性格反転大騒動 中
「ったく、まァたあの税金泥棒んとこかよ!」
「あっ、ちょ、ちょっと!? 銀時さん! どこに連れて行くの!?」
「だァーっ! ちょっとお前は口閉じてろ! お前にそう呼ばれると背筋がゾワゾワすんだよ!」
定春の背に跨がった銀時は、その後ろに無理やり雪も乗せると乗馬のように駆けだした。向かう先は、我らが新宿かぶき町を出て真選組屯所へ。
まったく、本当に勘弁こうむりたい。あのクールと言えば聞こえは良いが、冷たく愛想もなく口を開けば容赦ない言葉の刃、自由気ままが過ぎる雪が、おしとやかな町娘? ナメてんだろ。冗談じゃない。この奇怪な状態異常がいつまで続くのか知らないが、万一これが解け、その間の記憶が保持されるのであれば……その先は、考えたくもなかった。
雪の口と態度の悪さを、どうにかならないのかと思ったことは多い。しかし、いざこのように変貌を遂げられると、恐怖さえ感じるほどに落ち着かないのだと実感した。
「ったく……! テメー今回に懲りたら貰いモンほいほい食うのやめろよ!? その貧乏性いい加減にしろ!」
「……」
「オイ!? 聞いてんのか!?」
「……」
「雪コラてめェ! 返事しろ! どうした!? 腹でも下したか!? やっぱその怪しい菓子ってのが……」
「だ、だって銀時さんが黙ってろっていうから……」
「キャアアアア!! 従順!!」
イヤアアアアアア! と甲高い悲鳴を上げながら寒気に耐える銀時。困惑しつつも彼を心配する雪。今すぐに背の荷物を振り落としたい衝動に駆られながらも、走り続ける定春。──しばらくして、ようやく目的地の真選組屯所が見えてきた。
「あ!?」
その屯所の先に、いくつかの人影が見える。その中には、まさに事情を求めようとしていた女のうちの一人や、銀時が最も嫌いとする男の姿もあった。銀時は定春を停め、雪を残してひらりと飛び降りると大股でそこに詰め寄った。
「あれ〜万事屋さんじゃないですかおっひさ〜! 昼間っから呑気にお散歩のお仕事だなんてご苦労様です〜」
「うわっお前さんもひっでー変わり様だな……」
真っ先に反応した羽月の、清楚な女性から気だるいギャル系女子といった変貌に、銀時は引き気味で一瞥する。しかしすぐに我に返り、突然の訪問者に身構える土方へと向き合った。その剣幕に、土方よりも隣にいた山崎のほうがびくりと反応した。
「オイこら……」二人の男の、ギラギラと鋭い瞳が交わる。
「テメーんとこのネーちゃんたちに変なモン食わされてなァ、雪の頭がイカれやがったんだよ! 責任取れ! 今すぐ治せ! こっちの身が持たねーったらありゃしねェ!」
「うるっせーな戻せるモンならこっちだってさっさと戻してんのがわかんねーのかテメーは! 見た目だけじゃなく中身までパーなのかアァン!?」
「だとゴルァァ!! V字風情が偉っそうに天パを馬鹿にしてんじゃねェェ!!」
「だ、大丈夫だよ! 銀時さんはそのパーな頭が一番似合ってるよ!」
「雪テメェ喧嘩売りにきたのか!? せめて俺の味方しろよな!?」
「オラそっちの女は人間性上方修正されてんだからマシだろーが! こちとらコイツがこの調子でまともに仕事しねーわ足引っ張るわネチネチうるせーわウゼーわで害ありまくりなんだよ! 見ろコレ!!」
「おたくのネーちゃんがウゼーのはいつものこったろ!」と返しながらも、土方の言う『これ』というのを覗き込む──それは彼の隊服の内側に後ろから頭を突っ込み、不自然に上半身を隠している朋子だった。
「ひいィィィおそとの人だァァ……話し掛けてきませんように話し掛けてきませんように……」
「……何? おたくら何この非常時にイチャついてんの?」
「これのどこをどう見たらイチャついてるように見えるってんだ!! 斬られてーのか!! オラッ朋子テメーもいい加減そっから出てこい動きづれェったらありゃしねェ!」
「ヒエエエエご勘弁ご勘弁! あたしを人の目に外気に日光に当てないでェェ!!」
「ドラキュラみてーなことほざいてんじゃねェェェ!!」
