崩れ落ちた岩の壁の隙間から、ロンがあげている声が聞こえて、ハリーは足を速めながら叫んだ。 その後ろをジニーを支えながら歩くマリーが続いた。 「ローン!」 「ハリー!」 岩がズレ動く音と共にロンの声が響く。 「ジニーは無事だ、ここにいるよ!」 岩の間に作ったかなり大きな隙間の向こうから、ロンが歓声をあげていた。 「ジニー!」 ロンが隙間から腕を伸ばして、ジニーを最初に引っ張った。 「生きてたか!夢じゃないだろうな!」 ロンは泣きじゃくるジニーに笑いかけた。 「とにかく、ジニー、もう大丈夫だよ。もう終わったんだ。 ──ところでハリー、あの鳥、どっから来たんだい?」 ジニーの後から隙間を抜けたフォークスを見上げながらロンが言った。 「ダンブルドアの鳥だ」 ハリーが狭い隙間を抜けながら答えた。 「ダンブルドアの? それに、どうして剣なんか?」 「ここを出てから説明するよ」 ハリーは狭い穴からマリーを引っ張り出しながら答えた。 ハリーはジニーをちらっ横目で見ながら、誰が秘密の部屋を開けたのかを、今ロンに話すのは好ましくないと思ったし、いずれにしても、ジニーの前では言わない方がよいと考えたからだ。 「うわ、マリー! えらくボロボロじゃないか!?」 「それも後でね……」 マリーは引き裂かれて露わになった素肌の肩を隠すように、背中のローブを前に引っ張りながら答えた。 そのローブが血でドロドロと汚れていたので、その手が真っ赤に染まりマリーは小さく顔を顰めた。 (これは報告に行く前に、着替えた方がいいな) 今の恰好にすごい表情をしそうな人物を思い浮かべ、マリーは小さく溜め息を吐いた。 「ロックハートはどこ?」 「あっちの方だ」 ロンはニヤッとしてトンネルからパイプへと向かう道筋を顎でしゃくった。 「調子が悪くてね、見てごらん」 パイプの出口のところまで引き返した4人は、鼻歌を歌いながら待っていたロックハートに出迎えられた 「記憶をなくしてる。 “忘却術”が逆噴射して、僕たちじゃなく自分にかかっちゃったんだ。 自分が誰なのか、今どこにいるのか、僕たちが誰なのか、ちんぷんかんぷんさ。 ここで待っているように言ったんだ、この状態で置いて置くと怪我したりして危ないからね」 「やぁ、先程のマジシャンさん! ここはなんだかかわったところですね」 そう言ってわらうロックハートをまじまじと見つめて、マリーは「いや」と小さく呟いた。 「杖が折れていたせいか、術自体も不完全でこんがらがってるな。 治すには手間がかかりそうだな」 「自業自得じゃない、この人の場合はね」 ハリーはそう言って屈むと、上に伸びる長く暗いパイプを見上げた。 「どうやって上まで戻るか、考えてた?」 パイプから顔を出したハリーが聞いた。 ロンは首を横に振った。 「マリーさんは?」 「それなら──……」 答えかけたマリーの前をフォークスがスーッと飛んできて、ハリーの前に先回りをして羽をパタパタ言わせた。 ビーズのような目が闇に明るく輝かせ、長い金色の尾羽を振っている。 ハリーはポカンとしてフォークスを見た。 「それなら、フォークスが適任じゃないかな」 マリーは笑み混じりに言ったが、ロンは困惑した顔をした。 「でも、鳥が引っ張りあげるには、一人ずつだとしても重過ぎるないか?」 「フォークスは、普通の鳥じゃない」 ハリーははっとしてマリーを見た。 マリーは頷くことでその視線に答えた。 「みんな手を繋いで、ロン、ジニーはロンの手に。 マリーはジニーの開いてる方の手に、ロックハート先生は──」 「君の事だよ」 ハリーとジニーと手を繋いだロンが、強い口調でロックハートに言った。 「先生は、マリーさんの手につかまって」 ハリーは剣と組分け帽子をベルトに挟んでから、フォークスの不思議に熱い尾羽を掴んだ。 全身が異常に軽くなったような気がした。 次の瞬間、ヒューッと風をきって5人は跳び上がった。 ぐんぐんと上を目指しながら、下の方をぶら下がっているロックハートが「すごい!まるで魔法のようだ!」