01
ゆらゆらとした感覚に、天はうっすらと瞼を持ち上げた。
ぼやけた視界に黒いニットと紫色の毛先が見える。
意識が浮上していくと手足に寒さを感じたが、頭から背中にかけては温もりを感じた。
瞬きを繰り返していくうちに、視界と思考が徐々にクリアになっていき、自分は今誰かにおぶられているのだの理解すると同時に、空色の目を見開いた。
「──……は!?」
20××年、12月某日。
最高気温9℃、最低気温4℃。
現時刻、AM11時31分11秒。
五月雨 天、目覚める。
【タイトル不明の未来邂逅】
何が起きているのか、一瞬では理解しきれなかった。
ただわかるのは、自分は誰か知らない男におぶられていて、寂しげな歩道を進んでいる。頭から被るように掛けられたコートは、天の物ではない。サイズも大きい、となれば必然的にこの男の物だと推測できる。
「あ?なんだ、起きたのか?」
男は首を回して振り返る。切れ長の焦げ茶色の瞳に、長い睫毛、くっきりとした二重瞼は、猫を連想させる。
見覚えがあった。声も、知らない筈なのに知っていると直感的に感じた。男は明らかに自分よりもずっと歳上で、あり得ないとは思うものの、口は勝手に動いて、その言葉を紡いでいた。
「……せん、ぱい……?」
掠れた声を聞き取ったその男は、目を細めて唇の端を持ち上げた。
***
「ほら寒いからさっさと入れ」
部屋の前で突っ立つ天に、声をかけるこの部屋の主は、知り合いの男によく似ていた。その男があと数年経ったらこうなるだろうと安易に想像できる姿だ。「そりゃ本人だからな」とさらりと言った声は知っているものより低く、芯からの落ち着きを含んでいるようだった。
なんで自分は今こんな状況にいるのか頭を整理しながら、フローリングの冷えた床は靴下越しでもあまりにも冷たいから、天は「おじゃまします」と渋い顔をしながら一歩足を踏み出した。
幸いにも冷静になればこうなった経緯はあっさりと思い出せた。
そもそもの原因はTMキャラバンの不調にある。何となく動きが悪いというようなことはワンダバが出発前にもこぼしていたが、まさかこんな形でそれを痛感することになるとは思ってもいなかった。
タイムジャンプから現代に戻る帰り道「もう着くぞ」とワンダバが声をかけたところで、キャラバンは異常を訴えた。急にバランスが悪くなったと思えば警報が鳴り響く。非常事態に神童、フェイが指示を出し、天はワンダバの横について運転状況の確認をしようとしたところでキャラバンが傾いた。更には出入り口の扉が勝手に開いたことで、天はそのまま外へ、ワームホールの中へと放り出されたのだ。
空の、最愛の姉が自分の名前を呼ぶ声を最後に、天の意識は途切れている。
そして今の状況を含め整理すると、自分はTMキャラバンから放り出され、単身でタイムジャンプをしてしまったのではないかという可能性が浮かび上がる。
そしてここは天が過ごしていた現代に限りなく近い時代、恐らくは数年後の未来だと推測できる。そうであれば、色々なことに説明がつくのだ。例えば目の前の男のことだとか。
古いけども清潔感のあるアパートは、この時代の南沢篤志の住まいらしかった。
風呂トイレ完備のワンルーム。南向きのベランダからは厚い曇り空が見えている。部屋には小さめのコタツ、テレビがあって、生活感のある部屋が、この時代のこの男を物語っているようだった。
南沢に促され、天がコタツに入ると、南沢はキッチンでお湯を沸かし、コトンと天の前にマグカップを置いた。ふわりと甘い香りが鼻を掠めて、覗き込むと優しい茶色の液体が見えた。出されたホットココアに、「ありがとうございます」と呟くと、何故か南沢はにやにやと楽しそうに笑うので苛立ちを隠さぬまま眉を寄せてカップに口つける。ミルクたっぷりのココアは天好みの味で、余計に苛立った。
天が大まかにこの時代に来てしまった流れを説明すると、南沢は驚くほどにあっさりとそれを受け入れた。少しは疑われると思っていたのに、あまりにも緩い彼の反応を前に拍子抜けする。
「お前今いくつ?」
「中1ですけど」
「ああ、その頃なんか色々騒がしかったもんな、お前ら。未来がどうの宇宙人がどうのって」
「は?宇宙人?」
わけのわからないワードに天は訝しげに顔を歪めるが、南沢は笑って「そのうちわかるさ」と返すだけだった。
話をしながら、天は南沢の部屋に目を向けていた。あくまでさりげなく。部屋に今が何年なのかを示すようなものはなかった。カレンダーの1つくらい置いておけよと思ったが、下手に未来を知ってしまうのもまずいのだろうかと、南沢の年齢も聞くのはやめた。見た限りでは大学生くらいたろうか。
「……て言うか何で僕おぶられてたんですか」
「お前倒れてたんだよ、最初死んでんのかと思ってビビったわ」
「……それでよく"僕"だってわかりましたね」
普通に考えて、道端に数年前の姿で後輩が倒れているだと思わないだろう。思えたとして、関わろうとするだろうか。
南沢は自分用に淹れたコーヒーを飲んで、湯気越しに天を見る。
「月山のジャージ着てたし、ジャージに名前書いてあったしな」
「だとしてもですよ……普通警察とかに連絡するでしょ……」
「したらお前が困るだろ」
南沢の指摘に、天は言葉を詰まらせる。なにせ確かに困るのだ。家出をした子供だとか、事故に巻き込まれただとか、そんな風に思われて、警察や公的機関の人間に関わってしまえばことが大きくなるのは明白だろう。それだけは避けたい。つまり南沢の判断は間違ってはいなかった。
「僕じゃなかったらただの誘拐ですよ」
「お前な!感謝をしろよ!」
南沢が不満気な声を上げたところで、部屋の明かりがプツンと切れた。瞬間部屋の中が薄暗くなり、南沢と天は揃って明かりの消えた室内灯を見上げる。
「あ?」
「先輩がでかい声出すから切れたんじゃないですか?」
「んなわけあるか!……あ〜、そうだ、今日点検があるとかで停電になんだよ。コタツも切れただろ」
言われて布団をめくり中を覗くと、確かに電気が切れている。
南沢は「仕方ねえな」と息をはいて、コタツと室内灯と電源を切った。
立ち上がった南沢は一気にコーヒーを飲み干して、天を見下ろす。
「外行くぞ」
「……はい?」