02


 明くる日。前日に言われた通り5時に起こされた俺は眠い目を擦りながら支度をする。早朝の清々しい空気を吸いながら祖父の畑仕事を手伝った。聞いたところによれば、身内に送る以外にも近くの道の駅にも野菜を卸したりしているらしい。結構評判なのだと祖父が嬉しそうに話してくれた。収穫した野菜が沢山詰められたカゴを運びながらこの重さでは確かに手伝いが欲しくなるのも頷けると思った。祖父の指示通りに黙々と働いていると母屋の方から朝食の準備が出来たという祖母の声が響いて朝の手伝いはこれで終いになった。
 労働の後の食事は特に美味しく感じる。もりもりと白飯を平らげる俺を祖母はニコニコした顔で見守っていた。食後の茶を啜っている祖父は夕方にまた手伝って貰うが、それまでは好きに過ごしていいと俺に言って立ち上がる。恐らく収穫した野菜を例の道の駅に納品に向かうのだろう。朝食の片付けを手伝いながら祖母に昨日の散策の続きをしてくると言うとお昼には戻ってきてねと言われ、祖父母にはまだまだ子供だと思われているのを感じて何だかおかしくて笑ってしまいそうになった。
 タオルを一枚拝借し昨日の麦わら帽子を被って家を出る。腕時計を見ると9時前で、少し早いかなと思いながら神社に向かった。昨日と同じ自販機で飲み物を買って、それを飲みながら歩いていく。まだ早い時間と言えど太陽はすっかり高い位置まで昇り、ぎらぎらとした日差しで地面を熱していた。タオル持ってきて正解だったな、と首筋を伝う汗を拭いながら日陰を選んで進んでいく。家から神社までは大体15分もしないくらいで到着する距離だ。石段を上がると体感気温がぐっと下がって、やっと息ができると大きく息を吐き出した。日陰に加え、何処かから聞こえる水の音が涼しさを引き立てている。きっと向が言っていた湧水が流れているのだろう。一緒に水遊びなんかしたら楽しそうだな、と考えたところでこれじゃあ本当に子供だなと小さく笑った。
 階段を上がりきると向は拝殿に上がる階段に腰掛けて本を読んでいる。昨日は驚きで気が付く暇がなかったが、向は端整な顔立ちをしていた。モデルをしているとか、昨日実家が近いと言ったのは嘘で実は映画の撮影でここに来ているとか言ったとしても、そうかと納得できそうだ。日陰にいるせいか淡く光っているような白い肌は手入れに命を掛けている女子が見たら嫉妬しそうなほどだった。長い睫毛を伏せ本を読んでいる向をじっと見ていると不意に顔を上げた向の薄水色の瞳と視線が合う。すっと目が細められ、何処か嬉しそうな声音で響河、と名前を呼ばれた。

「随分早いんだな」
「そう言う向の方こそ早いな。何読んでるんだ?」

 隣に腰掛け、向の手元を覗き込む。向は俺が表紙を見やすいように栞を挟んで本を閉じた。

「雨月物語か。……怖い話だろ、それ」
「響河は怖い話嫌いか?」

 よっぽど変な顔をしていたのか向は笑いを堪えながら訊ねる。図星を突かれて狼狽える内心を見透かされないように目線を外して口を開いた。

「怖くなんかない、けど、なんかこう……情念っていうの、じめっとして嫌な感じするだろ?」
「怖いんだな」
「怖くなんかないし!」

 昨日のようにくつくつと笑われ、向の方が何枚も上手だということに気が付かされる。しかし、悔しいとかそういった感情は不思議なほど湧かなかった。とは言え、からかわれ続けるのも癪に障らないわけではない。何とか話題を反らそうと先程浮かんだ疑問を投げかけてみる。

「向ってさ、モデルとかしてたりする?」
「何だ藪から棒に」
「綺麗な顔してるなと思って」

 困ったように眉尻を下げ、視線を落とす向の姿に不用意な発言だったかと後悔するが、栗茶色の髪の隙間から耳朶が赤く染まっているのが見えた。可愛いところもあるんだなと頬が緩む。ここでそのことをからかっても後で何倍も仕返しされそうな気がして、今見た光景はそっと胸にしまった。足元にあった小石を爪先で蹴飛ばして向はぽつりと小さく呟く。