と驚く声が聞こえてきていた。 ごく短いフライトはあっと言う間に終わり、5人はトイレの湿った床に着地した。 そのすぐ後ろでパイプを長年隠していた手洗い台がするすると元の位置に戻った。 マートルがまじまじとマリーの血まみれの恰好を見て呟いた。 「生きてるの?」 「なんとかね」 マリーは苦く笑いながら答えた。 「生きてるの?」 マートルはハリーに言った。 「そんなにがっかりした声ださなくてもいいじゃないか」 ハリーは眼鏡についた血やベトベトを拭いながら、真顔で言った。 「私、ちょうど考えてたの。 もしあんたが死んだら、トイレに一緒に住んでもらったら嬉しいって」 マートルが頬を染めた。 「マートル、同居人捜す前に成仏したら?」 「もう! うるさいわね、あんた!」 マリーの微妙にずれたツッコミに怒ったマートルに急かされて、5人はトイレから出た。 「うへー!ハリー、#マートル#は君に熱をあげてるぜ!」 ロンの言葉に微妙な表情をしつつ、ハリーは金色の光を放って廊下を先導するように飛んでいくフォークスを見た。 「さぁ、どこへ行く?」 「とにかく、マクゴナガル先生のところに行こう。 心配してるだろうし……」 フォークスの先導に従い歩く4人の後ろで、着替える暇などないかとマリーは苦い表情で深い溜め息を吐いた。 これ以上待たせるのも、ある意味反応が不安だ。 ハリーが開いた扉の向こう、待っていた人物にマリーは小さく笑った。 「おかえりなさい──ダンブルドア先生」 無事に帰ってきた娘に飛び付いて抱きしめたウィーズリー親子の向こう、暖炉の側にマクゴナガルと並んでたってい、ダンブルドアはにっこりと笑った。 促されるままハリーが部屋にいる全員に、今夜の出来事を一部始終話し出した。 全員がそれに魅せられたように聞きいるなか、マリーは壁際の椅子に疲れた体を沈めるように座っていた。 フォークスの涙のおかげで傷と毒は消されたが、失われた血はそのままだ。 固まった血でゴワゴワするローブの鉄臭さに包まれて、マリーは黙って話が終わるのを待った。 説明を終えるとダンブルドアはジニーに医務室で休むように言った。 ダンブルドアはキラキラとした目でマリーを見た。 「マリー、君は医務室に行くような怪我はあるかな?」 突然呼び掛けられた自分の名前にマリーは顔をあげた。 「いえ、大丈夫です」 「なら今少しここで、話を聞いて貰ってもいいかの?」 ダンブルドアの言葉にマリーは頷いた。 「マダム・ポンフリーはまだ起きておる。 マンドレイクのジュースをみんなに飲ませたところでな──きっと、バジリスクの犠牲者達が、今にも目を覚ますじゃろう」 ウィーズリー夫妻がジニーを連れて部屋を出て言った。 「のう、ミネルバ」 ダンブルドアがマクゴナガルに向かって感慨深げに話しかけた。 「これは一つ、盛大に祝宴を催す価値があると思うんじゃが。 キッチンにその事を知らせに行ってくれまいか?」 「わかりました」 マクゴナガルはキビキビと答えドアに向かった。 「ポッターとウィーズリーの処置は先生にお任せしてよろしいですね?」 「もちろんじゃ」 ダンブルドアが答えた。 「スネイプ教授に、貴女の無事をお伝えしてもよろしいですね?」 「あまりよろしくない状態ですが、お願いします……」 幾分顔色の悪くマリーは顔を引き攣らせながら頷いた。 「わしの記憶では、君達がこれ以上校則を破ったら、二人を退校処分にせざるをえないと言ったが」 ダンブルドアの言葉に、ロンは恐怖のためか口がぱっくり開いた。 「どうやら誰にでも誤ちはあるものじゃな。わしも前言撤回じゃ」 ダンブルドアは微笑んでいる。 「二人とも『ホグワーツ特別功労賞』が授与される。 それに──そうじゃな、ウム、一人につき200点ずつグリフィンドールに与えよう」 ロンとハリーは顔を見合わせた。 その表情は明るいピンク色に染まっていて、ロンは口も閉じた。 「しかし──ギルデロイ、随分と控え目じゃな、どうした?」 ハリーとロンはドキリとした。 