「悪ぃな。弱い女は、苦手なんだ」 すごいタイミングの良さで自分とこの隊長の告白現場に出会してしまった。朝っぱらから、縁起の悪いこと。 不愉快さを隠しもせず唇を歪めて、咥えていた煙草の紫煙が自分の存在を教えないようにブーツの底で火元を押し潰す。 まぁ、どうせ、いるのはバレているとは思うけど。これだから覇気使いは。 相手のものだろう走り去る軽い足音を聞きながら、案外呆気なく終わるものだなと思いつつ新しい煙草を咥え──る前に、横から伸びた手が掠め取っていった。 「盗み聞きとは、いい趣味してるねい」 愉快そうな声が耳朶を擽る。 顔を上げれば、先程の告白劇を演じたマルコが、こちらを見下ろしてにやついていた。 「人のもんを盗るのも、いい趣味じゃないですか“隊長殿”」 此方の嫌味など無視して、「火」とぞんざいに呟いて並ぶように隣に腰を落ち着ける。 差し出したライターに煙草の先を近付けて火を点すと、深く吸い込んだ息を紫煙ごと吐き出した。 相変わらず、旨そうに煙草をたしなむ男である。 この男──マルコとは若い時分、親父に惚れ込んで船に乗るちょっと前からの腐れ縁だ。 しかし、隣に並んでいたはずの男は何時の間にか隊長になってしまうのだから面白くはない。 思い返した苛立ちを誤魔化すように新しく出した煙草に火をつけ、薄く開いた唇から紫煙を吐き出しながら、前髪をかき揚げる。 ふと感じた視線に振り返れば、隊長殿の視線がぶっすり刺さっていた。 「何、」 「ジーナ、お前また強くなっただろい」 ぽつりと溢された言葉に思わず片方の眉を跳ね上げる。 「当たり前だろ、弱かったら戻って来ていないよ」 ついこの間まで、ジーナは親父のお使いで船を離れていた。 親父のお使いは新世界のずっと奥──強いやつなどごまんといるそこに、四皇・ビッグマムに話をつけに行ってきたのだ。 簡単な使いっぱしりではないため、古株でありながら隊長位にもついていなかった自分が選ばれたのである。 名誉あることだが船を離れた期間は長く、戻った船は知らない顔も増え少し居心地が悪い。 そういば、昔から女にモテるこの男のこういった場面はたびたび目にしていたが、不意に先程のような断り方をしていただろうかと疑問に思った。 以前は、結構な頻度でお誘いを受けていた記憶があったのだが。 「ていうかさ、マルコ。アンタいつもあーやって女フルの?」 「あぁ。最近はな」 「馬鹿なの?女なんて、男に比べたらみんな弱いんだよ」 「お前は強いじゃねぇかい」 もう一度、馬鹿かと吐き捨てる。 「アンタさ……。昔馴染みだからって、私基準で女の強さ見るんじゃないよ。 私基準にしたら、あんたの合格ライン越えれるのベティくらいじゃない」 そう言ってやれば、男は不思議そうに首を傾げた。 「惚れた女を基準に当たり前じゃねぇかよい」 「──はぁ?」 「ベティはなぁ、強いが他のところでアウトだない」 ぼんやりと呟く男を目を見開いて凝視する──この男、今なんと言った? 「ちょっと、マル──」 「大体よい」 「え、うん」 横目で睨まれ、つい口を噤む。 「お前帰って来てからしばらくたつが、約束はいつ守ってくれるんだ?」 「は?」 約束──身に覚えのない単語にぽかんと間抜け面をさらすこちらに、凶悪に顔が顰められる。 「えーと、ごめん?なんか約束して、たっ、け……?」 遂には額に青筋さえも浮かべだした男の覇気に、思わず背中に冷たい汗が伝う。ちょ、なんなの。 咥えていた煙草を離し、ズイッと距離を摘めてきたマルコに思わずのけ反るも直ぐに背中は壁にぶつかり、男の鼻先が自分のそれに触れる。 近い、近すぎる距離だ。 「お前が、使いに出る前の晩」 動く唇が余りに近すぎて思わず顎を引く。 「見送りって盛大に宴をやっただろい」 「──あぁ、それはうん」 「その時──“無事に帰ってこれて、お前がフリーだったら嫁に貰ってやるよ”と言ったのは──誰だったかねぃ?」 剣呑な光を宿す瞳に、ゴクリと喉が鳴る。 「──マルコ、さん?」 「お前だよぃ!!」 「えー……」 全くもって覚えていない。それもそのはず、翌日二日酔いでぐでんぐでんのまま出航するという最悪な初日だったのだ。覚えているわけがない。 「あー……」 鬼の形相から逃れるように視線を反らす。 というか泥酔した自分よ、なんでそう胸の奥にしまっていた気持ちをさらりと言っちまったのかね。 こーいうのを若気の至りと言うのかと頭を抱えて深い溜め息をついてから顔をあげる。 「ごめん、やっぱり言ったの覚えてない」 「──っ」 瞬間傷付いたような顔をした男に、「だから」と言葉を続けた。 「言い直すよ、マルコ。 あんたまだ一人で、私で良いってんなら、嫁に来な」 我ながら、男らしい物言いに心中がっかりしながら反応を待つ。 「なんで、お前はそう──……」 じわじわと赤く熟していく南国フルーツに、微かにジーナは目を見開く。 「マ、マルコ?」 恐る恐ると呼んだ名にびくりと男の肩が震えた。 なにその乙女な反応、びっくりするんですけど。 「嫌だったら、待ってるわけねぇだろいっ!」 耳まで赤くして吠えたマルコの声に、なんだなんだと兄弟達がこちらを覗き見る。 ジーナは一つ目を瞬いて、ギャップ萌えってあるんだなぁと苦笑しながら火をつけたばかりの煙草の火をまたブーツの底で消した。 空いた手で男の首に腕を回して、にたりと笑いかける。 「なら、約束は守らないとねぇ」 「忘れてたくせに、随分態度がでけぇじゃねぇか…」 青い炎がはぜてマルコの手の煙草が消えた。 「“不死鳥”を嫁に貰うんだ、しっかり可愛がれよジーナ」 ほんと、実は可愛い奴だったんだねぇ、アンタ。 わっ!と周囲からあがった歓声と悲鳴に口の端をつり上げた。 (男前の“嫁”取り) 「あー親父に言わないと。長男坊、嫁に貰うって」 「2人で行くか、挨拶に」 2018.06.08