家訓その一、家族と“関係”を持つには相手の了承があってから 家訓その二、体と心に傷を付けるような行為はしないこと 家訓その三、別れる際は今後の“家族関係”を考え、後腐れのないようきちんと清算すること 以上、それが守られない場合は── 「え、あの【家訓】ってジーナさんが考えたのか?」 エースは朝メシのおかずを口に盛大に含んだまま、思わず驚きの声を上げる。 隣に座るイゾウが横目でそれを睨んで「行儀悪いな」と小言を挟めば、エースは慌てて口を閉じた。 「そうさ、ジーナが“妹”達の事を考えてな。 お前も入ったばかりの頃は、口煩く教育係に言われただろ?」 既に食事を終えているビスタが食後の珈琲を楽しみながら愉快そうに口の端を歪める。 エースは口の中のものを飲み込んでから「あぁ!」と大きく頷いた。 「もうソラで言えるぜ」 「仕方がないさ、しっかり覚えさせて守らせねぇと──ああなるからな」 イゾウはしなやかな指でエースの反対隣で萎びけるパイナップル──もとい、マルコを指差す。 おおう……とエースは何とも言えない声を上げ、同時にぶり返す昨日の恐怖に肩を震わせた。 一番隊隊長を締め上げるジーナというのは、しばらくは語り草になりそうなほど衝撃的だった。 遠目で見ていたエースでさえ、思わずひゅんとなったほどだ。どこがって……言わせんなよ。 くつりくつりと喉を震わせて笑うイゾウの瞳は愉快そうに弧を描く。 「最後にあるとおり『それが守られない場合は、制裁を覚悟せよ』だ。 ジーナが立てた家訓は親父も認めているし、絶対的な効力を持っているから文句も言い訳もできないわなぁ」 「うるせぇよい……」 萎びけたパイナップルが、本当に力なく呻く無惨な姿にエースは同情がちに視線をやった。 マルコの女癖の悪さと言うか、来る者も去る者拒まず精神はもう周知なことなので特に気にしていなかったが、流石のエースでも昨晩のアレはないと思う。 明け透けというかなんというか、親父も目の前にいたのにもう少し言葉の選び方はなかったのか。 「お前も馬鹿正直に言うから、ジーナが怒るんだ。 もっと上手くやれるだろうお前は、他の女にはきちんとやってるくせに」 「ほっといてくれ……」 溜め息交じりのビスタの苦言に、マルコはテーブルにべったりなついたまま起き上がらない。 「大方、構って欲しくてやったんだろう?」 「……」 「昔っから、下手だねェ」 からかうイゾウの言葉に、マルコは益々萎びけた気がする。 畳み掛けるような小言の連携プレイであると、思いながらエースは朝食の最後の一口をかき込んだ。 マルコの項垂れる後頭部を見下ろしながら食事を終えると、フォークを空になった皿の上に起きながらエースは疑問を口にした。 「そういやジーナさん昨日は結局、どこで寝たんだ?」 昨晩、生きる屍と化したマルコを部屋に引きずっていったのはエースとサッチであったが、先に宴の場を離れたはずのジーナの姿は部屋にはなかったので、部屋のないジーナがどこで夜を明かしたのかエースは少し気になっていたのだ。 「散々暴れた後、オヤジに猫みたいに首根っこ捕まれて連れてかれたからオヤジの部屋だろ」 「ナースの部屋じゃなく?」 そう応えたイゾウに、ビスタは首を傾げる。 「……オヤジの部屋だよい」 ぽつりと落とされた回答に、視線がしなびけたマルコに集まった。 「何でお前が知ってんだ」 「朝、見に行った」 「……あぁ、それで萎びけてるわけだね」 イゾウは呆れた顔で頷いた。 ジーナの攻撃によるダメージは再生する不死鳥の能力のお陰で残らず回復していた──まぁ、メンタルダメージまでは無理だったようだが。 それでも早朝にエースが見た時は、もう少ししゃんとしていたのだから、あの後追加ダメージが来たのかもしれない。 とりあえず、親父と一緒なら安心だろうエースは納得することにした。あの大イビキで眠れたのかは、わからないが。 「しっかし……マルコをぶっ飛ばすとか、ジーナさんすげぇよなぁ」 「そりゃあそうだろ、あの子は二番隊隊長にとずっと推されていたほどの実力者だからな」 え、と声をあげて目を見開いて固まったエースに気付かず、ビスタは髭を撫で付けながら懐かしむように言う。 「あの子はなんだかんだで、マルコとサッチと同じくらい古参だからな。 2人が隊長についた少し後に空いた二番隊隊長席にあの子をつかせようって話になるのも自然だったよ」 「元の二番隊隊長も隊は違うがジーナのことを随分可愛がっていたし、後継者にと親父に押してたって話だぜ」 「あぁ、そんな話もあったなぁ」 「ジーナさんが………二番隊隊長に……」 ぽつりと呟かれた言葉の重さに振り返ったイゾウとビスタは、真面目な顔で俯きがちのエースに慌てたように補足をいれる。 「あ。あぁ、いや。本人が断ったし、オヤジも本人に意志がないのなら……と、そこで話は終わったんだ」 「隊長をするのをあの子嫌がってね。だから該当する人間もいなくてずっと欠番だったのさ」 「そうなのか」 ビスタの説明に、自分が隊長にと推された際に「長く欠番だった」と言われた理由がようやくわかった。 「でもなんで、断ったんだ?」 そこで辿り着く素朴な疑問に、イゾウとビスタは顔を見合わせてから温い何とも言えない笑みを浮かべた。 変なことを聞いてしまったのだろうか、と嫌な汗をかくエースをイゾウがくつりくつりと喉を震わせて笑う。 「ソレが心配だったからじゃないのかい」 ソレ、とイゾウの指がマルコを指す。 エースはきょとりと目を瞬いて「マルコが?」と怪訝そうに返した。 「なんだかんだ言っても、ジーナにとっては放っておけない相手なのさ」 イゾウの声にマルコの肩がぴくりと震える。ビスタはその様子を苦笑まじりに見やりながら口を開く。 「その話があった頃っていうのが、隊長についたばっかりのマルコも落ち着いてなくなぁ。 今のエース並にピリピリしていたんだ。ジーナがいなかったら仲間内であわや、なんてこともあっただろう」 「えぇ?!マルコが!?」 「だからマルコは尚更、ジーナには頭が上がらない」 驚いたように視線をやると見下ろす後頭部は、エースからそっぽを向くように僅かに動いていた。 よけいなこと言うない、とぼやくような小言が下から聞こえ来るが、2人は意地の悪そうな笑みでそれに答えない。マルコは分が悪いとわかってか最後に「よい」と小さく鳴いてから沈黙した。 散々からかった後で、ビスタが空いたカップをソーサーに戻しながら「そう言えば」と切り出した。 「マルコ、ちゃんと訂正するなら早めにな」 「?」 言葉の意図がよくわからなかったのか、ずりっと頭を動かして僅かに顔を上げたマルコと目を合わせながら、ビスタはその様子に呆れたように溜め息をついてから言った。 「昨日のあの様子では、お前が“フリー”だとは思っていないと思うぞ?」 その一言にがばりと勢い良く起き上がったマルコは、真っ青な顔でビスタを見つめていた。 エースが疑問符を飛ばす横で、イゾウが呆れたように「気付いてなかったのかい」とぼやいた。