日本警察組織とFBI、そしていくつかの外国組織が足並みを揃えて開始される掃討作戦を目前に控えた休憩室。 自販機で奢ってもらった缶コーヒーを手に、交わした何気ない会話の間に「全部終わったら、一先ず何がしたいですか?」と隣に立つ男にそんな問いかけをした。 ただの言葉遊び。先の話を選んだのは、最悪の“もしも”から無意識に目を背けたかったからか。 隣に立つ相手に対して少し背伸びをした、普段は買わないブラックコーヒーは飲みきれず、ぬるくなってしまったそれを手持ち無沙汰にもて遊びながら「私は」と、とりとめない言葉を口にする。 壁に背中を預けて、あれがしたい、これがしたい、と実にもならないことを言い続ける私の隣で、彼は小さく口元を緩めて「あぁ」とか「それはいいな」とか穏やかな相槌をうってくれている。 この部署について身についてしまった横目の技術で、男の顔をそっと伺う。 メガネのフレーム越しに、少しだけ伏せられた目元にわずかに年齢を感じるシワを見つけた。 好きだなぁ、と私の中の女が“ほぅ”っと熱のこもった息を吐くように呟く。 男に対してもともと持っていた好意が慕情に変わったのは、もうずっと前のことだ。そしてそれを隠し続けたのはもう、年単位の話になる。 「どうした?」とこちらの視線に気づいた男の言葉に、私は「クマすごいですよ」と息をするように考えていたことと全く違う“ウソ”を口にする。男は難しい顔で、自分の目元を指先で擦っている。取れるわけないのに、と笑うと男も笑った。 あぁ、好きだなぁ。 並び立つ2人は、手に持つ缶コーヒーを口元に運ぶ為に折り曲げた肘と肘が微かに触れ合うようなそんな奇妙な距離感を保ったまま。自然と触れ合ってしまう体に、小さく謝罪をして距離を取るでもなく、たまに掠めていく相手の体温と衣摺れを静かに享受し合っている。 私は男が、自分のことを“女”として見てくれていないことを知っていた。 それでいいと思っている。 自分は、この職場で護国のために働くことに誇りを持っているし。職業柄、人生のほとんどを過ごす職場で男の隣で働けることに充足感を感じている。 そう、どんな理由と役割であっても男の隣に立てていられることが自分の幸せと私は思う、思い込もうとしていた。 「それで? 何がしたいですか」 自分ばかり話してしまっていると、男の言葉を促せば男は「そうだな…」と悩むそぶりで視線をどこか遠くに投げた。 自販機の照明ばかりの、夜間の休憩室で青白く照らされた男の横顔をじっと見上げて続く言葉を待つ。 「そうだな……告白、してみるかな」 こくはく、と男の言葉をおうむ返しに呟けば、照れ臭そうに咳払いをした。 「俺もそろそろ、その……覚悟を決めようかと思って、な」 形のいい耳が赤く染まっているのに気づいてしまった私の手の中で、カコンと缶がおかしな音をたてた。 「風見さん」 荒れ狂う心情が溢れそうになるのを喉の辺りで押さえ込んでから、私はひどく凪いだ声を意識して男の名前を読んだ。 「それ、死亡フラグってやつです。気をつけてください」 醜く歪みそうな顔を無理に押さえ込んで、真剣そうな顔を装う。 男は、私が愛した風見裕也という男は、私のその言葉に呆れた顔をして、それでも赤みの残る顔で「お前が話をふって来たんだろう」とはにかむように笑った。 あぁ、ほんとうにやめてほしい。私はあなたが大好きなのに。 あなたは全て終わったら、そんな顔をさせてしまう女のところに、告白をしに行ってしまうのか。 どんな理由であっても男の隣に立ちたいといいつつ、私は結局──その答えから目を背けるように、私はただもう一度「絶対に、気をつけてくださいよ」と繰り返した。 ──あの時の死亡フラグって、結局どっちのだったのだろうか? 半分ほど意識を棺桶に突っ込んだ状態で、私は右頬にざらついた地面の感触を感じながら逃避気味に考える。 走り回る仲間たちの足を地面に転がったままで見つめていると、誰かが地面に無様に横たわる体を引き上げて何かを叫んでくる。 しかし、先ほどの爆発で耳がイカれているらしい私にはその声はワンワンと反響して、ただただ騒音としか理解できない。 目に入った血のせいで痛む眼球を動かして耳元でなにやら叫ぶ相手の顔を見ると、血まみれの同期の顔があった。 うるせぇ。 思わず大口を開けてこちらに話しかけてくる相手の口を塞ぐ為に、その綺麗な顔面を掌で押さえ込んだ。持ち上げた勢いそのままだったせいで、えらい力で叩いてしまったせいか肩に響くような痛みが走り、落ちかけていた意識がようやく覚醒した。 「いっっ」 肩、というより全身に走った痛みに呻くと、顔面を自分の手で押さえた同期が「ようやく還って来たか」と苛立った声で言った。 「──ふ、や」 ほとんど声になっていないひび割れた音で同期の名前を呼べば、同期は血で汚れた顔をくしゃくしゃにして笑った。 「お互い生きてたな」 「……は、は、なんとか」 無理して笑おうとして、肋あたりに走った激痛にむしろ逆におかしくなってきた。