03.
「・・・・・・あの人、なんだった、の?」

大分離れたところでハルカは隣を歩く遊戯に問いかけた。遊戯はやっと緊張を解いたのか、フッと肩の力を抜いて言った。

「なんかよく分かんないけど、いじめられてないか、ボディーガードをしてやるぞーって言われたんだ。」
「・・・・・ボディー、ガード・・・・?」

その単語に先ほどの大男を思い浮かべる。確かに大きな体はがっしりとして、まるで強固な壁のようだった。とは言え遊戯の様子から察するに彼と大男は初対面。にも関わらずあの人は見ず知らずの少年を守ろうと言う。これはどうにもおかしい。なぜあの人は遊戯が虐められている事を知っていたのだろうか。そもそも彼は何者なのだろうか。一端の生徒にしか見えないそんな見ず知らずの人に守られても、逆に不気味に思えた。

「ヘンな人だったなー。」

遊戯も不思議に思ったらしく、そう呟いた。あの人にはもう関わらない方がよさそうだ。

「あ、ところで彼方さん、助けてくれてありがと!どうやって抜け出そうか困ってたんだー。」
「・・・・困った時は、お互い様。」

にこりと笑う彼に、ハルカは微笑み返した。今日初めて彼と会話をしたのに、帰宅まで一緒になるとは思いもしなかった。まるで何かの予兆のように、ハルカと遊戯の距離が縮まっていく気さえする。

「なんか成り行きで一緒に帰る感じになっちゃったけど、彼方さんは方向こっち?」
「・・・・うん。バス通学。だから、問題ない。」

あの大男から離れるために歩いた方向は、無意識にいつもハルカが使うバス停に向かっていたらしい。彼が方向転換しない所を見ると、どうやら遊戯もバス通学のようだった。

「そうなんだ!じゃぁ同じ方向なんだね。僕もいつも乗ってるのに気づかなかった。」
「・・・・私、ちょっと出るの、早いから。乗る時間、ずれてたんじゃ、ないかな。」
「あ、そっか。」

ボク寝坊することとかあるから、と苦笑いする遊戯。思い返せば、確かに始業ベル少し前に彼が滑り込んで来ることもあった。朝が苦手ではないハルカはいつも決まった時間に自然と目が覚め、そして学校に向かう。遅刻したことがないことが、ハルカのちょっとした自慢だった。

「・・・・・帰り、も、私、図書室に、寄ることが、多い、から。多分、いつも、すれ違いだった。」
「えー!放課後も図書室で勉強してるのーっ!?」

ハルカがコクリと頷くと、遊戯は愕然とした表情を向けた。

「・・・・・彼方さんって、頭いいもんねー。」
「・・・・・勉強、嫌いじゃ、ないから。」
「うえー、マジでー・・・・・」

勉強不得手な遊戯は、ハルカの発言にげんなりとした。

「・・・・・でも、大した事でも、ない。他に、好きなこと、読書くらい、しか、ないから・・・」

宝物に夢を託し長年挑戦する彼の方が、ハルカにはきらきらと輝いて見えて羨ましかった。

「そうかなー。勉強できるってすごいと思うけど・・・・・。」
「・・・・ありがとう。」
「う、うん。」

遊戯が少し照れながらハルカを見て頷いた。

「あ、じゃぁボクここだから!」

結局下車するバス停も一緒だったらしく、バスを下りてから暫く歩いた所で遊戯は片手を挙げて言った。ここと言われてハルカは建物を見上げ、「あ」と小さく声を上げた。

「・・・・武藤くんの家、ここ。」
「? そうだよ?」

驚くハルカを見て遊戯は不思議そうに首を傾げる。ハルカは遊戯の顔を見るとゲーム屋の近くに建つ15階建ての高層マンションを指さして言った。

「・・・・私の、家、そこのマンション。」
「え?あそこ?」

今度は遊戯が驚きの表情を見せる番だった。

「こんな近くに住んでたんだね!じゃぁ小学校とか一緒だったとか・・・」
「・・・・・中学、2年の、時に、越してきた、から、会ったこと、ないと、思う。気づかなかったの、仕方がない、よ。」

