性格反転大騒動 後

 キンッ、キンッと不快な金属音が断続的に響く。真琴は狭い路地裏の壁を利用して、高く飛び跳ねながら無数のクナイを投げつける。対する高杉は、それを見事な剣技で全て弾いていた。

「なんだてめェ……本当に真琴か?」
「そんなことはどうでも良い」
「真琴じゃねェな」
「……真琴」
「真琴か」

 一見コントのようなやり取りであるが、二人がしているのは命のやり取りである。高杉のほうはともかく、真琴は確実に彼の心臓を狙っていた。

「随分と立派に研いだモンだなァ……」

 高杉は真琴の内に、牙の研がれた獰猛な獣を見た。今まで鎖で繋がれていた獣が、その間ずっと壊したい殺したいと破壊衝動を燻らせ、それがようやく解き放たれたみたいだった。
 軽やかに着地した真琴は、再びどこからともなくクナイを出し、今度は直接高杉に斬りかかる。彼はそれを易々と受け止めた。その力量差は歴然としていたが、押し返すことをしないあたり高杉はこの競り合いを愉しんでいるようにも見えた。

「一体どうしたァ、心変わりか?」
「……わたしは、わたしを暴こうとするお前を、許さない。お前がいると、わたしは、幸せでいられない。だから、殺す。動かなければ一思いに殺してあげるから、感謝しなさい」
「ほォ? そりゃ随分と親切だなァ。んだが……」

 鬼気迫る瞳に、高杉は喉で笑う。そして、力技でクナイを弾き飛ばすと、彼女の腹に鋭く蹴りを入れた。

「ぐはっ!!」
「──本当に許せないのは、自分だろう?」

 ガハ、ゴホと深くせき込む真琴。吐血するほどではないものの、相当苦しんでいるようだった。そんな彼女が地に伏せるのを見て、高杉は満足そうに笑う。

「悪ィな、生憎今はテメェに構ってやれるほど暇じゃねェんだ」

 そして着物を翻すと、地面に落ちていた笠──途中真琴の投げたクナイで紐が切れたものを拾い上げ、被り直しながら路地裏を去って行った。







「来ると思っていたぞ、真選組ィ!」

 青いマントの男は、大きく両手を広げた。左右に構える仲間が捕らえた二人の人質を、見せびらかしているようだった。彼女たちの首元には、抜身の刀が宛がわれている。

「お前ら真選組の女隊士! およびこの女のガキの命は今俺たちの手中にあァーる!」
「いやァ〜ん皆助けて〜」
「ああ……終わった……もう今世終わったわァ……」
「あの饅頭をお前たちが食っていないのは計算外だったが……しかし人質を取ることはできた。感謝するぞ、貴様らの間抜けっぷりにはなァ!!」

 ──なんたる失態だ。土方は苦虫を噛み潰した。
 今の朋子は恐らく戦えない上、羽月に至っては元々隊士ですらない。そんな二人を、そばにいたにも関わらず易々と人質にとられるとは。甘かった。自分のミスだと今更己を責める。その隣で、後ろに雪を庇った銀時が、口の横に手を当てて声を張り上げた。

「オイこらテメーらァ。人質を解放しやがれコノヤロー」
「解放しろと言われてする馬鹿がどこにいるかァ! というか誰だ貴様ァ! ……いや、まあいい。それよりも動くなよ真選組ィ! この女たちがどうなっても……」
「死ぬ死ぬ死ぬ死ぬもうこれ死んだ方が楽だろそうだよそうだ死のう現世にさよならばいばいきん」
「やだも〜何この状況? 全っ然ときめかないしマジでガン萎え。かーえらっせろっ、ヘーイかーえらっせろっ」
「うるせェェ!! ちったァ人質らしくできねーのか!!」

 ブツブツとぼやき続ける朋子に、等間隔に拍手し始める羽月。好き勝手な二人に、流石のマント男も耐えかねて叫んだ。
 「やだもううるせーっつーの何貴方も更年期?」煩わしそうに男に視線を向けた羽月は、数秒ほど彼を見つめたのち「あ!」と大きく声を上げた。

