02


「いやいや、まずいでしょ!」

冬の街中で、天は声を上げた。
吐く息は白く凝結し、寒空の下で淡く溶けていく。
世間ではクリスマス前なのか、クリスマスカラーの飾りが至る所で目についた。

「うるせーな、部屋にいても寒いだろ」
「いやあんたわかってます!?僕あんまりうろつくのまずいと思うんですけど!?ていうかこの時代の"僕"に鉢合わせとかしたらどうするんですか!?」

街は天も知っていた。稲妻町の隣街だ。もしもまだ天がこの辺りに住んでいるのなら生活圏内が被っている可能性もある。

もしも過去の自分と未来の自分が出会ってしまったら?

(……同じ人間が複数いる時点で既に何かが歪んでいる可能性がある。そこからの影響は?少なくとも良い方向に転ぶことなんてない、万が一僕らが出会えば、時空に歪みを生むんじゃないのか?)

次々に浮かぶ不安要素に、表情を強張らせる。そんな天を横目で見ていた南沢は、何かに気付いたように顔を上げた。

「ちょっとここにいろ」
「は?え、ちょっと!先輩!?」

急に待つように言われて、天は足を止める。南沢の背中が人混みに呑まれて見えなくなると、天は諦めて歩道脇にある木製のベンチに腰を降ろした。ひやりとした感覚が服越しに伝わってくる。

大きめのグレーのコートに、白いマフラーは、南沢から借りた物だ。天がいた時代ではまだ秋の半ば、冬の手前で、冬に外に出る格好ではなかった為に、風邪を引くからと南沢が強引に着せてきた。首の周りでぐるぐる巻きにされたマフラーは柔らかくて肌触りがよかった。コート袖から辛うじて出る指先が寒くて手を擦り合わせる。

暗い雲は今に雪でも降ってきそうで、天は曇り空を見上げた。
空風が髪を揺らして頬を撫でる。足元を落ち葉が掠めて、渇いた音を立てた。

どこからかクリスマスソングが聴こえてくる。天の時代で流行った、この時代で言えば少し前の曲だろう。あまりにも自然に流れるそれに、天はこの時代が自分がいるべき場所ではないことを忘れそうになる。そうすると胸の真ん中を冷たい風が吹き抜けた気がした。サビに入って、天は雑踏に掻き消されるほど、自分でも上手く聴き取れないほどに小さな声で口ずさむ。

オルゴールの旋律のように、必要最低限な音だけで作られたような曲が、天は意外と気に入っていた。雑踏の中では簡単に消えてしまうような儚さも。このくらいがちょうどいいとすら思う。

ちょうどいいと、13歳の天はそう思う。
この時代の未来の自分はどう思うのだろうか。

「待たせたな」
「うわっ!?」

急に視界が暗くなり、背後から南沢の声がする。
視界を遮る物を手に取ると、紺色の生地に白い英字が刺繍されたキャップだった。

「何ですかこれ」
「そこでクリスマスセールやってた。それ被ってれば顔隠しやすくなるだろ」
「……」

キャップには『I meet again in future』と洒落た筆記体で刺繍されている。その短文があまりにも今の自分を皮肉っているようで、天は顔を顰めた。

「あと」

南沢の声に顔を上げる。いつの間にか南沢は前に立っていて、コートのポケットに手を突っ込んでいた。

「今あいつ大学で講義受けてるから会う心配ねえよ。安心しろ」
「は?」

唐突な話に、思考が数秒遅れて機能する。南沢の言うあいつとは、もしかしなくてもこの時代の自分のことだろうか。

「なんでわかるんです?」
「さっきメール着てた」

その回答に、天は何も言えずに南沢を見上げる。南沢の深い茶色の瞳は、何かを言いたそうに天を見下ろしていたが、何も言わない。代わりにポケットから抜いた筋張った大きな手で天の頭をクシャリと撫でた。

「行くぞ」

短く発せられた一言が、何故だか酷く優しく感じて、天は何も返せぬままに立ち上り、深くキャップを被った。




「あんまり思い詰めた顔するなよ」

南沢は前を向いたままそう言った。その声に、やっぱりこの人大学生だったのかなどと考えていた思考が停止する。

目は合わないけれど、天は南沢の横顔を見る。自分の知っている彼よりも大人びた横顔は、悔しくも整っていて、知らない人のようだった。

「……そんな顔してませんけど」
「ずっと眉間にシワ寄せてる奴が言っても説得力ねえよ」

その言葉に天はぐっと唇を引き結んで、眉間に手を当てる。
この状況に思ったより自分は参っているのだろうか。だとしてもそれをこの男に指摘されたことに、天は更にシワを深くした。

「まあいきなり知らない時代に飛ばされてビビるなって方が無理だと思うけど、あんまり気負うなよ。帰るにしたって向こうに見つけてもらうしか方法ねえんだろ?」
「それは、まあ……」
「長期戦になりそうならうちに泊めてやるし、気楽にしてろ」

言葉自体は投げやりにも無責任にも感じ取れるが、声色には確かに天を想う気持ちが乗せられていて、天は目を伏せた。
実際、この身ひとつで時を越えてしまった天には現代へ戻る術も、連絡を取る術もなければ、携帯もなく、おまけに一文無しである。この時代で協力してくれるという人物がいるというのは決して口にはしないが心強い。

「……先輩ってそんなに肝据わってましたっけ」
「お前に付き合わされてたら誰でもこうなる」
「……」

南沢の言葉の節々に、今の天が溶けている。
天好みのココアも、メールも、今の言葉も、まるで彼らの距離感を示唆するようなそれを感じ取る度に、天はどんな顔をすればいいのか、どんな返事をすればいいのかわからなくなる。明確になっていることは、取り敢えずこの時代まで自分は生きていることくらいだ。

「……先輩、は──……」

雑踏に紛れて、音を乗せる。
乗せた音は突風に攫われて、言葉にはならなかった。風は落ち葉と共に天のキャップを巻き上げて、奪っていく。

「あ、」

宙を舞ったキャップは地面にふわりと落ちて、誰かがそれを拾い上げた。咄嗟に天が声を掛けようとすると、南沢が先に前に出て、キャップを拾った女性に声を掛ける。

「すみませ──……ん゛っ!?」

帽子を拾った女性が振り返ると同時に、南沢が顔を顰めたのが声から天にも伝わってきた。南沢の背中からひょこりと顔を出して覗き込もうとすると、先に女性の声が聞こえた。

「あら〜んセンパイじゃないですかあ」

ン゛!?と、思わず溢れそうになったのを抑えて、天は再び思考を巡らせる。
知っている声によく似たその声に、南沢に対して使う言葉。どれもある人物を連想させて、天はそろりと注意深く、南沢の背後から女性の姿を窺う。

セミロングの金髪を緩く巻いた、眼鏡の女性。冷たく見える黄金色のツリ目と、天の空色の瞳がかち合うと、雷に撃たれたような衝撃が脳を突き抜けた。

黄金色の瞳が、自分の姿を捉えるとゆっくりと見開かれる。
薄く開いた唇が、「もしかして」と聞き取るのが困難なほどに掠れた、困惑の色を滲ませた小さな声を紡いだ。
そして、

「──五月雨氏?」

確かに彼女は、鬼城 日和は天の名前を呼んだ。




「とセンパイの子供……!?」と続けた日和の言葉に、「「ちっげーーよ!!」」天と南沢は声を揃えて否定した。


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