神経質そうな男の指が顎先にかかり、俯いていた顔を些か強引に上げさせる。 「目を閉じ、口を開けたまえ」 抵抗の意を表すため目を閉じぬまま、目の前にある男の顔を睨んだ。 「拒否します」 「ふん、往生際が悪いな」 喉を震わせ笑う吐息が唇を掠めるほど相手との距離は近い。近すぎる。 「スネイプ教授……私はこの新薬の利用は納得がいきません」 不本意を全面に押し出した顔など不細工に極まるだろうが、男──スネイプは意に介した様子もなくマリーの顔にかかる髪を指先で優しく払うばかりだ。 これでは苦い薬を嫌がる子供とそれを宥める大人の構図ではないか。 苦々しい感情に、マリーの眉間に深く皺が刻まれる。 「前の薬で充分だと言うのに……しかも、それを」 「口移しで、と言うのがご不満か?」 奪われた言葉尻は愉快そうな声で弾む。 「……ご不満も何も」 ようは彼と“口付けしろ”と言うダンブルドア先生の相変わらず斜め上をいく気遣いに、茶目っ気の使い道を間違えていると糾弾したい。 そして何より頭が痛いのは、記憶を折角奪ったと言うのに再び私という質の悪いものに引っ掛かってしまったスネイプがこのことを存外、嬉しそうにしていることだった。 全く正反対な互いの心情に頭を抱えるしかない。 顔色を悪くするばかりの固い表情筋を解すように、大きな掌が頬を包み込む。 「あまり深く考えるな、これは経口薬を摂取する行為だ。 何も考えず、ただ目を閉じ薬を飲むため口を開けろ──君の体の為だ」 そうは言ってもキスはキスだし、相手だって口移しだなんて思ってもいないような顔をしている。 どんな顔をしているかなど説明し難い。 だがしかし、この表情を私は知っている──端的に言えば「R-18になっております」ということ。 無作法にもデスクの上に座らせ、そこに覆い被さるように立ち片手に頬を、逆の手に薬が並々注がれたゴブレットを持ってする顔ではないのだ。 正直、身の危険を感じずにはいられない。 ならば逃げればいいだろう、って? 目の前の男を誰だと思っている。 狡猾が売りの“スリザリン”の寮監殿が、易々と獲物を逃がすような事をするわけがない──つまりは既に手足は拘束済みですが、何か? えぇ、完全にアウトです。 恐慌状態の心境に困惑した表情のまま、相手を拒むように睨みつけるが効力なんてたかが知れる。 遂には焦れたスネイプの親指が、閉ざされた唇を無理矢理に抉じ開けた。 「っ──!?」 あまりのことに目を見開き、反射的に抵抗しようと口を開いたその瞬間を狙って既に薬を含んだ口が重なる。 舌を刺すような苦みを帯びた液体が熱い舌と共に口内の雪崩れ込んだ。 薬を流し込まれればどうにも出来ず、飲み下すしかない。 口内の薬を喉を鳴らしてなんとか飲み込めば、この熱が離れると思っていたが、考えが甘かった。 口に僅かに残った薬を舌に刷り込むかのように暴れる舌が出ていく様子はない。 舌が絡み合う音に聴覚を侵される。 ふっ、息苦しさに漏れた息は唇同士の隙間から薬とも唾液ともつかずものと一緒に溢れ、口の端から顎へと伝い堕ちた。 それに閉じるタイミングを完全に失った目から食らう視覚的な攻撃が脳と心を揺さぶる。 黒い眼差しは閉じられることなく絡み合ったまま、相手の内に潜む熱さえも流し込むかのようだった。 震える体を宥めるように熱を高めた掌が優しく腰の括れを撫ぜるが、全くの逆効果である。 滲んだ涙が瞬きの拍子にぽろりと溢れた。 「──っは」 蹂躙者が口を離すと、ツゥと唇同士の間で銀色の糸が煌めいた。 足りない酸素を求めるように息が弾む。 互いの視線は未だ交わったまま、恐らく閉心が崩れかけている現状では、簡単に相手に心情を読まれているだろう。 ゆるりとスネイプの黒い瞳が愛おしいげに細められたことがそれを物語っている。 茫然自失のまま、口の端から垂れた薬を拭う指の動きを見つめる。 しかし、ようやく解放されたと安堵に目を伏せると、くつくつと喉を震わす笑い声に思わず肩を震わせた。 「一口目でそれでは……まだまだ薬は残っているというのに」 愉快そうな声色に導かれるように見た視線の先にはゴブレットに残る薬──さぁっと血の気が引く音がした。 まさか、あれを全部?口移しで? 「教授、薬はもう……っ!」 「遠慮は必要ない。 さぁ、口を開けたまえ」 「拒否します!」 「却下だ」 拘束された手足ではまともな抵抗も出来ず、目の前で見せ付けるように口に含んだ薬は間髪入れずに流し込まれた。 口内を犯す舌に翻弄されクラクラとする頭で誓う。 この薬のレシピは二度と使われぬよう、抹殺しよう──と。 (校長が助手の延命のために新しく編み出した魔法薬が、口移しじゃないと効力が発揮しないので 「では仕方がない。口を開けたまえ」な、教授と「どんな顔をしたらいいのかわからないよ……」な元助手) 2021.1.9 (初公開:2015.2.21)