03


 研究所内のある通路に、大小さまざまな足音が響き渡る。それに紛れて聞こえるのは、子ども特有の甲高い声や数え切れない息切れの音。施錠された扉をいくつも見送りながら、先頭を走るナミとチョッパーは外へ繋がる通路を探していた。

「ハァ……ハァ……一年で病気が治るって?」
「う、うん……」

 ──航海中に電伝虫からの緊急信号を拾った麦わらの一味は、すぐそばに存在していた燃える島……パンクハザードの半分の領域に目星をつけ、人員の半数をそこの視察に見送っていた。船に残ったのはナミ、チョッパー、サンジ、フランキー、ブルックの五名。彼らは睡眠ガスで眠らされ、気が付いた時には──何故かブルックだけはいない状態で──研究所内の一室に閉じ込められていた。
 しかしフランキーのビームにより、強固な扉はいとも容易く破壊。彼らは同じく閉じ込められ、サンジの恩恵で拾われた『侍の生首』とともに、わけの分からぬまま研究所を駆け回る羽目になったのだ。

「何の病気だ? みんな病人には見えねェけど……!」

 チョッパーは柔力強化(カンフーポイント)形態の自分よりもさらに大きい少年に問う。ナミとチョッパーの後ろにはその彼をはじめ、ある部屋に飛び込んだ際に出会った大勢の子どもたちが走っていた。少年少女たちはみんな一様に飾りっ気のない白い服を着せられ、子どもらしい小さな背丈から巨人族と思われる大きな図体までが揃っている。その光景はなかなかに異様なものであった。

「お父さんと、ハァ、お母さんから、病気を治すように『頼まれた』人たちに……ハァ……ここに、連れてこられたんだ!」

 少年ら曰く、家の外で遊んでいた際に突然やってきた大人たちに、家族への挨拶もなく強制的に連れてこられたらしい。「両親に病気がうつるといけないから」と、いかにも子どもを言いくるめるための理由を並べていたようだが、ナミはその情報だけでも明らかに誘拐なのではないかと疑念を抱いた。
 元々は一年経てばその『病気』は治り、家に帰れるという約束であったらしい。しかし、その期日が過ぎても解放されることはなく、子どもたちは自分らを連れてきた大人、及びこの施設について明らかに不審であると、すでに気が付いていた。そこで突如現れたイレギュラーである麦わらの一味に、二度とないかもしれないチャンスだと、死に物狂いで助けを求めたのである。
 少年らと出会った部屋では、サンジとフランキーが武器を持った研究所の人間を足止めしている。よほど子どもたちに逃げられたくないのだろう。その姿勢がますます、子どもたちに治療を施しているのではなく、何らかの目的で誘拐したのであるとナミに思わせた。

「約束の一年ももう過ぎてるんでしょ!? チョッパー、後で診てあげなさいよ。診ればわかるわ!」
「うん、わかった!」
「って、行き止まり……いや! 止まって!」
「皆! ストップだ!」

 前方の異変に気がついたナミとチョッパーが、手を広げて後ろの子どもたちを制する。彼らはそのままぶつかりそうになるのをなんとか堪え、二人と同様に前を見据えた。
 明らかに施錠されているであろう堅固な扉。その前に、一人の女が立ちはだかっている。先ほどの部屋で出会った黄色いスーツの男たちとはまるで違う雰囲気だ。帽子とサングラスで表情は窺えないが、子どもでない以上、ここは敵と見定めるのが吉だ。
 ナミとチョッパーは臨戦態勢を取りながらも、相手の出方を伺う。すると女は、一歩二歩とこちらに歩み寄ってきた。

「な、何よ! 誰よあんた! まさかあんたがこの子たち閉じ込めてたんじゃないでしょうね!?」
「残念ですが、ここから先は行き止まりなんですよ」

 ナミの質問には答えず、女は親指で背後の扉を指して見せる。「他を当たってください」と軽い語調で告げられるが、研究所の人間……つまり敵が、親切で教えてくれているとは考えにくい。大方、ここを通ってほしくない理由があるのだろう。