もしかしたら中学は一緒だったのかもしれないが、おそらくクラスは違っただろうし、転校生とは言え地味で目立たない性格のハルカのことが噂で広まることもなかっただろう。ハルカはそう考えた。

「あ、」

突然小さく声を上げた遊戯の方に視線を向けると、遊戯は言い辛そうにもごもごと口を動かしていた。

「・・・・・じゃぁ、さ、折角家も近いって分かったんだし、たまにでいいんだけど・・・・・・もし、よかったら、」

照れたようにもじもじとする彼の頬はほんのり赤みを帯びている。なんとなくその言葉の先が分かったハルカは、静かに遊戯の言葉を待った。すると遊戯は何かを決心したように一つ頷いて口を開けた、のだが。

「遊戯!」

突然女の子の声がして、二人はその声がした方を振り返った。するとそこには、ピンクのブレザーのクラスメイトが。

「あー!杏子!」
「へへー。久しぶりに遊びにきちゃった。」

杏子はウインクをしながら片手を挙げた。その手に鞄がないところを見ると、どうやら彼女は一度帰宅してからここにやって来たらしい。

「店先で遊戯が誰かと話してると思ったら彼方さんだったからびっくりしちゃった。一緒に帰ってきたんだね。」
「偶然正門で会って、成り行きで。ねぇ杏子聞いて!彼方さん、あそこのマンションに住んでるんだって!」
「え、そうなの?」

杏子が確認するようにハルカの方を向く。それに対してハルカはこくりと頷いた。遊戯の言葉の続きを聞きそびれてしまった。

「じゃぁ私の家とも近いんだね!」
「・・・・・?」

その言葉にハルカは「何故?」と首を傾げる。それに答えたのは遊戯だった。

「杏子もこの近くに住んでるんだ。ボクと杏子は幼馴染なんだよ。」

仲が良さそうだったから勝手に友達同士なのだと思っていたハルカは、そうだったのかと頷いた。さっき杏子は「久しぶりに」と言っていたから、小さいころは頻繁に遊戯の家に遊びに来ていたのだろう。

「彼方さんも、良かったらうちに寄っていきなよ!折角だしさ!」
「・・・・・!」
「いいわね!私も彼方さんともう少しお話してみたかったし!」

突然の誘いに動揺して、ハルカは遊戯と杏子の顔を交互に見た。人の家に誘われたことは初めてで、正直どうしていいか分からないハルカは、取り敢えずこの後の予定のことを考えた。差し当たり、特に予定はない。学校からまっすぐ帰ってきたため時間もそんなに遅くはないし、何も問題はない。しかし自宅訪問などといった場合、菓子など土産を持参するのが礼儀では・・・などと考えていると、ハルカの手を杏子ががしりと掴んだ。

「ほら!行きましょ!」
「!・・・・!?」

驚く間もなく、ハルカは遊戯を先頭に遊戯の実家、“亀のゲーム屋”に引きずり込まれていった。


「いらっしゃーい。」
「ギャアアアアアアアアッッ!!!」

店に入ってすぐしわがれた声が聞こえたと思ったら杏子が何故か絶叫し、引っ張っていたハルカに抱き着いた。突然のことにハルカは目を白黒させて混乱し、遊戯も驚いたように杏子を振り返っていた。

「アレまぁ杏子ちゃん!ひどいのー、人の顔見て悲鳴上げるとは・・・・・」

心外だと言うように肩を竦める老人は、先ほどのしわがれた声の主だろう。多分このゲーム屋の亭主だと思われる。祖父の形見として金色の箱を貰ったと言っていたから、差し詰めこの老人はもうひとりの祖父なのだろうなと、ハルカは考えた。

