今日中には無理だろうと覚悟していた伊達は、高木の協力もありなんとか10時頃には夏彦の家に辿り着いた。 マンションの一階。奥の角部屋が夏彦の住まいだ。呼び鈴を鳴らすと少ししてドアが開く。 「よぉ」と挨拶をすれば、中から顔を覗かせた男・夏彦が「お疲れさん」と応えた。伊達が中に入ると「鍵締めてくれな」と言って男が先を行く。靴を脱ぎながら後ろ手で鍵と、チェーンをかけてから伊達は家に上がり込んだ。 勝手知ったる家の洗面所を借りて手を洗ってからリビングに向かうと、すでにいい感じに出来上がっている松田と萩原が、赤い顔で「おかえりー」と間延びした声で伊達を出迎えた。 「とりあえず、ビールでいいか?」 キッチンから戻って来た家主からよく冷えた缶ビールを渡され、ここに座れ!と萩原が用意してバシバシと叩いている座椅子に腰を下ろす。埃がたつからやめろと松田が萩原の頭をすっぱ叩いた。 「飯は? 一応テイクアウトで飯物買って来てたけどよ」 「食う。かなり腹減ってる」 「はは、了解」 空きっ腹であんまり酒入れるなよ、と言い残して夏彦がまたキッチンに引っ込んだ。伊達は使われていない割り箸に手を伸ばすと、テーブルの上に半分手がつけられて残っている唐揚げにかぶりつく。冷めても美味しいそれに舌鼓を打ってると松田が間延びした声で夏彦を呼ぶ。 「うるせぇよ、なんだよ」 「まず乾杯だろ、乾杯。伊達が来たんだぞ」 それもそうかと夏彦はリビングに戻ってくると自分のグラスを手にした。伊達もプルダブを開けると缶ビールを掲げた。 「乾杯!」 グラスと缶がぶつかるまばらな音を4人でたてて、ぐいっと酒を煽る。キンキンに冷たいビールの喉越しの良さにおっさんくさい声が漏れた。ピーとなった電子音に夏彦がグラスを置いてまたキッチンに、しかしすぐ戻って来た手には惣菜のパックが積み重ねて乗っていた。 「ほい」 「わりぃな。わざわざ温めてくれたのか」 「冷や飯食うなんか嫌だろ。出来合いで悪いけど」 空いたスペースにほかほかと白い湯気をたてているそれらが並べられた。「あ、チャーハンいいなぁ」と萩原が羨ましそうな目を向けてくるのに、夏彦が呆れたように「散々店で食って来ただろう」と言う。 「だってー、酒飲んでるとご飯食べたくなんない?」 「なるけど。お前ただでさえ太りやすいんだから、今日はもうやめとけって」 隊服きつくなっても知らねぇぞ、と言う松田に唇を尖らせた萩原は「へいへい」とつまらなそうに呟くと自分の座椅子に深く寄りかかってグラスの中身を減らすことにしたようだ。 伊達が飯を食い終え、ビールから別の酒に切り替わることには日付がそろそろ変わる時間になっていたが、泊まってってもいいぞリビングで雑魚寝だけど、と家主から許可はすでに貰っているので3人はのんびりとしたものだ。 夏彦が先輩から貰ったと言う酒は日本酒で、伊達が来るまではと封を切られず残されていたそれは飲み口の軽いおかげでもう半分ほどになっている。明日に残りそうとぼやいたのは誰だったか。それでも飲む手は止まりそうにない。 「お前の先輩、こんな良い酒よくポンポンくれるな」 「あの人、日本酒あんまり得意じゃないらしいから。うまいと思ってる人が飲んだ方がいいだろってさ」 「はぁ、気前がいいねぇ」 「夏彦んちで日本酒飲むと、下手な店で日本酒飲めなくなるー」 酒瓶を抱えてうわーんと泣き真似をする萩原に伊達と松田も思わず深く頷いた。顧客や知り合いから酒を貰いことが多々あるらしい彼の先輩の元に来る酒はかなりの高いランクのものばかりだ。うまいのは確かだがほんとに舌が肥えてしまいそうな恐ろしさがある。相手が相手だからなと呟く夏彦の遠い目は、おそらく送り主を思い浮かべてのことだろう。 「あーーー降谷がいたらめっちゃ喜ぶだろうになぁ!」 同期の中でも一等日本酒が好きだった男を思い浮かべて伊達は嘆く。絶対に喜ぶ。間違いないと言う伊達の隣で松田が「あー確かに」と苦笑まじりに同意する。 「緑川は相変わらず日本酒が苦手で、ビール党なんかな」 「そんでもって降谷に、お前はわかってない!って言われるんだろ?」 そうそう!と頷き合って弾けるように笑い出した二人に、萩原が「酔うたびそいつらの話する言うなぁ」と呆れたように笑って手元のグラスをふらふらと揺らしている。ふと、夏彦が不思議そうな顔をした。 「萩原はそのフルヤさん達のこと知らないのか?」 「うん。だって俺、こいつらと違って高卒で警察学校入ってるから同い年だけど同期ではないんだよねぇ」 夏彦は少し考え込むようにな仕草をしたあと「なるほど」と納得した様子だ。確か、身内に警察関係者がいたと話していた覚えがあるので、そのへんの知識があるのだろう。 「だから俺も、噂はかねがね?って感じ」 ふーん、と呟きながら夏彦は視線を明後日の方に飛ばす。 「伊達が一度も勝てたことがなくて? 