「チョッパー! もたもたしてなんていられない、強行突破するわよ! あんたが!」
「っておれかよ! 任せろホァチャー!!」

 ナミに指示されたチョッパーは、ドドドと地響きを起こしながら女に猛突進した──つもりだった。

「ゲウ!!」
「チョッパー!?」

 女の一メートルほど手前。チョッパーは突然『見えない壁』にぶち当たったように、その場で動きを止め呻いた。相当の勢いがあったために、自滅してピクピクと痙攣している。驚いたナミがよく目を凝らして見ると──なにか、薄い膜のようなものが女とチョッパーの間を隔てているのがわかった。あれは一体なんだ。女が手元で何かをしているのかもしれないが、大柄な形態に変身しているチョッパーが膜に張り付いているせいで何も見えない。

「んナミすわァん! ご無事ですかァ〜〜!!」
「オ〜ウそこのけそこのけ!」
「サンジくん! フランキー!」

 背後から聞こえてきたのは、頼もしい仲間たちの声だ。どうやら後ろの敵を封じてきたらしい。フランキーと、小脇に『生首』を抱えたままのサンジは、左右に捌ける子どもたちの間を通り抜け、勢いそのままチョッパーのもとへ。

「ストロングゥ〜〜───……」
悪魔風脚(ディアブル・ジャンブ)──……ってレディ!?」

 女の張った膜に目を付け、二人はチョッパーの上方へ狙いを定める。しかし、力尽きたチョッパーがずるずると地面に崩れたことで、明らかに狼狽えた様相の敵の姿が露わになった。彼女の姿は、"女性は絶対に蹴らない"との信条を持つサンジの動きを鈍らせる。

(ライト)ォ!!」
「クッ……っだァ!!」 

 ぎりぎりで狙いをずらしたサンジの脚は、確実に女に危害の加わらない場所へと吸い込まれた。かくしてフランキー、サンジの攻撃は大分位置がずれたが、それでも破壊力は充分だった。膜はそこから波紋を広げ、ゆらぎ、数秒耐えた後にとうとう霧散して消えていく。同時に女も勢いよく弾き飛ばされた。
 彼女の背中が扉に当たってから間を開けず、威力の落ちた二人の攻撃もそのまま扉に叩きこまれる。扉は相当分厚いものであったらしいが、たちまちヒビが入り、無残にも崩壊していった。

「ひらけた! 皆行くわよ!」

 ナミの掛け声を合図に、子どもたちが動き出した。反動で倒れていた女が止める間もなく、冷気の漏れる通路先へと彼らは駆け込んでいく。そこに気を取り戻したチョッパーとフランキーも続いた。

「んレディ! お怪我は!」

 唯一その場に残ったサンジは、生首を連れたまま女に駆け寄りしゃがみ込む。女はプルプルと震える腕に力を籠め、なんとか上体を起こしながら顔をあげた。サングラス越しだが、その気迫は充分伝わる。さらにサンジには、きっと素顔もさぞ美しいに違いないという余計な妄想が生まれていた。

「く……"黒足屋殿"……!」
「はうっ! レディに知られているなんて、これはまさに……運命(ディスティニー)……?」
「いや、いいんで! あの人ら止めてください! この先は確かに表に繋がってます。ですが、そこには今海軍がいるはずです!」
「な……何ィ!?」

 女が告げたのは予想外の言葉だった。サンジは慌てて通路の奥に目を通すが、すでに誰の姿も見えない。わずかに聞こえたのは何故か一同の悲鳴で、しかしそれもすぐに遠ざかって消えてしまう。

「あの人らに今出て行かれるのは、こちらとしても非常に困るので! 早く!」
「わかった、ありがとう!」
「お、おい待て! 女! さっきのはもしや、」
「いいから行くぞサムライ! レディのお心遣いを無駄にすんな!」

 小脇の生首が女に何かを尋ねようとするも、すぐにサンジに連れられ失敗に終わる。二人の姿が見えなくなってから、残された女は重々しく息を吐いた。
 
「あ〜あやっちゃった……船長にバラされるかも……」

 その姿からは、どこか異様な哀愁が漂う。彼女は諦めて、その場で背中の痛みが抜けるのをひたすら待った。




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