(あ、彼だ……) 姉に叩かれた頬の赤みが消えるまで、人のいない中庭で心配性の友人から隠れていた私は。 廊下を歩く彼、セブルス・スネイプを見つけた。 黒い髪、黒い目、血色の悪い肌。何時もの彼がそこにいた。 そして彼が見るもの──彼の視線の先を辿るたびに痛むこの胸を、押さえ込むようにぎゅっと握りしめたのは、これで何度目だろうか。 リリー・エバンス、美しい少女。 誰からも愛され、聡明な彼女は私の大切な友人であり──彼の想い人。 渦巻く黒いタールのような嫉妬は私の勝手、だから美しい彼女に向けてはいけないもの。 溜め込んだそれは黒い波となって私を掠う。 (セブルス……私は君が愛しい) 想いは言の葉には乗せられない。 今はまだ、私は力を使いこなせてはいないから。 彼に、もし、何らかの間違いで惚れ薬のような効力をもって言葉が魔力を持ってしまったら──私は恐ろしくて彼の前では言葉を発する事が出来ない。 愚かな私。 姉に疎まれ、父も死に、家には味方のいない私。 愛を求めるには、私はあまりに罪深い。 (好き──でも、君に伝えてはいけない思いだ) はぁと、深いため息を吐くと白く息が姿を現す。 一人、雪のちらつく広場に立ち、鈍色の空を見上げた。 (いた) 人気のない雪降る広場で、曇天を見上げる彼女を見つけた。 休みの日には必ずいるはずの図書館にいない彼女に違和感を感じて探してみれば、やはり頬が赤く腫れていた。 姉に、また虐げられ、その傷を隠す為に隠れていたのだろう。 (成る程、何時も隣にいるはずのエバンスがいないはずだ……) 思わず深い溜め息が漏れた。 姉から隠れるのが上手いマリーを捜すのはなかなか難しく、親友であり目立つ存在であるエバンスを探した方が早い──彼女の隣にはたいてい、マリーがいるからだ。 だから、無意識にエバンスを捜す。本当の目的はエバンスの隣にいるマリーだが。 白い雪の中に立つマリーは儚く、手を伸ばしても届かないような幻想を抱く。 華やかで美しいエバンスを太陽に例えるならば、彼女はまるで月のような美しさを持っていた。 (マリー……) 彼女はどんな声をしているのか、何を考えているのかをスネイプは知らない。 彼女は声を発さないし、表情に感情が浮かぶ事が少ないから。寮も違い、接点も少ない自分には彼女の何もわからない。 ただ、彼女の碧眼が美しく澄んでいる事と、笑顔が可愛いらしい事だけは知っている──だから、彼女に惹かれている。 (好きだ、マリー) 鈍色の空を見上げた横顔を見つめながら、声には出さずそう呟く。 いつか、この思いを伝える事が出来るだろうか。 この、未だ言葉にも出来ぬ、愚かな己の思いを──君に。 (嗚呼、届かないだろうか) 声にはならない、想いは。 相手に届かず、消えるだけなのに──そう思わずにはいられない。 END