54
まさかハナコまで、リナリー・リーと同じく結晶型になるのか?―まだ結晶型についての詳しいデータが少ない…いや、少なすぎるというのに。ハナコを抱きかかえている腕に力を入れる。少し痩せたな。あぁ、私はなんて頼りない父親なんだろうか。本当はマリアンへの諮問も世界のこともすべて後回しにしてこの子だけを守りたいと願っている。しかし結局…本当の意味でこの子を守るためには、この戦争を終わらせなければならない。この子を兵士として送り出して。なんというジレンマか。冷たい教団の廊下の角を曲がり、娘に声を掛ける。
「あともう少しだ。頑張りなさい」
「あ…ありがとうござい、ます」
震える声で精一杯に答えるハナコ。早く、早くヘブラスカのもとへ――
「ヘブラスカ!!」
「!?…ど、どうした…ルベリエ…」
「ハナコの様子がおかしい。痣が関係しているかもしれない」
「!その子を、こちらへ…」
ハナコを抱えながらヘブラスカのすぐ近くのところへと降ろす。後ろからハナコを支えていると、すぐにヘブラスカの手がハナコの腕を触り始めた。ぐぅとハナコが唸る。
「どこか痛むのかね」
「いえ…ただ、ただ……」
きもちわるいの。まるで、この腕はじぶんのものじゃないみたいで。ハナコはそう言って困惑したような表情でヘブラスカを見上げる。
「…リナリーのときと同じ、だ…シンクロ率が…一桁に入っている…」
「!?」
「…リナリー・リーと同じ…?」
事情を把握していないハナコ。ヘブラスカに一度イノセンスを覗いてもらうあいだに結晶型イノセンスのことについて教えた。ハナコはふんふんと頼りない相槌を打ちながら耳を傾ける。その間にヘブラスカはハナコが手袋に装備していたイノセンスを体内に戻した。
「お、おそらく…次にイノセンスを返すときは……結晶型になるだろう…」
「……ね、」
「なんだね?」
「結晶型はつよいんですよね」
「…装備型の…進化系のようなものであることは…たしかだ」
「いいね。すごくいい」
「…は?」
ハナコはふにゃりと微笑んだ。
「いろいろかんがえてたの。ずっと、みみなりがうるさくて」
「耳鳴り…?そんな話、聞いてないがね」
「ごめんなさい。さっきいおうと思ったんです。でもそしたら腕がうずいてしまって…」
「…そうか。それで、なにを考えていたのかね?」
「レベル4がおそってきたとき、違和感をかんじたんです」
わたしの手元にきたイノセンスは、前よりもつよくなってた。だから、どこかおかしいなぁって。あ、いまイノセンスとったらみみなりが止んだの。もしかしてあのみみなりは、イノセンスがわたしになにか言おうとしてたんじゃないのかしら。
「きっと、つよくなりたかったのね」
まるでわたしのきもちに共鳴してるみたい。そう言ってぼんやりとどこでもないどこかをぼうっと見つめるハナコ。
「つよくなるだいしょうは血だけ?」
「あぁ…いまのところ、は…」
「ハナコ…お前、」
「おとうさま。これはハナコにとって、これ以上ないしあわせですわ。ずっとつよくなりたかったの。おとうさまやたいせつな仲間たちをまもるために。ねぇ、そんなこわい顔しないでくださいまし」
「……ハナコ、い、いますぐにキミの体内に戻すのは危険…だ…」
「ヘブラスカの言うとおり。今お前は…教団の中でも上位の重症患者なのだ。させるわけがないだろう?」
「でも、でも」
「でもは聴きません。さて…からだも落ち着いたようだし、病室に戻りますよ」
「…ぶぅ」
まったく、この子はなんて強情っぱりなのか!内心ほくそ笑みながら、口では「ぶぅではありません」とため息をつく。ハナコはルベリエの腕の中でぷん!とふくれっ面で丸くなった。
「おとうさまのおケチ!」
「えぇ、ケチでかまいませんよ。さて、それではヘブラスカ。私たちはこれで失礼するよ…助かりました。ありがとうございます」
「いや…べつにいい……」
「ヘブラスカさん、どうもありがとうございます。げんきになったらすぐにヘブラスカさんのところへ来ますね」
「あぁ…ま、待っている…」
「元気になったらな」
「おとうさまはわたしのかいふく力をなめておられる!」
「さてどうだか。まったくこのおてんば娘は…」
そんな言い合いを繰り広げながら立ち去る親子の後ろ姿を、ヘブラスカは複雑な気持ちで見送る。いつも戦争に勝つことだけを考えている冷徹漢。エクソシストを道具のように扱う、厭味な男。今まで抱えていた彼に対するイメージは、なぜか今この瞬間は当てはまらないような気がした。
「…ルベリ、エ……なぜそのやさしさを、」
―なぜその優しさを他のエクソシストに少しでも分けられないのか。しかし全てを口にすることはできなかった。気が咎められるからだろうか。もうとっくに彼らの後ろ姿は見えなくなったが、ヘブラスカは入口をじっと見つめる。
「あの娘は…こ、これで…幸せなのか」
ヘブラスカの呟きは、誰に拾われることなく静かに響いた。