ロックハートの事をすっかりと忘れていたのだ。 ロックハートは椅子に座るマリーの横で、曖昧な微笑みをダンブルドアに向けてから、自分の肩ごしに誰が呼び掛けられているのか振り返って見ようとしていた。 「ダンブルドア先生、事故があって、ロックハート先生は──」 ロンが急いで言った。 「『忘却術』をかけようとして、杖が逆噴射したんです」 ロンは静かにダンブルドアに説明した。 ダンブルドアは「なんと…」と呻くように呟き首を振り、長い銀色の口髭を小刻みに震わした。 「自らの剣に貫かれたか、ギルデロイ!」 「剣…? 剣なんか持っていませんよ」 ロックハートがぼんやり言った。 「ロックハート先生も医務室に連れて行ってくれんかね?」 ダンブルドアがロンに頼んだ。 「わしは、ハリー達とちょっと話したいことがある……」 ロンとロックハートも部屋を出て行くと、ダンブルドアは暖炉そばの椅子に腰掛けた。 ハリーは座るよう促され、固い動きでダンブルドアの隣の椅子に腰を下ろした。 「マリーもこちらにおいで」 マリーは自分の今のドロドロな状態に躊躇ったが、ダンブルドアの笑顔に諦めて腰をあげ、ハリーの隣に座った。 「まずは、ハリー、お礼を言おう。 秘密の部屋で、君はわしに真の信頼を示してくれたに違いない。 そうでなければ、君の元にフォークスは呼び寄せられなかったはずじゃ」 ダンブルドアは膝の上で羽を休めているフォークスを撫ぜた。 その姿は主のようやく帰りに安心仕切っているようにマリーには見えた。 「それで、君はリドルにあったわけじゃが……。 たぶん、君に並々ならぬ関心を示したことじゃろうか」 ダンブルドアは考え深げに言った。 ハリーはしばらく黙っていたあと重い口を開いた。 「ダンブルドア先生………リドルは、僕と彼は似ていると言ったんです。 不思議に似通っているって……」 「そんなことを?」 ダンブルドアは思慮深い目をハリーに向けた。 「それで、ハリー、君はどう思うかね?」 「僕は似てるとは思いません!」 ハリーは叫ぶように言葉を吐き出した。 「だって、僕は──グリフィンドール生です、でも……組分け帽子が言ったんです。 僕はスリザリンでも、うまくやっていけただろうにって。 みんなは、僕をスリザリンの継承者だと思っていました……蛇語が話せるから……」 ハリーは口を噤んだ。 「ハリー」 マリーが穏やかな声で呼び掛けた。 ハリーを振り返ってマリーを見る。 「君が蛇語を話せるのは、ヴォールデモートにその傷を負わされたせいだ。 あの夜、奴は不本意であろうが、自分の力の一部を君に移してしまったんだ」 「ヴォールデモートの一部が僕に……?」 「だから──私と君の傷が、奴に近づく度に痛むのは、片割れを捜す移された一部が求め合うからかもしれない……」 ハリーはその事実に絶望的な表情を浮かべた。 「それじゃ、僕はスリザリンに入るべきなんだ」 「ハリー、よくお聞き」 ダンブルドアは静かに言った。 「組分け帽子は君をグリフィンドールに入れた。 君はその理由を知っておる、考えてごらん?」 ハリーはぽつぽつと言った。 「僕が、スリザリンに、入れないでって頼んだから……」 「その通り」 ダンブルドアはにっこりと笑った。 「ハリー、自分が何者かを示すのは、持っている能力ではなく、自分がどのような選択をするかということなんじゃよ」 ハリーは呆然と、身動きせずに椅子に座っていた。 「まぁ……その証拠を目に見えて欲しいというなら。 ハリー、これをよく見て?」 マリーはいつの間にか引き寄せた銀の剣をハリーに渡した。 ハリーは血に染まったそれをぼんやり裏返した。 ルビーがそれに合わせ、暖炉の光で煌めく。 その時、唾のすぐ下に名前が刻まれているのが目に入った。 ──ゴドリック・グリフィンドール── 「真のグリフィンドール生だけが、帽子から、思いもかけないこの剣を取り出してみせることが出来る。 ──言っただろう?」 そう言って微かに笑ったマリーに、ハリーは剣を見つめたまましばし無言だった。 