「・・・こんにちは。」
「こ・・・・こんにちは・・・・!」

ハルカが老人に挨拶すると、未だ動揺しながらも多少落ち着いたらしい杏子もハルカに抱き着いたまま挨拶をした。

「ちょっと遊戯、どーゆーことよ!さっきじーちゃんのカタミって言ってたじゃん!」

杏子がハルカから離れ、遊戯にこそこそと耳打ちする。が、まだ興奮が収まらないせいか少し声が大きい。傍に立つハルカにも聞こえていた。

じーちゃん、ということは矢張り彼は遊戯の祖父にあたる人物のようだが何かが違うらしい。杏子の言い方では、まるでこの老人が遊戯の宝物の元持ち主である祖父だと言っているようではないか。しかしそれならば遊戯が宝物を“おじいさんの形見”と形容したことと矛盾している。どういうことだとハルカも遊戯を見やると、「あーアレ。」と笑った。

「カタミになる“予定”ってこと!」
「殺すなよなーっ!!」

ケロッと縁起でもないことを言う遊戯に老人、遊戯の祖父の双六が鋭いツッコミを入れた。
つまりはこうだ。今目の前に立っている老人は間違いなく遊戯の祖父であり、遊戯の宝物の元の持ち主で“形見”とは遊戯の考えた戯言、本人は健康的にゲーム屋を営んでいるのだ。時間をかけてやっと理解できた杏子とハルカは大げさに溜息を吐いたのだった。

「それにしても杏子ちゃん!しばらく見んうちに大きくなって・・・・とくに胸じゃ!いよいよ80の大台ってとこかのー!」

顎に手をあてて杏子にセクハラ発言をする双六に杏子が乾いた笑いを零し、そっとその視線から自分の胸を逸らした。思っていた以上に元気な老人である。

「ん?そっちの子は・・・・・?」

そのまま視線を杏子の横に居るハルカに向けて首を傾げた。それに気付いたハルカは慌てて腰を折る。

「その子はね、同じクラスの彼方さん。偶然正門で会って成り行きで一緒に帰ってきたんだ。そしたら丁度杏子が遊びに来てくれて、折角だから彼方さんもと思って・・・・」
「・・・・彼方 ハルカ、です。」

遊戯の紹介に合わせて自己紹介をする。それを見て双六は朗らかに笑った。

「おお!よく来たよく来た!わしは遊戯の祖父の双六だ。ささ、あがっていきなさい。」
「・・・・お邪魔します。」


大胆なセクハラ発言をした人とは思えない歓迎の言葉に、元は凄くいい人なのだ、とハルカは思った。

「いいのう、遊戯。かわいい子を二人も連れて・・・・まさにハーレムじゃな!」
「じーちゃんっ!」

ハルカはそっと“いい人”に訂正線を入れた。

「杏子!彼方さん!ボクの部屋でパズルやろーぜ!じーちゃん麦茶!」
「ええ・・・・」

遊戯は頬を赤らめながら双六の横を通り過ぎ、店の奥に見える階段を上り始める。ハルカと杏子は顔を見合わせてから慌てて遊戯の後に着いて行こうとした。

「なんじゃ遊戯・・・・まだ例のパズル諦めとらんかったのかぁ。」
「誰が諦めるって・・・・」

双六の呆れたような声に遊戯は顔を引きつらせて振り返る。しかし双六は突然雰囲気を変えて怪しげに笑んだ。

「あの“千年パズル”は人智を越えたものじゃ!お前には無理じゃよ・・・・」
「・・・・・」

(“千年”、“パズル”?)

