04


 翌朝、朝の手伝いを終えた俺は神社に向かっていた。石段を登り切ると向はいつものように拝殿の前で本を読んでいる。俺が来たのに気が付くと向は本を閉じて笑みを浮かべた。

「おはよう、響河」
「おはよう。あの後よく眠れたか?」
「ああ。身体を動かしたから帰ったらぐっすり寝ることが出来た」

 俺の問いに向は頷く。向はほっと安堵したこちらをちらりと見やって残念そうな表情をした。

「何のことだとはぐらかしてやれば良かったか」
「いや、その手にはもう乗らないからな」

 残念だ、と肩を竦めて向は再び本を読み始める。俺はと言えばスマホをいじりながら向にぽつぽつと話し掛けたり、神社の周辺を歩いたりしていた。 向の周りには穏やかな空気が流れている。向と出会って会話がなくても心地よい関係があるのだと初めて知った。とは言えここではやれることは少ない。手持ち無沙汰になった俺は拝殿前の階段に腰掛けると本に目線を落とす向の横顔をじっと見つめた。睫毛長いな、などとぼんやり考えていると空を映したような薄青の瞳と視線がぶつかって、目を瞬かせる。

「……どうした?」
「いや……そんなに見られると穴が開きそうだ」

 再び本に目を落とす向の頬が朱を刷いたように赤く染まっていて、可愛いなと思った。次いで今胸に湧いた感情に困惑して視線を足元に落とす。心臓が早鐘を打っていた。出会ったばかりの向に惹かれているのは紛れもない事実だ。でなければ律儀に毎日ここへ足を運ぶ筈がない。いや、でも、しかし、だからと言って、と考え得る限りの逆接の言葉を並べて、浮かびそうになる結論を打ち消そうと必死になった。眉根に皺を寄せて思考を巡らせていると響河、と名前を呼ばれて肩が跳ねる。

「何?」
「少しまずいことになった。こっちに来てくれ」

 慌てた様子の向に腕を引かれ拝殿の後ろに回ると向は扉を開け拝殿の中に入った。入っていいものか躊躇していると向に早くしろ、と促され室内に足を踏み入れる。内側から閂を掛けると向はこっちだ、と隅に身を潜めた。

「急にどうしたんだ?」

 しっ、と向は人差し指を唇の前に立てると小声で話し始める。

「子どもたちが遊びに来たみたいでな。驚かせると大変だからここに隠れてやり過ごそう」

 見つからないようにもっと詰めろ、と向に言われ身を縮こまらせた。じっと息を殺していると子供のはしゃぐ声が聞こえる。元気一杯な声に確かに見つかったら大変そうだと思って奥に詰めようと身動ぎすると向の身体にぶつかった。ごめん、と出掛かった言葉は思いの外近い距離に驚いてそのまま飲み下してしまった。一度意識してしまうともう振り払うことは出来ない。薄いシャツ越しに感じる向の身体の感触に心臓がどきりと跳ねた。身体が密着しているだけでこんなにも心が掻き乱されているのに、涼しい顔をして身を潜めている向の姿に苛立ちが募る。衝動に駆られるまま向の白いうなじに唇を寄せた。

「っ!? 響河、何をして……!」

 顔を真っ赤にした向と視線がかち合って、涼しい表情を崩せたことに溜飲が下がる。向は身体を離そうとするが、隅で身を潜めている以上逃げ場など何処にもない。

「静かにしないとバレるかもしれないな」

 そう言って再びうなじに口付ける。皮膚の上に舌を這わせると微かに塩分を感じた。

「こ、響河……っ、止めないか……!」

 向は頬を紅潮させ、潤んだ目でこちらを睨むが、そんな顔で凄まれたところで怖くも何ともない。むしろ可愛いとすら思えた。

「なあ、そういう顔、俺以外にも見せたりするのか?」
「な、にを言って……」

 戸惑う向のうなじに歯を立てようとした瞬間、すぐ側で子供の甲高い笑い声がして二人揃って肩を震わせる。薄い板壁の反対には子供がいると分かっているが、一度外れてしまった箍は簡単には戻せず衝動に突き動かされるまま皮膚の下の骨に齧り付いた。向は口を両手で押さえ声が漏れないように必死に耐えている。シャツの裾から手を差し入れると向の身体がびくりと跳ねた。