「副長さん、このオッさんかもしれないですう、私にお饅頭くれたの」
「何っ!!」
「この芸術的な彫刻のようなハゲ具合、な〜んか見覚えあるんですよねェ」
「口を慎まんか貴様ァァ!!」

 ぐい、とマントの男からも切っ先を首に押し当てられる。口の減らない今の羽月も、流石に押し黙った。朋子も朋子で、依然として青ざめながら震えており、腰の刀に手を掛ける様子も見えない。普段は戦うことが好きで勝負事に目がないのだが、やはりあの青饅頭によって、闘争心がまるで削がれているらしかった。その点においては、浪士の目論み通り……とは言えるのだろう。
 二人の無力な人間を捕らわれた状態では、迂闊に手を出すことはできない。しかし土方たちを囲む浪士たちは、今にも飛びかからんばかりにギラギラと構えている。一体どうする。
 と、その時。

「ちょっと、その子たちを放してよ! さもなくば……!」
「オイ!? 何する気だお前!?」

 浪士たちに強く叫んだのは、あまりに意外過ぎる人物──雪だ。性格の反転によって、普段はものぐさで熱の無い彼女が、正義感に溢れた熱血タイプの人間になっているようにも見える。
 彼女は何か勝機があるのか、果敢にも銀時の後ろから飛び出した。眉を鋭く吊り上げ、臆することなく浪士たちに近づいていき……そして、

「キャー! 助けてー!!」
「何がしたかったんだテメーはよォォォ!!」

 あっさり捕まり第三の人質になった雪に、銀時は引きつりながら絶叫した。普段は強く、悪知恵を働かせることが上手く、抜かりの無い彼女であるからこそ、青饅頭にやられた今の彼女は無計画の雑魚どころの話ではなかったらしい。口ほどにもないなんてレベルではない、完全におびただしい数の鉛を引きずったお荷物だった。

「フハハハハ、動くなよ幕府の犬めが! その刀に手を掛けようものなら、この女どもの首がたちまち飛ぶぞ!」

 戦えない三人の女子供を人質に取られ、迂闊に手を出すことができない。彼らを取り囲む浪士たちが、下卑た笑みを浮かべてじりじりと滲み寄ってくる────そして、とうとう刀を振りかぶられた。
 その時だ。

「ぐああっ!!」

 無数の鋭い音が、空間を切り裂く。その刹那、朋子たちを捉えていた浪士たちが、悲鳴を上げて肩や腕から血を流し始めた。あれは──クナイだ。どこからか投擲されたらしいクナイが、正確無比に浪士たちを襲う。浪士たちは苦痛に顔を歪め、反射的に人質を捕まえていた手を放してしまった。その隙を見て、男たちは一斉に腰の刀に手を掛けた。襲い来る浪士たちを瞬時に斬り伏せると、すぐさま地面を強く踏み、人質のもとへ駆け出す。

「ヒイイッ!!」
「おわっと」
「きゃっ!」

 そうして、捕らえられていた朋子、羽月、雪をそれぞれ土方、沖田、銀時が奪い返し、その奥の浪士をまた容赦なく斬り倒した。
 無事に解放された三人は、それぞれ己を助けた男たちを見上げる。

「ひひっひひひじひじひじきゃたしゃァァんこここんなあたしでも見捨てないでくれるなんて神か神なのかそれとも恩を売って後々あたしを利用しようと」
「うるせェェェ!! ちったァ静かにできねーのか!!」
「やだ沖田さん王子様みた〜い! すご〜い!! ウケる〜!!」
「ウケんのかよ」
「ぎ、銀時さん……」
「オオオオオ馬鹿野郎この野郎そんな潤んだ目で赤らんだ顔で見つめるんじゃねェー!! あとで俺が殺される!! お前に!!」

「ふ────ふざけるなよ真選組ィィ!! 貴様らァ!! 殺せェェ!! 殺してしまえェェ!!」

 マントの男の怒号が響き渡る。未だ無事の、あるいは奥で構えていた残りの浪士たちが、一斉に銀時らに飛びかかった。彼らは再び応戦しようとするが、しかしそれを上回るスピードで『何か』が動く。

