予想通りの惨状を見下ろし、月島は腹の底から息を吐き出した。 「貴様……またやったのか、柴」 忌々しげに言い捨てた言葉に、のっそりとこちらを振り返った男は胡乱な目で月島を見た。 「何か問題があるのか? 中尉は俺に、好きにしろと言ったぞ」 「だからと…っ! っ…殺す奴があるか、馬鹿者!」 月島の言葉に、男は不思議そうに小首を傾げてから、にぃっと口の端を釣り上げる。 「この男が死んで誰が困る」 腰を屈め床に肢体を投げ出している者の胸ぐらを掴んで引き上げる。 半分開いた口からだらりと舌を垂らす男の首は、ぐらりと揺れておかしな方向に倒れた。 首を折られ息絶えた男の着物の襟元から、不可思議な模様を描く刺青が掘られた肌がちらつく。 「この皮さえ手にはいれば、あの方は満足なのだろう」 なら、と嗤う。 「首は俺にくれるさ、中尉はそういうお方だ」 月島はぐっと唇を噛み締めると、軍帽のつばを引き下げ「狂人め」と目の前の旧友を罵った。 柴は月島の言葉を呵々と笑って「今更だな」と吐き捨てた。 第七師団には、柴 恭典という男がいる。 “首折り”と陰口を叩かれるようになったのは、日露後の話だ。 柴が首を折ることに執着するのは、生来からの性質ではない。 もちろん、月島と同じ戦場を駆けずり回っていた頃に生まれた趣向でもない──否、そこにきっかけがあったのは確かだ。 柴は日露後、軍を辞めた。 元より柴は月島から見ても軍人には向かない性格の男であった。 気さくで、優しく、部下を思い怒り、泣き──そして戦争が終わるころには、精神を病んでしまっていた。 退役後の男のことを、軍に残った月島はよくは知らない。 だが、それから数年後。柴は第七師団へと復帰した。 再会した友の目は、別れの日に疲れたように笑っていた男のものとは一変していた。 月島は柴を連れ戻った鶴見から、彼の身に降り懸かった不幸を知った。 柴は退役後、繰り返される悪夢に苦しめられ。 そして最期に、妻を誤って殺してしまったのだと言う。絞殺だったそうだ。 それから柴は、その手で殺すことに執着した。 いつだったか、彼は月島に語った。 「あの日、あいつを縊り殺した感触が手から消えんのだ」と。 柴が戻ってきた理由は、人を殺すためだった。 妻を殺した感触を消すためだけに殺す。 大義も志もなく、ただそれだけのために。 ごきん、と男は首をへし折る。 亡き妻へと捧げる首級を求めて。 月島の旧友は、狂人と化していた。