ダンブルドアは引き出しを開け、羽ペンとインク壷を取り出した。 「ハリー、君には食事と睡眠が必要じゃ。お祝いの宴に行くがよい。 わしはアズカバンに手紙を書く──森番を返してもらわねばのう。 それに、『日刊預言者新聞』に出す広告を書かねば」 ダンブルドアは考え深げに言葉を続けた。 「『防衛術』の新しい先生が必要じゃ。 なんとまぁ、またまたこの学科の先生がいなくなってしもうた」 「先生。次は愉快な人柄で選ぶのではなく、ちゃんと能力を見て下さいよ」 マリーの力のない声に、ダンブルドアはキラキラと目を輝かせた。 「来年こそ、マリーはどうじゃ?」 「婚約者殿が狙うポストに先に就くのは角がたちますから、勘弁して下さい………」 そう苦く笑いながらマリーは肩を竦めた。 「さて──、お客様はいつこちらに?」 「なぁに、すぐじゃろう」 意味深に合わせられたダンブルドアとマリーの視線に、ハリーは首を傾げた。 途端、ドアが勢いよく開き、壁に当たって跳ね返った。 「今晩は、ルシウス」 ダンブルドアが機嫌よく挨拶した。 ドアの向こうに、ルシウス・マルフォイが怒りを剥き出しに立っていた。 その足元に、包帯でぐるぐる巻きになって縮こまってドビーがいた。 ルシウス・マルフォイは、さっとローブを翻し部屋の中に入ってきた。 その後ろを這いつくばるようにしてドビーがついて行く様を呆然と見つめていたハリーは、隣に座っているマリーが微かな冷笑を浮かべている事にぞっとした。 見た事もない、冷たい表情だった。 「それで!」 ルシウスはダンブルドアを冷たい目で見据えた。 「お帰りになったわけだ。 理事達が停職処分を下したというのに、まだ自分がホグワーツにいるに相応しいとお考えのようだ」 ダンブルドアは静かに微笑んでいる。 「はて、さて、ルシウスよ。今日、君以外の理事達がわしに連絡をくれた。 ──正直なところ、まるでフクロウの土砂降りにあったかのようじゃった。 アーサー・ウィーズリーの娘が殺され、さらにはガブリエル・カウンシルまでもが秘密の部屋に消えたと聞いて、理事達がわしに、すぐに戻って欲しいと頼んできた。 結局、この仕事に1番向いているのはこのわしだと思ったらしいのう」 ルシウスは冷笑を浮かべているマリーを一瞬睨み付けると、またダンブルドアを睨んだ。 「奇妙な話をみんなが聞かせてくれての。 もともとわしを停職処分にしたくはなかったが、それに同意しなければ、家族を呪ってやるとあなたに脅された、と考えておる理事が何人かいるようじゃ」 マルフォイの青白い顔が一層蒼白になった。 しかし、その細い目はまだ怒り狂っていた。 「顔色が随分悪いようだが──ミスター・マルフォイ?」 くつくつと喉を震わせ笑ったマリーは隻眼で、ルシウスを睨んだ。 ルシウスは何かいいたげに口の端をひくつかせた後、無理矢理嘲りを貼付けた。 「すると──彼女が、襲撃をやめさせたとでも?」 ルシウスが嘲るように言った。 「犯人を捕まえたのかね、ガブリエル?」 「えぇ」 「それで?誰なのかね?」 ルシウスが鋭く言った。 「同じですよ」 「何?」 マリーがせせら笑った。 「前回と同じ人物じゃよ、ルシウス。 しかし、今回、ヴォールデモート卿は他の者を使って行動した──この日記を利用してのう」 ダンブルドアは真ん中に大きな穴の開いた、リドルの日記をルシウスの前に見せた。 「なるほど……」 ルシウスはしばらく間を置いてから言った。 「狡猾な計画じゃ」 ダンブルドアはルシウスの目をまっすぐに見つめ続けながら、抑揚の抑えた声で続けた。 「なぜなら、もし、このハリーが──」 ルシウスはハリーにちらりと鋭い視線を投げた。 「友人のロンとともに、この日記を見つけておらなかったら──ジニー・ウィーズリーがすべての責めを負うことになったかもしれにん。 ジニー・ウィーズリーが自分の意思で行動したのではないと、いったい誰が証明できようか……」 ルシウスの顔は能面のようで、ダンブルドアが話している間無言だった。 「そうすれば」 マリーが言葉を続けた。 