「真琴……!?」

 どこから現れたのか、一同の前に突然降り立ったのは真琴だった。山崎以外は豹変後の真琴を見るのは今が初めてで、普段の温厚で引け腰な彼女とはまるで違う雰囲気を漂わせるその背中を、思わず凝視する。

「……わたしは今、虫の居所が悪い」
「何だと!? 貴様は一体……」

 言い切ることなく、男はクナイの餌食となり倒れた。それを皮切りに、次々と倒れていく浪士たち。彼らには皆一様にクナイが刺さっており、どれも急所は外されていたが、戦闘は困難なように見受けられる。真琴は殺戮マシーンか何かのように、たった一人、一瞬でその場を制圧したのだった。

「エッ……何……誰……真琴……サン? だよな? えっ?」

 青ざめながら口の端を引きつらせる銀時。信じられないものを見ているようだった。いや、実際に、信じられなかった。真琴が忍であることは重々承知しており、そして例の青饅頭のせいで性格が反転しているであろうこともわかっているのだが、それにしてもこの、俺たち野郎共すら圧倒するバーサーカーのような殺戮戦士は一体誰だ。出る作品を間違えているのではないか。
 山崎が人知れず応援を呼んでいたらしい、駆けつけた無数のパトカーから降りてきた真選組の隊士たちが、浪士たちを次々と確保していく。その声をどこか遠くで聞きながら、銀時は真琴の肩に、背後から恐る恐る手を乗せた。
 振り返ったその顔は、青白く震えていた。

「………えっ?」

 異常なほどに汗をかき、目の焦点も定まっていない。眉はお得意の困り眉。これは、まるで、『いつも通り』の真琴ではないか?

「や……やだこれ嘘これ何これ……殺してください殺してください殺してください忘れてください殺してください無理無理無理無理最悪最低なんでわたしあの人なんかにオエッ」
「どうしたァァ!!」

 小刻みに震えながら、大量の冷や汗を流し口元を押さえる真琴。これは、まさか……元に戻ったのか?
 そう気付いた瞬間、銀時はパキンと背筋が凍てつくような感覚を覚えた。壊れかけのポンコツロボットのように、ぎぎぎとぎこちなく首を回せば──

「オイ……動くな。今からオメーの記憶を消す」
「嘘つけェェ!! 存在ごと消すつもりだろ!!」

 どこから拾ってきたのか、漬け物石ほどの大きさのゴツゴツと角ばった岩を片手に、ゆらりとこちらへ近付く雪。銀時は身を震わせ、にじり寄る雪から逃げるようにその場から駆けだした。その後ろをさらに追う雪を見ながら、沖田は呟く。

「なんでィ、もう戻っちまったのか」
「……ああ、ああ! 私はなんてことを! このままでは! 私の今まで積み上げてきた信頼に! 傷が!!」
「こっちもこっちでまた面倒くせェつまらねェ羽月に戻っちまいやがった」

 顔面蒼白になって、かきむしるように頭を抱える羽月。そんな彼女を興味無さげに見下ろす沖田の傍らで、今度は大笑いしている者が一人。

「アッハッハッハッ!! や、やべー! クッソウケる!! 陰キャコミュ障朋子ちゃん!! か、かっわいー!! ブッハッハッハッハゲッホゴエッホ!! ブッンフッ!! ヒュッ、む、無理死ぬ!! ボフォオ!!」

 過剰なほどにツボに入ったらしく、朋子は狂ったように笑い倒す。

「……どうやら青饅頭の持続効果は、一日も無かったみたいですね」
「らしいな……」

 ぽつりとつぶやいた山崎に、土方は疲れ切った目を揉んだ。それからしばし考え込むようにして、山崎に顔を向ける。

「山崎。お前は引き続き、薬を流してる組織を調査しろ」
「はいよっ」
「……さて、それにしても」

 眉間にしわを寄せたままの土方が、阿鼻叫喚の女たちを見て一言。

「どーすんだこの地獄絵図」



三周年企画/オールキャラの話