ハルカの胸元が静電気でも受けたかのようにピリリと熱くなる。驚いて胸元に手を当てるが、それは一瞬のことで特に変わった様子はない。ハルカは不思議そうに首を傾げた。

「それにいろんな曰くもつきまとってるしのー・・・・」
「曰くって・・・・」

急に声を潜めて怪しげに言う双六の恐ろし気な形相に杏子が身を震わせて静かに問うた。

「“千年パズル”が見つかったのは今世紀初頭・・・・。」

イギリスの王墓発掘隊が王家の谷のファラオの墓から持ち出したものであった。しかしその後、その発掘に立ち合った者は全員謎の死を遂げ、最後のひとりはこう言い残して息絶えたそうだ。“闇のゲーム”―――と。

「遊戯ー・・・・やばいよ、そのパズルー・・・・・」

双六の言葉に顔を引きつらせて杏子がいつの間にか鞄から取り出していたらしい遊戯の手の中にある金色の箱、“千年パズル”から身を遠ざけた。
関わった者たちがすべて亡き者になる。まるで漫画や映画の中の出来事のようで、しかし怪しげな雰囲気を漂わせるあの金色の箱は、妙にその話をリアリティーあるものにさせる。だから余計に恐怖心を煽られたのだろう。

「“闇のゲーム”って何だろ?気になるぜー!」

それとは反対に、遊戯はわくわくとした表情で箱を右から左から観察している。意外にも彼はこういったオカルト話は得意らしい。

「この箱にはこう文字が刻まれとるそうじゃ・・・・“我を束ねし者、闇の知恵と力を与えられん・・・・”」

闇の知恵と、力。光とは正反対の、正義より寧ろ悪を象徴する闇という名。いかにも古代から伝わる呪いのような文句だが、しかしハルカの胸中は不思議とその言葉に切なさを感じていた。まるでその“闇”が恋しいとでも言うように。

「やっぱり願いが叶うんだぜー!絶対完成させるぞーーっっ!!」

興奮露わに拳を握る遊戯は、ますますやる気が出たのだろう、「燃えてきたーっ!」と叫んでいる。これっぽっちもその嘘か真か分からない話を疑ってはいない上、“闇の力”という恐ろし気な単語を聴いても怖気づく様子はなかった。しかし曰くを話した後で金色の箱を見ていた双六が大きく顔を顰めて突然遊戯に飛びついた。

「やっぱそれ返して!高く売れる!!」
「結局売りたいんじゃん!」

双六から箱を守るように抱えて逃走を図る遊戯。さっきまでの暗く重い雰囲気がまるで嘘の様だ。

「返せーーっっ!!」
「やだねー!これ、じいちゃんのカタミだぜ!」
「このー!またワシを殺すかぁ!」
「・・・・・」

ドタバタと狭い店内を走り回る祖父とその孫は、本当に仲がよさそうだ。杏子はそんな二人を見て呆れてため息をついていた。しかし。

「・・・・・・・」

ハルカは別のことに気を取られていてそれどころではなかった。
さっきから胸元が熱い。急激に熱を持ったカイロを肌に直接くっつけたみたいにチリチリと痛みさえ感じる。このようなこと、今までなかった。
ハルカは3人に背を向け、そっとブラウスのボタンを外して中を覗いた。

「・・・・・・!」

目にした光景に驚き、思わず胸元を押さえる。そしてそのまま慌ててボタンをかけ直した。
どうしたというのか、この“石”は。

「彼方さん・・・・・?」
「!」

驚いて慌てて振り返ると、杏子が不思議そうな顔をしながらハルカを見ていた。ハルカはなんでもないと慌てて首を横に振り、肩に掛けていた鞄を掛け直して頭を下げた。

「・・・・・・私、用があったの、思い出した、から、帰ります。」
「え?」

ハルカの言葉に遊戯は走り回っていた足を止めて振り返った。と同時に、双六が止まりきれずに急停止した遊戯と衝突事故を起こして二人して店の床に倒れこんだ。その派手な音に、思わず肩が跳ねる。

「・・・・・そ、それじゃぁ、・・・!」
「あ、彼方さん!」

杏子の静止の言葉にも振り返らず、双六とその下敷きになっている遊戯に頭を下げてゲーム屋を逃げるように出て行った。