本日の出動も無事何事もなく解体を終え、帰還した警視庁のロッカールームで汗臭い隊服から着替えていた萩原は、その隣で着替えもそこそこに携帯を弄っている親友を呆れた目で見遣った。 「松田ァ、着替えてからにしろよ」 風邪ひくぞ、と言っても返ってくるのは「あぁ」という生返事だ。だめだこりゃ。放っておこう。 器用だからとよく嘯く男の指先がすごい速さでボタンを叩き文面を打ち込んでいく。 「ていうか、お前、まだスマホにしないのか?」 時代は二つ折り携帯から超薄型スマホへ。隊のメンバーの中でも、未だにガラケーを貫いているのは50代のおっさん上司とコイツの二人だけ。かち割りそうで怖いと散々ぼやいていた厳つい顔の友人もついにスマホに機種変更したというのに、だ。 「スマホは打ってるって感じがしねぇから、なんか嫌だ」 なんだそりゃ、と返って来た理由に萩原は笑う。「なぁ」と松田に呼びかけられて「ん?」と短く返す。 「萩原。お前、今日この後暇か?」 「今日?」 この後は今日出動の報告書をあげれば仕事は終わり、花の金曜日になんとも寂しいことだがプライベートでも思い浮かぶ予定はない。 「暇なら一緒に飲みにいかねぇかって、夏彦が」 「夏彦が? あいつ最近忙しいんじゃなかったのか」 依頼がドタキャンされたんだと、と萩原の問いに軽い声で答えながら松田は携帯を置いて着替えを再開する。 「明日予定空いたから、久々に仕事終わりに飯行こうってメール来てた。 俺は行くってって言ったけど、お前どうする?」 「行く行く、行かねーわけねーって。可愛い弟分からのお誘いだしな」 萩原の言葉に「アイツが可愛いってタマかよ」と松田は喉を震わせて笑った。 ロッカーの棚に投げっぱなしだったスマホを手に取り電源を入れると、通知欄には萩原宛にもメッセージが届いていた。 内容はもちろん松田と同じ夜のお誘いである。アプリを開いて、ちょいちょいと返事を入力すると、犬のおまわりさんのスタンプもおまけにつけて送信した。 「伊達も誘ったと思うか?」 着替えを終えた松田がそう言うので「うーん」と唸って萩原は首を傾ける。 「どうだろうな? 結婚してから奥さんに申し訳なくて誘いづらいって言ってたから、誘ってないかも」 「アイツそういうとこ律儀だからな」 「ほんとなー。聞いてみて誘ってないようだったら、伊達に連絡してやるか。 確か奥さん、今まだ実家に帰省中だろうし」 「あー、いとこの結婚式だっけか」 そうそう、と頷きながら萩原は早速メッセージを作成し送信する。喫煙所行こうぜ、とヘビースモーカーである松田が煙草の箱を振りながら急かすので、萩原はロッカーの扉を閉めるとあとを追った。 廊下を歩いているとピコンとスマホが鳴る。 ポケットからスマホを取り出すとすかさず「歩きスマホはやめてくださーい」と、我慢できずに火をつけてない煙草を咥えている松田が標語のようなことを言ってくるので、結局手にしただけでそのまま喫煙所までの道のりを歩く。その間にもう一度、ピコンと通知が鳴った。 喫煙所に入って早々に咥えていた煙草に火をつけた松田が、一つ煙を吐いてから「なんだって?」と返信内容を訪ねてくるので萩原は「ちょっと待てって」と苦笑を零す。 スマホを操作しながら片手でポケットを漁り、自分も煙草を咥え「火ぃくれ」と言えば、松田はぶつぶつ文句を言いつつライターを再び取り出し火をつけてくてた。 「さんきゅー。夏彦、やっぱり伊達に声かけてないみたいだ」 「やっぱりな」 「あと、自分で連絡するって」 誘ったのは自分だからと、2つ目のメッセージはそう書かれていた。 「そういや、店は?」 「あ、そう言えば書いて寄越してないな」 ドジっ子めーと言えば、松田が喉を震わせて笑う。そのままメッセージとして打ち込んで集合場所と店のことを訪ねれば、三白眼猫のスタンプで「ごめんなさい」と送られて来た。何でもこのスタンプは、夏彦に似てると職場の後輩にゴリ押しプレゼントされてから使用しているらしい。文句を言いつつ使ってやるのだから、人が良いにもほどがある。 「いつものとこか、夏彦んちで宅飲みだって、さ。なんか先輩から良い酒分けてもらったらしい」 「ふーん。アイツも今日仕事だろ、飯とか用意すんの大変だろうからいつものところでいいじゃねぇか」 「だな。」 いつものところで、と返信を送りつつ。結局、二次会という流れで宅飲みになるんだろうなぁと萩原は予想する。 長くなって落ちそうな灰を落とす。休憩の一本はいつの間にか半分くらいになってる。 「時間もいつもぐらいに、だってさ。さっさと報告書あげちまおうぜ」 「おー」 松田の返事に覇気はないが、書類制作はいつも萩原よりも早いので気合いを入れねばならないのは自分の方だ。萩原は短くなった煙草を灰皿に押し付け、じっくり味わっている松田を置いて先に戻ることにした。 「おっ先ー」と喫煙所から抜け出した萩原の背に、松田の拗ねたような「ずりーぞ」っと言う声が届いたが素知らぬふりで萩原は軽い足取りで進む。デスクワークは苦手だが、せっかくお誘いを貰ったのだから頑張らねばなるまい。