ぎゅうぎゅうと一層土方の腰に抱き着く朋子。故意かわざとか意図的か、その手の位置の際どいことに、土方のこめかみには物騒にも青筋が浮かび上がっている。そんな二人の様子に、銀時は訝しげな目を向けるばかりだ。
「テメーがまた面倒ごと作りやがるから俺が休日返上することになってんだ、いいからさっさと行くぞ!!」
「待て待て、どこに行こうってんだまさか隊服でデートか? いい加減にしろよこちとらそう悠長にしてる場合じゃねーんだよ」
「んなわけねーだろ! 秋宮がその菓子貰ったっつー野郎を探して取り調べんだよ!」
「やだ副長さん人様に指なんか指して常識知らず〜頭沸いてんじゃない? いっぺんハゲれば?」
「まったくもってその通りでさァいっぺん死ねば?」
面倒くさそうに毛先をいじりつつ抗議する羽月の言い分を、たちまち現れた沖田が支持し始める。普段は仲の良さが底辺レベルである二人に、羽月の性格が歪められたことによって奇跡の意気投合が訪れたらしかった。
「テメーらは何こういう時だけタッグ組んでんだァァ!!」
「やだ副長さんうるさ〜い更年期?」
*
仄暗い路地裏に、土を踏む音が二つ。
何かに思い当たった様子の山崎と別れてから、真琴は進行方向を変えて『ある背中』の行方を追っていた。見間違い、気のせいだと思い──あるいはそう思い込もうとしていたのかもしれない──その場で追うことはしなかったものの、やはり考えれば考えるほど、その姿には覚えがあったのだ。……いや、背格好だけではない。『その男』が纏う雰囲気は、無視するにはあまりに異質であった。
やはり、見間違いなどではなかったのだ。
「よォ、奇遇……じゃあねェなァ。まさかそっちから会いに来てくれるたァ思わなかったよ」
「……」
笠の下、彩度の低い空間で厭に光る隻眼。どこか猟奇的な笑みを含んだ口元。女物を思わせる派手な着物。
どうして彼がここにいるのか分からなかった。しかし、そんなことは今の真琴にとって、どうでも良かった。
「俺と来る気にでもなったかィ」
「……いいえ」
引き結ばれていた唇がようやく動く。瞼がゆっくりと開かれ、真琴の、氷のような双眸が男を射抜いた。そして……、
「お前を殺す。ここで、今」
キィン、と甲高く耳障りな音が狭い路地裏に反響する。瞬き一つ分のうちに、何の予備動作なく、心臓目掛けて躊躇なく突かれたクナイを刀で凌ぎながら、高杉晋助は予想し得ない事態にただただ目を丸くしていた。
*
場所は移り、真選組のパトカーの中。羽月はゴミ箱から拾った菓子の空箱を手にしながら、昨日のことを話した。
「それでェ、そのお使いの帰りにいきなり話しかけてきた人がさ〜〜なんか真選組のファン? とか言ってきてェ。この菓子折りを渡してきたわけですよ〜」
「で何でテメーら二人だけが食ったんだよそれを!」
「一先ず中身確認しようと思って開いたら〜なんとびっくり! 青色饅頭! あんな奇々怪々なお菓子きっと毒だと思って毒見してみたら〜……それがまた美味しくて美味しくて! そしたらハイそこに朋子さんがやってきたわけですよ〜」
「ごめんなさいごめんなさいあたしごときが羽月ちゃんの部屋なんかに飛び込んじゃってごめんなさい身の程知らずですね死にます」
「で一緒に食べてたらもう止まらなくなっちゃって〜! その時点でもうそんなに数も無かったからァ、証拠隠滅がてら残りを雪さんと真琴さんにおすそ分けに行ったってわけですよォ〜! ちゃんちゃん」
「じゃねェェだろォォォ!! 何やってんだ馬鹿かテメーらは!!! 馬鹿なのか!!!」
後部座席に殴りかかりにいきそうな拳をどうにか抑えながら、本日一番、食い入るように土方は叫んだ。下手したら破れそうなほどにこめかみの血管が隆起している。その隣でハンドルを握っていた山崎は、安全運転に努めながら冷静に現状を考察していく。
「仮定ですが、恐らくその青饅頭には、食べた者の思考や口調、人間性など……つまりは性格を反転させる作用があると考えられますね。そしてその『毒』が、一晩で四人の体に回り効果が出始めたと」
