04
「あらまあ、派手にやっちゃって……」
研究所、正面玄関。荒れ狂う吹雪の中、かるたは文字通り『半分』になった海軍の艦隊が岩盤と一体化しているのを見て、呆れたように頭を掻いた。その様子に海軍の面々はさらにざわめきを増す。──その海兵たちもかなりの数が、胴体や四肢が『斬られて』おり、彼らの中心に立つ女性海兵、たしぎは一向に動揺を隠せないでいた。
「おいっ! また誰か出てきたぞ!?」
「誰だあのグラサン女!! トラファルガーの仲間か!?」
「だが随分弱っちそうだ!!」
口々に喋る海兵らを無視して、かるたは抜身の刀を手に持つローのそばに寄った。振り返った彼は眉間にしわを刻み、怒りを隠す様子もまるでない。
「かるたてめェ……」
「さっき、中身シャンブられた麦わら屋殿の一味とすれ違いました。いや〜間に合わなかったみたいで……本当面目ない」
「てめェがいながら、どういうことだ。何をどうしたらこうなる」
「や、や私だってまさか"あの"彼らがいるなんて聞かされてもなかったですし……! 突然現れたあの人数、しかもあの面子に、取り乱さず時間稼いだんです。むしろ褒めて頂きたいんですが……」
「結局最悪の事態になってんだよ」
「いだだだだだ頭割れる骨割れる!」
帽子の上から頭を鷲掴みにし、握り潰さんばかりに長い指に力を籠めるローと、悲鳴を上げるかるた。しばらく呆気にとられていたたしぎであったが、そんな緊張感のない隙だらけの様子を見逃さずに駆け出した。少し癖のついた濃紺の髪を揺らし、愛刀の"時雨"を鋭く振りかぶる。
「トラファルガー! あなたがその気なら……!」
「かるた」
キィンッ!!
呼び掛けとともに、ローがかるたの頭からぱっと手を放した直後。耳をつんざく音が、間もなくして雪に吸収された。たしぎの斬撃は、素早く前に出たかるたの短剣によって受け止められていた。
「すみませんが、ウチの船長の邪魔をしないで頂きたい。海兵殿」
高い音を立て、両者が弾けるように一歩退く。かるたがたしぎを相手取るその傍らで、ローは海軍中将、スモーカーとの戦闘を再開していた。
たしぎは刀を構え直すと、短く息を吸ってかるたを見据える。かるたもそれに呼応するように、余計な装飾の無い、鍔のついたダガーを握り直した。
先に動いたのはたしぎだ。一秒にも満たない僅かな時間で、一気に敵との間合いを詰める。出し惜しみはしない、最初から全力だ。
「"
斬時雨"!!」
すべての神経を集中させ、刀を下から上方へと振り切る。背後からは部下たちの野太い歓声が聞こえた。しかし──手ごたえがない。躱された。足元で動く影に、たしぎは息を呑む。
「なっ……!?」
かるたは積もった雪の上に広げた四つ足をつき、極限まで上体を低くして攻撃をかわしていた。そのままダガーを握ったままの利き手と、反対の手をつき直すと、地面を蹴った勢いを利用して倒立する。上下がひっくり返ったかるたの身体は、推進力と重力に従ってたしぎに襲い掛かった。
頭上で刀を振り上げた状態だったたしぎの、肩、腕、頭による隙間に器用にかるたの両足が入り込む。人一人分の重さに耐えきれなかったたしぎが、後方へ倒れ込んだ。
ぼふん!