「響河……! 本当に気付かれたら……っ」
「向が声出さなきゃ気付かれないって」

 直に触れる向の肌はひんやりとしていて、火照った手に心地いい。脇腹をくすぐるように指を滑らせると向は身体をよじらせて指から逃げようとした。簡単に逃がす訳もなく、そのまま胸元辺りまで指を這い上がらせる。さらりとした肌とは違う感触を指先が拾って、そこを摩ると向は肩をびくりと強張らせた。触れている内に立ち上がって存在を主張するようになった乳首をきゅっと摘むと向は駄目だと言うようにかぶりを振る。

「ん、ふ……っ、こう、が……っ」

 はふはふと犬のような呼吸が手の隙間から漏れ、向は縋るような眼差しでこちらを見つめていた。気が付くと子供たちの声は消え失せ、辺りはいつもの静寂が訪れている。頭が冷えた俺はごめん、と小さく呟いて身体を離した。悪戯では済まされない無体を強いてしまったことに今更ながら申し訳なさが込み上げる。向の顔をまともに見ることが出来ずにいると呼吸を整えた向が口を開いた。

「先程の質問だが……、響河は、私が響河以外に触れられても同じようになると思うのか? 本当に? ……私はそこまで器用ではないつもりなのだが」

 向の言葉を咀嚼し終えた俺は顔を上げ向の目を真正面から見つめる。

「……それは俺だから、と自惚れてもいいってことか?」

 ふ、と息を漏らして向は口を開いた。

「私の口から言わせたいのなら言ってもいいが……、響河はそれでいいのか?」
「っ、向、好きだ……!」

 向の言葉にいてもたってもいられなくなった俺は肩を掴むとようやく受け入れることの出来た感情の名前を吐き出す。向は嬉しそうに顔を綻ばせると肩を掴む手にそっと自分の手を重ねた。

「私も響河のことが好きだ」
「向……っ!」

 衝動的に向を強く抱き締めると苦しいぞ、と軽口を叩きながら背中に腕が回される。腕の力を緩めて顔を見合わせると向の目蓋が静かに閉じた。それを合図にそっと唇を重ね合わせる。向の薄い唇は思いの外柔らかく、その感触を楽しむように角度を変え何度も啄んだ。唇を触れ合わせる度に胸の内に湧く渇望感に身を任せ一旦顔を離すと引き結ばれたままの向の唇を指先でなぞる。

「向、少し口開けて……」

 素直に唇が薄く開かれたのを見てもう一度唇を重ね合わせると咥内に舌を差し込んだ。反射的に顔を離そうとする向の後頭部を押さえてより深く口付けする。ひやりと冷たい肌とは反対に咥内は溶けそうなほどに熱かった。奥で縮こまっている舌を突くと腕の中の身体が小さく震える。恐る恐るといったふうに伸ばされる舌を捕まえてざらついた表面を擦り合わせれば向の鼻から甘やかな声が抜けた。

「ん…、ふ、ぁ……っ」
「ふ……ぅ…ん、…」

 薄らと目を開けると苦しそうに眉根を寄せつつも必死にキスをしている向の顔が見える。そのままじっと向を見つめていると栗茶色の睫毛が震えて目蓋が開かれた。蕩けた白藍の瞳がずっと見られていたことに気が付いた瞬間、大きく見開かれ眦が赤く染まる。初心な反応が可愛くて目を細めると潤んだ向の瞳は閉じてしまった。残念に思いながら向の上顎をくすぐっていると熱を持った下半身が腰に押し付けられる。思わず身体を離すと先程の初心さはすっかり鳴りを潜め、艶やかな笑みを浮かべた向が腰を揺らした。

「こうなってしまったのは響河のせいだぞ……。責任を取って貰うからな」
「勿論、望むところだ」

 にやりと唇を吊り上げてズボンに手を掛ける。とはいえ、何の用意もなく準備もしていない今出来ることは限られている。前を寛げ兆し始めた陰茎を露出させると同じように露出させた向のものと一緒に握り込んだ。腰を揺らすと互いの裏筋が擦れて快感が背骨を這う。