「まっじで〜!? ホラホラやっぱり毒見して正解だったでしょ羽月ちゃん賢〜い!」
「テメーはもう黙ってろ」
「でザキ、何なんでィそりゃ」
「このヤマは、俺が先日から調査してる
「えー!? じゃあ奴ら、その高級饅頭を独り占めしたの!? ずっりィ〜!!」
「うん、羽月ちゃん悪いけどちょっと黙っててね……それで近頃、他の警察組織にも不審な菓子が送られてきたとのことで……それを食べてしまった者が、しばらく『職務を全うできない』状態に陥ったそうです。つまりは、元々戦意のある相手に仕込み、その戦意を根こそぎ削ぐために作られたものである可能性が高いですね」
「戦意、ねえ……」
試作品なのか、戦意にのみ焦点を当てると成功しているとは言い難いようにも思われた。だが実際に、隊士としての朋子は使い物にならない状態だ。腰に差した武士の魂を物騒だなんだと置いて行こうとし、今も後部座席で、沖田と羽月に挟まれながら縮こまり震えている。
「ただ、あの程度の規模の万重党が、そんなブツを簡単に開発できるたァとてもとても……」
「なァるほどねィ……その性格反転作用を持つ薬物を、どっかの組織が流してるってことか」
「ええ、恐らくは天人の技術でしょうが……」
「チッ、迂闊に手が出せねェな」
沖田が面倒くさそうにうなずき、土方が舌打ちを漏らす。それからしばらくして、パトカーは羽月が菓子を受け取ったという場所に到着した。その後ろに、定春に乗って移動していた銀時と雪も追いつく。
一同が集まったのはひと気の少ない、閑散とした町のはずれだ。羽月の話によると、ここで真選組のファンを名乗る、誠実そうな笑顔の男から饅頭を受け取ったという。土方たちはある程度あたりを調べてみたが、別段可笑しな点も見つからなかった。
「手がかりになりそうなモンは残ってねーか……」
「それよりおたくら、俺らにも内情教えてくんない?」
「これ以上部外者に口割ってやる理由はねェな」
「あ? そっちのお巡りさんたちのせいで身内から推定二人もの被害者が出てんだよ。真琴にゃまだ会ってねーけど」
「あァ? 明らかにえげつねェ色した饅頭食う危機感の無さのせいだろ」
「二人とも! 今そんな言い合いしてる暇ないでしょ!」
じろじろとにらみ合う銀時と土方を、山崎が諫める。しかし二人は止まらない。
「あァーん!? おたくの部下の指導がなってないからこうなったんじゃないのかなァ!? こちとら時間が経てば経つほど俺の生存確率が下がっていくんだよ!!」
「何の話してんのか知らねーが、これ以上一般市民を巻き込まねーようにっつーお巡りさんの配慮がわかんねーのかテメーはよォ! その頭にゃ腐った脳みそしか詰まってねーのか!? 発酵してんのか!?」
「バッキャロー味噌は元々発酵食品だっつーの!」
「誰もそんな話はしてねェェ!!」
「ああもう二人とも落ち着いてェェ!!」
山崎が腹の底から叫ぶと同時に、ジャキリ。何かが鋭く彼らの背中に突き付けられた。
「……え?」
そう零したのは誰だったか。彼らは一様に辺りを見回す。……いつの間にか、抜身の刀を携えた多数の男たちが、彼らを取り囲んでいるではないか。一体これはどういうことだ?
兎にも角にも、こんなところで無闇に抜刀している人間など、その正体は攘夷浪士に相違ない。スウッと目を細めた土方と銀時は、一分の迷いなく腰の得物に手を掛けた。……しかし。
「土方さァ〜ん。朋子と羽月が消えてやす」
「んだと!?」
沖田に言われ、土方は即座に辺りを見回した。確かに、共にパトカーをおり、先ほどまでそばにいたはずの二人がいない──いや、降りてから今までの間、彼女たちを気に掛けることをしただろうか? いつから彼女たちはいなかったのだ?
「グワハハハハぬかったなァ!」
突如、轟くような笑い声が響き渡った。声の主を目線で探ると、自分たちを囲む浪士たちのさらに奥に、仰々しく青いマントをなびかせた浪士が、無理やりふんぞり返ることでこちらを見下しながら高笑いしていた。