主席合格のパーフェクトなイケメン? で、その幼馴染っていうのもイケメンで?」 「そーそー」 「イマドキ、月9ドラマでもそこまで盛ったヒーローいねぇだろ」 「なー、夏彦もそう思うよなー」 二人に面識のない萩原と夏彦の言い分に松田が声をたてて笑う。 「会ったことねぇ奴らの言うことは厳しいな」 「でもよ、ほんと顔が良いんだよそいつら」 「えー、松田より?」 「ん? そうだな……俺には劣るかな?」 軽口に乗っかった松田に、よく言うぜと萩原がゲラゲラと笑っている。伊達はその横で奇妙な表情をしてる夏彦に気づいた。 「どうした、夏彦? 酔っ払ったか?」 伊達が声をかけるとはっとしたような顔を破顔させ「そうかもしんねぇ」と赤くなってる顔を自分の手の甲で撫ぜた。 「酒飲むの久々だから酔いが回ったのかも。最近忙しかったからさ」 「らしいな。まだ落ち着くまでかかるのか?」 「あーもうちょっと、かな」 守秘義務があるため伊達たちも夏彦の仕事相手については詳しくは知らない。ただ少し前に、大層な家柄に脅迫状が届いたため一時期SPが警護していたという話は耳に挟んでいる。そして、元SPが経営している民間の会社へと警備を引き継いだことも。だから伊達は「そうか」と返すだけに留めた。 「そっちはどうなんだよ? 今日も随分とお忙しかったようで」 「まぁな。……あ、そうだ! 前に話した工藤 新一のこと、覚えてるか?」 「工藤……あぁ、高校生探偵の。伊達が最近心配してる青少年だろ」 空になった伊達のグラスに、船を漕ぎ始めてる萩原から取り上げた酒瓶の酒を注ぎながら夏彦が答える。 「そいつに今度お前のこと紹介したいんだが」 「前にも言ったけど別に構わねぇよ、俺は。ただ、しばらくは直接会うのは難しいな……」 なんなら俺の名刺預けてようか?と言う夏彦に、頼むと伊達は顔の前で両手を合わせた。 軽く請け負って立ち上がった夏彦は壁にかけてあるスーツのポケットから名刺ケースを取り出して戻ってきた。ケースから抜き出した一枚を伊達に差し出す。 「しっかし、心配性だな。捜査協力者の少年にそこまで気にかけてて疲れねぇ?」 「相手は未成年だ。大人にゃ守る義務があんだろ」 受け取った名刺を自分の懐から出した警察手帳に挟んでしまいこむ。これで無くしたりすることはないだろ。手帳を同じ場所にしまい込みポケットの上からぽんぽんと叩いた伊達に、夏彦は小さく肩を竦めた。 「あ、萩原のヤロー寝ちまってらぁ」 「ん?」 静かになったと思ったら寝落ちしていたらしい、夏彦は名刺ケースを置きに行った帰り足に毛布を手に戻ってきた。座椅子に寄りかかる無理な体制を軽く押して倒すと、毛布をかけて寝かせてやる。松田がクッションを頭の下に押し込むと、萩原はぐぅっと何事か呻くと完全に寝入ったようだった。 「萩原が一番先に潰れんのも珍しいな?」 「今日は出動もあったし、久々に夏彦からお声がかかったってことでコイツテンション上がってたからな」 そうなのか?と意外そうな顔をした夏彦を松田が小突いた。 「仕事やばくなると連絡断つ癖やめようなー、夏彦君?」 松田の言葉にぎくりとわずかに肩を震わせた夏彦はそろりと視線をそらす。伊達も手を伸ばして夏彦の短い髪をかき混ぜるように撫ぜた。「おわっ?!」と驚いた声をあげた夏彦に松田が笑って自分も手を伸ばすと、夏彦の頭をぐりぐりと乱暴な手つきで撫ぜる。 「あんまり兄貴分たちを心配させくてるなよ」 散々撫ぜ回した頭から手を離してそう言えば、夏彦は困りきった顔で力無く笑った。 「善処するよ」 あ、コイツ改善する気ねーぞ!と松田が呆れたように吠えたので、寝ていた萩原は「ふぇっ」と寝言で反応を返した。1人が途中脱落したものの、3人の酒盛りはまだまだ続く。 翌朝。起こしてくれればよかったのにーと、涎のあとを残した顔で萩原が喚くので松田がその顔面にタオルを投げつけていた。 週末、先日の事件の調書をとるため警視庁に現れた工藤に伊達は預かってきた夏彦の名刺を渡した。 「携帯番号だけでも登録しとけ。お前の名前だせば話は通ってるから」 工藤は名刺に視線を落とし、くざき、なつひこ、と刻み込むように小さく呟いたあと顔を上げる。 「紹介って……直接会わせてもらえるかと思ってたのに」 受け取った名刺をひらりと掲げて工藤が不満そうな顔をするので、伊達は苦笑まじりに「あっちが今忙しいんだよ」と言い訳をする。 「今度ちゃんと会わせてやるから。とりあえずつなぎだけでも、な?」 「もー。約束ですよ、伊達刑事」 「わかってるよ、絶対合わせてやるからな!」 ムキになったようにそう言えば、工藤は愉快そうに笑って「楽しみにしてます」と言った。 そんな言葉を交わしてからしばらくして、工藤 新一は忽然と姿を消した。 高校三年生に間も無く進級する、そんな春が迫ったまだ肌寒い日に起こった事件だった。