その任務が彼に下されたのは、星も出ていない新月の晩だった。 任務明けの自身を呼び出した上司である独立暗殺部隊のボス──ザンザスは、いつものように豪奢な椅子に踏ん反り返っている。 それが厭味に見えない、寧ろ彼にこそ相応しいと言わんばかりの威圧感をもって、ザンザスはそこ存在していた。 それを目の前に、慣れのせいか気にする風もなく彼から渡された書類に目を通していたスクアーロは、ある一文を読んで顔を顰めた。 「ゔぉおい、なんだこりゃあ」 「新しい任務だ。見ればわかるだろうが」 馬鹿でも見る様な目でこちらを見上げてくるザンザスに心中毒づきながら──痛い目を見る事になるので口には出す真似はしない──スクアーロはその黒い手袋で覆われた指で紙面を弾いた。 「ヴァリアーのやる事は暗殺だろうが。なんだって監視なんかしなきゃならねぇんだ。 邪魔なら邪魔で、さっさと消しちまえばいいだろぉ?」 いつもならそうするじゃねぇかと、スクアーロは書類の重要部分を指してザンザスに突きつける。 スクアーロがそう言うのも無理はない。 本部から回されたその任務内容は、独立暗殺部隊が遂行するものにしては場違いとも思える──『動向を調査し、我がファミリーに害をなす場合のみ排除せよ』というものだった。 目の前に差し出された書類に視線をわざわざやる事もなく、わかってると言わんばかりにザンザスは鼻で笑った。 「9代目がそう言ってんだ、今は従っておけ」 ザンザスは不機嫌そうにそれだけ言い放った。 いつもより深く刻まれた眉間のシワは、彼もまたこの任務に違和感を持っている事を示していた。 スクアーロは溜め息を一つつくと、諦めた様にその書類をコートのポケットに捩じ込む。 それを承諾の証と取ったのか、ザンザスは椅子に座ったままスクアーロを見上げて鷹揚に口を開いた。 「任務はお前一人でやれ」 「おう」 「長引きそうなら、難癖つけて消せば良い」 「ゔぉぉおい!!それなら始めから殺ったっていいじゃねぇか!!」 「建前だ」 さらりと言ってのけザンザスは流し目一つで“早々にここから失せろ”と言われ、思わず顔を顰めるとすぐさま文鎮が飛んで来て見事にスクアーロの顔面にぶつかった。 「?!痛ってぇな!なにしやがる!!」 固い文鎮が当たったせいで溢れた鼻血を手で押さえながらザンザスを睨めば、仕事用のデスクに足を組んで上げたままザンザスはいつもの無表情で言い放った。 「しくじるな」 「──……わかってる」 言い放たれたその言葉に短く返すと、スクアーロはこれ以上痛い目を見る前に退室した。 大きなドアを背にスクアーロは小さく溜め息を吐く。 最後に放たれた言葉は、どっちの意味か──。 9代目にバレない様に早めに片をつけろという意味か、はたまた相手が優秀な殺し屋だから気を抜くなという意味か。 スクアーロはぐいっと流れ出る鼻血を手の甲で拭いながら、コートのポケットから先程の書類を引っ張り出した。少しシワのよったそれには、標的の数少ない情報と名前が書かれている。 「アグリ、か……」 小さくその名前を反芻してみた後、スクアーロはそれを再びポケットに押し込めた。 兎にも角にも──自分が、面倒な仕事を押し付けられた事だけは確かだ。