。

「名前、元気そうだな」
「うん!今日は調子がいいの!」

名前の両親と宮城、桜木は気を遣ったのかその場を去って行く。

「かっこよかった〜ひさしくん!」
「あたりめーだろ」

見下ろした俺の目に映った名前はとても楽しそうに笑っていた。

「ねぇねぇ、ひさしくん?」
「ん?」
「学校の中、見て回れないかな?」
「えっ?」

驚く三井に「それくらいなら歩けるよう!」と言って名前は車椅子から立ち上がって見せた。





「へぇ〜校舎内ってこんな感じなんだね」
「ああ、そうだな」

三井はあの後すぐに着替えを済ませて臨時で待機していた先生に教室へ入る許可を貰った。薄暗い校内を二人で歩いて名前を三年の校舎へと案内した。

「どこっ?」
「何が」
「ひさしくんの教室!」

少し躊躇たあと名前の手を引いて三井は自身のクラスまで連れて行った。教室の前で一度立ち止まると「ここ、」と言って三年三組の教室の電気をパチンと付けた。

「ひさしくんの席はどこっ?」

名前の質問に何故か照れ臭くなった三井は後頭部に手を当てながら「あそこ。」と、自身の席を小さく指さした。

「座っちゃお〜!」

パタパタと三井の席のところに向かい椅子に座った名前に笑みが零れた。三井もその後を追って名前の席の隣に腰を下ろした。

「一緒のクラスってこんな感じかな?」
「…ああ、そうかもな」
「教科書見せて?とか言って?」

悪戯に俺の顔を覗き込んで来た名前に三井はそっと唇を重ねた。

「……隠れてキスするのはこんな感じ…?」
「バカ、授業中にはやんねーよ」
「へへ、だよねっ」

こんなに笑顔で楽しそうにしているのに
ちゃんと自分の足で歩いているのに…このまま生きていくのは無理だってのかよ…。

「ひさしくん?」
「え、あ…どうした?」
「私、死ぬまで生きるって決めたんだから」
「えっ?」
「生きて生きて生きまくるって決めたんだから!」
「…そうだよな、ごめん。」

情けなく俯いた三井に名前は微笑んで三井の頬っぺたを抓って言った。

「へーんな顔っ!」


それから数ヵ月後、名前は天国へ旅立って行った。

たくさんの思い出と
大好きだった歌を残して。





「三井サーン!!」
「ミッチー!!」

 三月一日、湘北高校卒業式。
いつもと変わらぬ朝のバス停。
毎朝うるさい後輩の声も今日はイヤホンから流れる心地よい歌声で三井の耳には届いていなかった。

「あれ?シカト?」
「いや、ミッチー何か聴いてるぞ?」

桜木の言葉に宮城は三井の背後から忍び寄りイヤホンをもぎ取った。

「!?」
「三井サン!おはよー。」
「なんだ、てめーらか」
「何聴いてんの?」
「え?ああ…名前の曲。」
「「えっ!?」」

宮城と桜木が宮城の手に持たれたままのイヤホンに同時に耳を近づけた時、駅前の西口で耳にした彼女の歌声がイヤホンから漏れて聴こえて来た。


卒業式を終えた三井は校内を歩いていた。
その時、名前が猛スピードで廊下を走って来る姿が目に飛び込んで来た。

「三井!!!」

その手には音楽室から拝借して来たであろうラジカセが持たれている。

「廊下走んなよ、バカヤロウ」
「そんなのどーでもいい!」
「どうしたんだよ?」
「これっ…!」

グイッと目の前に差し出されたラジカセから、あの…名前の歌声が聴こえて来た。

「…… !?」

咄嗟に名前からラジカセを奪い取って耳をかざしてみてばラジオから今朝も聴いていたはずの名前の曲が流れていた。

「うお!!すっげー!!」
「ねっ!!名前の曲だよっ!!」

教室の窓から優しい風が舞い込み
その風が廊下に立っていた三井たちの頬をかすめる。
ラジカセに耳を傾ける三井と名前を春の日差しが静かに照らしていた。


名前、聞こえてるか?
お前が残した曲は、伝説のCDになって今や世に知れ渡ってるよ。信じられるかよ?アメリカのビルボードにまで載ったんだぜ。
太陽と向き合う事が出来なかったお前が、みんなの太陽になったんだ。

そして俺は…

毎朝7時45分のバスに遅れることなく大学に通った。あのバス停をずっと利用できる大学に合格したよ。

毎朝、名前の部屋の窓に向かって手を上げたのは
天国でも名前が俺の姿を見つけられるためだった。

毎日頑張るからな、
名前が残したあの曲を聴きながら
大好きなバスケットを。



END.






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