「なぁ、杏。なんで同じ顔なのに──俺より、お前は雲子ちゃんが好きなわけ?」 唐突にそう幼馴染みが問い掛けてきたのは、彼が──正確に言えば彼等双子が、だ──進学する高校の寮に入るため家を出る前日。 塾帰りの私を黄昏時の門前で待ち構えていた彼の、ツッコミが追い付かない発言に杏は首を傾げて。 一先ず、彼の不憫な兄を擁護しようという思考が働いた。 「雲水の名前をちゃんと呼ぼうよ、阿含。 それと、同じ顔って言ってもさ、全く同じってわけではないじゃない」 パーツが同じでも表情筋の動き一つで造形のイメージは大きく変わる。 その回答に阿含は不機嫌そうに顔を顰めた。彼が最近よくする表情だ。 「じゃあ、お前はあんな無愛想な顔が好みなのかよ?」 「別に雲水、いつも無愛想じゃ…いや、阿含の前だと大体そうか……。 普段ならたまに柔らかい顔するよ、たまにだけど。 あのストイックなところ、クラスじゃ結構人気あるんだよ」 「へぇ」 たまに見せるはにかみ笑いが素敵なのだと、頬を染めていたクラスメートは確か先日、雲水への告白に踏み切った──そう言えば、結果をまだ聞いていなかったと思い出す。 阿含は知ってるのだろうか?とふいに結果が気になった。 「阿含」 「あ゙?何だよ」 「雲水、告白のことなんか言ってなかった?」 「──告白?」 「うん、返事聞いてなかったのよね、まだ」 クラスメートの彼女はいい子だし、私から見て雲水も脈ありと思えたが。 その結果がどうなったのか、幼馴染みとしては嬉しい知らせを知りたいものである。 「告白、したのか……雲水に」 「うん、昨日」 流石に本人に此方から聞くのも憚られているのだが、弟の阿含なら聞きやすいと答えを待つが阿含は黙り込んだままだ。 「阿含……?」 反応がない阿含に、兄の恋愛事情を知らなかったことがもしかしたらショックだったのかもしれないと今更ながら心配になって名前を呼ぶ。 「──んで」 「え?」 「なんで──俺とアイツの何が違うってんだよ」 絞り出すような声を発する阿含に、杏は再度小首を傾げた。 「髪型?」 そう、この双子が大きく違うのは髪形だ。 物心ついたときから今まで坊主頭を貫く兄と、思春期に入ってからはっちゃけ続ける彼のヘアスタイルの方向性はまるで違う。つい最近、高校デビューを狙ってか、彼のヘアスタイルはさらにパワーアップした。 「坊主頭とドレッドじゃ見た目、結構違うよね」 「……」 「人の好みだけど……私、そのドレッドヘアー、あまり好きじゃないなぁ……」 だって不潔そう、とまでは流石に言わなかった。あれって洗うときどうするんだろう。 しばしの沈黙の後、「へぇ」と呟いた彼の表情は逆光と、これまた最近装備し出した色の濃いサングラスのせいで読めない。 「阿含?」と呼んだ名前に彼は答えないまま踵を返し、黙ったまま家に入ってしまった。 閉じられた扉を見つめたまま、杏は結局最後の一番大事な訂正をいい損ねたなぁと小さく溜め息を吐く。 昔から、杏が好きなのは雲水ではなく阿含だ。 それなのに、どうして阿含はあんな質問をしてきたのだろうか。 まぁ、お向かいさん同士の長い付き合いだ。訂正も質問もいつでも出来るだろうと、気軽に考えて家へと入る。 しかし、それから約2年──杏が阿含と顔を合わせる事はなかった。 間も無く学年が上がると言う頃に、偶然家の前で会った雲水に阿含がアメリカに行ったのだという話を聞いた。 流石、天才。アメリカに留学かぁと思いながら、「相変わらずだね」と言えば雲水は苦笑した。 あれから順調にお付き合いを続けている元クラスメートの彼女から、雲水が最近ひどく思い悩んでいるようだと相談されていたが私が立ち入る内容ではないだろう。これは二人で乗り越えてこそ、愛が深まる試練なのだ。多分。 さてこの時、杏はアメリカ留学と勘違いしていた阿含の渡米だが、実際はアメフトの国際大会に参加しているとわかったのは、その話を金剛母との立ち話からだった。 話を聞いてすぐさまネットで調べたところ、TV中継で何とか観れたのは対アメリカ戦──世界戦がせっかく全試合TV放送だったというのに、観れたのが最終戦のみという件に関しては雲水には情報伝達不足だと後日文句を言おうと思う。 TV画面越しに眺める相変わらずの化物じみた阿含の動きには思わず笑ってしまった。なにあれ、人の動きじゃない。 よくよく考えてみれば、阿含がアメフトをしている姿を見るのは初めてだった。 他の競技で凄まじい天才っぷりを見せつけていた彼とは高校に入学してから、正確に言えばあの時から会っていないのだから観る機会なんて無かったのだ。 一回くらい、勇気をだして観にいけばよかったな、と小さく零して決着のついた画面をスイッチ一つで消した。 その一週間後、あの二年前と同じような塾帰りの夕暮れ。 お向かいの家の前に、神龍寺の制服姿の坊主頭が佇んでいた。 眉間に皺を寄せ唇を引き結んだ、難しい表情の彼の前まで来て立ち止まると杏は小首を傾げる。 あれから伸びた髪が動きに合わせてさらりと肩から滑り落ちた。 「どうしたの、阿含?」 その頭…と、その見慣れない姿に思わずと言った感じで呟けば、彼は微かに目を見開いた。 「いきなり坊主とか思いきったね」 坊主になったことで、ほんとにこの双子はそっくりなのだなとしみじみ思う。 「チッ……一発かよ」 「私たち、何年幼馴染みやってると思ってるわけ?」 「……髪型が一緒でも、お前にとって俺は雲水とは違うんだな」 サングラス越しではない阿含の眼差しを受け止めながら、そりゃあそうだろうと呆れる。 「当たり前じゃない」 違うところをあげだしたらキリがないんだよ、君達二人は。 「好きな相手を見分けられないわけないよ」 「──……」 「例え今の阿含と雲水が並んでも、ちゃんと見分けられる。 きっと、雲水の彼女だって私と同じだと思うけどなぁ」 「──は?」 傷付いたような苦い表情をしていた阿含が一転、ぽかんとした顔でこちらを見下ろして来た。 「は?」 「うん?」 「は?何、“雲水の彼女”と“私”?」 「え、何?雲水の彼女が見極められるか疑ってるの? 中学からの付き合いだよ〜流石にわかるって〜」 「はぁあああ?!!!!」 絶叫に近い阿含の声に、金剛家の二階の窓がスパーンと開いた。 「五月蝿いぞ、阿含!!!」 「雲水、君も声がでかいね!」 「はぁ?!雲水!!!テメェ、一体誰と付き合ってんだよ?!!」 「は?!俺が誰と付き合おうと勝手だろう!お前に何の確認が必要なんだ!!!」 「兄弟喧嘩は家でやったら?」 経験からこれは長くなりそうだと、阿含の横をすり抜け家に入ろうとしたが、天才の反射神経により逃げることは敵わなかった。 強く捕まれた腕を引かれ、正面で向き合った阿含の表情は今まで見たことのないほど弱々しいもので、驚きに目を見開く。 「俺は!お前が、雲水と、付き合ってると思っていたから…俺は……っ!!」 「「何、その勘違い」」 悲痛な阿含の言葉は、杏と雲水の双子もビックリなユニゾンに切り伏せられた。 > 2