「いったい何がおこっただろうな? ウィーズリー家は純血の一族の中でも最も著名な一族の一つだ。 そのうえアーサー・ウィーズリーと、その手によって出来た『マグル保護法』に、どんな影響を与えることになるのか──貴殿にはたやすく想像できよう?」 「──……」 マリーの隻眼は鋭い光をもってルシウスを睨んでいた。 「我が子がマグル出身者を襲い──殺し、それが明るみにでれば、どうなっていたか……。 しかし、幸いなことに、日記は発見され。T・M・リドル、否、ヴォールデモートの記憶は消し去られた」 ルシウスは無理矢理口を開いた。 「それは幸運な」 「あぁ。ウィーズリー家にとっては、な」 意味深にそう言ってマリーは口の端を歪めた。 「さて、ミスター・マルフォイ。 ウィーズリーのご息女がどうやって手に入れたのか、ご存知かな?」 「馬鹿な小娘がどうやって日記を手に入れたか、私が何故知っていると言うのだ?」 ルシウスはマリーに歯を剥いて食ってかかった。 「おや、そうでしたか。では真実を知っているのはハリーだけのようだ」 「なに?」 突然振られた話にハリーは驚いたが、慌てて答えた。 「貴方が日記をジニーに与えたからです。フローリシュ・アンド・ブロッツ書店で。 ジニーの古い『変身術』の教科書を拾いあげて、その中に日記を滑り込ませた──そうでしょう?」 ルシウスの蒼白になった両手がギュッと握られ、また開かれた。 「何を証拠に」 食いしばった歯の間からルシウスが唸った。 「あぁ、誰も証明はできないだろう」 ダンブルドアはハリーの方に微笑みながら言った。 「リドルが日記から消え去った今となっては。 しかし、ルシウス──忠告しておこう」 ダンブルドアは微かな炎を瞳の中に揺らめかせルシウスを見た。 「ヴォールデモート卿の昔の学用品をバラまくのはもうやめにすることしゃ。 もし、またその類の物が、罪もない人の手渡るようなことがあれば。 誰よりもまずアーサー・ウィーズリーが、その入手先を貴方だと突き止めるじゃろう……」 ルシウスが一瞬立ちすくんだ。 杖を今にもダンブルドアに向けたくて仕方がないように、右手がぴくぴくと動いていた。 ルシウスはしもべ妖精のほうを睨んだ。 「ドビー、帰るぞ!」 ルシウスはドアをこじ開け、ドビーが慌ててマルフォイのそばまでやってくると、ドアの向こうまでドビーを蹴飛ばした。 「あぁ、ルシウス・マルフォイ──」 部屋を出ていこうとしたルシウスの背中に、マリーはふと思い出したように声をかけた。 「君のご子息にも言ったんだが──私の大事なモノにこれ以上、手出しするようなら。 容赦なく、最高の《言霊》をかけよう。気をつけたまえ?」 嘲笑うマリーの表情に、ルシウスは激昂したようにさらに顔を青くさせたが、ドビーをまた蹴り抑えたようだ。 「ふん──この程度で、本性をだすとは」 「虐め過ぎるものではないよ、マリー」 廊下からドビーの痛々しい悲鳴が部屋まで聞こえて来た。 ハリーは、椅子から立ち上がると一瞬の思惟の後、「ダンブルドア先生」と言った。 「その日記をマルフォイさんに、お返ししてもよろしいでしょうか?」 「よいとも、ハリー」 ダンブルドアは手にしていた日記をハリーに手渡した。 「ただし、急ぐがよい。宴会じゃ、忘れるでないぞ」 ハリーは日記を掴むと部屋を飛び出した。 マリーは椅子に深く座り耳をすますように瞼を伏せていた。 ドビーの苦痛の悲鳴が遠のきつつある。 足音が遠ざかり、止まり──そして大きな音の後、何かがもんどり打って転げ落ちる音が聞こえたマリーは小さく笑い声をあげた。 「おもしろいことを考えましたね、ハリー」 「父親に似て、機転のきく子じゃの」 ダンブルドアは愉快そうに肩を震わせた。 「あれが転げる様は、実際に見たいものですが──」 マリーは荒々しく近づいてくる足音に目を開け緩く笑い、ドアの方を振り返った。 「私も、迎えが来たようです……」 その言葉に、ダンブルドアも穏やかに笑った。 先程に似た勢いでドアが開くまであと数秒。