雪面にたしぎの身体が埋もれ、白い雪が散る。その上からかるたが座り込むようにして、彼女の動きを押さえつけた。
「大佐ちゃん!!」
「失礼」
部下の援護も間に合わず、かるたは手元でダガーを半回転させると、勢いよく振りかざした。しかしその黒い柄が迫り切る前に、たしぎは食らいつくような眼差しで愛刀を振り払う。かるたは逆手に持った得物で辛うじてそれを防ぐと、今度は弾けるように後方に跳ねてたしぎと距離を取った。
飛び上がったたしぎの頭から、反動で外れた髪留めが滑り落ちる。長い髪がばさりとほどけていくのも気にせず、たしぎは間を開けずにかるたに斬りかかった。ぎらぎらと鋭い眼光が、吹き荒れる髪の隙間からかるたを刺す。それを受けたかるたは──どういうわけか防御に徹し始めた。俊敏な動きでたしぎの剣を避け、あるいはダガーで往なす。何度も何度も斬りかかるが、かるたは攻撃に出ない。そんな攻防を続けているうちたしぎの刃が頬に掠り、かるたは「イテッ」と小さくぼやいた。
「ふざけているんですか!?」
「いいえ? 大真面目です」
「ならっ、何故受けてばかりで攻撃しない!?」
「買い被りですよ。防御で精一杯なだけです」
飄々と言ってのけるかるたに、たしぎは奥歯を噛む。人を食ったようなその態度が、まるで自分より余裕であるかのように思わせて苛立ちと悔しさが募った。
「先程だって! 貴方、私を殺せたかもしれないのに! 何故わざと柄を叩き込んできたんです!?」
「いえ、あれはどのみち貴方に防がれてましたよ」
「何故本気を出さない! 私が女だからですか!?」
「私も女ですが、海兵殿」
「私は戦いに手を抜かれるのが嫌いなんです!」
「殊勝だぁ、すごい……私は手抜いてもらうの大好きです。基本戦闘が好きじゃないもので」
「なっ……なんてプライドのない……!!」
たしぎは絶句した。ローの部下であろうこの女、しぶしぶ前に出たはいいものの、まさか戦う気などほとんどなかったというのか? 適当に時間を稼いで、適当にこの騒動を収めたい……そんなことを思っているのではないか?
彼女の実力は、正直読めない。しかし王下七武海、トラファルガー・ローの部下であり、さらにこうして交戦している中で、己よりも格下ということはあり得ないことだけはわかった。そして、こんな志の低い敵に負けたくないという感情も、一気に膨れ上がる。
必要以上に、柄を握る手に力が籠る。しばらく膠着した攻防戦を繰り返したたしぎは、一気にカタをつけようとして鋭く剣を払った。
「あ」
と、間抜けな声がしてかるたはまた姿を消す。──否、素早くしゃがみこんだのだ。攻撃を避けようとしたのだろうが、その大きすぎる動作は次の動きまでにタイムラグが生じる。チャンスだ──たしぎは再び刀を振り被った。
瞬間、視界が傾いた。
上半身に異様な違和感。世界が九十度傾き、しかし足にはちゃんと地についた感覚がある。まるで上半身と下半身がバラバラになってしまったような──
「大佐ちゃああん!!」
部下たちの咆哮の中、ドシャッと踏み固められた雪に倒れ込む。白い地面に、暗い髪色が広がった。痛い。頬に直に冷たさが伝わって煩わしい。しかし、靴底はしっかり雪面を踏みしめている。バラバラになった感覚が、うまく操れない。
──やられた!
かるたがしゃがんだのは、ローの攻撃がそこへも及ぶことが分かっていたから。仲間であるがゆえの合った呼吸により、出し抜かれたのだと気付いた。たしぎの身体は、ローの能力により胴で真っ二つに斬られていたのだ。
「ぎゃああああ!!」
「払った剣でオブジェが! 斬れたァ!!」
「軍艦が落ちてくるぞォ!!」
ローはさらに、軍艦と岩盤のちぐはぐな"オブジェ"までも斬り払っていた。滑り落ちてくる軍艦に、部下たちの阿鼻叫喚が飛び交う。しかしたしぎにはそれすら聞こえない。
斬られてなお息がある。それは強く誇り高い剣豪を目指すたしぎにとって、耐えがたい屈辱であったのだ。
「斬るならば殺せ!! トラファルガー!!」
「大佐ちゃん早く逃げよう! 危険だから!」
部下に半身を抱えられながらも、たしぎは腹の底から叫んだ。気高い怒りが、砲弾のようにローへと届く。名を呼ばれたローは、スモーカーを相手取りながらも温度の無い瞳で彼女を見据えた。
「心ばかりはいっぱしの剣豪か? よく覚えとけ、女海兵──」
「!」
「弱ェ奴は、死に方も選べねェ」
「……っ!!」体の奥深くが煮えたぎるような感覚。何も返せない悔しさに、強く唇を噛みしめる。乱れた髪の毛が、吹雪で吹き乱れて顔に影を落とした。
たしぎはそのままなす術もなく、上半身と下半身をバラバラに部下に運ばれ、ローの作ったサークルの中から退避することとなった。先の戦闘で落とした金色の髪留めは、止むことを知らぬ雪に埋もれてとうとう見えなくなっていた。
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