05


 翌日。朝食後いつものように神社に向かおうとする俺を祖母が呼び止めた。聞けば納屋に使ってない自転車があるらしく、好きに使っていいとのことだった。それからその自転車を使えば近くのスーパーまで20分程で行けるということも教えて貰った。ドラッグストアも併設されているらしく、ちょうど欲しいものがあった俺は行ってみようと考えた。スーパーに行ってから向に会いに神社に行き、昼飯を食べに家に戻るとなると中々忙しい気がしてくる。どうせだったら昼飯は向と一緒に食べたいと思っておにぎりを持っていくことにした。スーパーで惣菜をいくつか買っていけばちょうどいいかもな、と考えながらおにぎりをいくつか握って家を出る。納屋にあった自転車は多少古いものの、手入れは行き届いており使用には問題なさそうだった。ペダルを踏んでぐんと走り出すと風が服を通り抜けて行って気持ちいい。これから毎日自転車を借りようと考えながらスーパーに向かった。
 スーパーに着くとまずは目当てのものを探しにドラッグストアに入る。店内をうろうろして棚をひとつひとつ覗いて行った。衛生用品の棚からローションとコンドームを掴んで会計を済ませる。出来れば対面で買うのは避けたかったが、旅の恥は掻き捨てと心の中で呟いて鞄の中にしまった。続いてスーパーに入って惣菜とお茶入りのペットボトルを買う。買い物を済ませた俺はまた自転車に跨り、来た道を戻った。
 神社に着いたのはいつもより大分遅い時間だ。向は変わらず拝殿前の階段で本を読んでいた。

「響河。今日は遅かったな」
「ごめん。今日はスーパー行ってから来たから遅くなった」

 向はそうか、と呟くと俺の手に下げられたビニール袋を見てその袋は? と首を傾げる。

「スーパーと神社と家を行ったり来たりするの大変だと思ってさ。今日は一緒に昼飯食べようぜ」

 俺の言葉を聞いた向は嬉しそうに顔を綻ばせて頷いた。境内は何処も日陰になっているが念のため直射日光を避けて拝殿の中に鞄とビニール袋を置いて階段に腰掛ける。すると悪戯っ子のような表情を浮かべた向が口を開いた。

「私も響河に見せたいものがある。昼食を食べたら見せるから楽しみにしてくれ」
「何? 気になる」
「秘密だ」

 向の秘密が気にはなるが、くすくすと笑う可愛い向に免じて我慢することにする。俺と向は昼を迎えるまで他愛もない会話をしたり、本を読んだりして過ごしたのだった。
 防災無線から正午を告げるサイレンが響き、俺たちは昼食の準備に取り掛かる。拝殿から持参した惣菜やおにぎりを出して階段の上に並べると向は薄水色の瞳をきらきらと輝かせた。

「こういうのは何だか楽しいな」
「意外だな。でも確かに遠足とかピクニックみたいで楽しい」
「そうだろう?」

 空いたスペースに腰掛けた向におにぎりを手渡すと向は不思議そうな顔で受け取ったおにぎりをしげしげと眺めている。そんなに不格好だったかと残りのおにぎりに目を遣ると確かに大きさがばらついていたり、形が歪だったりする。おにぎりもスーパーで買えば良かったかなと思いながら口を開いた。

「俺が握ったやつだから不格好でごめん……。ラップ越しに握ったから食中毒とかは大丈夫だと思う! そこは安心して欲しい!」

 慌てて弁明を図る俺の顔を向はきょとんとした顔で見つめると小さく噴き出す。笑ったせいで滲んだ涙を拭うと向は首を緩く振った。

「響河がわざわざ私と一緒に食べる為に握ったものだから、嬉しくて食べるのが勿体ない気がしただけだ」

 いただきます、と手を合わせた向は早速おにぎりにかぶりつく。もぐもぐと咀嚼した向は美味しい、と笑顔を浮かべた。何だかくすぐったいようなそんな気持ちになった俺は顔を背けるとただの塩にぎりだけどな、と減らず口を叩く。向はふ、と息を漏らすと口を開いた。

