「海賊白ひげ──船長のエドワード・ニューゲートとお見受け致す」 まだ子供特有のキーの高い声で放たれた真っ直ぐな言葉に、思わず足を止め振り返る。 棒っきれのように細い足で仁王立ちするその背に自分より小さい餓鬼を隠し、そいつは揺らぎない瞳でこちらを見上げ言った。 「私達を、船に乗せて下さい」 あの目を、きっと自分は忘れることはないだろうとニューゲートは今でも思っている。 とんだ拾い物をしましたな、と古参の船員がニューゲートを笑う。 うるせぇよ、と小さく吐き捨ててニューゲートは面白く無さそうに横目で男を睨んでから、白ひげ海賊団の新入りとなった二人に視線を戻した。 ひょろりと上背ばかり伸びてしまった細い体の餓鬼と、そいつにべったりくっついて離れない薄汚れたチビ。 不思議な組み合わせだなと、ニューゲートは思う。 食糧の補給に寄った港で、乗船を求めた餓鬼は今までなかったわけではない──それは国政が悪ければ悪いほど多い──だが海賊は慈善団体ではないのだから、それを全て救い上げてやろうなんて偽善じみたことをするつもりもない。 だが、拾った餓鬼共には今までの餓鬼とは違う“何か”がある気がした。 確信もないそれは正しく勘と言うやつで、拾った明確な理由はない。 なので、仕方がなしに古参の軽口をこうやって聞き流すしかないのだ。 年の近い“息子”が、弟達が出来て嬉しいのか意気揚々と船の説明を二人にしている。 それを真剣に聞いている背中に、べったりと張り付くチビは辺りを警戒しっぱなしで、話を聞いているんだか聞いていないんだか。 傍に居た男がニューゲートの視線の先に目をやり、あぁと一つ頷いた。 「チビの方、嫌に警戒してますな。ありゃあ、なつくまでかかりそうだ」 犬猫みたいな言い方をしやがる、とぼやけば、似たようなもんでしょと男は笑う。 「大部屋に入れないで、しばらく物置か何処かに二人で寝かしておいた方がいいかもしれませんよ? あの様子じゃ、人が多いと寝れないでしょう」 「おいおい……何もそこまで構わなくてもいいだろう」 ニューゲートは思わず渋い顔をした。 上が変に構いすぎると、ああいうのは目をつけられやすい。 「とはいえ、あのひょろっこい体で碌に休みも取れないようじゃ、持ちませんぜ?」 「……」 「何も幹部並の個室を与えるわけじゃあるまいし。 倉庫か何処か空いた場所を与えるんなら、他の奴等から文句は出ないと思いますがねぇ」 男の言葉に悩む素振りを見せて──そこまで言われなくとも流石にニューゲートも、あの異様に警戒心の強いチビは気にかかっているのだ──そうだな、と渋々と言った体で呟けば男は愉快そうに笑った。 「測量図をしまって置いてる部屋、あそこなら出入りも少ないからいいんじゃないかと」 「決まりだな」 ニューゲートは溜め息を一つ吐くと、「おぉい」と二人に呼び掛けた。 「ジーナ、マルコ。お前らちょっと来い」 ぱっと振り返り「はい」と返事をすると、今まで説明をかってでていた“兄”に深々頭を下げてからチビを引き連れニューゲートの前に駆けてきた。 「お呼びですか、船長」 あの初見の言葉と同じく、凛とした言葉に育ちの良さを見る。 ほらちゃんと挨拶、とチビにも促しているが背中にへばりついた奴はこちらをただ見つめるばかりでうんともすんとも言わない。 (こりゃあ確かに、なつくまでかかりそうだ) ニューゲートは心中でそう呟いて、口の端に苦笑を滲ませた。 「お前らの寝床だが、暫く測量図の倉庫で寝てもらうがいいか?」 「え、しかし兄さんからは新入りは大部屋だと……」 「そのチビ、大部屋で寝れんのか」 困惑気味の顔がその一言で納得言ったのか、渋い顔をした後チビの頭を掴んで深く頭を下げた。 「お気遣いありがとうございます、船長」 無理矢理頭を下げさせられたせいか、チビが「いたい」と苦く唸った。 「それとな」 「はい」 顔を上げた二人を見下ろしてニューゲートは一つ溜め息を吐いた。 「その“船長”っーのはやめろ」 「え」 きょとりと瞬く目に、ニューゲートはにやりと笑って見せた。 「え、いや……でも」 「俺ァ、この船に乗る奴等はみな俺の息子達だと思っている」 「──息子……?」 驚いたように丸い瞳が見開かれた。 後ろのチビもまた、厚ぼったい瞼を上げ、ジーナ越しに此方を見つめている。 「あぁ、俺達はな海賊だが、家族なんだ──俺はそう思ってるし、お前達にもそう思って欲しい」 「家族……」 その二人の表情にニューゲートは愉快そうに喉を鳴らして笑う。 「そんな奴等に、“船長”なんて味気ねぇ呼び方されちゃあ、寂しいだろうがよ」 なぁ、と優しげに呼び掛ければジーナの肩がぴくりと震える。 チビがそれに気付いてその小さい両の掌でぎゅうっとジーナの手を握った。 僅かに俯いたジーナの表情はずっと高いところから二人を見下ろしているニューゲートからは見えない。 ニューゲートはただ静かに、ジーナの答えを待った。 不意にジーナが顔を上げると、顔をしわくちゃにするように笑って見せた。 「──ありがとうございます、父さん」 上擦った声でそう言って、涙が滲んだ顔を見られないようにジーナは深く頭を下げた。 チビもニューゲートとジーナの顔を見比べてから、真似するようにちょこんと頭を下げる。 「……オヤジ」 頭を下げたままチビから小さくこぼれ落ちた言葉に軽く目を見開いた後、ニューゲートはそれに嬉しそうにグラララと体を震わせて笑うと高らかに宣言した。 「お前等は今日から俺の息子だ!!」 嬉しそうに笑うニューゲートに呆気にとられていた二人であったが、顔を見合わせるとそれからはにかむように顔を綻ばせた。 それから二人はニューゲートの隣で成り行きを見守っていた男に、二人が寝起きする部屋まで案内して貰うためニューゲートに挨拶をしてから歩き出した。しかし男の後ろを着いて歩いていたジーナだが、少しして立ち止まってしまった。 「?」 「──あの、父さん」 躊躇いがちにそう言ってから振り返ったジーナは困った顔でニューゲートを見上げた。 ジーナの様子に男とチビも不思議そうに立ち止まる。 「私は──いくら頑張っても娘にしかなれないけど、いいですか……?」 その時のニューゲートの顔は、しばらく語り草だった。 (ガリガリの体の幼い子供は性別が不明だという話)