「いやだね!」
予想を裏切ることはないきっぱりとした拒否の答えを返す本田。意地悪く笑う彼は、この状況を楽しんでいるのがはっきりと見て取れた。
「・・・・本田、くん、城之内くん、返して、あげて。武藤くん、困って、る。」
やはり自分の目の前で"虐め"を繰り広げられるのはあまりいい気分がしない。ハルカは二人を咎めてみるが、きっとあまり効果はないだろう、とやはり遊戯と同じく困ったように眉を下げた。自分と彼ら二人には、クラスメイト以外に共通点はない。話すことも遊戯同様今まで殆ど無かったわけで、地味で物静かなハルカはほぼ遊戯と同類、彼らに勝てるような力はなかった。
「あれー?彼方ちゃん、何か勘違いしてる?さっき城之内が言っただろ。これは訓練だ!遊戯のためにやってることだ。男にはな、立ちはだかる壁に立ち向かわなくちゃならない時があるんだよ!」
完全に見下す態度でハルカの発言を一蹴する本田に、ハルカは小さく溜息をついた。やはり自分の制止の声は無駄に終わったようだ。心の中で遊戯に謝った。
「・・・・・いいよ、気にしないで彼方さん。ありがとう。」
表情に出ていたらしく、遊戯の方を見れば彼は弱々しく笑ってそう言った。本当に、彼は優しい。
「ところでこの箱何が入ってるんだぁ?」
自分の手の中にある箱をまじまじと見る城之内。やはりその不気味で不思議な箱は人の目を惹くようで、彼もその中身が気になったらしく蓋に手を掛けていた。
「み、見てもいいけど絶対なくさないでよ!スゲー大切なモノなんだから!」
自分の手で開けられるのではなく、他人の手によって開けられることに更なる不安を覚えたのか、遊戯が慌てたように叫んだ。しかしそんな彼の声が聞こえたのか聞こえてないのか、城之内は少しだけ箱の蓋を持ち上げて中身を覗き込んだ。
一瞬の間に静寂が落ちる。
遊戯は不安そうに顔を赤らめ、本田は城之内の様子をなんとなく見ながら、ハルカは箱が開けられる瞬間を妙に緊張しながら見守った。
しかしすぐに、その中身を探るように見ていた城之内はなんだと落胆したようにゴトンと小さく音を立てて蓋を閉じてしまった。
「なんでー、つまんねーモン。ホレ本田。」
どうやら彼にとって面白くないものだったらしく、また無造作に本田に箱を投げて渡した。受け取ろうと本田が手を伸ばす―――より先に、別の手が伸びてきてその箱を受け止めた。
「あんた達がつまらないんなら返してあげなさいよ!遊戯に!」
「杏子!」
「真崎!」
「・・・・・!」
一喝して本田の手から箱を遠ざけた本人、真崎杏子は険しく目を吊り上げ二人をギロリと睨んだ。
背が高く勝気でそれでいてとても美人で優しい彼女は、時々ハルカにも話しかけてくるクラスメイトで、密かにハルカが憧れている女の子でもある。偶に遊戯と親しげに会話をしている所を見かけるので、恐らく遊戯の友達なのであろう。
「私はね、弱い者いじめするあんたらの方がずーっとつまんないのよ!あっち行きな!」
「くそー!でしゃばりオンナ!」
「いつか決着つけてやるかんなー!覚えてろー!」
しっしっと虫でも追い払うように手を払う杏子に、城之内と本田は月並みな捨て台詞を残して去っていった。女には暴力を振るわないらしい彼らは口では勝てないと分かっているようで、二人の後ろ姿にフンッと鼻を鳴らした杏子の完全勝利である。ハルカは勉強道具を抱えたまま小さく拍手を送った。
「ハイ、これ。大切な物なんでしょ?」
杏子は振り返ってさっきまでの険しい表情をふわりと消し去り、にこりと笑って遊戯の机に箱を置いた。
「サンキュー杏子!」
「うん、彼方さんも大丈夫だった?」
杏子の問いに何度も頷く。それを確認した杏子は「そう、良かった」とまた笑った。自分まで心配してくれたことに、ハルカの口からもほろりと笑顔が零れた。
「しかし流石だなー。杏子の一言であいつら逃げてったぜ。」
遊戯は城之内たちが逃げていった教室の扉を見て、感心の溜息を溢した。遊戯の言葉に思わずハルカもそちらを見た。