「そんなこと、初めて言われたから困る」
「そうか? 向モテそうなのに」
「っ、そういう響河こそどうなんだ? モテるだろう?」

 照れ隠しとでもいうように向は無理矢理話題を反らした。先程の話題を蒸し返すことはせずにうーん、と首を傾げる。

「まあモテる方だとは思う……と言いたいところだけど、モテてたら夏休みに一人で田舎に遊びになんて来ないんじゃないか?」
「勿体ないな」
「お互いにな」

 小さく笑い合っている途中で連絡先を聞き忘れていたのを思い出して尻ポケットからスマートフォンを取り出した。

「あ、そうだ。向の連絡先聞いてもいい?」

 申し訳なさそうな表情を浮かべて首を振る向に少なからずショックを受ける。仲良くなりたいと思っていたのは俺だけで、向の方は俺にそこまで気を許していないのだと、そう突きつけられたようで足が竦んだ。

「私が使っている会社だとこの辺はまだ電波が安定しないようでな……。私に用があるならここに来てくれると助かる」
「何だ、そういうことかあぁ……」
「?」

 わざと断った訳ではないことに安心して、仕方ないと呟きながらスマホをポケットにしまう。向は不思議そうな表情を浮かべて首を傾げていた。安心すると向は昨日も同じようなことを言っていたのに思い至って首をひねる。

「それ昨日も言ってたけど、ここに夕方まで一人でいるの暇じゃないのか?」
「あっちに戻ってずっと遊びに付き合わされるよりはマシだ……」

 俺の言葉を聞いた向はふっと遠い目をすると本当にうんざりといった声色で本音を漏らした。恐らく、夏休みということで田舎に遊びに来た親戚の子らの面倒を見て酷い目に遭ったのだろう。見るからに体力がなさそうな向の薄い身体つきを横目で眺めて納得した。

「ちっちゃい子の体力は無尽蔵だもんな……」

 向は頷くとそれに、と小さく呟いてこちらを向く。

「今は響河が来てくれるから暇じゃない。楽しい」

 心の底からそう思うと言うような笑みを向けられ、心臓がどきりと跳ねた。頬が熱を持って赤く染まる。向にばれないように顔を背け、極力余計な感情が乗らないように心を砕いて静かに言葉を返した。

「それなら良かった」
「響河は? 私と会うのは楽しくはないのか?」

 綻ぶような笑みから一転し表情を曇らせる向にそんな顔をさせたかった訳ではないと胸がちくりと痛む。下らない見栄なんてはるもんじゃなかったと悔やみつつ、向と視線を合わせた。

「いや、俺も向と会うのすごい楽しい」
「そうか。それなら嬉しい」

 頬を緩める向の姿にまた鼓動が大きく響く。こうも真っ直ぐに友好の意を示されるのは心臓に悪いと紅潮した頬を見られてしまわないように手で覆って密かに嘆息した。

「? どうかしたか?」
「いや……、昼には帰って来いって言われたからそろそろ帰るよ」
「そうか……」

 名残惜しそうに目を伏せる向にまた明日来ると言うと待っていると破顔して返される。

「じゃあまた明日」
「また明日」

 手を振る向に見送られて神社を後にした。暑さとはまた別の理由で火照ってしまった頬を手で扇ぎながら足を動かす。神社での会話を思い出して、間違いなく向は人たらしだよなあと独りごちた。隠そうともしない友好的な言動に加え、あの容姿だ。きっと勘違いしたり変な気を持つ奴も居そうだ、とここまで考えて、言葉にし難いもやもやしたものが胸に渦巻いているのに気が付いて足を止めた。その感情の名前を探しあぐねていると後ろからクラクションを鳴らされて肩が跳ねる。振り返ると軽トラの運転席から祖父が手を振っていた。そのまま軽トラに乗って一緒に家に帰り、三人で昼食を摂る。キンと冷えた素麺と薬味の茗荷が食欲を誘って、実家にいる時よりも箸が進んだ。昼食の片付けをした後、慣れない畑仕事で疲れたせいか涼しい縁側で昼寝をしてしまった。それでも夕方には起きて夕飯の手伝いをする。途中で祖父に呼ばれて畑仕事を手伝い、陽も暮れて一番星が輝く頃畑仕事を切り上げた。夕飯を食べた後はまた昨日と同じくらいの時間に布団に入る。規則正しい生活を送っていると母親にメッセージを送るとうちに戻ってからも続くといいけどと返信が来た。続いてお祖父さんお祖母さんによろしくと来て、了解と書かれたスタンプを送ってスマホの画面を消す。今度弁当でも持って行くかと考えて、眠りに就いた。

響河の一日紹介と村正の容姿を描写する回
スキルがあったらこの話のゲームとか作ってみたいけどそんなスキルはなかった




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