「向も一緒に握って……」
「ん……」

 ひんやりと冷たい指が陰茎に巻き付いて上下に動かされると腰の辺りにずんと重い熱が込み上げた。どちらからともなく唇を合わせ、咥内の熱を貪りながら手を動かす。次々溢れるカウパーと唾液がぐちゅぐちゅと湿った音を響かせて聴覚からも快感を煽った。

「ふ…っ、こ、が……もう……っ」
「ぅ……、俺も…出そ……」

 手の中で陰茎がびくびくと跳ね、限界が近いと訴える。ぐりぐりと腰を押し付けて裏筋を刺激しながら上下に扱けば、口付けの合間に悲鳴じみた向の嬌声が漏れた。

「ゃ……、イく…っ、こ、うが……っ、〜〜〜っ!」

 びくびくと腰を震わせて向は掌の中に射精する。呼吸ごと嬌声を飲み込んで俺も向の掌の上に精液をぶち撒けた。全て出し切るようにゆるゆると手を動かすとイったばかりの向はひくりと身体を跳ねさせる。出した精液が服に付かないように気を付けながらタオルで拭き取って乱れた服を整えた。荒い息を吐き出す向にちょっと待っててと声を掛けて拝殿の中から出る。初めて向に会った時教えられた湧水を探してそこでタオルを洗ってから中に戻った。

「これで身体拭いて」
「すまない」

 向にタオルを渡して先に拝殿から出る。階段の上に腰掛けると涼風が吹いて火照った熱を攫って行った。しばらくして服を整えた向が中から出てくる。真っ直ぐ湧水まで歩いて行った向はタオルをきっちり洗ってから俺に渡す。

「響河がタオルを持っていて助かった。ありがとう」
「ん」

 これからどんな顔をしたらいいのか分からず、指を組んで地面をじっと見下ろした。向は隣に腰を下ろすと膝を抱えて顔を伏せる。

「……どうした?」
「いや……随分恥ずかしいことを口走ってしまったような気がしてな」

 顔を伏せたままの向の表情は窺い知れないが、髪から覗く耳朶が赤く染まっていた。

「可愛かったから大丈夫」
「かわ……っ!?」

 驚いて顔を上げた向の唇を掠めるように奪うと赤かった頬が更に赤くなる。向は目を白黒させると言葉にならない声を発して俺の肩口に頭を擦り付けた。

「響河はずるい……!」
「嫌いになったか?」
「そんな訳ないだろう……っ」

 頭をぽんぽんと撫でると強張っていた身体の力を抜いた向が肩に凭れかかる。そのまましばらく無言で過ごした。不意に肩に乗っていた重さが消え、向の方を見やると睫毛を伏せ何やら思いつめた様子だった。

「響河、私は…………、」
「何?」

 言い淀んだ向に続きを話すように促すが、向は首を振って何でもないと笑みを浮かべる。その笑顔の中心で瞳が悲しげに揺れているのが見えた。何を不安に思っているのだろう。俺の力で払えるものなら払ってやりたいと思いながら口を開く。

「夏休みが終わったら遠距離になるの心配してる?」

 少し間を置いて、目を伏せた向は小さく頷いた。

「頑張れば日帰りでも行き来出来る距離だし、俺こう見えて律儀だから毎日連絡するし。それこそ向が嫌になるくらい。だからそんなに不安そうな顔をするなよ」
「そうだな……、すまない」
「分かればよし!」

 そう言って向の髪をぐしゃぐしゃになるまで掻き混ぜると向の顔に明るさが戻る。それにほっと胸を撫で下ろして、階段から立ち上がった。気付けばかなりの時間が過ぎていた。

「じゃあ帰るよ。また明日な」
「ああ、また明日、ここで待っている」

 向に手を振って神社を後にする。階段を下りながら、夏休みがこのままずっと続けばいいのにと考えて、あまりに子供じみた願いに思わず小さく噴き出した。



 響河がいなくなり一人取り残された向は膝を抱え、目をぎゅっと瞑る。

「…………私は……本当は……」

 響河、と祈るように吐き出された声は風に吹き消され、誰の耳にも届かなかった。

不穏^^




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