「あーゆうのはね、こっちが大人しくしてるとつけあがるんだよ!遊戯もたまにはガツンとかましてやんなきゃ!」
またも表情を険しくしながら杏子は遊戯の前の席の椅子を反対向きにして座った。杏子の言葉に遊戯は「うーん・・・」と苦笑いで曖昧な返事をしながら自分の席に着く。
「・・・・・・・・・」
なんとなく図書室に行くタイミングを逃してしまったハルカは取り敢えずそのままそこに立っておくことにした。
「このクラスのヤローはあんな連中ばっか!さっきもバスケでやたら男が女子にパス回すから変だと思ったら・・・・覗いてやんの!女子がシュートするの体勢低くして!最低!」
セクハラをかまされたらしい杏子は思い出してまた腹が立ったのか口元をぐにゃりと歪め、今も男女の楽し気な声が聞こえる窓を、目を細めて睨んだ。最近のバスケの流行はそのせいだったらしい。
「スカート履いてバスケはやらない、この教訓ね!彼方さんも気を付けなよ?」
そもそも参加するつもりのないハルカは、取り敢えず分かったと頷いておいた。自分の下着を見ても何も得することはないと思うのだけれど、と考えながら。
「・・・・いい!バスケ!」
「おい、なに想像してる・・・」
「・・・・・・」
スカートの中身を想像して鼻の下を伸ばす遊戯に杏子はチョップを食らわせた。
「遊戯、ところでさー、なんなのこれ・・・?」
気を取り直して杏子が先ほどの箱を指差す。箱は変わらず机の上で静かに鎮座していた。
「そっかー、これ杏子にも見せてなかったっけー。杏子も秘密守るなら見せてあげるぜー。」
言って遊戯は箱の蓋に手を伸ばした。そしてハルカの方をちらりと見て近くに寄るように促したので、ハルカは素直に箱に近づいた。それを確認した遊戯は、さっきまでの焦らしは何だったのか、すんなりと蓋が取られ、箱の中身を見せた。
「へー、きれいじゃん。」
「・・・・・・光ってる・・・。」
そこにあったのは複数の不規則な形をした何か。それは箱同様金色一色で、しかし箱よりもキラキラと輝いているようにみえた。とても綺麗だ。
「これ、何かの部品?バラバラみたいだけど・・・」
杏子がそのコロコロしたモノをひとつ手にとって上から眺めたりひっくり返したりしながら聞いた。本当に形は全部バラバラで、杏子の言う通り部品の様。
「パズルだよ!まだ完成させたことないからどんな形になるかわかんないけど。」
「・・・・・あ・・・・・・だから、」
ピンと来て、思わず視線を部品から遊戯に向ける。
「うん!【見えるんだけど見たことないモノ】なんだ!」
なるほど、とハルカは手のひらに転がる金属を見て頷いた。きらきらとしたそれは正に絵に描いたような“宝物”のようで、遊戯が大切にするのも分かる気がする。
しかし、とハルカは小さく首を傾げた。そんな宝物を、何故遊戯はそんなに交友関係のない自分に見せてくれようとしたのだろうか。友達らしい杏子にも今まで見せたことがなかったようだが、もしかして単純に宝物を自慢したくなったのだろうか。
「ボクん家ゲーム屋なんだ!いろんな国のめずらしいゲーム売ってて、これは昔店の棚のすみっこでホコリかぶってたのをボクが見つけてもらっちゃったんだ!」
「・・・武藤くんの家、ゲーム屋さん、なんだ。」
「そうそう、ホントにいろんなゲーム売ってて、結構面白い店なのよ!」
実家がゲーム屋。趣味はゲーム。名前は“遊戯”。将来は立派なゲーム屋の跡継ぎになれそうだな、などとどうでもいいことをふと考えてしまった。
「このパズルはじいちゃんのカタミで、特に気に入ってるんだ!」
「・・・・・・!」
「え!?遊戯のおじいさん死んじゃったのーーっ!?」
そうか、だからこの箱は“宝物”なのか、とハルカは酷く納得した。高価なものであると同時に、大切な人が残した唯一の有形の思い出なのだ。それを肌身離さず大切にしている遊戯。きっと遊戯はおじいさんっ子だったのかもしれない。
