リアンノンの鳥が鳴く──その鳥が運ぶのは永遠の眠りと、復活の目覚め。 人の悲鳴に似た鳥の声がざわざわと騒いでいる。また、誰かが永遠へと導かれた。 ハッと、詰めていた息を吐き出して、マリーはソファーの上で目を醒ました。 微かに乱れた息を整えながら、生々しい夢で痛み存在を訴える瞼の古傷を押さえた。 額に滲んだ、玉のような汗が伝い落ちる。 衝撃に見開いたままだった目をゆっくりと閉じ、深い息を吐いた。 片手で右目を押さえながら、マリーがソファーから体を起こすと、かけていた毛布の隙間から本が数冊零れ落ちた。 ぱちり、ぱちりと暖炉の燃え滓が軋む音が、一人っきりの部屋に響く。 帰って来た小さな隠遁生活の為のこの部屋は以前と変わらず、時の流れが現世とズレを生じさせ窓の外はこんこんと白い雪が降り続いている。 マリーは身動ぎしてソファーの背に寄り掛かりながら、再び深い息を吐いた。 夢のせいか、耳鳴りのように鳴き声と悲鳴、それから冷たい嘲笑が響く。 見た夢を思い出そうとせずとも、まるで映写機のように映像が脳内で繰り返される──暗い部屋には、ペティグリューと蛇とヴォルデモート──マリーは耳に残るヴォルデモートの冷たい甲高い声を思い出し、胃の腑に氷の塊を詰め込まれたような悪寒に体を震わせた。 「くそ……っ」 マリーは似合わぬスラングで悪態を吐く。 自身とヴォルデモートには、ハリーと動揺の呪いによる一種の“絆”がつながっている事を、ありありと見せつけられるような夢だった。 「マリー……?」 キィと小さな軋みを上げて開いたドアに、マリーははっと顔をあげた。 「すまない──シリウス、起こしてしまった?」 「いや、アズカバンに行ってから眠りがひどく浅いんだ……うなされていたようだが、大丈夫か?」 マリーの座るソファーに歩みよってくるシリウスに、マリーは曖昧に笑って、大丈夫だと答えた。 ホグワーツからの逃走を成功させ南へと逃げていたシリウスを呼び戻したのは、夏休みに入りこの部屋に戻ってすぐだった。 この部屋はマリーとダンブルドアしか知らない場所であり、彼にとってもいい隠れ家であること。 そして、何かあった場合すぐにハリーの元へ駆け付けられることもあり、彼はこの家へとやって来た。 奇妙な同居を初めてから大分経つが、相変わらずシリウスの顔色はアズカバンから出て来たばかりのそれと変わりがない。 そこに、自分への心配の色をさらに塗り重ねてしまうのは申し訳ないと感じていた。 「何時ものように、夢見が悪かったんだ……」 出来るだけ軽い口調で話ながら、ようやく浮き出た傷が消えたのを指で確認しながら安心する。 「また、姉の恨み言か?」 「いや──……」 言いかけてマリーは口を噤んだ。 ヴォルデモートの今の姿を見たとは、告げるべきではない気がした。 シリウスは困ったような表情でマリーを見下ろした後、努めて明るい声で「何か飲むか?」と言った。 それに頷きいて返しながら、暖炉の上のポットに手を伸ばすシリウスを見る。 自分の傷が痛んだとしたら、同じ時に傷をおった彼もまた同じ事ではないのだろうか──あの十二年前の夜、ヴォルデモートから同じく呪いを受けたハリーも。 両親の愛に守られ、ヴォルデモートの死の呪文を弾き返したハリー。 姉の憎悪に満ちた呪いを、死に際したヴォルデモートの不完全な呪いで救われ生かされた自分。 同じ傷跡を持ちながらも、その傷が持つ意味は真逆だ。 シュンシュンと蒸気をあげ始めるポットをぼんやりと見つめながら、未だ痛む瞼を撫ぜた。 そろそろか、と口の中で小さく言葉を転がす。 鳴き声は──近い。 浮かんだ人物の顔を掻き消すように、マリーは目を閉じた。 忘れさせて、自らその繋がりを絶ったというのに、未だに心を占める彼の大きさに、マリーの口元は悲しげに歪められた。 リアンノンの歌う鳥は、生者を深い眠りへと誘い、死者を目覚めさせる──。