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「お前には話さなければならないことがある」
ハナコはじっと黙ってルベリエを見つめる。
「お前の母、オリヤについてだ」
「お、おかあさま!」
「詳しいことは今まで黙っていたが…そろそろ言わなければと思っていたのだ」
何故母の話かと思う間もなく、ルベリエは話し始めた。
「お前の母は、イノセンスの適合者だったのだよ」
「…えっ?おかあさまが?」
「正しくいうと、オリヤの一族は代々イノセンスを後継していた。適合者は咎落ちをしたわけでもなく、死んでもいない…が、お前のイノセンスは常に適合者を変えてきたということになる。…言わば異端のイノセンスなのだよ」
その話に動揺を隠せないハナコは、瞳を揺るがせる。そんなイノセンスの存在は知らなかった。おそらくそんな例は他にないと思う。ルベリエは続けた。
「もちろん、本来なら報告しなければならないこと。だがオリヤは確信していた」
「なにを…?」
「自分に子供が生まれたら、その子がイノセンスを受け継ぐことを」
「!!」
ぎょっと目を剥けば、ルベリエはちらりと後ろを見る。おそらく誰かの盗み聞きを懸念しているのだ。
「オリヤは自分の子は平凡に育てたいと言っていた。同時に、自分も平凡でいたいと。だから私は、掟を破ってイノセンスの存在を隠した。そしてお前が生まれ、イノセンスには封印をかけて奥の奥へとしまった」
「…でもおかしい。わたしは、その宝箱のそんざいを知っていましたもの…」
「そこだ。不思議だと思わないかね?オリヤは死ぬ間際、何度も確認してきたのだよ」
なにを、と小声で控えめに聞くハナコ。
「イノセンスに封印をかけたのはオリヤ自身だ。そのため封印が弱まっていないか、お前があの家宝―イノセンスと接触していないかをだ」
「…え?」
「どうした」
「おとうさま、それでもおかしい。わたしはあの家宝をおかあさまからきいたのよ」
「それはどういうことかね?」
「おかあさまがしぬ数ヶ月ほどまえ…ろうかを歩いていたら、ある部屋のドアからしろい手がのびてきたの」
それはヒョイヒョイとわたしをまねき入れて、中にはいるとそこにはおかあさまがいたわ。おかあさまはニコニコしながら、わたしに家宝のことをおしえてくださったの。
「いいかい、ハナコ。これは私の一族に代々伝わる家宝なんだよ。今はまだお前は触れないが、その時は必ず来る。思い出すんだよ。ハナコ、いつかお前はこの箱を開けなければならない」
おかあさまにしてはなんだか話しかたがおかしいなって思いましたわ。それにおかあさまはおふとんで寝ているはずだと。でもにこにこと笑ってはなしかけてくれるおかあさまの姿に、ふかくながらもハナコはうれしくなってしまいましたの。そのあとおかあさまはわたしを部屋からだしました。
「…そのオリヤの姿を象っていたものはおそらく、お前のイノセンスだ」
「そう、だと…つじつまが合いますね」
「…謎が多いイノセンスだ。ハナコ、くれぐれも気をつけるように。何か異変があるならすぐ私に言いなさい」
「はい、おとうさま。…っ!?」
「どうした、ハナコ!?」
ずくり、ハナコの両腕が不意に疼いた。突然のことに驚きながらも右手で左腕をわし掴む。いたい、いたくない、ちからがはいらない。感覚が鈍っているのか、それとも自分がおかしくなったのか。痛くて疼いているのか、それとも痙攣なのかさえ分からない。ハナコは顔を白くさせ、カタカタと体を震わせて背を丸める。ルベリエは即座に娘をヘブラスカのもとへと連れて行くべきだと判断し、ハナコを抱え上げた。
「今ヘブラスカのもとへと向かう!それまで耐えなさい」
「は、い…」
ぎゅうと強く目を瞑る娘の姿に胸を痛ませる。しかしそれでもなんとか表情には出さず、ルベリエは病室を出た。