一人の魔法使いが、たった今書き終えた手紙の文面へと視線を走らせてから満足げな息を吐いた。 そしてインクの乾いた羊皮紙を丁寧に畳み封筒へと入れる。その封筒には綺麗なエメラルド色のインクで、 『海の上、 岩の上の小屋、床 ハリー・ポッター様』と宛先が書かれている。 何故か封筒にはそれだけで、切手は貼られていない。 蝋で封をしたそれを魔法使いは、デスクを挟んで向かい側に立っていた大男に渡した。 「それでは、ハグリッド頼んだぞ」 「任せてくだせぇ」 差し出された手は魔法使いのものより一回りも、二回りも大きい。 それもそのはず、男の背は普通の2倍、横幅は5倍はある。 同じく人より大きな頭はボウボウとした黒い髪と髭がモジャモジャに覆っていた。 その中に埋まるようにある、真っ黒な丸い目は、魔法使いからの頼まれ事に嬉しそうにきらきらと輝いている。 この時を待っていた、そう言った様子であった。しかし、大男はふと少し考え混むような素振りを見せた。 「全く、フクロウ便に掴まらねぇとは……ハリーはどっこにいちょるんでしょうね?」 魔法使いがこれまで、かの《ハリー・ポッター》へと宛てて書いた手紙はこの一通だけではない。 だが不思議なことに、きちんと正しい宛先に送っても、少年が受け取った様子も、返事を書いたが何処かでフクロウが迷子になってしまっている様子もないのだ。 「まさかとは思いますが──あのマグルがハリーに、手紙を隠しているのではないでしょうか。 そうでなければ、返事がなかなか来ない説明がつきませんわ」 不思議そうに首を傾げている大男の隣に立っていた、厳格そうな女性が厳しい表情でそう言った。 魔法使いは「うむ…」と重く深く息を吐いてから、すぐさま「いやいや」と緩く否定するように首を横に振った。 「それは、予想の域を出ん。 とにかくハグリッドは、ハリーにちゃんとそれを渡すんじゃ」 「はい、間違いなくハリーに届けます」 ハグリッドと呼ばれた大男は大きく頷くと渡された封筒を丁寧に懐にしまい込み、深々と魔法使いに頭を下げてから部屋を後にした。 ハグリッドの背中を見送ると、彼女ーーマクゴナガル女史は魔法使いの方に視線を戻した。 「もう…あの子が此所に入学する歳になりましたか……」 感慨深げにそう呟いた言葉に、魔法使いは「そうじゃの」と呟いて豊かな髭をゆったりと撫ぜる。 「年月が流れるのは、驚く程に早いものじゃ」 半月型のメガネの奥の瞳が、これまでの時の流れを見つめるように焦点を揺らした。 マクゴナガルにはその目が過去の情景を、その中でもあの悲劇の場面を観ているのだということがわかった。 そうしてゆっくりと一つ瞬きをして、マクゴナガルを見つめ直したその目はいつも通りの輝かしい瞳に戻っている。 「さぁて──ワシはもう一人の、大事なあの子に会いに行くとするかの」 よっこらせと腰を伸ばしながら立ち上がった魔法使いに、マクゴナガルが複雑な表情を向けた。 「アルバス、あの話は本気だったんですか……?」 「あぁ、あの子はきっとここに必要になる。そして、ハリーにもじゃ」 そう厳しい顔で呟いた魔法使い──アルバス・ダンブルドアの表情に、マクゴナガルは口を噤んだ。 「全ては終わってはおわらん、まだ始まっていないものもある。 そして、これから始まるものがどんな未来に進むのか……期待しようじゃないか、のぅ、ミネルバ」 「──そうでございますね」 そう言って笑ったダンブルドアに、マクゴナガルも堅かった表情を和らげ一つ頷いた。 「では、行って来るよ」 「えぇ。あの子にどうぞよろしくお伝えください」 はじまり、はじまり