「痛いって、痛いよ」 ゴシゴシと乱暴な手つき体を擦るタオルに、苦笑まじりにマリーは悲鳴をあげた。 お湯で濡らされたタオルが肌に着いて固まった血を擦り落としていくが、擦れた肌が赤くなって少し痛む。 未だ、成人の状態であるマリーは、今回の事件に関わった人物として、ガブリエル・カウンシルの姿で会に参加するはめになり。 主役の存在を急かされ、風呂にゆっくり浸かる暇もない。 流石に血ぐらいは落とそうと、拭いてくれているスネイプは先程から怖いくらいに無言だ。 マリーは滲んだ涙を我慢しながら背中を少し丸めた。 「セブルス、怒ってる……?」 おずおずといった感じで尋ねる。 「怒らないと、思っているのか?」 「思ってません」 きっぱりと返され、マリーはそう呟いて力なく笑った。 その笑みが思ったより穏やかだった事に、スネイプは眉を潜めた。 「何を笑ってる……?」 「いや、ね」 マリーは傷痕の残っていない噛まれた場所を撫ぜた。 「君の顔が、浮かんだんだ──バジリスクに噛まれた時。 だから……もう一度、こうやって軽口をたたける事に、酷く安心している」 肩に置かれたマリーの手に、スネイプの手が重ねられた。 身を屈めるようにスネイプは#マリ#ーの首筋に顔を埋めた。 「無茶ばかりしおって……」 「ごめん、セブルス」 ぐぐもったスネイプの声に、マリーは目を伏せた。 「次は、許さんぞ」 「心得ました」 スネイプは小さく馬鹿めと呟くと、きれいになった肩に一つキスを落として顔をあげた。 パサリとかけられた上着に袖を通しながら、スネイプを振り返った。 「タオルを貸してくれ」 「どこか、汚れが残っていたか?」 首を傾げながら渡されたタオルを受け取りながら、マリーは眼帯を外した。 右目をゴシゴシと擦るマリーにスネイプはさらに疑問を強くしたようだった。 マリーは気が済んだのかタオルを離した頃には、右目のまわりが赤くなっていた。 「何をしてるんだ?」 「穢れを落としたいだけさ──さて」 マリーは悪戯っぽい表情でスネイプを見上げた。 「悪いが、この右目に“消毒”を願えますか」 スネイプは一度ゆっくりと瞬きした後、小さく溜め息を吐いた。 伸ばされた手がこめかみを撫ぜ、髪に差し込まれる。 「奴に触られたか──……」 「あぁ、吐き気がしたよ」 撫ぜる手の優しさにマリーは目を伏せた。 その表情は穏やかではあるが、伏せられた瞼の間にちらついた瞳にうつったのは、本当の嫌悪だった。 「セブルス、私は──…」 近づいた距離に、マリーはゆっくりと呟いた。 その声は微かに弱々しかった。 「私が、本当に望むのは、君だけだ」 右目に触れた慈しみに、マリーは微かに表情を歪めた。 「それだけは、知って──信じていてくれ。 君だけでいい、セブルスだけがそうであれば」 「マリー……」 まるで泣き出しそうな顔に、スネイプは両頬を包み込み額を合わせた。 「私はここに、立っていられる」 絡んだ視線には、もう揺らぎがなかった。 澄んだ碧色がスネイプをうつす。 「それが、唯一……私が叶える事が出来る望みなんだ」 目の前にあった唇が重なった。 「わかった──……」 重なった唇の隙間でスネイプが囁いた。 「その望みは、叶える──だから、もっと欲を持て」 マリーは微かに目を見開いた後、ゆっくりと笑った。 「ありがとう」 もう一度、触れるだけのキスをして二人は離れた。 マリーは新しいローブに袖を通すと立ち上がり、スネイプの方を振り返った。 「さて、宴の時間だ」 差し出された手を握り返しスネイプも小さく笑った。 ・・・ この年の最後の学期も終え、列車に乗り始める生徒の波にマリーもまぎれていた。 あの、祝いの宴は夜通し続いた。 ハグリッドは翌朝早くに戻って来て、マリーは教員席から、ハグリッドに肩を叩かれたハリーとロンがトライフル・カスタードの皿に突っ込むのを見ていた。 ハリーとロンが、それぞれ200点ずつグリフィンドールの点を増やしたので、寮対抗優勝杯を二年連続獲得出来たこと。 学校からのお祝いとして期末試験がキャンセルされたことを、マクゴナガルが告げ。 生徒達はそれからの学校生活を思い思いに過ごしていた。 その最後の日も終わり、夏休みに浮かれる生徒達の声は明るい。 「マリー!」 「──ハグリッド」 後ろから呼び止められ立ち止まるが、人の流れになんとかハグリッドがこちらに歩みよるまで待っていられた。 「あの騒ぎで言い忘れてたんだが……」 ハグリッドは大きな体を屈め小さくマリーにだけ聞こえるように言った。 口ごもるようにするハグリッドに、マリーは微かに首を傾げた。 「アズカバンでよ、会ったんだ……シリウス・ブラックに」 「そうか、元気そうだったか?」 微かな笑みを含んで言った#マリ#ーに、ハグリッドは目を見開いた。 「お、おい、元気だったか、ってお前さん、相手は──」 「旧友だよ」 瞼に伏せられた瞳にうつる感情を、ハグリッドは気付かなかった。 「ジェームズもリリーも、ルーピンもシリウスもセブルスも──ペティグリューでさえ。 何をしようと、どうなろうと、彼らは私の友人だよ、ハグリッド」 「マリー……」 ハグリッドは少し肩を落として小さく呟いた。 ほとんどの生徒が列車に乗り込み、ホームの人の流れは緩やかになり初めている。 「シリウスのやつ、あんな場所にいながらマトモでいやがった。 受け答えもしっかりしてて……」 「そうか──なぁ、ハグリッド」 マリーの碧眼が遠くに見えるホグワーツの城を見上げた。 「真実とは、時に虚実となる。 ハリーが知るなら、真の真実であって欲しいな」 マリーの横顔を見つめていたハグリッドは小さく唸った。 「俺は難しい事はわからねぇが、出来ればハリーが悲しまねぇといい」 「そうだな……」 マリーは俯いた後、顔をあげた。 「そろそろ行くよ。またね、ハグリッド」 「おう。また新学期でな」 ハグリッドに軽く手を振って歩き出す。 マリーは長い溜め息を吐いて照り付ける太陽を見上げた。 「冤罪ってのは、難しいなぁ………なぁ、シリウス」 久しく太陽など見ていないであろう旧友に独り言のように語りかけ、マリーは自嘲気味に口の端を歪めた。 「マリー!」 乗り口から手を振るハリー達にマリーは視線を向けて、小さく笑った。 早く早くと手を引かれ、ウィーズリー兄弟とハリー、ハーマイオニーが独占するコンパートメントに押し込められる。 騒がしい双子に笑い声が止むことはない。 走る景色を眺めながら、あの家にどちらが早く着くのだろうかと、マリーはぼんやりと考えた。 ボストンカバンを持つ手と逆の手に、家へ鍵を握り締めながら家路を急ぐ。 排水が流れ込む川の脇の寂れた通りを抜けて、スピナーズ・エンドにある二人の家へとたどり着いた。 鍵を鍵穴に差し込もうとして、止める。 ドアノブを回すと、思った通り鍵はすでに空いていた。 軋む音をなるべく殺して、静かに開け覗いた家の中からは微かな生活音が聞こえてくる。 ふと、音が止まり奥の部屋から覗いた顔が微かに笑った。 「おかえり」 「ただいま」 END (秘密の部屋編・完結:090426 |再加筆:191025)