しかし遊戯は大切な人の形見と言うにも関わらずしんみりとすることなく、楽しそうに続けた。
「このパズルはエジプトの遺跡で見つかったんだってさ!」
「エジプト・・・?」
言われて見れば、確かに象形文字や柩のような形が映画で見るエジプトの古代遺跡から出てきたような雰囲気を見せていた。大きな目が独特の文化の象徴に感じる。
「箱の周りに変な文字が刻まれてるだろ?ボクが推測するに、こんな意味が書いてあるんだと思うんだ。【このパズルを解いた人には、もれなく願いをひとつ叶えてあげよ―――】ってさ!へへ、ちょっと都合が良すぎるかな?」
夢膨らむ遊戯は照れたように、しかし嬉しそうな様子で頭を掻いた。自分の勝手な解釈ながらも、もしかしたらという期待が大きいのか、何か願い事があるのがその表情からすぐに読み取れた。
(純粋な子なんだ。微笑ましい。)
思わずクスリと笑みが漏れる。その笑みを自分のことを笑ったと勘違いしたのか、遊戯がむっと顔を顰めた。
「・・・・・・なんか二人とも、馬鹿にしてない?その眼・・・・・・」
「・・・・・!」
どうやら杏子も笑っていたらしい、二人して首を横に振った。人の夢を笑うなんて失礼なことするはずがない。
「絶対チクんないでよー、秘密なんだからなー・・・」
「わかってる!遊戯、信じろ!」
腕を組んで胸を張る杏子の横で、そうそうとハルカも大きく頷いて見せた。最初に秘密と約束したのだ、ハルカにそれを破る気はない。それを見た遊戯は信じてくれたようでやっと表情を緩めた。
「でもこのパズル超難しくてさー。8年もトライしてんのに未だに完成しないんだ。たまに落ち込むぜー。」
8年、と言うと小学校低学年辺りから挑戦していることになる。以外にも忍耐力がある遊戯に、ハルカは素直に感心した。
「遊戯、がんばりな!願いが篭ってるんでしょ!」
「・・・頑張れ、武藤くん。」
「・・・うん!頑張るぜー!」
ニカッと笑った遊戯に、ハルカも杏子も笑い返した。
「・・・で、なんなの?その“願い”って。」
「ダメダメーっ!これは絶対絶対ぜーったい!秘密の内緒だぜーっ!超完全密封真空パック状態の永久保存版さー!」
「・・・・・・フフ。」
なにそれーと笑う杏子に、ハルカも遊戯も肩を揺らして笑った。
少しして、ハルカはそろそろ図書室に行こうと遊戯たちに進言してから教室を出た。特に急ぐわけでもないが、ハルカは人で溢れかえる廊下を小走りで通り過ぎた。
図書室はハルカたちが居る建物とは反対側の南棟3階にあり、北棟2階にあるハルカたちのクラスからそこに行くには3階にある渡り廊下を渡らなければならない。ハルカは1階分の階段を登りきり、渡り廊下を歩いた。その時。
「・・・・・・!」
渡り廊下の終点で角を曲がる城之内と本田の後ろ姿を見つけた。何かを話しているようで、背後に居るハルカには気づいていない。ハルカは歩調を少し緩めて、必要もないのに二人に気づかれないようにゆっくりと渡り廊下を渡った。さっきの今だ。なんだか彼らの前には出づらく、ハルカは鉢合わせないようにそっと廊下の角に身を隠して二人が居るだろう廊下を覗いた。すると話に夢中になっているのか二人が開けられた窓の前で立ち止まって顔を顰めているのが見えた。何やら本田が八つ当たりのように壁を蹴飛ばしている。
ややあって城之内がポケットから何かを取り出し、それを苦悶の表情をする本田に見せた。城之内の手の中身を確認した本田が城之内と顔を見合わせ、ニタリと意地悪く笑う。
「!」
すると城之内が持っていた物を傍の窓から外に向かって投げ捨てた。それはハルカの居る場所からはっきりと確認はできなかったが、きらきらと金色の放物線を描いて階下に落ちていった。ハルカにはその金色に見覚えがあった。それは酷く最近の記憶。
(まさか・・・・・・)
それから二人はゲラゲラと笑いながらハルカに気づくことなく去っていった。この方向は図書室とは反対側の3年生のクラスがある方向だ。あの二人、上級生に何か用でもあるのだろうか。
