モビーに、我が愛しの親父殿の元に帰って来て1ヶ月。 出立前の酔っ払いの口約束の責任を果たすべく、長男坊を嫁に貰うことになった──。 まぁ、つい先日までの簡単なまとめである。 「それからさぁ、サッチ。何人の女が私にビンタ食らわせようとしたかわかる?」 あははと声をあげて笑いながら愉快な笑い話をすれば、サッチはノってくれるどころか苦虫を噛み潰した顔をしてくる。 「なんだよ兄弟、ノリがわるいなぁ」 「ばっ、ジーナ!!お前ぜんぜん笑えねぇだろ?!自分の男が一体、何股してたと思ってんだよ!」 「えっと、確かこんくらい」 指折り数えて付き出せば、膝から崩れ落ちた男のリーゼントの先が甲板について少し曲がっている。 「つまりは、船に乗ってる女が結構、奴の下半身に屈してるってことじゃねぇかぁああああっ!!!」 「兄弟……アンタ、そんなことばっか言うからモテないんだよ」 サッチはイイ奴なのに、こんな物言いするから女に嫌がられるのだ。残念なやつめ。 しかし、確かに嫁の手の早さにはジーナも驚いてはいた。 あの玉砕告白劇の前に、すでに彼女達はもう“お手付き”なのだと教えてくれたのは、三人目の女の子だった。 「ってかさ……あんましショック受けてないよね、ジーナってば」 「はァ?なんでショック受けんの?」 復活したらしいサッチの言葉にそう返すと、サッチが目をまん丸にして呆気にとられていた。 その様子にコテリと首を傾げる。 「えーと……ジーナは、マルコと付き合ってんだよね?嫁にするんだよね?」 「え、うん。ちゃんと親父にも誓ったし」 「なら……嫌な気持ちにならねぇの?」 「なんで」 沈黙。 はて、と今度は逆に首を傾げなにやら認識の違いがありそうなサッチの疑問に正直に答える事にした。 「だって私の嫁になる前の話だろ。全部。 そん時は別に私の男でもなんでもないんだから、とやかく言えないだろ」 ぱちりと丸い目を瞬いてから、妙な表情で苦々しく「そりゃそうだけど」と納得いかない様子のサッチに小さく息を吐く。 そういやコイツは、私があの男に想いを寄せていた事を知っている一人だった。 「まぁ……それに、溜まるもんは溜まるんだから仕方がないかなと思ってるし、特に嫌な気分になったりしないよ。 大体、いい歳こいたオッサンがマスかきばっかしてるわけにいかないでしょ」 懐から出した細巻きの煙草の箱をトンと叩いて一本取り出すと唇で咥えて引き抜く。 マッチを吸って火をつけて、煙を細く吐き出してから言葉を続ける。 「それにさ、海の男ってのは自由じゃないと。縛り付けたんじゃ、陸の男とかわりないし。 だから、別にあいつは自由に生きてんだから、それでいいんだよ」 まんまると目を見開いて聞いていたサッチが、肩の力を抜くように深い溜め息を吐いた。 「相変わらず、漢らしすぎんぜジーナはよぉ〜。男のこっちが立場ねぇぜ」 「はぁー?大体さー、この船に乗ってる女も女々しすぎんのよ。 一回抱かれたくらいで惚れた腫れたなんざ、この海の上でそうあるわけないでしょ?」 紫煙をゆくらしながら、あきれたと呟く。 「相手は港ごとに女をつくっててもおかしくない海の男だよ?そこらへん割り切んないと」 そりゃあ、自分の男が別の女相手にしてたら面白くないことではある。 だが、それは割り切らないといけないことだとこの長い生活で理解している。 「ベッドの上での愛してるなんざ、空気を盛り上げる戯れ言みたいにとらえて、自分もそうと心得ないとねぇ」 自分の場合、いわゆる思春期の頃に停泊中の街で出逢った色町の姐さん方に手ほどきをしてもらったから、その辺の感情の処理は実は得意だ。 伊達に長い事、かの男への片思いをこじらせてはいない。 「……そうなの?そう、なの…?だからあんな反応なの、マリアちゃああああん」 「え、どうしたのサッチ」 突然泣き出したサッチをなんとか宥めた後、親父殿から呼び出しを食らってしまった。 なんでだ。 そしてお前はどうして泣いてるんだ、マルコ。 「なぁ、ジーナ──別にどこの誰とも知らない女とヤろうと、海の男は自由だし好きにすればいいと相手にされず。 ヤキモチ妬いて欲しくていろいろヤったのに全然実にならねぇは、あつまさえ中々言ってくれない睦言を貰ったと浮かれていたら、ベッドの上ではノーカンじゃないかと言われて地獄を見させられた──と、お前ェんとこのが泣き付いてきたんだがよぉ」 落ちてくる耳の痛い小言に顔を上げられぬまま正座をするジーナを呆れた表情の親父が見下す。 ぐすぐすと泣いてるマルコは背中にへばりついたまま離れない。 先程の話を聞いていた上、なんつーことを親父に話してるんだと痛い頭を床に着ける勢いで頭を下げた。 「ご迷惑をおかけしました……」 (ちなみに男前は感情の処理が出来るだけで悋気がないとは言ってない)