は、は、と息を区切っただけの笑い声をあげると、アドレナリンが出すぎてハイらしい同期が声をあげて笑った。 「はははっ、生きてた……ほんとうに、よかった」 あぁ、生きてたよ。じゃないと全滅じゃないか、と笑う同期から目を反らして思う。 「おわった、の……?」 爆発後、ほとんど意識がなかったせいで結果がどうなったかまでは把握できてない。まぁ、目の前の男がこんなところまで出て来いるのが答えなきもするが、とにかく正確な情報が欲しかった。 「あぁ、全て完了した。あとは撤収するだけだ」 「かえる、までが……任務、です?」 「お前の場合は、帰る前に入院だけどな。抱えるぞ、救急車までは意地でも踏ん張れ」 意識失ったら流石に今の俺では運べないからな、と言った同期の肩に腕を回して立ち上がる。 背中に瓦礫の破片を受けたらから心配していた足には、地面を踏みしめる感覚があって安心した。最悪、立てない未来も考えるくらいには下半身に痺れのような痛みがあったのだ。感覚がある、今はそれだけでもよかった。 よかった、と呟いた言葉に同期が、わかっているのかわかっていないのか不明だが「よかったな」と返してくれた。 よたよたと、おぼつかない私の足をほとんど引きづるように支えて歩く同期に、これなら意識なくてもよくないかと思ってしまう。思ったより元気じゃんか、アンタ。 「しぬかと、おもった」 「俺もだ」 軽い声色で返って来た言葉に、「うそ」と笑いがまじりに返す。 「アンタはしなないでしょ」 「俺だって死ぬさ」 「こんなとこじゃ死なない、よ。そういう男だもん」 だから、同期の男の中で最後まで生き残ったのだ。 「……お前もだろ、」 「わかんない、ちょっと今回は。まずい、かも。今意識おちたら、2度と、おきれる、気が……しない」 「縁起の悪いことを言うな」 怒ったような同期の声に、笑うしかない。ほんとうに今回ばかりは、ちょっと自信がない。 なんでかな、と考えて。任務の危険度とか、今の状況とか以前に、あの夜の会話を思い出してしまった。 そうか、と思う。そうか、と小さく呟く。 「おい?」 ふふ、と息を震わして笑うと何とか持っていた足から力が抜けた。ガクリと傾いた体を支えきれず、同期も膝をつく。 「おいっ!!」 「っ、う、ちょっ…と、やすま、せて……ね?」 頭がぐわんぐわん、目もろくに役にたってないし、口を動かすのも正直もうかなり前から億劫なの。 「っ! 今意識を失ったらまずいって言ったのは、お前だろうが!!」 しっかりしろ!と肩を強く掴んで揺さぶる同期に、冗談を本気にしないでって言えばギリっと肩を掴む力が強まった。 「降谷さん!」と、同期を呼ぶ声が今一番聞きたくて、聞きたくない声が聞こえた気がした。 まってくれ、今史上最強にひどい顔だから見ないでほしい。 「っ、風見! 手を貸せ! 至急コイツを救急車まで運ぶ!!」 まじか、このボロ雑巾みたいなの運ばせる気か。もういいじゃんか、ここに置いて行って、先にいってて。 あとで追いつくから、多分、きっと。少し休めば、だいじょうぶなはずなんだ。 今寝たら、すごい絶対に気持ちいーから。 「こンの馬鹿! 救急車まで意地でも踏ん張れって言っただろうが!!」 「しっかりしろ!! あともう少しだ!!」 左右からそれぞれ、同期と、あの人の声が聞こえるけど。もう少しだっていう救急車どころか、なにも見えない。 そう言えば、聴力って最後まで残るんだっけ。だから死んだ人が、自分の死亡確認を聞いて“あぁ、自分は死んだんだ”ってわかって死ぬって聞いたことがあるな。 「む、り」 「無理じゃない!!」 「むちゃ、」 「無茶じゃない!!」 同期の子供の駄々みたいな言葉に思わず笑う。多分、顔が少し笑っただけのような気がするけど。 もう息を震わすこともしんどい。というか呼吸がめんどくさい、しなくていいかな。 「重傷者だ!! 優先してくれ!!」 あの人が吠えるように叫んだ声に、仲間たちの私の名前を呼ぶ声が集まる。 「体倒しますよ! しっかり!」 聞き覚えのない声と共に、抱え上げられた体が多分、担架に乗せられた。 「ここは俺が回す。風見、お前がコイツに同行してくれるか」 「──はい」 2人のやりとりをどこか遠くに聞いていると、力の入らない利き手を強く握り締められた。 「おい、死ぬなよ。死んだら──お前の恥ずかしい話を風見に話す」 こわい。なんだそれ、こわい。 同期の地獄のような最後の言葉を聞き終わったと同時に、救急車のドアが閉められ慌ただしいい気配と共に救急隊員がスーツの胸元を乱暴に開く。口元に酸素マスク、露わにした胸部には心電図だろうか。 そして同期が離れた後に、利き手を掴むぬくもりは、あの人のもの? かざみ、さん。 小さく呼んだ声に握る手が強くなった。どんどん手足が冷たくなってきているから、握られた手が熱いくらいだ。 最後の意地で、その手を握り返す。 こくはく、うまくいくといいですね──そこで、私の意識は完全に途切れた。 「うまくいくわけないだろっ──相手のいない、告白なんて」 今、なんて、言ったの風見さん?