「それでもちゃんと響河の心が籠っているから美味しいぞ」

 真っ直ぐそう言われ、照れから頬がかっと熱を持つ。

「ただのおにぎりでこんなに褒められるとめちゃくちゃ恥ずかしいからもういいって!」

 そうか、と呟いて向は黙々とおにぎりを口に運んだ。何も言わずとも美味しいと雰囲気で伝える向の姿に面映ゆい気持ちになりながら、俺も持参したおにぎりに齧り付く。持ってきた昼食は大した量ではなかったため、向と喋りながら食べてもあっと言う間に二人の胃袋の中に消えて行った。ペットボトルのお茶を飲んで一息つくと、お菓子もいくつか買ってくれば良かったなと思う。そういや、と神社に着いた時に向が言っていた言葉を思い出して向の方に顔を向けた。

「俺に見せたいものがあるって言ってたよな? それって何?」
「ああ、今持ってくるから少し待っててくれ」

 そう言って向は立ち上がると湧水の方に歩いていく。そこで何やら掬い上げるとまさに意気揚々と言った表情で戻ってくる。向の腕に抱えられていたのは丸々と翠に輝く西瓜だった。

「ちょうどいくつか貰ってな。湧水で冷やしておいたから冷たくて食べ頃だと思うぞ」
「デザートにちょうどいいけど、切るものあるのか? それとも西瓜割りでもする?」
「ちゃんと包丁も用意してある」

 拝殿の中から新聞紙で包んである包丁を取り出すと器用に西瓜を切り分けていく。断面から瑞々しい赤い果肉が覗いて美味しそうだなと思った。

「流石に二人で一玉食べるのは大変だからな。残りは持って帰るといい」
「ありがとう。祖父ちゃん祖母ちゃんも喜ぶと思う」

 切り分けた半分はビニール袋に入れそのまま湧水で冷やしておくことにして、残りの半分を食べやすい大きさにした後は向と並んで冷えた西瓜に舌鼓をうつ。西瓜の種を口から飛ばすと向は行儀悪いぞ、と茶化しながら同じように種を飛ばした。向の持ってきた西瓜は小ぶりなものだったが、二人で半分を食べるのは中々骨が折れる。昼食はあれでちょうど良かったなと思い返しながら最後の一切れを口に運んだ。


「ふー……、食った食った」
「爺臭いぞ、響河」

 膨らんだ腹を撫でながらそう言えば、向は呆れるような表情を浮かべる。そっと聞かなかった振りをして伸びをした。腹がいっぱいになったのに加え、自転車で遠出したのもあって眠気がじわじわとやってくる。大きな欠伸をすると向はほら、と膝を叩いた。

「昼寝するなら特別に膝を貸してやろう」
「それって……」

 膝枕ってことだろ、と呟くと嫌か? と首を傾げられてしまう。多少の気恥ずかしさはあったものの、恋人の膝枕で昼寝という甘美な響きには勝てずおずおずと向の太腿の上に頭を乗せた。

「重くないか?」
「平気だ。夕方前には起こしてやるから」

 さらさらと髪を梳られ、頭皮をなぞる指の心地よさに目を閉じる。木の葉のざわめきと向が本のページを捲る音を聞いているとあっという間に意識が薄れていった。


「響河、そろそろ起きないか」
「んんー……、向……?」

 肩を揺すられ目蓋を開けると顔を覗き込む向と目が合う。頭を撫でられるのが気持ちよくて再び目を閉じるとこら、と笑いを含んだ声が耳に届いた。

「夕方も手伝いがあるんじゃないのか」
「あるけど……もう少しだけ」
「そう言ってまた寝るつもりだろう。ほら、起きて」

 渋々起き上がると固まった身体を解すように伸びをする。肩や腰がぱきぱきと音を立てて、これでは本当に爺さんだなと自嘲めいた笑みが零れた。このまま向と一緒に過ごしていたいが、手伝いが仕事だ。家に帰るべく荷物をまとめて階段から立ち上がった。

「じゃあ帰るよ」
「ああ、また明日」

 冷やしていた西瓜も忘れずに持って俺は神社を後にしたのだった。

日常回です
書いてる途中展開を忘れないように「おにぎり こころこもっておいしい」ってメモしてたらサワくんに見られて笑われた




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