ハルカは二人が離れて行くのを見届けてから、彼らがさっきまで居た窓の近くまで寄った。外を覗いてみるが、そこには今は春のため使われていないプールがあるだけだった。城之内は一体何をプールに捨てたのだろうか。
「・・・・・・」
脳裏に浮かぶのは、先ほどの金色の放物線。それは教室で本田や城之内が投げていた遊戯の金色の箱と同じ色味の放物線をしていた。ダブる記憶に、いやいやとハルカは首を振った。
(・・・・・・いくら彼らが武藤くんをいじめている人でも・・・・・)
楽しそうにあのパズルのことを語る遊戯の笑顔が思い出される。
思い違いだといい。そう思いながら、結局ハルカはその場から離れたのだった。
* * *
その後の授業はあまり耳に入らず、ハルカはずっとあの時の城之内の行動について考えていた。
投げ捨てられたのがもしかしたら遊戯の宝物かもしれない、そう思ってしまうと何故か胸がもやもやと渦巻いた。現場を目撃したにも関わらず、何もできなかったことへの罪悪感からだろうか。しかし証拠も何もないのに城之内を責めることはできないどころか(あったとしてもハルカに勝てる見込みはないが)、遊戯に知らせることもできない。
そう考えていたらいつの間にか一日が終わってしまっていた。終業のチャイムが鳴り、SHRも終了。クラブや委員会に入っていないハルカは、あとは帰宅するだけだった。筆記用具と教材を全て鞄に詰め込み席を立つ。特に一緒に帰る予定の人も居ないので、そのまま誰とも挨拶を交わすことなく教室を後にした。
靴箱で上履きからローファーに履き替え、正面玄関を出る。人でごった返す玄関は、他愛のない会話をする生徒の声で溢れ返っていた。校庭に出れば同じで、正門に向かう者、クラブハウスに向かう者でいっぱいだった。いつも通りのその光景に、いつも通り今日も終わった、と一息吐く。
「・・・・・・・・!」
するとハルカが向かう方向、正門のところで、大きな男子学生と小さな男子学生が対面しあって何かを話しているのが見えた。その大きな身長差は目立つようで、正門をくぐる生徒たちはちらりと彼らを見ながら去っていく。そして遠目でも分かるツンツン頭の小さい男子学生に、ハルカはあれと首を傾げた。
(あれは・・・・・)
さっきまで頭の中を占めていた一因でもある遊戯の姿にどきりとする。遊戯は大男に肩を掴まれ、何かを一方的に言われている様子だった。それは楽しく会話をしているという様子ではなく、厳つい顔をにやりと歪める大男に対して遊戯は引け腰で困り顔をしていた。何だか嫌な予感がする。
大して正門までの距離もなかったので、すぐに二人の傍に辿り着く。助けられる自信はないが、見過ごすのも後味が悪い。下手に首を突っ込まないようにすれば、あるいは助けられるかもしれない。そう思って、ハルカは少し躊躇いながらも遊戯に声をかけた。
「・・・・・武藤くん。」
「・・・!あ、れ?彼方さん・・・・・」
取り敢えず名前だけを呼んで、それ以上の事は口にしない。何をしているのか、と聞いてしまえばこの威圧的な大男に関係ない奴は引っ込んでいろと足蹴にされてしまい、遊戯を助けられない恐れがあったからだ。
遊戯はハルカに呼ばれてやっと気づいたようだ。どこかホッとしたような色を浮かべてこちらを見ている。対して隣の大男はギロリとハルカを見下ろしてきた。恐怖心が首を擡げる。
「・・・・・・・・・」
ハルカは遊戯の方を見て早くこちらに来いと目で訴える。それに気づいたらしい遊戯は、大男の気がハルカに向いている隙に一歩下がり、肩から彼の手をどかした。
「あ、あの・・・・・ボク本当にそんなコトないですから・・・・・それじゃぁ、ありがとうございます・・・・・・・・・」
言ってタタッとハルカの方に走って近寄り、そのままハルカと遊戯は大男から少し早歩きで離れた。ちらりと後ろを見ると、男がまだこちらをじっと見ているのが見えた。